第102話
「ニコ、ミコ待ち長かったが、やっと俺たちの番が来たぞ」
俺が二人に声をかけ立ち上がると……
「そうでもないのよ。いつもこんな感じですのふふ」
ニコたちの代わりに返事をするムチ美女。しかもわざとらしくおっぱいまで揺らしている。見るけど。
「……」
結局、人族のムチ美女は、さも俺たちのパーティーメンバーかのような顔で、俺たちの隣にそのまま居座りつづけた。
面倒そうだからと無視していたのに、意味がなかったようだ。
「ふふ、本当にかわいい子たちね」
「……がぅ」
「……がう」
ニコたちを見て頭を撫でなが笑みを浮かべるムチ美女。でもニコたちはどこかしょんぼりとした雰囲気というか、ここまでは、はしゃいでいたように見えたのにやけにおとなしい。
――ふむ。
しかし、ムチ美女の笑みは、とても人族とは思えないほど妖しく艶やかで、ちょっとした仕草までも色っぽい。
——魅了系のスキルでも持ってるのだろうか? ま、俺には効かんけど。
もちろんニコとミコにも効かないけど、なぜか二人はピクッと反応したかと思えば背筋をピンと伸ばしたあとに慌てて俺の後ろへと隠れてしまった。
――? おいおい。見習いとはいえ仮にも悪魔が人族相手に怯えてどうするのだよ。
そうは思うが口にしたところで変に思われるだけなので口にはしない。
こんな時はさっさと中に入ったほうがマシだな。
「ほら、ニコ、ミコ。俺の足にしがみついてないでさっさと行くぞ」
「……がぅ」
「……がう」
渋々といった感じで離れた二人だったが、
「ほんと、素直でいい子たちね」
ムチ美女……面倒なのでムチ女と呼ぶが、そのムチ女の余計な一言で、二人はまた俺の足にしがみついてしまった。
「はぁ」
必死にしがみつき離そうとしない二人に根負けした俺は……このまま歩くことにした。
「そのまま離すなよ」
二人がこくりと頷く。軽い二人が両足にしがみついたところで、俺の歩行にはなんの影響はないが、なんか遥か昔に合体ロボの真似事をして体格のいいヤツにしがみついて遊んだ記憶が……ガシーンガシーンと口で擬音をつけて遊んだ、そんな変な記憶があるようなないような。
まあいい。そんなことを考えてつつ歩いていると後ろに並ぶ女ハンターたちからも反応がある。
「あの子たち、疲れたからお父さんの足に掴まってるのかしら」
「小さくて、かわいいね」
「小さいのにここまで頑張って来たんだ」
「でもそんな小さな子を、こんな奥まで連れて来るなんて非常識」
そんな声がいっぱい。全部聴こえてるんだけどな。
「しかし、女ハンターは肝が据わっているのか? ボス戦前だというこに緊張のかけらもないな。俺のことより自分の心配でもしてろっての」
後ろの女ハンターたちにチラリと目をやりそう呟くと、
「ふふ、入ってみれば分かるわよ」
と口を挟んでくるムチ女。そして、さりげなく俺の右手を握ってこようとしてきので、気づかないフリをしつつ少し歩くペースを早めて開いているトビラまで進む。
「まあ……ふふ。見かけによらず照れ屋さんなのね。かわいい……」
「……」
――――
――
「なるほど……お前の言っていた意味が分かったわ」
俺はあたり一面に落ちている大きめの石を拾った。
「そう? でもいい加減わたしのことヨーコって呼んでほしいわ」
ムチ女も、わざわざ俺の正面にきて小さな石を拾う。
見ようとしなくても溢れそうになっているおっぱいの谷間が嫌でも目に入る。
――け、けしからん……じゃない。こいつ何を考えている、絶対わざとだろ……
「ふふ」
――ほらな……
せっかく見せてくるのだ。ならばと思い遠慮なくおっぱいを凝視すればすぐ反応して笑みを浮かべてくる始末。
――行動の意味が分からんが、こうもあからさまだと怪しさ満載。警戒もするさ。
「それは必要ないな。お前とはここを通り抜けるまでの話だったろ?」
「……あらあら、あの子たちも頑張っているわね」
――こ、こいつ……わざと聞こえないフリをしたな。
少しイラッときたが、見ればニコとミコが競い合うように小さな石を高い位置にあるカゴに向かって放り投げている。
「ふむ」
ニコたちを見てると、小学校というところで玉入れをしていた記憶がふと浮かび上がり、少し懐かしい気分になった。がまあそれだけだ。
――しかし、これはなんなんだ……
地下十階層にはボスがいる聞いてからずっと警戒していた自分がバカらしく思う。
「グォォォォォ!!」
