第90話

『クロー様、ゲート設置の前に、私(わたくし)のことでお話があるのですが、今よろしいでしょうか』


 配属悪魔から念話がきた。


 ――私のこと? 配属悪魔が俺に話? ふむ。


「どうしたのクロー?」


「主殿?」


「早く中を見て回ろうよ。ボクこんな大きな家、初めてだから楽しみ」


 今は建物に入ったばかりの小さなエントランス。普通の家に比べて少し大きい程度なのだが、屋敷というにはちょっと小さいが、マリーには珍しいらしい。興味深く見つめる瞳が一番輝いている。


 そんなマリーが俺の腕を掴んで引っ張ると、エリザも真似して楽しそうに引っ張る。


「ふふふ、マリーを見てたらなんだか私まで楽しくなっちゃったわ」


「そうだな」


 配属悪魔と話をしようにもここでは落ち着かない。配属悪魔に少し待つよう念話しとこう。


『すまん、少し待ってくれ』


『はい。畏まりました』


 配属悪魔は私のことと言ったが、俺の使用空間に関わる何かかもしれない。そう思うと余り配属悪魔を待たせてもいけない。配属悪魔は俺の正式な配下ではなく、悪魔界から派遣されてくる悪魔だ。あまり悪い印象を与えたくない。


 妻たちには悪いが部屋の中はすこし急足で見ることしよう、そう思ったとき、


「主殿、ちょっとお待ちを……」


 セリスが俺の前に一歩出ると手のひらを向けてくる。


「セリス?」

「「セリスさん?」」


 首を傾げる妻たち。俺もそう。そんな俺たちを気にした様子のないセリスはエントランスから一人でさっさと手前の部屋へと入っていく。いや、出てきたと思ったら、次の部屋へと入ったり出たり? 


——何かを確認してるのか?


「セリスさん、急にどうしたのかしら?」


「うん、何だろうね?」


 数分後、セリスは戻って来た。


「主殿、もう大丈夫です」


 ガシャガシャ手に持っていた奇妙な物を俺の足下にゆっくりと下ろす。


「セリス。それは?」


「主殿。この家には細工がしかけてありました」


「細工?」


「はい。これほど立地も良く、立派な物件が、買い手もつかず売れ残っていたのが不思議に思ったのです。

 そしたら案の定、このような仕掛けが……これは水蒸気を散布するだけの遠隔操作型の魔道具です。ただ、これに睡眠薬が混入していました」


「ほほう、睡眠薬か……」


 ――あのやろ!! やってくれたな。


 隣にいたエリザとマリーはセリスが持ってきた魔道具を見て、驚きの表情を浮かべる。


「主殿……失礼ながら、この物件はどうやって買われましたか」


 セリスが心配そうな目を俺に向ける。それだけでセリスが何を言いたいのか少しだけ理解できた。


「すまん。俺も急いでいたから、気に入ったらすぐに買ってやると、つい金をチラつかせてしまった」


「やはり。主殿……いいカモだと思われたのでしょう」


「悔しいがそのようだ。しかし……トホホ商会のあのクソ親父め……

 ん? 待てよ、睡眠薬ということは……そのうち俺たちがちゃんと寝ているか、確認をしにくるな。

 ふふふ、いいだろう。その時は……金の代わりに悪因をくれてやるわ」


「悪因?」


「そう悪因だ。悪魔が人族に刻む悪魔の因子。セリスは元聖騎士だったが聞いたことなかったか?」


「それは……もしや悪魔の呪いのこと……ですかね?」


「ふむ。なるほど、人族の立場からしたらそうとも取れるかもな」


 悪因を刻まれた人族は、悪因に阻害され直接契約による感情値の獲得はできなくなるが、支配地内の値率摂取の影響は受ける。


 なので悪因が刻まれた者から全く感情値が獲られなくなるという事態にはならない。


 いくら最優先事項が感情値獲得だとはいえ、悪魔は悪魔なのだ。ムカつく相手(人族)に遠慮なんてしない。殺さないかわりに悪因くらいは刻む。そして苦しむ姿を眺めて悦に浸るのだ。普通の悪魔はね。俺はそんな趣味(男の観察)はないから悪因刻むだけで満足、あとは知らん。


