第105話

「ニワ。この辺りにゲートを設置したいのだがいいか?」


『かーっかっかぁ……好きにするがよい……』


 高笑いしているニワから適当な返事がある。


「そうか、助かるよ」


 ちゃんと聞いていないようだが許可はもらった。ならば遠慮は無用だろう。


「……よしっ、と!」


 迷宮内へと続いているだろうと思われるトビラの横にゲートを設置した。


 ――ふむ。これで俺の使用空間から迷宮までの通路を確保した。帰りはこれで帰ればいいだろう……ん? あれは!?


 部屋の隅にある箱の中に、放置されてるっぽいものを見つけたので手に取って広げてみる。


 ――……やはり、似ている。


「なあ、ニワ? 対価を払うから、この二つもらってもいいか?」


『かーっかっか、好きにするがよい』


 ニワが、こちらに見向きもせず適当に返事くれる。ラッキーだな。


「そうか……わかった」


 ――しかし、よく不純物として吸収されなかったものだ……それともしなかったのか? 


 迷宮についてはよく分からないが、ニワの気が変わる前に……


 ――収納っと、ふはは……思わぬところに良いお土産があったな……あとは……


『我は所望する』


 対価に見合いそうな物を部屋の隅にガンガン出していく。


 ――まだまだ……こんな物じゃ足りないな。


 この部屋は異常に広い。その部屋の四分の三ほどに家具や食べ物といった、この世界では珍しいものを積み上げていった。


 ――ふはは。これだけの物量なら……文句もないだろう。


「おや?」


 飛ぶスペースが狭くなったためか、上空を泳ぐように飛んでいた大きなトンボが俺の出した家具の上に停まっている。


 ――そういえば、お前がいたんだったな……


 音もなく飛んでいたのですっかり忘れていたが、飛べるスペースのなくなったトンボはどこか不機嫌そうに見える。


 ――ふむ。あのトンボ……使い魔にすれば妻たちの乗り物に使えそうなんだよな……あ〜いややっぱりやめよう。昆虫だしな……


「ニワ! 対価、こっちに置いといたからな……」


『かーっかっか……好きにするがよい』


 ニワがまた適当に返事する。


 ――本当に必要のないものは不純物ポイントにするだろう……

 さて、これで俺の用は済んだわけだが……ニコとミコに念話でも……


 まだ高笑いしているニワを横目にみる。


「ニワ、俺はそろそろ帰ろうと思う……」


『かーっかっか……』


 涙を溜めていた可愛らしいあの姿はどこにいったのやら……


 ニワは、どこからか取り出した姿見の前でポーズを決めては顔をによによさせている。


 人化してからずっとこんな調子だ。


『かーっかっかっ……』


 ニワは仁王立ちのポーズをとり、声高らかに笑っている。ドヤ顔だ。ドヤ顔でツルペタの胸を大きくそらしている。


 ――……帰る前にもう一度教えてやるべきだよな……


『かーっかっかっ……うむ。これじゃ、この姿じゃ。ワシの記憶にある姿で間違いないのじゃ』


「そうかそうか……それは良かった」


 今の話、すでに五、六回は聞いたと思う。


 ――まあ、あの土人形を見て姿をイメージしたわけだし、半分は保険としてニワの記憶に任せたからな……


『かーっかっかっ……かーっかっかっ……』


 よほど嬉しいのだろう。ドヤ顔のニワが、腰に手を当て胸を張っている。


 ――ツルペタか……


 俺は揺れてないちっぱいを見たあとに元気に揺れているツインテールを眺めた。



 ――――

 ――



『なぜ、もっと早くに教えぬのじゃ!』


 ニワが顔を真っ赤に染め、茶色の陶器のようなものをバスタオルのように巻いている。


「ん? 言ったんだぞ。言ったが、高笑いしてワシには不要じゃ、と言っていたのは何処のどいつだ?」


『ぐぬぬ……』


 そう、人化したニワは全裸だった。全裸にもかかわらず得意満面にポーズを決めていたわけなのだ。


