第108話
「ほぇ、配属悪魔の僕が進化してクロー様の専属悪魔になるなんて思いもしなかったカナ。そもそも専属悪魔って初めて聞いたカナよ」
我が身に起こった出来事なのに、どこか他人事のように捉えて見えるマカセルカナは、己の胸に浮き上がっているナンバー960(クローの配下の証)の契も不思議そうに眺めている。
「私も同じくクロー様の専属悪魔へと進化いたしましたよ……ふふ。大変喜ばしいことですね」
セラバスはナンバー960の契を愛おしげに触れると口角を僅かに上げて微笑んだ。
「で、でもなぁ……」
少しずつ己の状況を理解してきたマカセルカナが不安げな表情を浮かべると、セラバスがゆっくりと近づき耳元で小さく呟いた。
「クロー様に仕えている方があなたのためだと思いますよ……マカセルカナ」
セラバスの言葉に何やら考えだすマカセルカナだが、すぐに答えがでない。
「……」
そんなマカセルカナにセラバスは急かすことなくその答えを待つ。
「やっぱり……よく分からないカナ」
しばらく考えて出てきた言葉はそんな言葉。そう言ってからマカセルカナは頭を振った。
「分かりませんか……」
「だって……管理悪魔は、その立場からも主と必要以上に仲良くしてはいけなかったカナ。
だから誰かにずっと仕えていくという感覚がないカナよ」
「なるほど。管理悪魔はそうでしたね」
「そうカナよ」
「でも、良かったではありませんか。これでほかの管理悪魔に大好きな和菓子を取られる心配はないのですから」
分からないものは分からないと、俯いていたマカセルカナが、セラバスの言葉に反応してすぐに顔を上げたかと思えば、その瞳がみるみる開いていく。
「和菓子! そ、そうカナ。僕の和菓子……これであいつらに取られなくてすむカナ」
先ほどまでの不安そうにしてマカセルカナはどこにいった。
大好きな和菓子の事を思い出したマカセルカナはぐっと拳を握る(ガッツポーズに似た仕草)と笑みを浮かべた。
「セラバス……どういうこと?」
黙って状況を見守っていたナナたちだが、突然、いや、ある瞬間からどこか雰囲気が変わったように感じるセラバスとマカセルカナに戸惑いの表情を浮かべつつ声をかけてきた。
「はい。実はですね……」
簡潔に状況を説明したセラバスが次はナナたちの番だと言う。
「え? セラバスどういうこと?」
事態についていけないナナたちだが、
「やるべきことをやります」
それだけ言うとセラバスがマカセルカナに指示を出す。
「はいはい……魔水晶を使うカナね」
解ってますよ、と言わんばかりにマカセルカナは右手をひらひらさせた。
「そうです。解っていればよろしいではナナ様。早速、支配地代行として配下のみなさまを第8位悪魔に昇格させてください」
管理室に行こうとするセラバスとマカセルカナをナナが止める。
「みんなを昇格って……え? ちょっと待って。セラバス何を言ってるの? 昇格なんてそんな簡単にしていいの……?」
「冗談で言っているのではありません。みなさまの保有する魔力量を増やしマカセルカナへの手助けをしてもらうつもりなのです」
その言葉にナナが首を傾げる。
「ねぇセラバス。あたしたちの魔力を増やしてもこの人数だよ。30人相手にどうやって魔水晶を守るの?」
「ナナ様。管理悪魔族はただ感情値を管理しているだけの悪魔というわけではないのです。
支配地の核である魔水晶を保護している悪魔でもあるのですよ」
「ふーん、ん?」
そのことが、どうして自分たちの魔力量に関係があるのかと理解できないナナは、首を傾げてマカセルカナを眺めた。
「ナナ様。そんな管理悪魔が魔水晶を守る手段を何一つ持ち合わせていないと本気でお思いですか?」
「え、じゃ、じゃあ何かあるの?」
「ちっちっちナナ様。僕たち管理悪魔族を舐めてもらっちゃ困るカナよ。
