第93話

 早いもので悪魔界の屋敷に住み始めた一週間が経った。


 支配地は未だ手付かず。あれからずっと、考えているものの良い考えが浮かばないのだ。


 でもまあ、焦ったところで良い案が浮かぶ訳もないし、その内に良い案が浮かべばラッキーくらいの軽い気持ちで構えることにしてる。


 嫌だけど、最悪は忙しくなるだけだブラックがベリーブラックになるくらいに……

 でもそれも、すぐには無理だが感情値をかなり使えば改善できることも調べて分かった。


 ——ベリーブラックか……

 

 うむ。やはりこの案は最終手段として残しておいて、別の案を考えないとな。


「お? 今日は久しぶりにみんな揃ったな」


 今は夕食時、食卓に座る皆の顔を眺めて頷く。皆が揃う食卓はなかなかいいもんだ。


「うん。そうだね」


 隣の席に座っているナナが嬉しそうに相槌を打つ。


 ちなみにこのテーブルでの座席はローテーション。もちろん俺以外がね。

 俺が知らないところで、皆が話し合って決めたそうだ。


 妻とのコミュニケーションも大事だが、配下たちとのコミュニケーションも大事だからな……その点はみんなも同じ気持ちなのだろう。


 ――うんうん。


 皆も仲良くしようとしてくれているからありがたい。

 人族悪魔関係がギスギスしてもいいことないからな。


 ——今日の席は右がナナで、左がニコスケか……


「ニコスケたちの作る肉料理はうまいが……今日のメニューも肉料理だな」


「肉、うまいがぅ……です」


 隣のニコスケが俺の問いに答えるが、そのニコスケの興味はもっぱら目の前で程よく焼けた霜降り肉。焼き目が少し付き香ばしい香りを放ちつづけている霜降り肉。

 先ほどからニコの瞳はずっと釘付けである。


「肉ねぇ……」


 ニコスケは無表情で抑揚のない口調でそう答えるも、ふわふわの尻尾は嬉しそうに揺ら揺ら揺れている。

 それが俺にはおかしくもあり可愛く思う。身体が小さいから余計にそう思うのかもしれない。


「まあ、いいんだけど……少しは野菜も食べんと大きくなれんぞ」


『我は所望する』


 俺は野菜料理とデザートをテーブルの中央に出す。


「……がぅ」


 野菜料理を見た瞬間、ニコスケの尻尾がしゅんと垂れ下がった。それはニコスケの対面にいたミココロも同じ。


「ぷっ! お前たちそんな落ち込むな。デザートのプリンもあるからな、くっくっくっ」


 俺の屋敷にいる小さなメイド見習いは肉料理しかできない。肉料理特化型のメイド見習い。これだとかなり食事バランスが悪い。

 だから俺が毎回追加で野菜などの料理を出す必要があるのだ。


「さすがクロー様です。その魔法は何度見ても惚れ惚れします」


「クロー様さすがです。あとはお任せください」


 いつものように気が利くセラとイオナが俺が出した料理を手際よく小皿へと取り分け皆に配っていく。その二人の速度が凄まじい。


 ――お前たちの方こそすごいと思うが……


 皆に追加の料理とデザートが行き届いたところで食べ始める。


「……ところでナナ。願い声はうまく対応できているか? 何か問題はないか?」


 ふと、なんとなく気になったので、俺は今更ながらそんなことをナナに聞いてみた。


「ふも? へはひほへへふか?(願い声ですか?)」


 何を言ってるのかよく分からない。ナナは口の中に食べ物をいっぱい入れていたのだ。

 リスのように頬を膨らませてもぐもぐ咀嚼している。

 

