第99話

「ここなら安全そうだぞ。エリザ殿、マリー殿」


 辺りをきょろきょろと確認してセリスがそう言う。

 その場所はダンジョン内でも少し開けた場所の中央辺り、四方に通路が抜けているのでいざという時には逃げ道に困ることはないが、ゆっくと落ち着ける場所かといえば、そうでもない場所でもあったが、セリスはある物が使いたくてそわそわしていたのだ。


 ちなみにこのダンジョンの魔物はツノの生えたウサギと牙の大きなヘビのみで脅威となる魔物は存在していない。


 それでも周囲を警戒し脅威となる気配を探ることに抜かりはない。これは聖騎士時代に培ったもので、その経験はしっかりとハンター活動にも活かされていた。


「魔物も気にするほどのモノはいない。どうだろうか?」


「うん。薬草も集まってちょうどキリがいいし、エリザここにしよう」


 元気に返事したマリーはガントレットの収納から、クローに貰ったレジャーシートをさっと広げた。


 そのレジャーシートにはかわいらしいネコのイラストが入っている。

 マリーはそのイラストを眺めると、その愛らしさに思わず笑みを浮かべた。


「うん。かわいい」


「あら、マリーもネコの絵柄にしたのね」


 エリザはマリーと色違いのレジャーシートをガントレットから取り出しマリーに見せる。

 二人は身近な猫を思い出し笑みを浮かべると視線は自然とセリスに移った。


「私か?」


 セリスは待ってました、とばかりに目を輝かせると、


「ふふふ、私はこれだ……討伐戦隊!! アースレンジャー!!」


 セリスは勢いよくそのレジャーシートを広げた。


 マリーが広げたレジャーシートだけで十分に広く事足りているので、セリスは別にレジャーシートを広げる必要はないのだが、それでもセリスはレジャーシートを広げた。


 セリスはどうしても見せたくて仕方なかったらしい。セリスが得意げに胸を張ると、大きなおっぱいが揺れる。


「あはは。セリスさんはクローに、でぃーぶぃでぃーぷれいやぁ? とかいうの出してもらってずっと観てましたもんね……へぇ〜きれいな七色で変わった姿をしてますね」


 格好よくポーズを決めたキャラクターが描かれたレジャーシートをマリーが眺めていると――


「ほう。マリー殿はそのブルーアースがいいのか? なかなか渋いな」


 セリスは何やら勝手に納得して頷いていた。


「あはは……ボクそんなつもりで言ったんじゃないんだけどな……」


「よく聞くのだマリー殿。主殿がいた世界というのはこのアースレンジャーによって守られた世界だと私は思うのだ。

 この後ろに描かれた悪の組織ウェル団は憎々しい奴でな……ああ、こっちのブラックアースとホワイトアースはな、実は悪の組織に……ん? エリザ殿ももっと近くにこないと見えないぞ?」


「え! わ、私は大丈夫ですわよ」


 エリザが両手を振って必死に断るが、スイッチの入ったセリスに通用するはずもなく。


「まあまあ、エリザ殿……」


「は、はあ……」


 頬を紅潮させて、かなり興奮しているセリス。そのセリスがエリザに向かって手招きをするので仕方なくアースレンジャーのレジャーシートに近づいた。

 それを待ってましたとばかりにセリスが得意げに語り出す。


「このレッドアースのブレイブスラッシュが強力でな……私でも使えないか今猛練習をしているのだ」


 一人で盛り上がるセリス。アースレンジャーのレンジャーシートを広げて変身ポーズを決めているキャラクター柄を指差し一人一人どんなキャラなのかをエリザに熱く語る。


「ま、マリー……」


 語り出したセリスの勢いが止まらない。逃げようにも肩を抱かれてセリスから逃げることができない。エリザはマリーに助けを求めて目で訴える。

 それにこくりと頷き応えてくれたマリーはふんすと気合を入れる。


「セリスさーん。それって作り話だってクローが言ってたから、そろそろ……セリスさーん……」


 しかし、マリーの声はセリスの耳に届かなかった。


「エリザ……ごめんね。ボクにはムリだよ」


 ――――

 ――


「おっと、私としたことが少々熱くなりすぎたようだ。エリザ殿、マリー殿この続きはまた帰ってから、戦闘記録の確認(でぃぶぃでぃ鑑賞)をしながら語ろうではないか。ははは……」


「ふふふふ……」


「ははは……」


 一人満足して愉快に笑うセリスと違い疲れ果てたエリザとマリーは乾いた笑みを浮かべた。


「さて、話は変わるが、これは私が聖騎士時代に魔力のある者は救えると信じ希望に燃えていた頃に買い込んでいたマジックシート(魔力確認紙)なんだが」


 急に真剣な表情になったセリスは三枚の折りたたんである紙を収納(ガントレット)から取り出した。


「へぇ……これで分かるんだ……」


「うむ。今、この魔力紙を購入しようとすれば届出が必要になり国や教会に誰が購入したのか知られてしまうが、これは私が聖騎士時代に使わずに所持していたものだからな。旧式タイプであるが魔力量と属性の確認ならば問題はあるまい」


「そっか……魔力持ちは基本的に国か教会に所属するんでしたね」


「うむ。今知られると厄介だからな」


「そうですね。でも、大きな紙ですね……まあ、魔法陣が描かれているのね」


 セリスがそのマジックシートを丁寧に広げていると、エリザが興味津々といった様子で覗き込む。


「うむ。この描かれた魔法陣に両手をのせると魔力量と属性確認の法術が展開される。

 もちろん魔力が無ければ黒く染まりそれで終わるが、魔力があればこの魔法陣の中心に適性のある魔法属性が浮かび上がる。

 そして、その魔力量が多ければ多いほどその浮かび上がった魔力文字が太くて濃くなる仕組みになっている。大まかだが知らないよりはマシだろう……エリザ殿、マリー殿では……」