僕たちには魔水晶の周囲のみに展開できる完全無欠の結界『どんぶり完錠』が使えるカナよ。これは僕の魔力が続く限り絶対に破れないカナ」
えっへんと鼻を高くしたマカセルカナのシッポがゆらゆらと揺れた。
「え、完全無欠の結界? 絶対破れない。え、ええ! マカセルカナ。そんな便利な結界があるんだったら最初から教えてよね。
あたし魔水晶を地中深くに埋めて幻術魔法を全力でかけちゃおう、って思ってたんだよ」
ずっと不安げな顔をしていたナナの顔がパーっと明るくなった。
「ナナ様。なかなか面白い発想ですが、それは無理ですよ」
「どうして?」
「魔水晶は動かせないのです」
「あちゃー、そうだったんだ」
「はい」
「あ、でも……セラバスどうするカナ? どんぶり完錠結界は魔力の消費が激しいカナよ。
二十四時間なんてとてもじゃないけど持たないカナ」
両手の指を折りながら考えていたマカセルカナがそう言った。
「あ〜それであたしたちの魔力になるんだ」
「そうです。みなさまの保有する魔力量を増やしマカセルカナの手助けをしてもらうのです」
「ん〜? でもそんなこと無理だよ。悪魔同士は魔力同調できないと反発しちゃうもん」
ナナが考える素振りすらなく首を振ると、周りにいるイオナたちも頷きナナの言葉を肯定した。
「はい。ですから、みなさまは昇格してもらうのです。ほとんどの悪魔が第9位格か第8位格昇格時にはそのスキルを取得する可能性が高いのです。その理由も第7位格からなれる支配地持ち悪魔に備えてもの、便利なスキルだからです。
仮にうまくいかなくても、幸いみなさまにはクロー様からいただいた装備品があります」
「ああ」
そういえばと考え込むナナとライコとイオナ。
「効率は少し悪くなりますが、それを利用すれば問題ありません」
「たしかにクロー様にいただいた装備品を媒体にすれば……できそうですね」
イオナが装備品に魔力を流しつつ頷くが、ナナのみがまだ何かを考え込んでいる。
「ナナ様」
そんなナナを見たセラバスが何かを察して口を開く。
「ナナ様、クロー様に黙って昇格することに不安があるのですか? それならばご安心を。今回の昇格はクロー様のためでもあるのですから」
「そう、なのかな」
「はい。クロー様のためです」
「……そっか。そうだよね。クローさまも何かあったら感情値を使っていいって言ってたもんね……うん。あたしやるよ」
今度こそナナたちは魔水晶のある管理室までいくと、セラバスとマカセルカナの立会いのもと第8位格悪魔への昇格手続きを済ませ、三人は望んでいた魔力同調スキルを得た。
「これで……よしっと。ふふふ。これであたしも第8位格悪魔になっちゃったよ……ふふ」
「わ、私なんかが、第8位格悪魔……よかったのでしょうか……」
「す、すげぇ。あたい確実に強くなってる……これなら……」
昇格後、その余韻に浸る三人に向かってセラバスがコホンっと咳払いをした。
「では、この空間は戦場となりますので、必要な物は各自、人界の方に移しといてください」
「は〜い」
――――
――
「なるほど。悪戯はマゼルカナが魔水晶の周囲に張った結界の中でやり過ごして勝利したってわけだな」
「はい。少々感情値を消費することになりましたが無事に勝利いたしました」
セラはなんでもないように言うが、みんな軽い魔力枯渇をしていたところをみると相当ギリギリの防衛戦だったのだろうな。カマンティスのヤローめ。でもまあ、
「みんなが無事なら気にすることないさ。ではとりあえず」
『我は所望する』
壊れた屋敷を所望魔法を使いあっという間に元に戻す。
さすがにボロボロにやられたままの屋敷では気分が悪いからな。
そんな思いから何の気なしにやったことだが――
みんなから「おお〜」と言う感嘆の声が上がる。俺も男だ、女性陣からそんな声が上がるとちょっと気分が良くなる。
