第94話

「すまん。すまん。問題ないならいいんだ。そうかナナも頑張ってくれているんだな、ありがとうな」


 少し不貞腐れているナナ。誤魔化そうとナナの頭をくしゃくしゃに撫でてやる。


「えへへ」


「ほうはへ(そうだぜ)ふほーはは(クロー様)……んぐっ。あたいたちもやれるんだぜ。だからどんどん頼ってくれよ」


 ライコが口いっぱいに詰め込んでいた肉を飲み込みカッコよく片目を閉じてみせた、つもりなのだろうが、おマヌケにも両目を閉じている。出来ないならしなければいいのにな。


 でもまあ、そんな不器用さも、男勝りな口調に反しているようで可愛くもある……もちろん配下として……


 ——ぶふっ!?


 俺はなんとなく視線をライコの顔から身体の方に落としたのだが、その姿を見て思わず吹き出しそうになった。


 いつもなら全身タイツのような体毛に覆われているライコなのだが、今は健康的な小麦色、人族のような肌を晒し豹柄のマイクロビキニを着けている。


 下の方はテーブルで見えないが、セリスのビキニアーマ……じゃなく美綺の鎧よりも露出が多い。


「ら、ライコ……今日はいつもと姿が違うようだな」


「ん? そうか? セリスたちと模擬戦をした後はいつもこんな感じだぜ……なぁ、セリス」


「うっ!? もぐもぐ、っくん……そうだな……」


 ライコの隣に座るセリスが、話を急に振られたため、慌てて口に含んでものを飲み込み返事をする。


「これは模擬戦で汗一つかかずに涼し気なセリスの姿を見て思いついたんだよ。

 へへへ、火照った身体を早く冷ますのにはちょうどいいんだぜ」


「そ、そうか」


「ふふふ。それにこの姿だとバテるまでの時間が長くなるんだぜ。

 ちょっとした違いなのに、結果的には体力がアップしたのと変わらない効果を発揮しているんだぜ。へへへ。なぁ、セリス?」


「ん? うむ……そうだな」


 セリスは顎に手を置き何やら思い出す素振りをみせ、頷いてみせた。


 ――セリスが言うならほんとうなのだろうな。まだまだ実力じゃセリスの方が上だからな。素の力だけで悪魔に勝てるセリスの体力は頼もしい限りだ。


 セリスの体力は他にも夫婦の営みでも発揮されていて俺も大いに満足させてもらっている。エリザとマリーから度々漏れていた不満の声もなくなった。ほんとセリスには頭が上がらないわ。


 ――ふむ。


「ライコ、頼りにしてるぞ。セリスもありがとな」


「主殿?」


 俺が褒めた意味が分からず首を傾げるセリスをよそに、機嫌のいいライコは更に自慢気に話を続ける。


「クロー様。これはあたいたちの種族に、体毛の伸縮が自由にできる能力があったからできたことなんだぜ。あたいたちの種族もなかなかだろ?

 まあ、それでも、こんな使い方もセリスを見るまでは考えたこともなかったんだけどな……やっぱりセリスのおかげだぜ」


「私は別に何もしていないぞ」


「あははは! 照れるなよ」と豪快に笑ったライコは照れて少し赤くなったセリスの背中をバシバシと遠慮なく叩く。


 ――そういえば……


 妻たち三人が、この屋敷に早く慣れるきっかけを作ってくれたのもライコだった。


 もちろんそれは模擬戦という形ではあったが、実力を知ることで互いに遠慮がなくなった。


 それからだろう。妻と配下たちとの間に会話が増えてきたのは。


 ——ほんと、ライコには感謝だな。


「なぁクロー様もこの姿も悪くないと思わないか? あたいは気に入ってるんだが」


 ——ん?


