第100話

 ―チカバ森の上空―



「ったく、カマンティス様も悪魔使いが荒いぜ……なぁヤブキリよ」


「いいじゃねぇか。その後の楽しみだってあるだろケケ」


 上空を羽ばたく、全身が昆虫のような緑の甲殻に覆われた二体の悪魔が、何かを思い浮かべると、無数にある小さな鋭い牙をカチカチと鳴らした。


「クケケケッ。そうだったな……しかし、ゲーゲスのクソッタレな支配地を手に入れた物好きの悪魔が、どんな奴かと思えば、他の種族に寄生しないと生きていけない、小賢しいだけのデビヒ(デビルヒューマン族)だったとはな……いや、ゲーゲスの次にディディスっていうマヌケな廃棄悪魔がいたっけか? たった一日だけのマヌケが。クケケ」


「ケケッ、ゲーゲスだろうがディディスだろうが消滅した悪魔など考えるだけ無駄だせ。

 それよりもこの辺り一帯は、空間使用料が桁違いに高いってカマンティス様が散々愚痴ってたはずだよな……他の支配地の足を引っ張るだけよ支配地だと。

 ケケケ、バカだぜ、ザマァみろだぜ……どうせ何も知らずに手に入れたんだろうよ」


「クケケケッ違いねぇ。デビヒが調子に乗るからだ。その支配地持ち悪魔になったらしいデビヒはマヌケ面を晒してどっかにぶっ飛んで行く始末……獲たばかりの支配地を放ったらかしてな。

 普通ならありえんが、なぁヤブキリよ……俺たち……ほんとに追わなくてもよかったのか? カマンティス様から怒られないか」


「ササキリよ。奴はあの寄生しないと生きていけない小賢しいだけのデビヒだぜ。ま、他の種族に寄生していなかっただけマシなデビヒなのかもしれんが、俺らが気にする悪魔族ではないぜ」


「それはそうだが……」


「ケケッ。カマンティス様には獲たばかりの支配地を放り出して好き勝手やってる頭のぶっ飛んだデビヒだったと報告すればいいんだよ……

 ディディスってヤローを殺れたのもゲーゲスとやり合って弱っていたところを殺っただろうよ。単に運が良かっただけの小賢しいやつなのさ……なんていったって奴は……」


「「寄生のデビヒ(悪魔否)」だろ?」


 そう言って二体の昆虫のような見た目の悪魔は六本ある腕をお腹に抱えてケラケラと笑い合った。


 しばらく笑い満足すると、ササキリは隣を並んで飛んでいるヤブキリと呼んだ昆虫のような悪魔を横目に見る。といってもこの二人はどちらも複眼なのでその視線は捉えにくいのだが。


「ケケッ、お前も分かってきたじゃねぇか」


「クケケケッ、当たり前よ」


「ケケッ、しかしうまく殺ったもんだなデビヒのくせに。ケッ」


「ああ、クケケケッ、生意気だな。デビヒで殺れるなら俺でも殺れたぜ」


「違いねぇ。ケケッ。ただそんなヤツでも殺した後に付いてくる支配地が最悪だぜ? カマンティス様が使用料が高いと諦めていただけに、俺らが勝手に手に入れたところでカマンティス様の怒りに触れて殺されるだけ」


「そ、そうだったな……クケケケッ」


「まあ、ゲーゲスはこそこそ、ちまちまやっていたが、あのデビヒは生意気にも配下が三人もいやがった。バカなヤツだよな。間違いなくすぐに感情値が尽きて消滅するだろうから、そうなる前にカマンティス様に報告でもするかねケケケッ」