ゴーレムのような石の大きな人形が両腕を挙げて雄叫びを上げた。
「あら早いわね。あれはあと半分って合図ですのよ」
「……そうか」
ここのボスは大きな籠を背負った大きな石の人形(ストーンゴーレム)だった。
勝利条件は背負っている大きな籠に、落ちている石を入れて籠一杯にすること。そうすればゴーレムは数枚の銀貨を落とし背後にある大きなトビラが開く。
もちろんその先が地下十一階層へと続く道だ。
それに早めに籠を一杯にするとボーナスがあり、その時はゴーレムの口が開き中から金貨がランダムに吐き出されるらしい。
それがあるから女ハンターたちからの人気は尽きないのだと。肉体的にはきついが、そのキツさも苦にならないのだと。ムチ女が言う。
――やっぱり俺が思っていたの迷宮と違う……よな……
ちなみに敗北条件は時間切れだ。その時はストーンゴーレムの目の光が消えて動かなくなり、この部屋の右横にある地下一階層につながっている(一方通行になってる)部屋へのトビラが開くらしい。
らしいと言うのはこのムチ女も、まだ敗北したことがないからだ……
それだけ制限時間はたっぷりあるということだろう。
――……ふむ。
たしかに、右横のトビラへ目を凝らしてよく見ればホコリが溜まっているように見える。
通りでボス部屋の前なのに緊張感のない女ハンターたちがたむろってるはずだよ。
あ、そうそう、この一方通行のトビラはどの階層にもあるらしい。迷宮はどこも親切設計なのだろうか。考えたところで分かるわけないが。
ほんと俺の迷宮に対するイメージ(殺伐したイメージ)がどんどん壊れていくわ。
「ふふふ。私のこれで最後ですわね」
ムチ女がソフトボールサイズの石を手に持ちわざわざ俺の方に身体を向けてくる。
さっさと入れてほしいものだが。
「ああ。そのようだな……」
部屋中見渡したが残る石はムチ女が手に持つ石のみだった。
ちょうどゴーレムの籠もこれで一杯になるようだ。よく考えてある。
――なるほど……早い話が部屋中の石を全て入れれば勝利だったってことか……
「入れるわよ……」
ムチ女が笑みを浮かべたまま、まだ俺を見ている。
「ああ……」
「入れるわ……」
そう言って、お尻をちょっとフリ投げる真似をしたムチ女は大きなおっぱいを揺らした。
「……」
「ふふ」
「……ふふ、じゃねぇ、早く入れろよ」
ムチ女はおっぱいとお尻を揺らすだけで石は投げない。
——なんだこいつ。
「もうせっかちね。最後はあなたにいれてほしかったのよ」
ムチ女がにまにましながら、“いれて”を艶っぽく言う。
これが妻たちならばうれしく思うのだが、今の俺にはなぜか不愉快にしか感じない。
「……」
「ふふ……そんな怖い顔しないで、冗談よ、冗談。はい」
にこりと笑ったムチ女はあざとく首を傾げると、ペロリと小さく舌を出しその石を俺へと差し出してきた。
「……」
俺は無言でその石を掴むとゴーレムの籠へと放り込り投げた。
「グォォォォォ!!」
ゴーレムから雄叫びが上がると、ゴーレムの背後にあるトビラがガコンと音を立てて開いた。聞いていた銀貨が出ない。ここでもニコかミコに譲るべきだったのかも。
でもやってしまったものはしょうがない。
「すまん。銀貨も金貨は出なかったがトビラは開いた。お前とはここまでだ」
俺とムチ女から少し離れた位置で待っていたニコとミコを両脇に抱えるとさっさとトビラへと向かった。
「そう、残念だわ」
ムチ女もそれ以上は何も言わずついてこなかった。
少しホッとしている自分がいて少し驚いたが俺たちは何事もなく地下十一階層へと進んだ。
「なぜ効かないのかしら……ほんとうに残念だわ」
首を傾げた女ハンターがボソボソとなにやら呟くとポンッと気の抜けた音を鳴らしその姿を変えた。
「ふふ。でも、これであの子たちの報告の意味が分かったわ」
黒装束からはみ出す、銀色の耳がパタパタと揺れ、銀色の尻尾は気持ちよさげに揺れた。
「……でもね。あと一つ……たしかめなくっちゃね。ふふ、楽しみ」
黒装束の女がペロリと舌なめずりをすると、黒装束の女は暗闇に溶け込むように消える。
ストーンゴーレムの部屋は静寂を取り戻した。
その数分後、人の気配がなくなった部屋の中でゴーレムが静かに起動する。
「グォォォォォ!!」
ゴーレムの雄叫びが部屋中に響き渡り、背中の籠から石が勢いよく飛び出す。
その石は部屋中に散らばり背中の籠が空っぽになるとトビラが再び開く。
ガコンッ!