 まあ、埴輪に服なんて着る習慣があるわけないので、ニワが気にも留めていなかったのも至極当然であるが、さすがに全裸のままのニワを放置して帰るのはかわいそうに思えた。


「人間だった頃の記憶をもう少し探ってみるといい……」


 と一言忠告してやったとたん声高らかに笑っていた顔がみるみる真っ赤に染まっていったのだ。


「まあいいじゃないか。それ以上減るものなんてないしな……」


『お主どこを見て言っておる……むむ、なぜじゃ。なぜか、お主のその視線が不愉快に感じるのじゃ……』


 ――むっ、結構鋭いな……ちっぱいを見て言ったのがバレてるじゃないか……


「気のせいだ……」


 そんな時だった、ドーン!!と、この部屋のトビラが音たてて崩れ落ちると、見覚えのある二人と一頭の大きな銀狼が入っていた。


『ぬっ!』


「ガァァア!!!!」

「クローを返すがぅ!」

「返すがう!」


 銀狼とその二人がニワに向かってすごいスピードで襲いかかる。


『……誰じゃ……』


 ニワはそう一言漏らすだけで、その行動に全く反応できていない。

 迷宮の主といってもニワ自身にはそれほど力がないのかもしれない。


 ――まずい!!


「ニコ、ミコ、やめろ!!」


 俺はニワの前に身体を滑りこませると、一番スピードの速かった銀狼の鼻先を軽くビンタしたあとな、ニコとミコの手にある小太刀を手刀で叩き落とした。


「きゃうんっ」

「あう……クロー……がぅ?」

「ぅ……がう?」


 勢いを止められて驚く二人と一頭。すぐに俺の姿に気づいて戸惑っている、のかな? 二人と一頭が同じように首を傾げた。


「こいつはニワ。この迷宮の主だが、俺の支配地となることを認めてくれた協力者で俺の盟友となった。許可なく手出しは許さんぞ」


 ――最後にきてダメになったら泣くに泣けんからな。


「がぅ。そんなつもりじゃなかったがぅ……ただクローを……」


「そうがう……ごめんがう」


 ニコとミコの二人がしゅんと肩を落として、俺が居なくなってからの経緯をポツリポツリと語り出した。


「はあ? すると俺はお前たちと離れてから三日も経っていたというのか?」


「そうがぅ……心配したがぅ」

「したがう」


「……な、なんということだ……」


 俺が闇の世界に呑み込まれた、あの一瞬で三日も経っていたなんて。


 二人は突然消えた俺の気配を探すも見つからず、念話もダメ。だからあてもなく迷宮内をうろうろしていた。

 そんな時に、突然最下層付近に俺の気配を感じ、その気配を頼りに辿り着いたのがこの部屋で、俺を助けようと乗り込んできたらしい。


「そうだったのか……」


 二人の姿を見れば身体中薄汚れたままだった。クリーン魔法すら使うことを忘れて探してくれていたのだろう。


「心配かけて……すまなかった……」


 俺は二人の頭に手を置き優しく撫でつつ、クリーン魔法をかけてやった。


「がぅ」

「がう……」


 きゅるるるるる

 ぎゅるるるるる

 ぐるるるる


 頭を撫でていると二人と一頭の銀狼から大きなお腹の音が聞こえてきた。


「お前ら……ひょっとして何も食べてないのか?」


 もしやと思い尋ねると、こくりと頷く二人と、その横で、大きな身体の銀狼がお座りしている。


「そうか。悪かったな。ところでこの大きな銀狼は?」


「手を貸してくれたがぅ」


「そうがう……ミコたちにはよくあることをがう」


 俺は今は人化しているから見えてないが、普段のニコとミコの頭には銀色の耳と銀色のふわふわの尻尾があることを思い出した。


「ふーん。そうかお前たちも似たようなものがついてるしな。何か通じるものでもあるのかもな……

 でもそうか銀狼のお前も手伝ってくれたのか」


 俺は銀狼の鼻先(ビンタしたから)に手を当て回復魔法を使ってやると、


「ありがとな、これでも食ってくれ」


 ぶ厚い最高級霜降り肉を目の前に出してやった。


 をふっ!