「そうだな。クケケケッ」


「ケケッ、おっと見えてきたぜ」


 悪魔は小さな森の中に少し開けている場所を見つけるとカチカチと嬉しそうに口を鳴らした。


 その開けた場所には小さな青い渦が渦巻いている。


「クケケケ、さて今日は何人いるかあ? ダンジョン内だと別空間だからな……好きに悪気を放っても聖騎士たちにもバレやしねぇ。クケケケッほんといい狩り場を見つけたぜ」


「おいヤブキリ。言っとくが、今回は俺が喰う番だからな」


「分かってるってクケケケッ……なぁ、破片だけでもくれよ……俺は早く強くなりてぇんだ」


「ああ? お前さ、これを受け取ってから少し焦ってないか、それに血肉をよく欲しがるようになったようにも感じるが?」


 ササキリが魔水晶によく似た小さな水晶を懐から取り出すと、ヤブキリも同じように小さな水晶を懐から取り出した。


「クケケケ、だってしょうがねぇだろ。これを持って喰らえば強くなれるうえに美味いんだ。人族がここまで美味いものだとは思いもしなかった」


 空を飛びながらもヤブキリは、取り出した小さな水晶を眺めた。


「クケケケッ、じゅるるっ……あれはほんと美味ぇ」


 ヤブキリは以前に口にした血肉の味を思い出したのか、口元からヨダレを垂れ流す。


「ケケッ、そんなことお前に言われなくても分かっている。これを手にした日から、奴に聞いた通りにしたおかげで俺たちの保有感情値はぐんぐん増えている。

 この調子なら悪魔格が上がる日も近い……」


 通常ならば配下契約した悪魔の集めた感情値は、主の支配地にある魔水晶へと吸収される仕組みにとなっていて、配下は必ずその登録をする。


 だが、それを吸収されることなく己の保有感情値にする手段が、この手にした小さな水晶を身につけ、契約者の血肉を喰らうことで可能になっていた。


「クケケケッ、そうだ、もうすぐなんだ。だから俺にも少し分けてくれよ」


「ダメだ。お前だって前回、俺がそう頼んでも一人で喰っただろうが」


「わ、悪かったな。クケケ。喰い始めると美味すぎて夢中になるんだよ……」


「それは俺もだぜ。ケケッ、共食いになりたくねぇだろ?」


「……それはイヤだなクケケ」


 二体の悪魔は目的値であったチカバの森ダンジョンの前に上空から一気に下降すると、いつものように慣れた手つきでその渦に手を伸ばす。


「さあて。クケケケッ、いるか? いるな……一人……二人……クケケなんだ二人か……まあいい、別々にいるから狩りやすいしな。じゅるるっ……おっと」


 ヤブキリは口元から滴れる粘りある液体を右手で乱暴に拭った。


「ケケッ、おいヤブキリ。いつもの通りだが分かってるよな?」


「クケケケッわかってる。俺が人族を襲い助けを求めて泣き叫ぶまでたっぷりといたぶる。

 お前がそこに現れてその言葉を拾い上げ契約する。そして俺を追い払って契約履行って寸法だろ。クケケケッ二度もやってるんだ慣れたもんだぜ」


「それならいいがケケッ、助かったと安堵した後に、絶望に染まっていくあの顔がたまんねぇんだよな。感情値もグンッと跳ね上がるぜ。ケケケ!」


「ああ、あれはたまんねぇ。美味みも跳ね上がるしな……じゅるるっ……思い出したら……またヨダレが出てきたぜ……」


 ヤブキリは先ほどよりも多く滴れた液体を右腕で乱暴に拭った。


「な、なあ……クケケ、肉の破片だけでも……」


「ケケッ、ダメだ。今回はすべて俺の感情値になってもらう」


「はぁクケ、……そうだよな、分かってたさ」


「ケケッ、ほら。早くしろ」


 二体の悪魔は人族の気配を探りその位置を把握すると、太く発達した両足から繰り出される脚力を使って一気に距離を詰めていく。


 この二体の悪魔にとってチカバ森のダンジョンは慣れたものであり、当然その地図も頭に入っていた。


 悪魔たちは人族に向かって最短距離を進んでいく。


「いた、クケケケッ」


「ヤブキリ。ケケケッ、やり過ぎて殺すなよ」


「分かってる」


 ササキリは少し離れた位置に隠れて待機し、ヤブキリは一人で歩いているハンターの、隙だらけの背後と跳躍すると殺さない程度の力で蹴りつけるフリをして、


「キェェェ!!!!」


 グシュッ!!


