第110話
ゲートを抜けた先は小さな個室だった。この部屋には俺の使用空間へと繋がるゲート以外は何もない。
あるのは奥に出口らしきトビラが見えるだけ。
「クロー様、ここが悪魔界の中で支配塔と呼ばれる管理塔です」
「支配塔ねぇ……」
「はい」
ここには支配地持ち悪魔が使用する空間へのゲートがある。
第7位格悪魔が一階層、第6位格悪魔が二階層、第5位格悪魔が三階層……と悪魔格が高いものが上のゲートを使う。
つまり七階層が最上階になり第1位格悪魔たちの使用空間に繋がるゲートがあるそうだ。
まあ、階層が分けられている時点で、下位層の悪魔を嘲笑い見下してくる悪魔がいることはセラに聞いた。
特に俺は種族柄(デビルヒューマン族)絡まれやすいだろうからと、セラが俺のすぐ傍で警戒している。ぴったりと張り付くと逆に動きにくいと思うが、まあいい。
俺の専属配下になったばかりにセラには苦労をかけることになってる。
――あれ、なぜか嬉しそう? 気のせい、か?
もしかしたらカマンティスもそんな輩と一緒でデビルヒューマン族の俺が支配地を持ったことが気に入らなくて悪戯を仕掛けてきたのではないかと今になって思ったりもする。それしか心当たりがないしな。
——ん?
この個室に入った瞬間、少し違和感を感じたがどうやら俺の人化が解けていたようだ。今気づいたよ。
「すみませんクロー様。先にお伝えしておくべきでした。悪魔界では変身していようとも、強制的に元の姿に戻されるのです」
そう言って頭を下げたセラだが、頭を戻し俺の方に視線を向けた瞬間から動きを止めてボーっと見つめてくる。
この光景は最近になってよくあること。俺が悪魔の姿をしている時に限るが、配下たちはそんな俺を見るとよくボーっとする。
そして一言目には「何かやることはないか」と言ったようなニュアンスで俺の傍から離れようとしない。
やる気があるのは結構だが、休める時は休んだ方がいいぞとやんわり追い返すんだが……
これはあれだろうか、俺が迷宮を支配下に置き支配地を黒字化したことで、ようやく配下にも俺が支配地持ち悪魔っぽく見えるようになったとか。
デビルヒューマン族は悪魔界隈において小賢しいだけで弱くて使えない種族だと言われているらしいからな。悪魔否(デビヒ)って蔑称もあるようだし。
配下にしたくないランキングでも有れば間違いなくナンバー1に輝くのだろうからな。
しかし、迷宮を支配地に置いてから特に酷いのが同族であるイオナだな。俺に向ける眼差し……キラキラしていて少し怖くなる。
「セラそろそろ……?」
先ほどまで俺の隣でボーっとしてはずのセラが、個室のトビラを開けて待機している。
相変わらず仕事が早いセラ。俺は別にそこまで求めていないしもっと気楽にやってほしいところだが……
「クロー様、どうぞ」
「セラそこまで気を遣わなくてもいいんだが」
「私がやりたいだけですので、お気になさらないでください」
「そうか、それならいいんだが」
好きでしていると言われれば止めようがない。
「ん?」
個室を出てトビラを閉めると、そのトビラに面白いものがあった。
まるで埋め込まれたような不思議な造り(俺の使用空間を上から見たような)そう、まるでジオラマ模型のような物が表示されていた。
「これは……俺の屋敷だな」
さらにその下には俺の名前と保有支配地の数が表示されている。種族が載ってなかったのはちょっと有り難い。
――うーむ。これならトビラを見ただけで、俺の使用空間だと一目で分かるが……
「これは己の力を見せつけたい高位悪魔の強い要望でそうなりました。
ここに表示されているのは使用空間内の立体地図になってます」
「なるほどね」
支配地持ち悪魔は己の屋敷に拘るらしいからな。
「支配地持ち悪魔の屋敷の在り方は力の象徴でもありますからね。己の力がどれほどのモノか見せつけるには都合がいいのです。
今では全ての部屋のトビラに立体地図が表示されるようになっています」
悪戯や大悪戯の際は相手側に利用されたりもするそうだが、その事を気にする悪魔は少ないそうだ。
「中がリアルタイムに覗かれているってことではないな……」
よく見なくても、その立体地図が静止しているのは分かるのだが、聞かずにはいられなかった。
――誰でも覗き見ることができる状態だったら気分が悪いしな。
「はい。これは毎日更新されますが、ただの立体地図です」
「そうか。まあ、それくらいならいいか……」
俺が何か言ってどうにかなるような事でもないし、気にしてもしょうがない。頭を振った後、身体ごと振り返れば(個室から出た空間)目の前には薄暗く広い空間が広がっていた。目を凝らしてようやく向こう側の壁が見える感じの空間。
そんな広い空間の中で一箇所だけがぼんやりと青白い光を放ち続けている場所を見つけた。
――あれは魔法陣か……
「クロー様。しばらくは使うことはありませんが、あれが上の階層へと繋がる魔法陣です」
セラの説明によると支配塔の中央辺りに上の階層へ繋がる魔法陣があり、その魔法陣を中心にして囲むように悪魔たちの使用空間へと繋がるトビラ(個室)がある。
