第106話

 ボロボロになったトビラを開け中に入るとみんなの視線が一斉に集まった。


「あ、クローさま!!」

「「「「クロー様!」」」」

「「クロー!」」

「主殿!」


 みんなは嬉しそうな声を上げるが顔をこちらに向けるだけで一向に起き上がる気配がない。


「何があった? なぜみんな裸で横になっている? それにこの屋敷……」


 聞きたいことが山ほどあるので大中小のおっぱいを順番に眺めつつも矢継ぎ早に尋ね、最後にボロボロになっている屋敷に目を向けた。


「クロー様、お目汚し失礼いたしました」


 俺の声に応えようと真っ先に動いたのはセラ。セラがぷるぷる身体を震わせながら上体を起こした。

 残念ながらセラのちっぱいではその揺れを楽しむことはできないが眺めはいい。


「いや、眼福だから気にするな」


 ついいつもの調子で答えてしまったが、そのとたん妻たちが自分の衣服に手をかけ脱ごうとしている。


「エリザにマリー、それにセリスまで……今は脱がなくていいからな今は……」


「あら」

「あはは」

「ぬっ」


 妻たちが残念そうにしながら控えめに笑う。ま、妻たちも寝転がっているので衣服を脱ごうにも脱げなかっただろうけど。


「本当にみんな大丈夫なのか?」


 もう一度皆を見渡しそう言うと、


「大丈夫です。みんな魔力切れを起こしているだけです」


 セラがみんなが寝ていた原因をすぐに教えてくれた。


「魔力切れ?」


「はい」


 ――なるほど。それで裸なのか……


 妻たちは関係ないが、配下のみんなは自身の魔力で衣服を具現化している。そちらに回す分の魔力がなくなれば当然裸になってしまう。だから今のような状況になっているのだとすぐに理解した。


「なるほど。それを聞いて安心した。だが、この娘は誰だ?」


 俺が指を指した娘は、身長がエリザくらいの少女で胸はちっぱい。なんかちっぱい比率が高くなってるな。一瞬、美少年か、と思ってしまったがあれがついてないから、少女で間違いない。


「ええっ。それは酷くないカナ?」


 その少女が信じられないといった様子で目を見開いている。


 ——ん? カナ?


 少し垂れ気味の大きなおお目目が可愛らしく、濃い茶色の髪はショートカットくらいの長さでゆるふわパーマがかかった感じ。でもくせっ毛があちこち飛び出していてどこかダラシなくも見える。俺も人のことは言えんが。


 額に小さなツノが一本と髪の上にタヌキみたいな耳があるから悪魔で……


 ――それにタヌキみたいな耳? え、タヌキ? ……それって……


「もしかしてマカセルカナなのか?」


「そうカナよ。クロー様、酷いカナね」


 マカセルカナもセラのようにぷるぷると身体を震わせながらもゆっくりと上体を起こした。

 マカセルカナもちっぱいなので揺れはない。もちろん眺めはいいがね。


「すまんすまん。というか俺は今のマカセルカナの姿を初めて見たんだが……」


 一応謝っておくが疑問もある。名前とかね。


「むぅ、はぁ、仕方ないカナね。僕の本当の名前はマゼルカナ。あ、でも真名じゃないカナよ」


 マゼルカナ曰く、管理悪魔族は癒着防止の一環で他の配属悪魔に比べたら短い期間で配属先が変わるらしく、本名を教えてなかったことも、配属先の主に対して絆されないため、一定の距離を保つためのものだったらしい。


「マカセルカナ……じゃなくマゼルカナ。ちょっと確認したいのだが、進化して俺の専属悪魔になったってのは本当なのか? そう悪魔の囁きが聞こえてきたんだが……」


 マゼルカナも配下としての繋がりがあるから分かっているんだが、念のため直接本人からその意思を聞きたいのだ。いやいやだったら俺もちょっと扱いに困るし。


「本当カナよ。だからクロー様は、ずっとずっと、ずうっと僕の面倒をみるカナよ。あと和菓子。これ一番大事カナよ」


 マゼルカナが当然だよねと、一人頷き片手をこちらに差し出してくる。


「和菓子ってお前な……はぁ」


 いやいやじゃないようだ。マゼルカナのその答えに内心ではホッとしつつ適当に思いついた和菓子をマゼルカナに手渡してやった。


 マゼルカナはそれを受け取ってすぐに嬉しそうな顔をして頬張り始めたが、


「クロー様! 私セラもクロー様の専属悪魔として進化いたしました。末永くお願い致します」


 セラはタイミングを見計らっていたのだろうか? 俺とマゼルカナとの会話が途切れたタイミングでそう言ってから頭を下げてきた。


 セラは座った状態だから両手を床につけて丁寧に頭を下げている。

 その様子はまるで、前世の記憶(戦国ドラマ)で見た、戦国時代の大名に嫁ぐ女性のようでちょっと艶っぽく見えたが、執事然としているセラに限ってそのような意味なんてないだろうがな。


