第95話
「ねぇ、クローちょっと聞いてくれる?」
食事を終え、お茶を啜り一息ついていた時だった。
「ん? どうしたエリザ」
「うん。あのね、私たち考えたんだけど……」
エリザがマリーとセリスを横目で見て、再び俺を見る。
――?
「私たち……三人でハンター活動をしようと思うの」
「ハンターを三人で?」
「ええ」
「ハンター、ハンターね……で、その三人とは、もしかしてエリザとマリーとセリスの三人か?」
「そうよ……」
俺はエリザの相談事を聞き身体から力が抜けた。
——なぜだ……
俺の反応の悪さに気づいたエリザが申し訳なさそうに眉尻を下げているが、今はエリザを気遣う余裕がない。
俺の心の中も穏やかではないのだから。
――なぜエリザたちは三人でハンター活動をする。しかも、そこに俺が入っていないだと……ぐぬぬっ……仲間はずれか、仲間はずれなのか……俺は……何か妻たちを怒らせるようなことをしたか……?
そこで俺は怒らせた原因を素早く考える。(コンマ5秒くらいの世界)
——はっ! そういえば……最近は忙しくて妻たちと過ごす時間が減っていた。それがまずかったのではないか……いやでも、夜の営みの時間は妻たち三人とも本当に嬉しそうで、そんな素振りは一切みられなかった……それに夜の営みの時間になれば三人が俺の執務室まで迎えにきてくれてもいたんだ……それも毎日。怒っていれば迎えになんてこないよな。ふむ。では、なんだ……どこに問題が……
俺はさらに深く考える。
(コンマ2秒の世界)
——はっ!? もしかしてあれか……エリザのお風呂上がりの時間をピンポイントで狙い白猫で度々侵入しては驚かせていたあの行為。エリザの反応や素晴らしい裸体を拝めるからやめられないのだけど、これを俺の日課にしようと考えていた……あれがやり過ぎていたか? いやでも……あれはエリザも嬉しそうにしていたと思うし、昨日なんてきょろきょろしていて俺を待っていた素振りすら見えた……ふむ。
俺は視線をエリザからマリーに向けた。マリーもエリザと同じく申しわけなさそうに眉尻を下げている。(コンマ2秒の世界)
――もしかして原因はエリザではなくマリーか? だが俺は別にマリーが気にするような……はっ!? あれか……これもまたマリーのお風呂上がりの時間をピンポイントで狙って白猫で侵入してやったやつ……かなり驚いていたな……
帰り際まで気づかれずにずっと白猫のフリをして遊んでやった……マリーは全裸だったけど。
でも、あれは、お詫びにあんパンとクリームパンをあげたら、全裸のまま凄い勢いで食べて、最後は俺を抱っこしてまた遊びにきていいからね、とにこにこ笑顔の上機嫌だった……絶対来てねって何度も念を押されたから大丈夫なはず……だ……ふむ。
俺は視線をマリーからセリスに向けた。セリスもエリザとマリーと同じく申し訳なさそうに眉尻を下げていた。(コンマ1秒の世界)
――エリザでもなくマリーでもなくセリスなのか? だが、俺はセリスには特に何も……はっ! これもあれか……セリスのお風呂上がりの時間をピンポイントで狙って白猫で侵入して聖獣だと勘違いさせてしまったやつ……
挙動不審なセリスの態度があまりにもおかしくて帰り際まで聖獣のフリをして遊んでやった……全裸で跪かせてしまったんだよな。
でもあれは、お詫びに抱っこをさせてやったら、珍しく頬を紅潮させて「主殿の聖獣さま姿、なんて贅沢だ」としばらく抱きしめて頬ずりしていた。たまにトリップしていて怖くなったが、またいつでも来てくださいと念を押されたくらいだなら、大丈夫だと思ったんだが……ふむ。
「……ロー?」
「クロー……?」
「クロー?」
「クロー様?」
「……ん、んん? んわっ!? みんなしてどうした?」
コンマの世界で物思いにふけっていた俺は、誰かの呼ぶ声に意識を戻された。
――?