この位置からようやく見える奥の壁。支配塔はかなりの大きさがあるのだろうと容易に想像できた。
――まあ、それも外に出てみれば分かることなんだけどな……
壁側を少し進むとトビラがあり、そこにも立体地図が表示されている。
「ん? ……分かっていたが、俺の使用空間の方が広いな……ほかのやつの使用空間が狭く見える」
ほかのトビラにも悪魔の名前のほかに立体地図が埋め込まれていたが、明らかに俺の使用空間より狭かった。
「はい。クロー様の支配地は第2位格悪魔相当の使用空間になってますからね。
こちらに保有支配地の数が表示されてますが、その横が赤く塗り潰されています。
これがペナルティーのある支配地を含んでいるという意味です」
――いきなり赤字だったもんな。分かっていたが、やはりいわくつきの支配地だったのか……
「なぁセラ、使用空間の広さは階位で決まることは分かったが、保有する支配地が増えた場合でも何か変わりはあるのか?」
「はい。クロー様の支配地のように例外もありますが、通常なら入ってくる感情値が増えます」
「ん? それだけか?」
——使用空間は広くならないのか……
「使用空間の広さのことをおっしゃっているのならば、広くはなりませんよ。
あくまでも使用空間を利用する支配地持ち悪魔の悪魔格(階位)の高さで広さは変わるのです。クロー様の使用空間が特殊なだけですね」
俺が聞きたいことをすぐに悟ったセラが、すぐに補足してくれた。
「なるほど、よく分かったよ。ありがとうセラ」
「はい」
ちょっとだけ寄り道しつつ周りにある第7位格悪魔のトビラの前を通り立体地図を眺めながら外へと向かったのだが、支配地が多い悪魔ほど立体地図内に見える屋敷に個性が表れていた。
使用できる感情値に余裕ができ屋敷の方にも感情値が回せるようになったからだろうとセラが教えてくれたのだが……
そんな話を聞いたら余計に、所望魔法でどうにかできてしまう俺は少しおかしい。
ふと、あの時(悪魔の声)の言葉が頭に過ぎる。
――【気にしなくていいよ……】
俺も今さらだと思ってるし気にしないことにした。
「クロー様、いかがなされましたか?」
「いや、参考になるような屋敷でもあればと思ってな……これとか、こんなヤツとかな……」
「なるほど……」
その屋敷は薄っすらと炎や氷、岩などで屋敷全体を覆っている程度だが、今後、その悪魔の格が上がっていくとどんな屋敷になるのだろうか、と少し興味が湧いたが、それと同時にそんな屋敷に住みたいとは思えなかった。
そう思った瞬間にセラに笑みを向けられた。
どうやら嫌そうにしていたのが顔に出ていたらしい。気をつけねば。
――――
――
「おっ、外に出たな……へぇ、悪魔界ってこんなところだったのか」
支配塔から出るとそこは高台だった。
おどろおどろしい世界が広がっていると勝手に思っていたが、そこで見たのは光景は夕焼け空と栄えた街並みだった。
――意外だ……悪魔界の景色もキレイじゃないか。
俺がその光景に目を奪われていると、
「ふふ、驚かれましたか? 悪魔界の空はずっと血の色なのです。人界のように朝や昼、夜なんてありません」
「ち、血の色なのか!?」
——てっきり夕焼けだと思ってたぞ。
「はい。全ての悪魔に配慮され活力がでるように調整された環境になっています。クロー様はどうですか体調に変化はありませんか?」
「い、いや……問題ない。大丈夫だ」
「そうですか。慣れないうちは変に気持ちが昂ったり元気が出過ぎたりするようです。
我慢すると体調を崩しますのでその際は遠慮なくおっしゃってください」
「分かった」
セラの気遣いにはいつも頭が上がらないが……
――ん? 今一瞬だけ残念そうな顔をしていたような……気のせいか……?
セラは次に何もない空間に向けて指をさした。
「あちらに薄っすら見えると思いますが、あの城が、この悪魔界全てを司る悪魔神様の居城、悪魔城になります」
セラが指差した方向をよく見れば上空の方に大きな黒い影が薄っすらと見えた。
「浮いてる城。あそこに悪魔神様……がね」
「はい。記憶の刷り込み(睡眠学習)時に学ばれていると思いますが、基本的に配属悪魔でなければ、あの城に招かれることはないかと思います」
「へ、へぇ……」
――睡眠学習中に学んだ? な、なんでだよ。前世の記憶はあるのに、悪魔神様のことなんてまったく記憶にないぞ!?
俺が一人、記憶がないことに動揺していると、セラが少し遠慮気味に俺の顔を覗き込んできた。
「……ど、どうかしたのかセラ」
「……えっとはい。今日、我々が向かう悪魔神殿はあちら……ここの高台からでは見えませんが、街の外れにある泉のほとりありますので……」
「そうだな……飛んで行こうか。セラ案内を頼めるか」
「はい。お任せください」
セラが喜々として翼を広げ宙に浮くと、俺もセラにつづいて翼を広げた。
「では、ご案内いたします」
「ああ、頼む」
――……ぬおっ!?
先導して前を飛ぶセラ。そんなセラを見て俺はすぐに後悔した。
どうしてセラにスカートを着用させなかったのかと……
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