「ナナ……」


 慌てて飲み込んだナナは、えへへと笑うと自慢げに話し出す。


「クローさま。あたしにかかれば願い声なんて、チョチョイのチョイですよ。

 さっきもサクッと願い叶の処理してきたんですから。あ、褒めてもいいですよ」


 ナナが褒めろとばかりに俺の方に頭を向けてくるので、頭を軽くポンポンと叩いてやりつつも不安になった俺はマカセルカナに視線を向けた。


「? ナナさんの言ってることなら本当カナよ」


 マカセルカナはそれだけを言うと、野菜料理を口に入れて幸せそうにもしゃもしゃと咀嚼し始めた。


「ぶぅ。クローさま信用してませんでしたね、酷いです」


 ナナの頬が口に何も入れてないのに膨らんでいく。


「すまんすまん。つい……」


「ついってなんですか……ついって、もう〜」


 ――――

 ――


 ―『願い声』ナナの場合―


「まただ、またフラれた。なぜ僕ばかりフラれる。なぜ女どもは僕の良さを理解しない……」


 薄暗い部屋の片隅にうずくまりブツブツと呟く青年は病的に痩せていた。


 これは貧しくてそうなったわけではない、青年の痩せ型の体質のせいだった。


「あ〜みつけた!! この気持ち悪い声はあなたの声ね?」


「だ、誰だ!」


 青年が突然聞こえた女性の声にビクつき、周りをきょろきょろと見渡し始めた。


「あ、あたし? あたしは……ふははは、泣いて驚け……えっと? ……悪魔だよ?」


 ナナは習った悪魔の挨拶をしようとしたが、今まで一度としてまともに最後まで言えたことなどない。

 それゆえに忘れてしまい適当な挨拶になったが、そんな細かいことを気にするナナではない。


「あ、あくま? 悪魔! ひぃ、ひぃぃ……」


 そんな適当な挨拶でも青年には十分効果的だった。

 悪魔と聞いて顔を青ざめる青年。ずるずるた後ろに下がりすぐに壁に張り付つ。


 青年の部屋は狭いのですぐに壁にぶつかったのだ。


「ぶぅ〜……あなた失礼ね。あたしはあなたの声が聞こえたから来たんだよ?」


「ぼ、僕の……声?」


 ナナは腕を組むと暗く汚れている部屋を見渡し、青年の呟いていた声を思い出していた。


「えっと……なんだったっけ?」


「はうわ!」


 その間の青年はというと、ナナが腕を組み考えている仕草。腕を組んだことで主張しているおっぱいに気づき釘付けになっていた。


「そうだ」


 しばらくするとナナがポンっと手を打ち満面の笑みを浮かべた。


「ふふふ、思い出したよあなたの願い声。あなたはつまり、伴侶が欲しいのよ!」


 ナナは腰に手を当て、ビシっと青年に人差し指を向けた。


「え?」


「どう? ねぇねぇ? 当たってるでしょ」


「え? え?」


 青年の反応の無さに不安になってきたナナは、胸の前で両手を握り締め可愛らしく上目遣いでもう一度尋ねた。


「ねぇ……伴侶が欲しいんでしょ? そうだよね? ねぇねぇ? あってるよね?」


「あ、あってます」


 ナナに見つめられた青年は顔を真っ赤にして、こくこくと頷いた。


「そうだよね。良かった〜」


 ナナが嬉しそうに小さく跳ねると豊満なおっぱいが青年の目の前でたゆんと揺れた。


 それをまともに見た青年の顔は更に真っ赤になった。まさに茹で蛸状態。


「それじゃあ〜あたしが早速その伴侶を探してきてあげる」


「え?」


 笑顔で青年に迫るナナ。でも青年の目にはナナのおっぱいしか目に入ってない。


「そのかわり……あたしはあなたの、その昂まった感情をもらうよ? いいよね」


 女性の免疫がそれほどなかった青年は、ナナの言葉を何やらと勘違いして下半身を押さえた。


「は、はぃぃ……」


 真っ赤な顔のまま可哀想なほど、うれしそうに返事にする。


 その瞬間に、パンッと契約が締結され青年の頭上に小さな魔法陣のようなものが現れてすぐに消えた。


 ナナは無事契約が締結したことに満足すると早速行動に移す。


「さてと……どっちに行こうかな」


 きょろきょろとしながら気配を探るナナ。


「あの、ぼ、僕は……君でも……いや君がいいん……」


「はい、あなたはちょっと静かに待っててね。おっ!?」


 何かの反応に気づいたナナは、青年の話を聞くことなく部屋を出て行く。


「おまたせ〜」


 しばらくするとナナは痩せ細った一匹のワンちゃんを連れてきた。もちろんこの犬は雌犬だ。


「ほら、あなたの伴侶を連れてきたよ」


 にこにこ笑顔のナナはその青年にそのワンちゃんを押し付ける。


「……あ、ありがとう」


 青年は急に犬を突きつけられ戸惑うも、満面の笑みを浮かべるナナに嫌われたくないと思い、なんとかお礼の言葉を絞り出した。


「うん。これで満足した?」


 ナナが可愛らしく首を傾げて青年を見る。


「え? あ、うん」


 青年はナナが女性を連れてくるものだと思っていたから少し残念に思ったが、安堵もした。


 というのも青年は最後に可愛らしい悪魔のナナが、自分の昂ったナニやらをナニしてくれると思っているからだ。


 だからナニが終わった後に、この可愛いらしい悪魔に、伴侶になってほしいと頼めばいいと思っていたのだ。


「わーい、やったね」


 そこでナナの頭に契約履行の囁きが聞こえた。


「えへへ。またまた成功だよ。ナナちゃんやったね。じゃあ、最後に……」


 ナナは頬に指を当て可愛らしく首を傾げると、


「あなたは目をつぶってくれる?」


 そう言って笑みを浮かべた。


「は、はぃい」


 青年はいよいよかと思い、うわずった声を上げて顔を真っ赤にしながらも、ナナに言われた通りにしっかりと両目を閉じた。


「これで終わり〜♪」


 そんなナナの嬉しそうな声を聞くことなく青年はブラックアウトした。


 その後、昂ぶった感情を取られた青年はワンちゃんに顔を舐められながら目を覚ました。


 なぜ、自分は知らない犬に顔を舐められているのか。なぜこの犬は僕の家にいるのか。青年は何一つ理解できなかったが……


 でもなぜか、この犬が大好きな女性からもらったような気がして、青年はそのままその犬を飼うことにした。


 ナナはこの結果に大満足していたが、この青年の心に抱いていた負の感情に対して根本的には何の解決もしていないので、そのうちに同じような願い声がまた聞こえてくるのかもしれない。

 ただ残念ながらナナは人族に興味がないのでこれっぽっちも覚えていないだろうが……

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