「ああ。こちらそこよろしくな。でな、俺の方も迷宮の主の協力を得て支配地にすることができたんだ。

 これで支配地の運営が少しはマシになると思うのだが……マカセルカナじゃなくて、マゼルカナどうだろう?」


「もぐもぐ……ん? ちょっと待つカナよ」


 マゼルカナは食べていた和菓子を急いで飲み込むと、部屋にある大きな魔水晶へと視線を向けた。


 食べることに夢中だったから聞いていないかと思ったがちゃんと聞いていたらしい。


「あれ? 僕の目……おかしくなったカナ?」


 魔水晶に視線を向けたマゼルカナが首を傾げて目をぱちぱちさせたかと思えば。何度も目を擦っては魔水晶を見つめている。

ちょっと様子がおかしい。


 大丈夫だろうかと少し心配になりつつも大人しくマゼルカナからの報告を待つ。すると最後には壊れたロボットのようにガクガクしながら向き直り俺の顔をじーっと見つめてくる。

 

 ——な、なんだそのぎこちない動きと無言の間は……支配地が変なことにでもなってるのか?

 

 俺は不安になる気持ちを抑えて再び尋ねる。


「ど、どうだったのだ? 正直に教えてくれ」


「……な、何度見ても信じられないカナよ。とんでもない勢いで感情値が入ってきてるカナよ。このままなら……」


 どうやらマゼルカナはただ驚いていただけのようだ。それならそうと早く言ってほしいものだ。

 こっちは支配地を増やすとどうなるのかなんて経験がないから全く分からないんだぞ。知識もないし。


「赤字は脱却しそうか?」


 そう、これが今一番重要なことで俺が何よりも気にしていたことだ。


 マゼルカナはこくりと頷いた。


「よし!!」


「な、なんと!! さすがはクロー様です」


 俺に視線を向けるセラの眼差しが少しおかしい感じもするが、これで、これから俺は感情値を気にすることなく晴れてスローライフを送れる。


「ふふふ。これでいよいよ俺もスローライフを……」


 そう考えてすぐだった、


「はいはーいクローさま! あたしからも報告がありまーす」


 俺のスローライフ妄想をかるく吹き飛ばすナナの元気な声が割り込んできたのは。


 ――ナナ……


 その時の俺は少し嫌な予感がしたが、その声に顔を向ければ、ナナはすでに上体を起こしていて俺に向かって片手を振っていた。


 当然ナナも全裸だから手を振ればおっぱいは揺れている。


 ——ふむ。


 とりあえず首を振って嫌な報告でないことを祈る。


「あたしクローさまの代わりに支配地代行をちゃんと務めましたよ。それに新しい支配地だって一つ手に入れちゃったんだから」


 ――ん? 支配地?


「ナナ、今なんて?」


「うん? あたしちゃんとクローさまの代わりに支配地代行を務めましたよ?」


 もしかしてハグして褒めてくれるの? と言ってナナが両手を広げているが、俺が聞きたいのはそこじゃない。


「いや、そこじゃなくて、支配地がどうのって……」


「そうだよ。えへへ。あたし領地を一つ手に入れたんだよ」


 ナナが褒めてと言うが、やっぱり訳が分からない。しかも、自分が魔力切れで動けないからって俺に向かっておいでおいでと手招きをしてくる。

 しょうがないので頭だけでも撫でてやろうと思うが。その前に、


「まて、もっと詳しく……」


「クロー様。ナナ一人でやったんじゃないよ。あたいたちみんなで、特にマゼルカナが頑張ってくれたんだぜ」


「マゼルカナが……」


 マゼルカナの意識はすでに栗まんじゅうに移っていて、俺が出した栗まんじゅうを美味しそうに頬張っていた。


 ――とてもそうは見えないが……


「ライコの言う通りですが魔力提供したみんなの頑張りもありました」


 ライコとイオナも魔力が少し回復したのか、ゆっくりと上体を起こして教えてくれたが説明足らずでまだ状況を理解しづらい。


「セラ、すまん教えてくれ」


 こういう時はセラに聞くのが一番だと思い俺はセラを見る。


「はい。実はクロー様。クロー様との念話が途切れた後、すぐに第3位格悪魔カマンティスから悪戯(あくぎ)を申し込まれたのです。しかも、ご丁寧に返答の期限付きで……」


「悪戯? 期限とは?」


 俺の知らない言葉だった。


「はい。返答の期限はだったの二日でした。そして悪戯とは悪魔同士が支配地を賭けて戦うゲームのことです。とは言っても悪戯は小規模な戦い(ゲーム)のことを言いまして、これが大悪戯の場合ですと総力戦となります」