 セリスがレジャーシートに姿勢を正した座るエリザとマリーの目の前にマジックシートを置く。


 エリザとマリーは、セリスに使い方を聞き終えると、そのマジックシートに両手をつけた。


「これでいいのかしら?」


「どうですか? セリスさん」


「うむ。それで問題ない。すまぬがそのままじっとしておいてくれ」


 それからセリスも同じようにマジックシートに両手を乗せる。


「分かったわ」


「うん」


 エリザと、マリーが手をついてすぐにマジックシートにその反応が現れうっすらと青白い光を放ち始めた。


「……!?」


「セリスさん!」


 不安になったらしいマリーが思わず声を上げたが、落ち着いた様子のセリスは静かにするよう首を振る。


 その間にも光は続き、しばらくするとその光は少しずつ弱くなり始める。


「そろそろかしら?」


 使い始めてすぐに不安がっていたエリザとマリーも、結果が気になるらしくそわそわとし始めたが、セリスがまたもや首を振り、


「もうしばらく、そのままに」


 二人に光がしっかりと消えるまでマジックシートから手を離さないように注意する。


「はい……」


 しばらくすると青白い光が完全におさまった。一応セリスに確認するエリザとマリー。


 セリスが頷くと恐る恐るといった様子のエリザとマリーはゆっくりとマジックシートから手を退ける。


 マジックシートにはその結果がしっかりと浮かび上がっていた。


「なるほど、そういうことだったか。ふむ。信じられないが私も魔力量が増えているな」


 一人で納得し頷くセリスだが、その浮かび上がった魔力文字は記号みたいな表示でエリザとマリーが見てもよく分からなかったのだ。


「セリスさん……お願い」


 結果が早く知りたいエリザは申し訳なさそうに両手を合わせた。


「ああ、すまぬエリザ殿。二人とも間違いなく魔力量が増えている。

 そして、使える魔法も……エリザ殿が風属性と聞いていたが無属性が増えているな。

 マリー殿は水属性に無属性が増えているな」


 セリスは二人が使用したマジックシートに太く浮かび上がる魔力文字を指差し一つ一つ説明した。


「無属性は、一般的な属性魔法の攻撃魔法や防御魔法などとは違い、何らかの特殊な魔法であることが多く、国や教会ではこれを固有魔法と呼んでいる」


「固有魔法ですか……」


「うむ。固有魔法は珍しい魔法が多くてな、基本的に唯一無二の場合が多い……うーむ。これだと一度、主殿に診てもらった方が早いな……魔法名だけでも知れば使用方法もすぐに理解できるらしいからな」


「風魔法だけでもすごいと思ってたのに、無属性魔法まで増えたなんて……信じられないわね」


「うん。これってやっぱりクローとの……」


 マリーは急にしおらしくなり、もじもじとしながら二人をちらちらと見た。


「……うむ。それしか考えられないな。主殿のあれは魔力の塊のようなものだから……こういうこともあるのだろう」


 セリスの放った一言でエリザとマリーの顔が一瞬で真っ赤に染まり、そう言ったセリス自身も耳まで真っ赤になった。


「……」

「……」

「……」


 三人は互いに照れてしまい顔のほてりが冷めるまで、しばらく沈黙が続いた。


「……で、でも、そのおかげで私たちの魔力量は今も増えている訳ですし、もっと使い慣れれば今よりもクローの役に立てるのよね」


 照れ臭くあるがうれしさの勝ったエリザが口を開き二人に視線を向けた。


「え! あ、うん。ずっとラットちゃんとズックちゃんが心配して守ってくれていたもんね……ほんとならクローの側に居たいはずなのに。いつもありがとうね」


「ラットちゃんもありがとう」


 エリザとマリーが肩にちょこんと座るラットとズックの頭を優しく撫でるとやっと元の空気に戻った。


「ねぇ、ねぇ、クローも驚くかな?」


 マリーが期待したような顔をエリザとセリスに向ける。


「ふふ、属性が増えたんだもん、クローもきっと驚くんじゃないかしら……」


「うむ、主殿もこれには驚くのではないのか? 私もホッとしたしな」


 もともと魔力を感じとれるセリスが、エリザとマリーが放っている魔力に違和感を感じて(質が変わった)マジックシートでの確認を促した。


 魔力の質が変わるなど今まで聞いたことも感じたこともなかったから、セリスは二人の事を心配したのだ。


 結果は無属性が増えたから魔力の質が変わったのだと知ったが、最悪なことにならず、うれしい結果でホッとしている。


「うん。セリスさんありがとう。でもそれで……魔法ってどうやればもっとうまく使えるのでしょうか」


 後天的に魔力を身につけたエリザは、先天的に魔力を身につけていたセリスとの違いを理解していた。どれもが拙いと。だからエリザは申し訳なさそうにしながらもセリスに教えを乞う。


「セリスさんボクもお願いします」


 エリザのそんな言葉にマリーもハッとして同じように続く。


「うむ。そこは心配するでない、私たちは家族ではないか。私が魔力の練り方から魔力操作、放出までしっかりと教えてやろう……

 慣れてくれば魔法剣の使い方にも活かせる。例えばこの剣身とかな」


 セリスが魔法剣の剣身を発現させると、その剣身の長さや幅を変えて見せた。


「うわぁ」


「まあ、そんなこともすごいわ」


 だが、二人が魔法剣の使い方に目を輝かせたその時だった。


「……え!?」


「……これって!?」


 三人は慣れ親しんだ朗らかな悪気ではなく、思わず眉を顰めたくなるほど嫌悪感を抱く悪気を感じた。


 不安になったエリザとマリーはすぐにセリスに顔を向けるとセリスはいつになく真剣な表情でゆっくりと立ち上がる。


「うむ、これは悪魔だな。悪魔がこのダンジョンに入ってきた」


 そう言うや否や丁寧にアースレンジャーのレジャーシートをたたみ始めた。

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