 わざと足にある鋭い爪に肉片がこびりつくよつにえぐり蹴る。


「きゃっ……!」


 背肉をえぐり蹴られた女ハンターは数メートル蹴り飛ばされた後もその勢いが止まらず2、3メートルほど転げた。


「あ……ああ……ゔっゔぅっ……ぐっ……」


 ニヤリと笑みを浮かべたヤブキリは足の爪に付着した血肉を手に取ると、しゃぶりつくよう喰べた。


「クケケケッ、ああ、ウメェぇ」


 突然、背中への衝撃があったかと思えば飛ばされ何があったのか理解できないままの女ハンター。

 気づけば意識が飛びそうなほどの激痛が全身に走っている。

 特に背中が熱まで帯びているのに感覚がないことから背後から攻撃を受け、自分はかなりの重傷を負ったのだろうと理解した。


「ぐぅっ、まもの……か!?」


 身体に力は入らないがこのままではマズイと思い、女ハンターは左手で上体を起こしつつ右手を剣の柄へと伸ばす。


「クケケケッ、もっと喰いテェ…」


 だが、女ハンターが動けたのはそこまでだった。

 どうにか上体を起こしたはいいものの、恐怖を煽るその声を耳にしたとたん女ハンターは顔色を悪くした。


「あ……悪魔……」


 真っ赤な目をした昆虫みたいな悪魔が、口からカチカチと牙のすれる不愉快な音を鳴らしながらゆっくりと迫って来ていたのだ。


「な、なぜ……こ、こんなところに……」


 女ハンターは自分の意思とは関係なく、ガタガタと震えだした身体を必死に抑えようとするも、その行為は意味をなさず次第に全身の力が入らなくなり横向きに倒れる。


「クケケケッ、やっぱりウマそう…….ダナ」


「い、いや……くるな…….」


 ヤブキリは倒れたまま身動ができなくて怯える女ハンターの姿に満足げに頷くと、右手首を掴み女ハンターの身体を引っ張り上げた。


「うぐっ……い……いや……、……誰か……たすけ……て……」


 掴まれた女ハンターの足が力なく宙を泳ぐ。


 ――――

 ――


「む! 悪魔は下級強程度の悪魔が二体(やれないことはないな)……入り口に近いハンターの方に向かったぞ」


「「セリスさん」」


 不安そうな顔を二人に、大丈夫だとセリスは二人を見て頷く。


「うむ。今すぐに向かえば……おっと、忘れるところだった。ハンターがいるからな、念のためにこれを……」


 少し駆け出そうとしたところで、セリスは立ち止まり、三つの猫のお面を取り出した。


「これはあの時のお面ですか? でも色が……」


「うむ、そうだ。あの時のお面を主殿に頼んで色付きを二つ追加で出してもらった……エリザ殿は白のまま、マリー殿は青色、私は赤色だ」


 ある時は白黒猫隊。またある時は白にゃんこ戦隊。セリスの気分でいいように振り回されるエリザとマリー。


「これって……」


「あはは……」


 三人はアースレンジャーの如く(セリスに走り方を矯正された二人)、前傾姿勢を取りとても人族とは思えないほどの速さで駆けた。


「いたわ! あそこだわ!」


「大変、あの人悪魔に手首を掴まれてるよ!」


「うむ。私がヤツに斬り込むから、二人はあのハンターの方を頼む」


「分かったわ」


「うん」


 エリザとマリーの二人が頷くのを確認したセリスはさらにスピードを上げ右手に握った魔法剣に魔力を注いでいく。


「うぐっ……い……いや……、……誰か……たすけ……」


 掴まれた女ハンターの足が力なく宙を泳ぐ。


「ケケッ、いいだろう、この俺が助けて……「はぁぁぁぁっ!!!! たぁぁぁ!」


 もう一体の悪魔が飛び出すよりも一足早く、トップスピードの乗ったセリスが女ハンターと女ハンターを掴んでいた悪魔の間を駆け抜けた。


 シャキーン!


 トップスピードに乗ったセリスの魔法剣は、悪魔の腕を、甲殻に覆われ硬そうなその腕をいとも簡単に切断していた。


「グァァァァァッ!!」


 ヤブキリが切られた瞬間、腕を押さえて転がった。

 そこに追いついたエリザが女ハンターを抱き抱え、マリーがエリザを背に、新たに現れたもう一体の悪魔ササキリに向って魔法剣を構える。


「はぁ、はぁ、何とか間に合いました。セリスさん速すぎです……」


「う、うん。はぁ、はぁ、エリザ、今のうちにその女性にポーションを使ってあげて」


「ええ、分かったわ、マリー」


 一方、セリスはいうと、腕を切った悪魔ヤブキリの方へと向き直り魔法剣を構えると、悔しそうに呟いた。


「ブレイブスラッシュはこんなものじゃない。くっ、脇が甘かったか……」


「グゲッ、クケケケッ、き、貴様……何者だ……なぜ気配がない……あん? なぜだ!? なぜ腕が再生しない?」


「……ふん」


 よろよろと立ち上がったヤブキリはジロリとセリスを睨みつけると、鼻をすんすんとさせ何やら嗅ぎだした。


「!? それは魔法剣……すんすん……クケケケッ、メスの匂い……貴様らは聖騎士ではない……人族の抗う者か!?」


 思わず一歩下がる片腕になった悪魔ヤブキリ。その様子は少し腰が引けている。

 ただそんな悪魔ヤブキリとは反対に――


「よくも! よくも俺の邪魔を……ヤブキリ予定変更だ。ケケケ。こいつらを皆殺しにしてまとめて喰ってやるぞ」


 邪魔をされた悪魔ササキリはうっすらと全身を赤色に染めて怒りを露わにしていた。

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