 でも、このシステムのおかげで支配地持ち悪魔と一般悪魔(悪因を刻んだ悪魔)との間に起こり得る無駄な衝突を抑制している部分もある。


 セリスが無言で俺を見ている。元聖騎士の立場から俺が悪因を刻むのを止めたいのだろう。


「セリス。止めても無駄だ。元聖騎士として気にいらんかもしれんが、俺はやられっぱなしは好きではないんでね」


 ――それに、もし、仮に俺が普通の力のない人族だったならば、これは俺だけの被害だけじゃすまなかったんだ。許すことなどできん。


 だが、セリスの口から出てきた言葉は意外なものだった。


「いいえ。私からは何も。それにこの手慣れた手口、一度や二度ではないはずです。自業自得ですね」


 そう言ったセリスは首を大きく振る。セリスは俺のやり方に口出ししないというのだ。


「そうか……」


 セリスは教団の思想に完全には染まっていないってことだろう。ちょっとセリスを見直した。というか、なんかうれしく感じるのは何だろう。

 それからは皆で各部屋を見て回った。


「うわー……って、あはは、何もないね」


「そりゃそうだ、買ったばかりだ。でも安心しろ。俺がすぐにいい物を出してやる」


 俺はみんなの希望を聞きつつ、各部屋にそれらしい家具を出していく。


 家具が入り部屋らしくなったリビングに昼食を出したところで念話が届いた。


『クロー様?』


 ――あっ!?


 かなりヤバイ。一時間くらい待たせてしまった。正確には忘れていたのだが、皆にひとこと断ってから席を立つと、整えたばかりの部屋の内の一つに入った。


『すまん遅くなった。今ならいいぞ』


 するとすぐに、俺の目の前に執事のような見覚えのある風貌の悪魔が現れ、流れるように動作で頭を軽く下げた。


「お久しぶりですクロー様」


「ん? おお。お前はセラバスだったか? そうかセラバスが配属悪魔だったのか」


 ――今日はちゃんと服を着ている、か……


 少し残念に、思いつつもセラバスからの話を早速聞いてみる。


「はい。クロー様には、私が配属され管理することになるのですが……」


 セラバスは部屋を見渡し何やら探ると、笑みを浮かべた。


「なるほど。こちらにゲートを設置されるのですね。さすがはクロー様。良い場所をご選択なされる」


「そ、そうか。それで話とは?」


「はい。人界に押しかけるような真似までして申し訳ございません。ですが、どうしても、先にお伝えしなければならないと思ったのです」


 先程までの笑みが嘘のように一転し、セラバスが何やら決意を固めた表情を浮かべた。


 ――そこまで思いつめた顔で……何を言われるか、怖いんだが……


「……何だ」


「はい。私ども執事悪魔族は管理悪魔として常に完璧を求められています。

 私もそうあるべきだと思っています」


「そうか……」


「はい。クロー様もご存知の通り、私は先の騒動で、分不相応の想いを抱いたために取り返しのつかない事態を招いてしまいました」


「ふむ、それで?」


 ――俺は特に何か影響があったわけじゃ……って、あれ? 

 結果的には昇格して支配地持ちとなってしまった。これってセラバスのせい?