なぜかみんなが心配そうに俺を見ている。特に妻たち、エリザ、マリー、セリスに至っては顔色まで悪い。2秒も経ってないと思うのに。なぜだ?
「クロー様が黙り込まれたから皆さま心配されたのでしょう」
いつの間にか俺の傍に立っていたセラが俺の湯呑みにお茶を注ぐ。
隣の席に座るナナから「あ〜セラバスのバカ。この出しゃばり。あたしがそれしたかったのに(お茶のお代わりを注ぐ行為)〜」となんとも呑気な声が聞こえてくるが、今は相手をしなくてもいいだろう。
「セラ……ありがとう。皆もすまん、少し考えごとをしていた。それで、エリザたちは……三人でハンター活動をしたいって何か理由があるのだろう?」
結局心当たりを何一つ思い出せなかった俺は、恐る恐るでも態度には出さないように妻たちに尋ねてみることにした。
俺のそんな言葉に、妻たちはお互いに顔を見合わせてから俺を見てくる。
「う、うん。ほら、クローも屋敷のみんなも毎日忙しそうにしてるけどボクたちは……何もしていないから何かしないといけないと思って……」
最初に口を開いたのはマリーだったが、口調は言葉尻になるにつれ弱々しくなり再び申し訳なさそうな顔をした。
――なんだそんなことだったのか……
俺は心底ホッとして安堵の息を吐いた。
「そうなの。それで私たちもクローのために何かできることはないかと三人で考えたの、ね? セリスさん」
「うむ。主殿。我々はこの悪魔界では何もできん。だが……聞けば主殿はゲスガスの都市に人を集めたいのであろう?」
「ああ、そうだが……」
俺は頷いて肯定して見せる。当たり前のことだが、支配地に人が集まればその分より多くの感情値が入ってくるようになる。
「なぜ、そんなことを……」
「うむ。主殿は何かしらの策を施しているのだろう? 私には以前よりこの地に住む民たちの顔色が、疲れの色が薄くなっているように感じるのだ」
「ふむ」
――なかなか鋭いな……
さすがセリスは元聖騎士だっただけのことはある。
そう、この都市の感情値率は通常10%のところを8%に下げている。
当然、セラとマカセルカナには驚かれたな。
でも、このたった2%だが、これだけでも今までと比べて、人族には精神的疲労に違いがでるはずなのだ。
精神的疲労の減った人族たちは前向きになりやすく活動的になる。
だからそれを狙った。それによってこの都市の人々にやる気が出て、何かしら集客に繋がるような催し事を開いてくれればいいのにと思っているのだ。
まあ前例はないようなので、当然に根拠もない。投機的な意味合いの方が強くなってしまうが、もともと赤字なんだし、試せることはなんでも試してみようと思う。
だが、こんなことしか思いつかない俺は、つくづく支配者には向いていないと思う。
おっと最近の俺はちょっとしたことでも考え込んでしまうからいけない。クセになる前にやめなければ。
「それで我々も主殿のために、一肌脱ぎたいと思ったのだ」
「そこでハンター活動に繋がるわけか」
「うむ。我々がハンター活動をすることで少しでもこの都市の問題を解決できる。そうなればその分だけ、この都市はより住みやすくなる。人も集まるのではないかと思ったのだ」
「ふむ。なるほど……」
――たしかに、その通りかもしれんな……妻たち三人が俺のために考えてくれたこと、か……ならば反対はできんか。
「分かった。いいだろう」
俺の返事を聞いた途端、三人の顔色が一変して喜色に染まった。
「よかったね〜。セリスさんもこれで魔物をバンバン狩れますよ」
——ん?