胸の内に渦巻く黒い衝動も大人しくなった。
「ふむ」
ちなみに屋敷の復元には、通常の場合、感情値を必要とする。
「でも、あの時のカマンティスの顔ときたら……ぷくく、思い出しただけでも笑いがでるカナ。くふふ」
すっぽんぽんのマゼルカナがなにやら思い出したらしく全身を震わせ転げている。
お和菓子(きな粉餅)を持って転げまわるからお菓子のクズ(きな粉)が床にポロポロと落ちていくのはいただけないが。
あとで掃除するのが嫌なのか、ニコとミコが早速お菓子のクズを拭きに行って……セラに捕まった。
なにやらボソボソ会話を交わした後すぐに解放されたようだが、心なしかしょんぼりと肩を落としている。何があったのか気になるところだが、今は、
――おっと、そんなことより……
「マゼルカナ? そんなに笑うような出来事があったのか?」
みんな魔力枯渇してるくらいだし、危険な目には遭ったと言われた方がしっかりくる。
マゼルカナに詳しく聞こうと尋ねているとナナの楽しそうな声が聞こえてきた。
「あいつらをね、ひたすら無視して女子会をしたんだよ。それに交代でお昼寝もした」
起き上がれるようになったらしいナナは、ここぞとばかりに「つかまえた〜」と腕に絡みつきおっぱいを押しつけてくる。
「? 女子会? お昼寝?」
気持ちいいがそれよりもナナの言葉が気になる。
「ナナちゃんと説明しろよ」
「えへへ、すんすん。クローさまの匂いだ」
――こ、こいつ。
ナナが少し合わなかっただけで纏わりついて離れない。まあ気持ちいいから離れなくてもいいんだが。
「ぐりぐりすんすんしてないで、答えろ」
「え〜」
ナナが無理そうだと判断した俺はすぐにセラへと視線を向ける。
するとセラがにこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「クロー様。私も今回の悪戯には少々腹が立っておりました。
ですが戦力に差があり手が出せないのが現実。
そこで少しでも意趣返しになればと考えたのが、ナナ様がおっしゃるとおり女子会とやらを実行してひたすら無視をするというもの。そんな手段をとってみたのです。
期待は正直していませんでしたが、その読み外して効果は的面でした。
ただハデな厚化粧の上からでも分かるほど、顔を真っ赤に染めたカマンティスが「キーッ、出てきなさいよっ、出てこいゴラァっ!」と張り上げる野太いダミ声には、さすがに不愉快になりましたがね……」
「ん?? 危なくはなかったのだな……」
——魔力枯渇は……
「はい。マゼルカナの結界がありましたので」
セラがにこりと笑みを浮かべて答えてくれる。
「そ、そうか……」
――魔力枯渇のことは一旦忘れるとして、セラはたしか……どうせメンツを潰されたカマンティスはなりふりなど構っていられず大悪戯を申し込んでくる、そんな事を言っていたが、このことが理由か? 悪戯の防衛戦なのに、そいつらを無視して女子会なんてことをしていたから……それってもう、セラたちの方から挑発したようなもんじゃないのか?
「ぷくく、終いにはクロー様の屋敷に八つ当たりしていたカナ。駆け寄ってきた配下にも殴る蹴るの大荒れ。可哀想にだったカナねぇ、あちらの配下さんアザだらけになってたカナよ……もぐもぐ」
――メンツか……
再びお菓子を頬張り始めたマゼルカナはお行儀よく、キレイな正座をして食べているが、やっぱり服は着ていない。
――ふむ。しかしなぜだ……聞けば聞くほど怒っていた自分がバカらしく思えてきたぞ。
これはもう……目の前にあるおっぱいを見て楽しめってことか?
どこを見ても誰かしらのおっぱいが目に入るのだ。ソファーにでもかけて眺めるとしようかな。
——ふむ。これはいい。
ボーッとみなのおっぱいを見て寛ぎゆったりとしていると俺の視界の隅にセラが入ってきた。
――セラ?