「結果から申し上げますと……私はその責任を負い廃棄悪魔ガチャ召喚の権限を失いました」


「廃棄悪魔ガチャの権限が剥奪された……ふむ。それで?」


「はい。私がその責任を負うのは至極当然です。なんの不満もありません。むしろそれだけでは足りないくらいだと思っております」


「ふむ……それで」


 そこでセラバスが言葉に詰まったのでしばらく待ってから先を話すように促す。


「……はい。私は廃棄悪魔ガチャ召喚できない欠陥執事となりました」


「欠陥執事? そうなのか? それはまた言い過ぎなのでは?」


「いいえ、私は欠陥執事です。執事悪魔族なら、ごく当たり前に行えることができなくなったのですから」


「ん〜。言いたいことはわかった。それで、他に何か問題があるのか?」


「いいえ。ですが廃棄悪魔ガチャ召喚ができないということは、クロー様が召喚したいと望んでも私には応えるすべがないということなのです。

 これは執事悪魔族として恥ずべきことなのです」


 ――なんだ、俺はもっと深刻な問題でも発生したのかと思ったわ。


「そうか……まあ、執事悪魔族としてはそうかもしれんが、俺は皆がいればいいんだ。別にその廃棄悪魔ガチャ召喚は必要だとは思わないな」


 ――これ以上、人数が増えたら、人件値がどれほど必要になるか……そんなのいらんわ。


「なんと!? クロー様はそのようなお考えなのですか?」


 どこに驚く要素があったのか、セラバスが見るからに驚いているのが分かった。


「そうだが、何か問題でもあるのか?」


「いいえ。ですが私には欠陥が……」


「セラバス気にするな。それに自分をあまり欠陥だと言うべきじゃない。誰にでも欠点の一つや二つあるんだぞ」


 ――完璧超人より、欠点がある者の方が付き合い易い。

 それに、セラバスは裸まで見せてくれた仲だし(勝手にそう思ってる)、全く知らない奴が配属されてくるよりよっぽど気が楽だわ。


「クロー様は……こんな私でもいいと……やはり私のスキルは間違ってなかった」


 セラバスが普段は細い目をしているが、その目を大きく見開いていたせいで、瞳に涙を浮かべていたのが分かってしまった。


 ――スキル? っと、それより、女の涙か。これはちょっと気まずいな……


「まあ、そういうことだから。セラバスは気にしなくていい」


 俺は軽く言って話しを終わらせようとしたのだが、セラバスは急に俺に向かって跪いた。


「クロー様、一つお願いがございます」


 ――今度はお願い? そう改まって言われると怖いいんだが……


「なんだ?」


「やはり、私は執事悪魔族として欠陥がある、その事実は覆せません。

 今の私ではクロー様に向かってバスの名を名乗る資格がございません。よってこれから私をセラとお呼びください」


 ――ホッ、そんなことか。


「セラバスがそれでいいのなら……分かった。セラこれからよろしく頼む」


「はい。不束者ですが末永くお願いいたします」


「セラ。分かったから立ち上がってくれ。どうも跪かれるのは好きじゃない……」


「はっ」


 セラの流れるような動作でスッーと立ち上がる。

 その動作があまりにもの綺麗で感心していると――


「あ〜!! クローさま。こんな所にいたんだ。探しましたよ?」


 先ほどまで、妻たちとプリンを食べ、おしゃべりを楽しんでいたナナが俺を見つけて喜び、セラを見て驚いた。


「ちょっと、なんで執事悪魔族がここに?」


「ああ、セラは俺に許可を取りにきたんだ」


「セラ?」


 ナナがセラバスをマジマジと眺めたかと思うと、驚きその目を大きく開いた。


「な、なんで? 執事悪魔族は男型(おとこ)でしょ?」


「これはこれはクロー様の配下の方ですね。私はクロー様の使用空間に配属された執事悪魔族のセラバスと申します。

 以後お見知りおきを」


 セラがナナに向かって執事の礼をとる。その所作はやはり綺麗で完璧。しかし、


 ――セラバス? はて? セラじゃないのか?


「むう! あたしはクローさまの一番の配下のナナよ。あたしが一番クローさまと長く……」


「ナナ様、先ほどの質問ですが、本来、執事悪魔族に性別はないのです」


 ――セラがナナの話を遮ったように感じたが、気のせいだろうか?