 銀狼は行儀よく吠えると勢よく俺の出した肉にかぶりつく。


「うまいか?」


 銀狼は夢中になって肉を頬張っている。しっぽが大きく振れているので喜んでいるのだろう。


「ほら。生肉を見てないで、お前たちはこっちだ……」


 ニコとミコにも、テーブルとステーキセットを出してあげるとすぐに食べ始めたのだが、なぜか銀狼が頬張るぶ厚い生肉のほうを羨ましそうに眺めているが……


「お前たちは小さい。生はダメだ」


 二人は渋々といった感じで焼けた肉を食べ始めたが、一度集中して食べ出すと二人の勢いは凄まじいものになっていった。


「おかわりはこっちにあるからな……」


 その勢いは、まだ止まりそうにないのでおかわりを多めに置いてやった。もちろん銀狼にも。


『悪魔クローよ。助かったのじゃ』


 背後からニワの声が聞こえたが、どこか暗く沈んだ声に聞こえた。


「いや、こっちこそ、すまん」


『いいのじゃ……そのなんじゃ……ワシは……』


 ニワは言いにくそうに自分自身には戦うための力がほとんどないことを語った。


 まあ、なんとなく分かっていたから驚きもないが、だからニワは不純物ポイントを使って迷宮魔獣を召喚していたという。


 ニワはトンボを返還し召喚時の半分のポイントを回収した。


 勝手に自滅したキマイラも迷宮魔獣界という所に返還されただけでポイントさえ払えばまた召喚できるそうだ。


 ――あのキマイラを再召喚ね……


 お世辞にも役に立つ魔物ではないと思うが、ニワのことが少し心配になった。


『お主のお陰でしばらくはポイントにも困らぬ……困らぬが……その……』


 ニワがもじもじちらちらと俺の顔を見上げては俯いている。

 これがハニワの姿だったら何も感じなかったのだろうが、今は可愛らしい女の子。言いたいことはなんとなくわかる。


「ニワに何かあっては俺も困るしな。有事の際はもちろん力を貸すからな。遠慮するな。ところで、ニワは念話はできるよな?」


『無論じゃ。そうか、そうか……かーっかっかっ』


 ニワの沈んでいた顔がうそのように明るい笑顔へと変わった。迷宮主なのに自分には力がないんだ、よほど不安だったのだろう。


「クロー……いくがぅ?」


「がう?」


「ああ、そうだな」


 ニワの高笑いともにお腹をさすりながらテーブル席から立ち上がっていたニコとミコが俺の側まで来ていてズボンを引っ張った。


 ——三日も経っているんだったな。


 思い出すと焦りが出てくる。


「それじゃあ」


 俺は屋敷に戻ることをニワに伝えた。


『うむ。分かったのじゃ』


 なぜか、大きな銀狼がニコとミコの後ろをピタリとついてくるが普通の獣はどうせ入ってこられない。悪いな。


 銀狼に心の中で謝りつつ、ニワに向かって右手を挙げてからゲートをくぐった。


 ――――

 ――


 一瞬で景色が変わり俺の使用空間に到着したんだが、俺はその光景を見て絶句した。


「これは……どういうことだ!」


 屋敷は焼け焦げボロボロと無残な姿を晒している。不安になった俺はすぐに気配を探ってみれば――


 ――あれ?


「みんなの気配は……ある」


 ――わけが分からないが、良かった。


「がぅ」

「がう」


「みんなは魔水晶のある管理部屋か?」


 ニコとミコがこくりと頷いた。駆け足で進み魔水晶の部屋に近づくとみんなの明るい声が耳に入ってきた。


 ——みんなの声、明るいな……?


 俺は益々わけが分からなくなった。


 そんなことを考えている間にも魔水晶のある管理部屋の前に辿り着いたが、ボロボロになった屋敷は隙間だらけだったから、すでに管理部屋の中が見えている。


「はあ?」


 ちらりと見えたみんなの姿。みんなは仰向けになっていたが、ケガをしている様子はない。でも、


 ――……なぜ? 妻たちだけが服を着ていてみんなは全裸なんだ?


 俺は急いで部屋の中に入った。

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