「どうしたセラ?」
「……大悪戯ですが、私とマゼルカナは専属悪魔になりクロー様の配下になったとはいえクロー様の支配地から離れますと力が少々落ちてしまうようです。
ならば今度もクロー様がいる時にもう一度こちらに足を運んでもらった方が都合がいいのではと私は思うのです。
なにせ私のクロー様を侮辱されたのですから、それ相応の報いを受けもらいましょう。ふふふ、楽しみですね」
「そ、そうか……」
――私のって聞こえた気がしたが気のせいだよな……
セラが肩を震わせ笑みを浮かべいるのを横目に見ていると、誰かが俺の背中をちょんちょんと触れてきたので向き直る。
――ん? ライコ。
顔を向けるとすぐ傍でライコが腰を落としていた。全裸の中腰だ。
「クロー様、セラバスって怒らせると怖いんだぜ。セラバスはな、相手を女子会で油断させつつ気づかれないように、第4位格悪魔を一人ずつ簡単に狩っていったんだぜ……終わった時には、相手側の悪魔の半数以上が戦闘不能になっていてさ、さすがのあたいもビビっちまっただぜ」
元々の魔力保有量が一番低いため回復も早かったのだろう。そんなライコが俺の耳元でそう囁く。
「ほう。ではなんだ。時間さえあればセラは一人で……」
「しーっ。クロー様、声がでかい」
ライコが慌てて俺の口を塞いだ。その際、ライコの柔らかなびちちが背中に押しつけられたが、それも一瞬のことでライコはゆっくりと俺から逃げるように離れようとして、
「ふふふ。ライコ様はクロー様に何をお伝えしたのですかね、詳しく教えていただきたいものですが……」
セラに笑みを向けられていた。
「あ、あたいは……何も知らないよー」
鳴らない口笛をヒューヒューと吹きつつ、元に戻した別のソファーへと腰掛けた。
ほかのみんなも、そんなやり取りをしている間に立ち上がり背伸びをしている。
どうやら他のみんなも動ける程度には魔力が回復したようだ。
「無理に動かない方がいいんじゃないか?」
「いえ。みんな軽く魔力枯渇をしていただけですのでもう大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません」
「そうか……それならいいんだがって、あれ? そういえば、なんでエリザたちまでなぜここに? 避難はしなかったのか?」
いつもみんなと一緒にいるから疑問に思わなかったが、よく考えたら人族であるエリザたちに悪戯は関係ない話だ……
そう思い至った俺は、同じく背伸びをしていた妻たちを不思議に思い尋ねてみた。
「はい。悪魔同士の悪戯は人族であるエリザ様たちには関係のないことでしたので人界の方に避難するよう促したのですが……」
「主殿の支配地なのだ。我々が助力するのは当然だろう」
セリスがゆっくりと俺の側まで来ると、その後ろをエリザとマリーがついてくる。
「幸い、エリザ様たちは魔力を保有しておりましたので、そのご厚意に甘えさせていただきました」
「そうなの。せっかく授かった魔力だもの、私たちもクローの役に立ちたかったの」
「うん」
そして、使える属性も最近増えていたのだと言う。
セリスの見立てでは特殊な固有魔法らしく俺に確認してほしいのだと。
そしてデビルスキャンの結果、セリスを含む妻たち三人に同じ固有魔法(無属性魔法)が発現していた。
それは960魔法(クロまほう)って言うんだが、魔法名からして間違いなく俺のせいだ。普通の属性とはちょっと違う魔法。
魔法名を妻たちが理解するとそれからは早いもので、すぐそのクロ魔法を発動できるようなり、宙に浮かぶ魔法の球体を二つ出現させることができていた。
使い慣れると色々できそうな感じがするが、今はそのまま相手にぶつけるだけしかできないようだ。
――――
――
後日、妻たちは毎日のように魔法の球体を楽しそうに操り球体から魔力線(マジックレーザー)を飛ばせるようになっていた。
でもその球体が俺にはおっぱいに見えて仕方ない。
そう見える俺にはまだまだ癒しが足りないのかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます