第104話

 非常階段とバタンと締まり開かなくなったトビラ(一方通行のため)を眺めて、俺はあることに気づく。


 このトビラを破壊すれば逆に短縮できるんじゃないのかと。


「ふむ」


 俺は物は試しとばかりに今出たばかりのトビラに向き直り軽く小突いてみた。


 ドンッ!!


「なんだ、意外と脆いんだな……」


 トビラに俺の拳より少し大きいサイズの穴が空き、穴の奥にはダンジョン内の空間が見えた。


「ほう。いけそうだな。次に来た時はここを利用するとよさそうだな……っ!?」


 そんな言葉を発した瞬間、俺は黒い闇に包まれていた。


『……破壊意思……感知……愚かな人間……お前に次などない……』


 ――む!


 その闇がどこから現れたのか理解する間もなく浮遊感に包まれる。


 ――転移か!?


 だが、その感覚は一向に収まることがない。間違いなくどこかに飛ばされたはずなのに、ふわふわと宙を漂っている感覚がずっと抜けないのだ。


 ――もしかしてさっきの声がここの主か? そう考えれば……次も何か仕掛けてくるか!? それともすでに仕掛けられている?


 不可解な空間に飛ばされたが、今のところそれだけだが、これで終わるはずがない。

 次はどのような手段にでるのか予想できないため、感覚を研ぎ澄ませて警戒する。


 ——?


 しばらく警戒してみるが、何も起こらない。そんな気配もない。


 ――そういえば……


「ニコとミコは無事なのか?」


 ふと、俺にまとわりついていたはずの二人がいないことを思い出し、真っ暗な空間に呼びかけてみるも返事はない。


 ――ふむ……すこし探るか……


 俺の周囲、範囲を広げつつ気配を探ってみるが、この空間、俺以外ほかの生き物の気配がまったくないことが分かった。


 しかも俺は転生して悪魔になったから視力には自信のあったが、一向にこの暗い空間の暗さに目が慣れない。


 ――長居は無用だな……


 この空間に居ても碌なことにならないような気がしたのですぐに魔法使う。


『我は所望する』


 所望魔法を使いこの闇世界からの出口を創りだして、すぐに潜り抜ける。


 ――そうか、この迷宮も所望魔法で深層までの出入り口を創り出せばよかったんじゃないか、よっと……ん? なんだこの部屋?


 創った出口から抜け出した先は小さなモニターらしきものが沢山ある大きな部屋の中だった。


 ——へぇ……


 まるで管理室を思わせるような部屋だった。

 モニターらしきものが天井や壁一面びっしりとあり何やら映しだしている。


 ——誰もいないのか?


 広くて管理室のような部屋だが、パッと見、誰もあるようにはいない気がしたが。


 ——ん?


 だがしかし、よく見ると、


『愚かな人間じゃ……ワシの迷宮を意図的に破壊するなどと、思い上がりも甚だしい。そんな鼻垂れ小僧など闇雲に呑み込まれるがいいのじゃ。

 呑み込まれてワシの不純物ポイントになってもらうわい。かっかっか……

 もうそろそろいい按配じゃと思うのじゃが……うむ、おかしいのう……まだポイントは増えておらんのぉ……』


 奥の方でモニターを眺めながらぶつぶつと何やら呟いている変な物体がぷかぷかと浮かんでいた。


 ――何かいるな……それにポイントとか聞こえたが……なんのことだ……


 どうも俺はそいつの真後ろの位置に抜け出たらしくすぐにバレることはなかったが、どんなヤツなのかまでは今の位置からはでは確認できない。


 ——ま、逆に気づかれもしないからいいのだが……しかし、この部屋はモニターがチカチカしていて眩しいな……いったいヤツは何を見ているん……っ!?


 変な物体が眺めているそのモニターらしきものに目を向けた俺は、その眩しさに思わず目を細めてしまうが、その映し出されていた映像を見てその眩しさも吹っ飛ぶ。


 ――ぶはっ!


 無数にあるモニターには女ハンターたちが、四つん這いになっていたり、飛び跳ねたりと活発に動き回る姿が映し出されていた。


 ――……な、な、な……


 躍動感あふれるおっぱいやお尻、太ももの数々。揺れまでもが鮮明に捉えられおり、しかも、その映像は色々な角度から映し出されている。


 ――ここは……桃源郷なのか……


 男の性なのか、それとも本能なのか、俺はすぐにそのモニターらしきものに釘付けになった。


 ――実にすばらしぃ……コホンッ、け、けしからんな……ん!?


 だが、そのすばらしき時間はすぐに終わりを告げる。映像が切り替わったのだ。


 ——ぶはっ!?


 次の映像は男ハンターの筋肉だった。男の顔がアップになったかと思えば、日焼けして照り輝く筋肉、ムッキムキの筋肉がデカデカと映しだされたのだ。


 ――……目、目が……


 俺は無数にあるモニターの中に癒し(女体)を求めるが、そこに映しだされているのは――


 ——ぐはっ!


 やっぱり男の筋肉の数々。ぶ厚い胸板に割れた腹筋、鍛えられた太もも、さらには盛り上がった漢たちのブリーフパンツ姿までも見つけてしまった。

 しかも、そんな映像が色々な角度から映しだされているのだ。


 ――だ、ダメージが……


 正直すぐに顔を背けたいところであるが、再びモニターが切り替わることを信じて視線を漂わせていると、あることに気がついた。


 ――はぁ、はぁ、はぁ……?


 見上げるような映像、上空から見下ろす映像、たまにハンターたちのアップが見えれば次の瞬間にザザーと砂嵐になっている。

 しかしその砂嵐も時間とともに綺麗に晴れていて迷宮らしき風景になっている。


 ——もしかして……


 俺は地下十階層までにいた一つ目の弱っちい魔物たちを思い出した。


 ――このモニターはあの魔物の視線の先ってことか? ふむ。では、ここは無事に迷宮内に戻ってきているのだな。


 気配を探れば、はるか上空にニコとミコの気配を感じた。


 ――間違いない。ではヤツがここの迷宮の主か?


 さっさと脱け出すつもりだったが、目の前のヤツが主ならば話は別だ。


 みんなには悪いと思うが、すぐに済ませればそれほど時間もかからないだろう。


『かっかっか……どれ、もうそろそろ小僧はポイントになったかのぉ?』


 再び聞こえた変な物体からの呟き……


 ――おっと、こうしてはおられないな……


 俺は気配を殺し背後からゆっくりと近づいていく。


『おかしいのぉ……まだポイントになっておらんぞ……あともう少しでランクアップするのじゃが……』


 ――ランクアップ? ……ん? またモニターが切り替わった……ほほう。


 再び女ハンターを映し出したモニターらしきもの。この光景は俺が先ほど望んでいた癒しの光景。

 しかも、俺自身がモニターに近づいていたことで、先ほどよりも大きくより鮮明に見えた。


『次のランクにはあれが、間違いなくあるはずじゃ……もし、なかったら……いや、ある、あるのじゃ……ワシはそう信じておるのじゃ!』


 ――けしからんな……


 変な物体はぶつぶつうるさいが俺はモニターの中の女ハンターが気になり視線はずっと釘付けに。


 ――む! おっ、もう少し右に……そうそう右だ右……おおっ……


「すばら……ふむ。実にけしからんな……」


 夢中になってモニターの中の女ハンターを眺めていたせいかナイスアングルになった瞬間に思わず声が漏れてしまった。


『ん?』


 その瞬間にぷかぷか浮かんでいた変な物体が振り返る。

 

 ――うおっ!


「……は、はにわ?」


 そいつは三十センチくらいの埴輪(はにわ)のような姿をしていた。右手を下に左手を上げた変になポーズをとったままの埴輪らしき物体。


『人間? なぜ、人間がこんなにところに……』


 その埴輪が言葉を発している。知性もあり言葉も発することができているということは、やはり目の前の埴輪が迷宮主なのだろう。そして俺をあの空間に飛ばした犯人の可能性も。


「俺は人族じゃない悪魔だ。お前はここの迷宮の主なのか?」


 俺はそう言いつつも人化を解き悪魔の姿となる。未だにバリバリッと破ける上着には慣れないが――


 ――ん? 破けた俺の上着が迷宮に吸い込まれた……?


『……悪魔じゃと……ぐぬぬっ、いつの間に入り込んだのじゃ! ふん! あいにくと主はおらん、ワシは忙しいのじゃ、さっさと出ていけ!!』


 そう言うと埴輪がトビラがあるらしい方向に左手を向けた。と言っても埴輪の身体だ、左手だけを動かすことができないようで身体ごとその方向を向いている。


「おい、ちょっと待て。俺はちょっと話がしたいだけで……」


『ええい悪魔め。出ていかない出というなら力ずくで追い出してくれるわ……』


「だからちょっと待てって……」


 目の前の埴輪は、よほど悪魔の存在をよく思っていないようで、取りつく島もなく臨戦態勢に入った。


『我が声に応えよ……キマイラのペケ!!』


「ぬっ!」


 ――キマイラは伝説の生物だったという曖昧な記憶がある。そんなヤツをここに呼び出すというのか!?


 瞬く間に埴輪の目の前に大きな魔法陣が浮かび上がり、中型サイズの魔物が一体だけ飛び出してきた。キマイラと言うだけあってその魔物には頭が三つある。


 ――くるか!?


 俺は相手の初動に備えるべくとっさに腰を低く構えた。


 ——ん?


 だが出てきた魔物は埴輪から呼び出されたことがよほど嬉しかったらしく――


『わふんっ!』


 と、元気よく吠えると奇妙なシッポをパタパタ、ペチペチと振り始めた。


「……」


 身構えていた俺だが、そのキマイラは呼び出されてからずっと俺に襲い掛かってくることく埴輪に向かって尻尾らしき物をぺちぺちと振り続けている。


 ――キマイラ……なんだよな?


 俺は一度目を擦ってからもう一度そのキマイラをよく見る。

 

 そのキマイラは柴犬の頭と身体に、アルパカの頭があって、尻尾の先にはウナギの頭があった。


 ――たしかに頭が三つあるが……おかしくないか……


 俺は何度も目を擦りもう一度見直してみるが、柴犬は嬉しそうに舌を出し、アルパカがモシャモシャと咀嚼しているだけ。


 尻尾のウナギだけが少し苦しそうに見えた。


 ――あの尻尾はウナギだよな、息はできるのか?


『かーっかっかっか、ワシのキマイラが恐ろしくて声も出ぬか。悪魔であるお主でも恐ろしいのか。そうかそうか、かーっかっかっ……』


 ゆらゆら揺れ動く埴輪から愉快そうな声が聞こえてくる。


 柴犬は、まだ嬉しそうに尻尾のウナギをぶんぶん、ペチペチと振りついには埴輪の前でお座りをした。


 座りながらしっぽを振っているせいかウナギが地面にガリガリ擦り付けられどんどん弱体化しているように感じる。


 ――あのウナギ、ほんと大丈夫か?


 ウナギの様子が明らかにおかしい。それなのに埴輪ときたら勝ちを確信したかのように機嫌よく、空中でくるくる自転している。


『よぉし、いけ!! ワシの創り出した最高傑作キマイラのペケよ!!!!』


『あおん!!』


 嬉しそうに返事をしたキマイラは、埴輪の指示どおりすっくと立ち上がり俺の方を向くと、


 ――くるか?


 バタンッと倒れた。


「はあ?」


 尻尾のウナギがすでに生き絶えていたのた。どうやらそれが連鎖したのだろう。


 ——身体一緒だもんな。


 だが、倒れた柴犬とアルパカのその顔は苦しそうにしていたウナギの顔とは違い、悔いがないかのように目を閉じ安らかな笑みを浮かべて生き絶えていた。


 ――おいおい……


『な、なんと!! ワシの最高傑作のキマイラのペケをよくも……よくも……ぐうっ! さすがは悪魔……慈悲はないのだな……』


「俺はまだ何も……」


『よかろう……そっちがその気ならばワシも本気を出さねばなるまい』


「だから、俺の話を聞け……」


『我が声に応えよ……ドラゴンのフライ!!』


「ぬ!?」


 ――ドラゴンのフライだと! やはりこの世界にはドラゴンがいたのか! 曖昧な記憶として残る伝説の生き物が……最強で最悪の怪物……


 瞬く間に埴輪の目の前に大きな魔法陣が浮かび上がり中型サイズの魔物が一体だけ音もなく飛び上がった。


 俺は相手の初動に備えるべくとっさに腰を低く構えたが――


 ――来ない……む……?


 出てきた魔物はドラゴンらしいが、そのドラゴンは上空に飛び上がったまま一向に近づいてこようとしない。


 ――おかしい……


 音もなく飛ぶドラゴンに俺は少し違和感を覚え、その姿を見ようと目を凝らし絶句した。


「……」


 俺の目にはどう見てもドラゴンと呼ばれたヤツの姿がトンボにしか見えなかった。記憶の片隅にある昆虫のトンボだ。


 目を何度もこすり確かめるが、やはりトンボにしか見えない。


『かーっかっかっか、恐ろしいか? んん? その顔はフェイクだろ? かーっかっかっか、今度はこちらも油断はせぬ。あれはキマイラのペケのようにはいかぬぞ。かーっかっか……』


 ゆらゆら揺れて浮く埴輪から愉快そうな声が聞こえてくる。


『最強にして最悪のドラゴンのフライじゃ! さあフライよ、主の命に従い襲い喰らうのだ!!』


 ――ドラゴンのフライ……ドラゴンフライ……なるほど……


 そのトンボは知能が低いのか、そもそも埴輪の言うことなど、はなから聞く気がないのかトンボは上空を気持ちよさそうに飛びつづけていて、一向に俺を襲ってくる気配を感じない。


『フライ! どうしたのじゃ! いけ!! あの悪魔を喰らうのだっ!!』


 だがしかしトンボは気持ちよさげに上空を飛んでいる。


『フライ! いけ、いけと言っとろうが!!』


 だがしかしトンボは気持ちよさげに上空でホバーリングしている。


「ふーむ」


 ――さて、どうしたものか……


『ぐぬぬ、お主……ワシのドラゴンに何かしおったな』


「いや、あれはどう見てもトンボだろ?」


 ギクッ!