「うむ。そういうマリーこそ、迷宮探索の下準備で近場の小さなダンジョンに潜りたかったのだろう?」
——んん??
「分かっちゃいました。えへへ。エリザも楽しみにしててね。色々と教えてあげる」
「ええ。ふふっ、とても楽しみだわ」
三人はそう言った後、ようやく一息ついた様子で俺と同じお茶を飲み始めた。が、その会話は俺の耳にもしっかりと入っている。
「な、なあ、魔物にダンジョン? それに迷宮? ってなんの話だ……?」
「「「あっ」」」
バツが悪そうに妻たち三人が揃って口を押さえた。
三人の行動がリンクしていて面白くはあるが今はそれどころではない。
「俺はてっきり、何でも屋的な、薬草採取や、動物を狩って毛皮や肉などの納品をしたりなどの、そんな活動をするものだと思っていたんだが……」
「「「ううっ」」」
「俺はだな……おわっ」
「いいじゃないクローさま。大事に扱い過ぎるのもほどほどにしないと逃げられちゃうかもよ?
あたしは自分の好きなこと何もできなかったらつまらないと思うしイヤだな……
それにさ、クローさまは心配してるけど、三人の実力なら下位の悪魔だって余裕で狩れちゃうんだよ。
まあ、それでも心配ならラットちゃんかズックちゃんを連れて行かせたらいいんじゃない」
「うぐっ」
――エリザたちに逃げられる……か……
そう言ったナナが俺の腕を引っ張りゆさゆさと揺する。どんな気まぐれなのか、ナナが俺の妻たちのことを庇うなんて。でもその言葉は俺も気にしていたことで俺の心に突き刺さった。
「そうですクロー様。ナナ様の言うことも一理ありますよ。
エリザ様たちがクロー様のために何かをしたいと思っていることは間違いないわけです。それにセリス様に至っては悪魔第5位格相当の実力者。エリザ様とマリー様も第9位弱相当の実力。はっきり言って人族としては規格外。何も問題ないと思われますよ」
普段、ナナとはなにかと言い争っているセラだが、今回に限ってナナの意見に賛成のようだ。
「うぐっ」
――分かってる……それは分かってるんだが……だが……しかし……
「「クロー様」」
気づけば俺以外のみんなも賛同していた。
――ぐぬっ、これじゃ俺一人が……
「はぁ。分かったよ……ラットとズックを連れていってくれ。ラット、ズック」
俺はため息をつくと、ラットとズックを召喚した。二匹は大きなチーズの塊を持って現れた。
『食事中だったか、すまん』
『主、大丈夫』
『だいじょうぶ』
俺は二匹に思念を飛ばし状況を理解してもらった。
『魔法の使用も許可する。転移魔法も使っていい。何かあればすぐに念話をくれ』
ラットは、普段俺の魔力消費を考慮して消費の激しい転移魔法は使わない。だが、今回はその使用を前もって許可しておく。
『主、分かった。任せて』
『まかせて』
そう返事したラットはエリザの肩へ、ズックはマリーの肩へと移動した。
俺の使い魔は二匹しかいないので、必然的にセリスの傍にいく使い魔がいないのだが……
――セリスは大丈夫……じゃないか。
しょんぼりと肩を落とすセリスを見て、俺はもう一匹、使い魔を使役しようかと悩んだ。
妻たちは明日から早速ハンター活動をするそうだ。
まだまだ色々と心配で堪らない妻たちではあるが、配下の手前、これ以上は何も言えなかった。
まあ収納魔法を付与したガントレットにそれなりの資金を入れてやっているから資金面でも困ることはないか……
————
——
食事を終え執務室に戻ってきた俺。久しぶりにみんな揃っての食事だったが、これからの妻たちの活動を思うと気分が乗らない。
——はぁ……
俺は大きく息を吐き出してから、それでも少し気になったことをセラに尋ねてみる。
「なぁセラ。マリーがあれほど行きたがる迷宮なのだが、それほど迷宮にはハンターが集まるものだろうか?」
「はい。人族は迷宮に何やら夢やら浪漫やらを抱いているようですよ。実際にその周りには必ずといっていいほど結構な規模の街が、いやもう都市ですね。都市が栄えているようです」
「ふむ。都市か……」
――人口も多いのだろうな……
「はい。その都市ではそれはそれは上質な感情が渦巻いているようです」
「ほう。迷宮はドル箱なのか……」
「ドル箱? ですか……」
セラがこてんと首を傾げた。
――おっと、いかん、いかん。
「いや、なんでもない。それならば迷宮のある都市はすでにほかの悪魔の支配地となっているのだろうな?」
「はい」
「やはり……そうか……」
――ふむ。残念だ。どうせ新たな支配地を持つなら枯渇(廃れる)の心配がない都市の方が良いと思ったんだけどな……楽そうだし……
「はい。ですが、すべてではありませんよ」
「どういう意味だ?」
「はい。都市の方は支配できても迷宮は支配地に置くことができないのです」
「ふむ……なぜだ?」
俺はその意味を自分の頭でしばらく考えてみたが結局何も分からなかったのでセラに尋ねた。
「それが……私も正確な理由はよく分かっていないのです……
ただ私、個人的な見解としましては迷宮の主が怪しいと思っています」
「主? 迷宮には主がいるのか?」
「はい。迷宮は主が討伐されると消滅すると言われています。迷宮が消滅すれば当然に、ランダムに発生する宝箱やドロップアイテムとなる魔物もいなくなってしまいます。
それゆえに人族も敢えて迷宮の主に挑む者はいないと聞き及んでいますし悪魔もわざわざ転移魔法の効かない場所に、迷宮の奥深くにいる主に会いにいくような真似はいたしません」
「迷宮内では転移できないのか!?」
「はい。そのようです。ですので会う意味があるかどうかも分からない存在に会おうとする悪魔はいないのです」
――基本的に悪魔は面倒くさがりが多いからな……俺も含めてだけど……
「ふむ……では、奥に進もうと思えば迷宮内で何泊かする必要が出てくるのか……」
「そうだと思いますが……すみません。その辺りのことは情報もなく自信がありません。今度調べて参ります」
セラが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ああ、いや、いいんだ。そうか……何泊かする可能性があるか……」
――ふむ。迷宮内で何泊かするのなら感情値が貰える……ふむ、では『願い声』は迷宮内ではどうなる……忙しそうに感じるが……いや、まてよ……転移魔法が効かない迷宮内から聞こえる『願い声』に悪魔がわざわざ行くわけない、時間もかかるし、行っても人族がそれまで生きている保証はない……おお!! 『願い声』の対応ができなくても横やりの心配はないぞ。
で、では、悪魔大事典はどうだ!? 魔物がはびこる迷宮内で悪魔大事典が召喚されるほどの感情の起伏、そんな時間は果たしてあるのだろうか? 俺はないと思うが。ふむ。こっちはよく分からんか……まあ、これは……支配地候補としてありじゃないか? うまくいけば……ふふふふ、俺が楽をできる……
「ふむ。セラ、俺は迷宮の主に会ってみる。会って支配地にするぞ」
「クロー様……ですが、迷宮は未だかつて支配地として治めた者はおりません……それに分かっている情報では迷宮はとても深く主のいる最下層に果たしてたどり着けるのかどうかも……」
「できない時はそれまでだ。また別の手を考えればいい。とりあえず、ここから一番近い迷宮に行ってくる」
「ま、まさか、クロー様お一人で?」
「ああ、そのつもりだ。みんなも忙しいからな……」
――何があるか分からのなら尚更俺一人の方がいいだろう。
「しかし……」
何やら考え始めたセラだったが、その顔が珍しく悔しそうに思えたのは気のせいなのだろうか。
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