「悪戯は小規模のゲーム、か」


「はい。小規模と言っても30VS30しかもこちらは宣戦された方でしたので防衛戦です」


「30VS30って、そんな戦力、支配地持ったばかりの悪魔にあるわけない。そんなことして許されるのか?」


 信じられんと首を振っていた俺にセラがゆっくりと答えてくれる。


「はい。詳しくは配属悪魔規約に抵触しますので話せませんが、通常ならばあり得ないことです」


「それを、その第3位格悪魔が破ったと……しかも俺の不在の時に……」


 ――ゆるせん!!


 俺の胸の奥にある黒い衝動が蠢き始めた。


「はい。悪戯を申し込まれてしまいますと、防衛戦となり、私たちに取るべき選択肢は三つしかありません。


 まず一つ目は相手の提示した感情値を払い見逃してもらうこと。


 二つ目に降伏すること。


 三つ目に迎え撃ち返り討ちにすること。


 これしかないのですが、クロー様の不在時でしたので私たちに降伏するという選択肢はありませんでした。

 残すは感情値を払い見逃してもらうか迎え撃つことのみ。

 しかし、その見逃してもらうために提示された感情値は、とても払うことなどできないとんでもない数字でした。そこで私たちは……」


「いぇーい。あたしたちで返り討ちにしてやったんだよ……」


 ナナが嬉しそうにセラの言葉を遮った。


「ナナ様、あなたは黙って下さい……」


「ええ! だって……あたしも頑張ったもん。クローさまと話したいもん」


 ブーたれるナナを無視してセラが再び話し出したので、ナナには悪いがセラの話に耳を傾ける。


「悪戯の防衛戦ならばやりようがあったのです。ルールが至ってシンプルですから」


「セラ、俺はよく分からないんだが、そのルールとやらを教えてくれ」


「はい。防衛戦の場合。クロー様のこの使用空間が戦場となります」


「なるほど、それでこの有様なのか……」


 俺はボロボロになっている屋敷に納得した。


「はい。申し訳ありません」


「そんなつもりで言ったわけではないんだ。すまない。俺はお前たちが無事なら屋敷なんてどうなってもいいと思っているからな……」


 ――魔法ですぐ直せるし……って、あら……?


 俺がそんなことを思っているとは思っていなかったのか、配下たちは涙を浮かべてから指で払っている。


 ――……俺ってそんなに薄情そうに見えるのかね。


 クローは知らないが、支配地持ち悪魔の屋敷は、その悪魔の誇示であり力の象徴でもある(屋敷は感情値を使って整えていくから)それをボロボロにされると、それを恥と感じる支配地持ち悪魔もいる。


 俺は少しバツが悪くなり頭を掻いた。


「ぐす……ありがとうございます」


「う、うむ」


 セラを含むみんなが落ち着くまでしばらく待った。


「失礼しました。それで悪戯の制限時間は二十四時間。勝利条件は相手を全てを戦闘不能にするか、この魔水晶に触れられないこと、この二つでした。

 敗北すればこの領地を失っていましたが、勝利しましたので相手の領地を一つ得ることになりました」


「なるほど」


 ――それでナナは、領地を獲たと言ったのか……


「もうしばらくすれば、カマンティスから領地が一つ譲受されるはずです」


「そうか……みんなよく頑張ったのだな」


 ――だがな……やっぱり許せねぇ!!


「クロー様……一人で攻め込もうなどと考えないでくださいね」


 セラの落ち着いた言葉にみんなの視線が俺に集まった。


 ——うぐっ……


 あっさりと俺の思考をセラに読まれ、みんなからやめてほしいとの声が飛んでくる。


 ——しかしだな……


 俺は何も言えず黙り込んでしまった。気が治らないのだ。俺がそんなことを思っていると、


「クロー様。どうせメンツを潰されたカマンティスは大悪戯を申し込んでくるはずです」


「大悪戯……」


「はい。何を思ってこの地を支配下に置こうと考えたのか分かりませんが、暗黙のルールを破ってまで悪戯を申し込んできましたが、その結果は敗北。己の領地を一つ失うという大失態。

 こうなれば周りから舐められないためにもなりふりなど構っていられなくなるはずです」


「そうなのか……そうなのだろう、ふむ。よく分かった。俺一人で攻め込むのはやめる」


「それがよろしいかと」


 みんなから安堵のため息が聞こえてきた。すまないねみんな。


「では……その大悪戯に備えるためにも俺のいなかった間の悪戯戦をもっと詳しく聞かせてくれないか」


「はい。それでは……」

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