「すごいよ」
「もうトビラ開いたよ」
「今の子連れ新記録なの? 金貨出たのかな?」
「出たかもよ、いいなぁ」
開いたトビラから女ハンターの賑やかな声が響き渡る。
だかしかし、その声に緊張感はない。
――――
――
「む、おかしい」
「ん?……がぅ?」
「……がう?」
地下十一階層に降りてからは、男ハンターたちと合流できる構造になっていた。
「おう、どうだ。勝ったか?」
「たんまり稼いだぜ」
「こっちもだよ、なぁ?」
「うん。こっちもなかなかの稼ぎだよ」
「じゃあ、いつものように十五階層のボスを倒したら帰るか」
「そうこなくっちゃ」
男と女のハンターが合流して一つのパーティーが出来上がる。そのパーテーは当たり前のように奥に進み始めた。
そんなパーティーがごろごろ。
「なるほどね……」
この階層の魔物もちょっと凶暴になっていて俺が倒しても普通にドロップした。
まあ、それは別にどうでもいいことなのだが俺が気になったのは――
『ナナ、セラ。すまんがこれから先、念話が届きそうにない』
『クロー様、それは少し危険ではありませんか?』
『ええ〜クローさま。やっぱりあたしも行きたい〜』
二人はことあることに報告と言いつつなんでもないようなことを念話してきていた。というか、それは二人だけじゃない。
『なんだ、なんだ。クロー様、何か面白いことにでもなりそうなのか?』
『クロー様。私も連絡が取れないのは危険だと思うのですが……』
『クロー様、甘栗なくなったカナよ。全然足りないカナよ』
願い声の仕事をしてない時は、みんなの雑談がそのまま念話で流れてくる。垂れ流し状態だった。
まあ、女ハンターに気を取られていた俺は『ああ』とか『うむ』としか送ってないが……
だからこそ突然プツリと切れた念話を変に思いすぐに分かったのだ。
あ、そうそう。くだらない雑談念話の中でもナナの念話に面白い話があった。
なんでも見習いメイドのニコスケとミココロが勝手に俺についてきたものだから、クロー様の屋敷内で不手際があってはならないと完璧主義のセラがメイドの格好をしてその役目を全うしているのだと。
エリザたちのお弁当もセラが作ったらしい。俺もちょっと食べてみたいが、念話をしている今も屋敷中を清掃しているらしい。
ナナは「似合わないんだよ」とケラケラ笑っていたが、俺はその姿が気になる。セラのメイド姿を見てみたい。
『まあ、なんだ……早めに終わらせて帰るつもりだから後のことは頼むぞ』
『ぐっ……お任せください』
『ええ〜。クローさま〜』
皆は渋々といった感じで返事をくれたが、ナナだけがなかなか良い返事をしてくれない。
出かける時には納得してくれたはずなのに、セラの返事が重いのも少し気にはなる。
もしかしたら念話が使えるからと納得していた部分があったのかもしれない。
そう思い至った俺は、仕方がないので――
『いいか……ナナは俺の代わり。支配地代行だからな……何かあれば感情値の使用でもなんでもやっていい。頼りにしているぞ』
ちょっと俺が頼りにするとうれしそにすると分かっているナナだから、俺は軽い気持ちで持ち上げる。
『クローさまがあたしを……えへへ。わっかりました。あたし、クローさまの代行頑張りますよ』
『うむ。頼むぞ』
そう念話で伝えると、今度こそ皆の気が変わらないうちに俺はさっさと念話の入らない領域に進んだ。
「ふぅ。さてと……ニコ、ミコ。長く時間をかけると後がうるさそうだから、さっさと先に進むぞ」
「がぅ」
「がう」
返事をした二人がぴょんぴょん跳ねながら隣をついてくる。
二人は地下十階層でしょんぼりとしていた雰囲気と違って、どこか楽しげな雰囲気を漂わせていた。
――――
――
「ふん!」
俺はカタツムリのような魔物を殻ごと粉砕した。まあザコだな。
「またニコの勝ちがぅ」
「むぅ……もう一回がう」
二人も競い合うようにカタツムリのような魔物を殻ごとサクサクと斬り裂き狩っていく。
途中、魔物を追いかけて、まったく違う方向へと進みだす二人を追いかけるのにも慣れた。
俺たちはまったくと言っていいほど苦戦するようなこともなく、順調なペース? で地下十三階層まで進んでいた。
そんな時だった。
【第9位配下ナナが第8位に昇格した】
――は? いくら感情値を使っていいって言ったからって……また急に……
【第10位配下イオナが第9位に昇格した】
【第9位配下イオナが第8位に昇格した】
――おいおい!? イオナもか!? いったいどうなっているんだ??
【第10位配下ライコが第9位に昇格した】
【第9位配下ライコが第8位に昇格した】
――ライコまで……
【配属悪魔セラバスがクロー専属の執事悪魔へと進化した】
【配属悪魔マゼルカナがクロー専属の管理悪魔へと進化した】
――進化? セラバスが進化? というかマゼルカナって誰だ?
【キミいいね、いいよ。配属悪魔の進化は初めてのことだよ】
――悪魔の囁きのあとに悪魔の声? 何のことを言っている?
俺は状況が何も分からず首を捻ることしかできなかった。
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