 埴輪は真っ黒の丸い目を一回り大きく広げると俺に背を向けると、


『……あ、悪魔よ。今ならワシの気分も良い。少しばかりなら話を聞こうではないか……』


 埴輪は白々しく遠くのモニターを眺めながらそんなことを言った。


「ほう。では、やはりお前がここの主なのだな?」


『……そうじゃ。いかにもワシがこのハの迷宮の主じゃ。おっと話は聞くのじゃから痛いのはなしじゃぞ。あと、割れやすいから衝撃もダメじゃぞ。分かっておるよな、な?』


「あ、ああ」


 俺の返事にホッとした様子の埴輪が忙しく動き回ると、


『で、何用じゃ、ほれ言ってみるがよい。ほれほれ』


 空中でくるくると回り、声高らかに胸を張った。


「……」


 埴輪の態度に少しモヤっとしたが、ぐっと我慢して俺はこの迷宮を支配地にしたい旨を簡潔に伝えた。


『論外じゃ。ワシの望みが潰えるだけで何の益もない』


 確かに埴輪としては益もなく面白くないだろう。

 俺への興味も失ったようで再びモニターへと視線を戻し体全体からお断りの雰囲気を出しはじめた。


 俺に転移の罠や呼び出した魔物が通じなかったっていうのに大胆なのか、もう忘れているのか……いや、そもそも俺と敵対したとしても叶えたい願いはなんだろうな。


「ちなみに主が何を望んでいるのか、聞いてもいいか」


『ふん! ただの悪魔ごときが知ったところで何もできんわい』


 埴輪は再び俺の方に身体を向けると鼻で笑う。

 しかも、この埴輪、格好つけたつもりなのだろう、空気の椅子に座るかのように埴輪の身体を斜めに傾けている。指摘はしないが。


「悪魔は願いを叶える存在だぞ。主よ……聞かせみろよ、その望みとやらを」


『悪魔らしい自惚れじゃな』


「ははん。さては恥ずかしいのか? お前の望みは恥ずかしいものなのだな、だから言えないんだろ?」


 斜めに傾いていた埴輪がヒュンと直立するとその場でくるくる自転し始めた。


『ぐぬぬっ……ワシの願いを低俗扱いするとは! いいだろう。望みを叶えることができるのならばこの地を支配地として感情値とやらを持っていくがいい……』


「ほう」


『ただし、ワシの望みを叶えることができなければ、お主は一生ワシの駒として不純物を集め続けるのじゃ』


「いいだろう。というか、その不純物ってのはなんだ?」


『ふん。不純物とはそのままじゃ。この迷宮以外のもの。外部から入り込んだもののことじゃ。ホコリやゴミに人族や悪魔だってワシはありとあらゆる物を不純物と呼んでいる。

 それをワシの迷宮が吸収することで不純物ポイントへと変換するのじゃ。

 それがワシの力の源であり、迷宮構築に使われるのじゃ……

 まぁ、それ以外にも色々とあるが、企業秘密なのじゃ、これくらいでよかろう』


 ――ふむ。要するに何らかを迷宮内に持ち込み吸収させてやればいいんだな……


「わかったそれでいい」


『かーっかっかっ、後悔するなよ、ワシの望みは………じゃ』


「ん? すまん。よく聞こえない、もっと聞こえる声で話してくれ」


 埴輪は、よほど恥ずかしいのか、その場でくるくると自転しつづけていてその内容がよく聞きとれない。


 もしかしたらわざと聞き取れない声で話しているのではと疑いたくもなる。


『だから……じゃ』


「すまん。もう一度だ。よく聞こえん」


『あ〜だから、人間じゃ、人間、人間になりたいのじゃ』


 埴輪が必死にモニターに向かって左手を向けた。


「なるほど。人間……人間ってのは人族のことだよな……?」


 聞けばこの埴輪、もともと人間だった頃の記憶が僅かに残っていたらしく、それを思い出しては懐かしみ続けているうちにだんだんと憧れるようになったのだという。


 迷宮内のところどころにあった違和感は人間だった頃の記憶があるために、それが迷宮にも反映されているのだという。


 迷宮に入り込んだ人族のモニタリングのことだ。

 どうにもならない心の葛藤を紛らわしていたのだという。


 埴輪は口にしなかったが、部屋の片隅をよく見れば土でできた人型の土人形が綺麗に並んでいたが、その土人形はどれも同じような顔貌、体型をしている女の子だった。


 おそらく無意識に自分の記憶にある姿を作っていたに違いないと勝手に思う。


「ふむ」


 ――埴輪を人族にか……俺にできるのか?


 俺は悪魔になって、初めて自分の使う所望魔法に不安を覚えるも、もう後には引けない。


 俺は今まで以上に集中し土人形の女の子に似た人族のイメージを固めて魔法を使う。


『我は所望する』


『ふん、何が所望じゃ。ほれ分かったじゃろうが、悪魔ごときにどうにかできるものでもあるまいよ……

 かーっかっか、だがな、まだ諦めておらぬのだ。ワシはこう見えてランクが上がればできることが増えていくのじゃ……まだまだやれるのじゃ……

 それゆえにお主にはたっぷりと働いてもらうからの……かーかっかっ』


 マリーと同じくらいの背の高さ(15、6歳くらい)の黒髪の女の子がない胸を張って高らかに笑っているが、その表情はどこか寂しげだった。


 ぱっちり黒目の整った顔立ちで、腰まである黒髪をツインテールにしているためか少し幼く見えるが可愛らしい感じの女の子。


「よし」


 俺がぱっと見た感じでは土人形と変わりない姿に人化できているように感じるが、


 ――うーむ。ちっぱいがちっぱいすぎたような……?


 胸を張ってもツルペタの胸の女の子の姿に少し申し訳ない気持ちになる。マリーよりもちっぱいだから余計に。


『では、さっそくワシのために今から迷宮の外に行って大きな不純物を……?』


 埴輪が俺に右手の人差し指を向けたことで違和感に気づいたらしい。


「どうだ……人族になった気分は……と言っても見た目だけだ。お前はここの主に変わりないからな。望めばいつでも埴輪の姿にもなれるはずだぞ」


『……』


 埴輪が自分の両手のひらを眺め、その後は頭や顔、身体中をペタペタと触りぷるぷると震えだしたかと思うと突然俯いた。


「おい、主?」


『……じゃない……』


「は?」


『ワシの名前……主ではないのじゃ、ニワじゃ』


 ――ニワ? ……埴輪から取ったような名前だな……ってどうでもいいことか。


「……ニワね。ニワこれからよろしく頼む。これでいいんだよな?」


『かーっかっか。よかろう、この迷宮をお主の支配地とやらにするがよい……感情値とやらもくれてやるわい。かーっかっか……』


 ニワが俺から顔を背けて高らかに笑っているが、俺は目がいいから見えるんだよな。

 ニワの目の端に涙が少し浮かび上がっているのを。


「助かるよ、ニワ」


 これから持ちつ持たれつの関係になるんだ、もちろん俺は気付かないフリをするのだが。


『かーっかっか……』


 ニワは笑ったままこちらを向かないが、すぐに俺の頭に悪魔の囁きが聞こえてきた。


【ハの迷宮の意思を受理。ハの迷宮は悪魔クローの支配地となった】

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