 ライコの声が近い。不思議に思いその声の方に顔を向けると、いつの間にライコが俺の側に立っていた。

 俺が考えに耽っている間に近づいて来たのだろう。


 そんなライコは俺の視線に気づくと腰に手を当てその場でくるりと回ってみせる。


「ふ、ふむ」


 ――見ろというからしっかりと見てやろと思ったが……これはなかなか……けしからんではないか……


「……なぁ……似合わなかったか?」


 俺が何も言わないことに、だんだんと不安になってきたのか、ライコが眉尻を下げそう尋ねてくる。


「いや、すまん。つい見惚れていたようだ……よく似合ってる」


 やはりというかライコの姿はセリスのビキニアーマ……じゃなくて美綺の鎧よりも豹柄の布面積が狭いマイクロビキニを魔力具現化して纏っていた。下の方もかなり際どい。俺以外の奴には見せなくない姿。でもスタイルのいいライコにはとてもよく似合っている。


 俺がライコにそう答えた後、周りが少しざわめいた気がしたが、周りの皆は食後のデザートに夢中だった。


 ——気のせいか……


「あはは、それを聞いて安心したぜ。さっきもこの姿で願い声を処理してきたところだったからな」


「何? その姿で行って来たのか?」


 ――そのけしからん姿を人族の男どもに晒したというのか……!?


「ああ。自信はあったからな。思った通り人族は驚いていたな。もちろん悪魔としての威厳もたっぷり見せつけてやったぜ。へへへ」


 自慢げに鼻の下を擦るライコ。



 ―『願い声』ライコの場合―



「クソォォォ! あいつら俺を騙しやがった。俺の……俺のアジトを乗っ取りやがった……クソォォォッ!!!!」


 汚らしい倉庫の中で仰向けに倒れている元盗賊団のリーダーらしい青年が悔しげに雄叫びを上げる。


 その青年の顔は腫れ上がり身体中アザだらけだった。


「そうか、そうか。お前も復讐をしたいのだな?」


「だ……誰だっ!!」


「ふははは! あたいか? あたいは悪魔だ」


「なに!! 悪魔だと……」


 その声に反応した青年は、咄嗟に上体を起こそうとしたが身体中に痛みが走り顔だけしか向けることができなかったが――


「うおっ!?」


 それでも青年は驚いた。


「ははは。そう驚くな人族。あたいはお前の声を聞いてやって来たのだからな」


 青年が驚き戸惑う様子にライコは満足気に口角を上げた。


 だが、実のところ青年はライコが悪魔と言ったから驚いたわけではない。


「……」


 青年のすぐ隣でそのライコが仁王立していたからだ。自信満々に腰を当てて……


 当然ながら青年はライコを下から見上げる形になった。


「……ぁ、ぁあ……」


 青年が見上げたアングルは、それは、それは見たいと思ってもなかなかお目にかかることのできない絶景だったからだ。


 下から見上げる豹柄のビキニボトムスは布面積が狭く非常に刺激的だったのだ。


 ただ、質の悪いことにライコは弱すぎる人族の男にはなんの感情も抱かない。

 ライコにとっては動物に見られているような感覚。

 その結果ライコはそのまま話し続ける。青年は悪魔の自分に驚き声が出せないと勘違いして。


「おいお前……お前、さてはあたいにビビって起き上がれないのか?」


 そうだろうと決めつけているライコ。敢えてそう尋ねることで青年をさらにビビらせてやろうとしたのだ。


「い、いや……」


「まともに口もきけんか」


 さらに弱者である青年を見下ろすライコ。それはとても気分がいいことだった。

 ライコは満面の笑みを浮かべると前屈みになり青年の顔をじろじろと覗き込んだ。


「そんなにあたいが怖いか、んん?」


 そんなライコは尻尾をいつも以上にゆらゆらと揺らしているので相当気分が良い。


「ぶふっ!」


 前屈みになったライコを見た青年は思わず吹き出した。


 ライコが前屈みになったことで形の良いびちちが重力に逆らうことなく垂れていて、青年の目の前でゆらゆらと揺れている。


 当然ながら青年の鼻息は荒くなりナニかしらのボルテージはグングン上がっていく。


「お前さぁ、いつまで寝てるつもりなんだ……だらしねぇぞ」


「なっ!!」


 青年はライコに小馬鹿にされたと思ったのだろう。口だけは強がってみせているが、ライコは青年の鼻から流れ出したモノを見て吹き出した。


「ぷっ!! あははは、なんだお前。鼻血が出てるぞ。

 随分と派手にやられていたんだな、っくははは情けねぇな何お前」


「ぐっ、これは……か、関係ぇねぇ」


 青年はライコの言葉にカーッと顔を真っ赤に染めて、すぐに鼻を押さえた。


「それよりお前はなんだ? 何をしにきた?」


 口の悪い悪魔だが、この青年も、そんな悪魔のライコに向かってどこかに行けとは言わない。


 目の前の悪魔は、青年が今まで見てきたどんな女性よりも容貌が整っているのだ。


 これほどの美人など今後もう二度と逢えるかどうかも分からない。ならば悪魔だろうが何だろうが関係ない俺はこの女が欲しい、青年はそう思い始めていた。


 しかも、この悪魔は裸に近い姿をしている。そんな姿で俺の前に現れたのもそういうことなのだろうと、青年の心はすでに復讐とは別の欲望に満たされていた。


「あたいはお前の声を聞いてきたとさっきも言っただろう?」


「……そう、なのか(やはり)」


「そうだ。お前は(復讐を)今、ヤりたいのだろう?」


「うっ!」


「その顔は図星だな。だがな、あたいが見た感じでは、お前にはまだ早いようだな……

 まずは、最後までやりきれるようにあたいがたっぷりシゴいてやる(復讐を)……それから、ゆっくりたっぷりやればいい(復讐を)……どうだ?」


「ほぅ!!」


「そのかわり……お前の、その昂ぶった感情は、たっぷり搾り取らせてもらうからな」


「たっぷりね……くっくっくっ、さすが悪魔は言うことが違う。いいだろう」


 青年は視線をライコの顔と目の前にあるおっぱいとを何度も行き来させると、にやにやしながら口角を上げ返事した。


 すると、パンッと契約が締結され青年の頭上に小さな魔法陣のようなものが現れてすぐに消える。


 ライコは無事に契約締結できたことに安堵し前屈みになっていた姿勢から上体を戻す。


「うぐっ……」


 青年は、身体は痛むが目の前のご馳走を逃がすわけにはいかないと、ライコを追いかけるように、ゆっくりと上体を起こした。


「おい! 今の言葉嘘じゃねぇよな?」


「ああ。嘘じゃねぇぞ」


 その返事を聞いて青年は満足そうに、ライコの身体を舐めるように眺めつつにやにや気味が悪い笑みを浮かべて頷く。


「そうかい。そりゃありがたいね。くっくっくっ、たっぷりシゴいてもらおうか」


「ふふふ、言っとくが、あたいは優しくねぇぞ。そんなのはあたいの趣味じゃねぇからな。やるなら激しくだ。ほら、まずはその邪魔な上着を脱ぎな」


「激しく……ね。くっくっくっ、いいねぇ。そうこなくっちゃな」


 青年はそう口にし上着を勢いよくガバッと脱ぎ捨てた。


「ん?」


 そこでライコは青年の下半身が異様に盛り上がっていることに気がついた。


「お前……変な性癖してるんだな」


「怖気付いたのか? お前が激しくシゴきたいと言ったからだ。こうなったら俺でも止められんぞ」


「まあ、あたいは人族にどんな性癖があろうが知ったこっちゃないからな……それじゃあ全開でいくぜ?」


「くっくっくっ、いいぞ。さあ、こいよ」


 青年がそう言ってベルトに手をかけたその時――


 ボゴッ!!!!!


「ぐぇ」


 青年の腹部に激痛が走り一瞬にして意識を刈り取られて前のめりに倒れた。


「おい。こら。一撃で寝る奴があるか!! こらっ起きろ!」


 バシッ! バシッ!


 前のめりに倒れた青年を仰向けにしたライコは、青年の頬を軽く叩いて無理やり覚醒させると強引に立ち上がらせる。


「ま゛、ま゛で……はな゛しが……」


「はあ、こいつは思った以上に貧弱だな。安心しな、あたいがたっぷり鍛えてやるからな」


「ち゛、ち゛がぅ……」


 ボフッ!


「ぐぇっ!」


 そして、もう一度殴られた青年はまた意識を失う。


 起こされては殴られてと、それを何度か繰り返した青年は……


「が……がん゛べん゛……じて……ぐれ゛……」


「はぁ? お前はこの程度でいいのか?」


 倒れボロボロの青年は必死にこくこくと首を縦に動かした。


「もうやらなくていいのだな?」


 ボロボロの青年は涙を流して首を左右に動かす。


「うん? どういうことだ……シゴきはもうしなくてもいいってことじゃないのか?」


 ボロボロの青年は鼻水と涙を流しながらもこくこくと首を縦に動かし高田思えば、そこでもまた意識を失った。


「む? おいっ! こらっ! 話の最中に寝る奴が……」


 青年を叩き起こそうとしたライコの頭に契約履行の囁きが聞こえた。


「なんだ終わりか……はあ、だらしねぇ。これだから人族の男は……まあ、契約は履行されたんだいいだろう」


 その後、ボロボロの青年は昂ぶった感情を奪われ、ついでにブラックアウトのスキルで記憶まで飛ばされた。


 残ったのは身体中に増えたアザと激しい痛みのみ。


 翌朝、身体中に走る激痛で目を覚ました青年は、たまたま見回りにきた衛兵に助けられるがケガが酷くて治療院での生活を余儀なくされた。


 ただし、ナナが対応した少年と同じくこちらの青年も根本的には何の解決もしていない。

 そのうちにまた、願い声が聞こえてくることになるだろう。


 ――――

 ――


「そんな姿のライコが突然現れれば、人族もさぞ驚いただろうな」


「おお。さすがはクロー様だ、よく分かったな。人族の、あの驚いた顔、ぷぷぷ。いや〜今思い出しても面白い」


「そうか……まあ、その、なんだ……ほどほどにするんだぞ」


「ああ」


 ライコは嬉しそうに返事すると、俺に向かって可愛く両目を閉じてから自分の席に戻っていった。


 ――ぷっ。


 ライコはカッコよくウインクしたつもりなのだろうが、やっぱり出来てないよな。


 ――見てて面白いから教えてやらんけど……


 俺が必死に笑いを堪えている間に、ライコは残っていた料理を口いっぱいに運び美味しそうに咀嚼していた。


 ――しかし、ナナもライコも自信満々にしていたがなんでだろう。すごく不安。不安? 不安といえば……


 そこで俺はイオナに目を向けた。


「どうかなされましたかクロー様?」


「イオナには今も危険を伴う任務を任せているが……大丈夫か」


「はい、問題ありません」


 イオナは行儀よく食べていた手を止めて、にこりと笑みを浮かべてみせる。


「そうか何も問題なければそれでいいんだ……」


 俺がそう言うと、イオナが少しだけ考える素振りを見せる。


「……そういえば、今度の司祭なのですが……」


 イオナが何かを思い出したのか、首を少し傾げながら口を開く。


「何か面白いことにでもなったか?」


 イオナには、あれから毎日のように教会用の寄付金を手渡している。


 といってもまだ二回なんだが、実行して日も浅いから期待していなかったが、何か面白いことにでもなったのだろうか?


「少し肌ツヤが良くなり、聖騎士たちも、巡回に出る回数が少し減ったように感じられます」


「ほほう」


「なかなか、面白い方向に進んでいますね」


 セラも教会の動きに興味があったのだろう。楽しげな様子で俺を見つめてくる。


「セラバス殿もそう思われますか。私も少し手応えを感じ始めていたところです」


「ふむ。もうしばらくってことか。イオナ悪いが引き続き頼む。だが無理はするなよ、危ない時はすぐに逃げるなり念話なりすんんだ。そこに遠慮はいらんからな」


「はい!! ありがとうございま……」


 感極まったイオナが頭を勢いよく深く下げ――


 ゴチンッ!

「あぅ」


 テーブルで頭をぶつけた。


 ――不安だ……配下とは、皆こんなものなのだろうか?


「あ〜、イオナ……は大丈夫そうだな。いいか、これはみんなもだぞ。危ない時は俺に念話をするんだ。遠慮なんかするなよ。分かったな」


「「「「「ん゛〜ぃ」」」」」


 皆は口いっぱいにデザートを含んでいたため、何を言っているのか分からない返事ともに手に持っていたフォークを元気よく掲げていた。


 ——本当に大丈夫か?


 なぜだろう。皆が大丈夫と言っても俺の不安が尽きないのは。

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