「ふ、ふーん。そうだったの?」


 それを何事も無かったように、気にしてないように振る舞うナナが胸を張る。なんか虚勢を張ってるように見えて可愛い。


「はい。ですが……一生に一度だけ、忠誠を誓うに値する主に出会った執事悪魔族は、主の望む性別に応える事ができるのです」


「えっ? そんなことできるの」


「はい。これは種族スキルによるものです。まあ、ほとんどの執事悪魔族は、転々と代わる主に向かって、このスキルを使うことはありませんがね」


「知らなかった。じゃあセラバスは以前の主に忠誠を誓っていたから女型なのね。な〜んだ」


 ――なるほど。確かにセラは俺に会った時にはすでに女性の姿だったもんな。ふむ。執事悪魔族も奥が深いな……


「ふふふ」


 セラが意味ありげな笑みをナナに向けたあとに、俺に向き直った。


「では、私は心置きなくクロー様のために使用空間の準備をして参ります。準備ができましたらまたご連絡いたしますので、今はこれで失礼します」


「ああ、セラ……でいいんだよな?」


 ——ナナにはセラバスって名乗ってたようだしな。今後のため、念のために確認だ。


「はい」


「セラバスじゃないの……じゃあ、あたしも……」


「ナナ様。私をセラと呼ぶ資格があるお方は主ただ一人です。どうかご了承ください」


 セラがナナに向かって頭を軽く下げた。執事らしい綺麗な礼だ。


「むぅ。なによそれ、もう。でもまあいいわ。分かりましたよセラバス。はい、これでいいんでしょう」


「ナナ様、ありがとうございます。ではクロー様。今度こそ失礼いたします」


 頬を膨らませ不貞腐れたナナを横目に、セラは綺麗なお辞儀を俺に向けてゆっくりととると転移して消えた。


 その後、にやにやしながら勝手に土足の

まま俺の家に入ってきたトホホ商会のクソ親父と付き添いのゴロツキ五人に嘘をつけなくなる悪因を刻んでやった。ついでに悪因発動と同時に大きな痔が飛び出すのだ。くくく。


 すると、トホホ商会のクソ親父、すぐに今までの悪行が公になり牢獄へと連行された。尋問も大変。嘘ついてその場をやり過ごそうとしても嘘はつけず、おまけに痔が飛び出す。


 何度も飛び上がっていたぞ。最後は泣きながら神父を呼んでもらって回復魔法をかけてもらっていたが、その神父は高い寄付金を要求してきた割には腕が悪く、回復量も少ない。ついでに悪因にも気づかない。

 せいぜい牢屋の中で俺の支配地に貢献してくれよ。




 ――――

 ――


 ―クロー使用空間予定地―


「さて、あなたたちはクロー様のお側に紛れ込んで、何をしていたのですか」


 首の後ろを掴まれた子狼が必死に手足をバタつかせていたが、観念したのかプラーンと力なくぶら下がった。


「がぅ」

「がう」


「ほう? あくまでもしらを切るつもりですね」


 セラバスの刺すような悪気が子狼を包んでいくと、突然、ポンポンっと音がして、セラバスに首の後ろを掴まれていた子狼たちが、チンチクリン悪魔へと姿を変えた。


「待つがぅ」

「そうがう。早まるながうよ」


「では、私の問いに答えなさい」


「がぅ」

「がう」


 二人のチンチクリン悪魔が、セラバスに首を掴まれたまま力なく首を前に倒した。


「あなたたちはなぜクロー様にまとわりついているのですか。もしや、良からぬことを……」


「今はないがぅ。ムリだったがぅ」

「そう、がう。今はないがう」


「では、何をしていたのですか」


「……」

「……」


 セラバスがお口にチャック状態のチンチクリン悪魔を眺めて何やら考えると、すぐに思い出した。


「はぁ、そうでしたね銀狼悪魔族は……任務に忠実でしたね。

 では質問を変えましょうか。それは護衛のためですか?」


「……」

「……」


「わかりました。いいでしょう今回は見逃してあげましょう……

 ただし、クロー様に良からぬことを企てようとした、その時には……その首へし折りますからね」


 セラバスが笑みを浮かべると、チンチクリン悪魔の二人が尻尾を小さく丸めた。


「返事がないようですが。もう一度聞きます。分かりましたよね?」


「がぅ」

「がう」


「よろしい」


「でもなぜがぅ?」

「配属悪魔、主にあまり肩入れしないがう」


「それは、あなたたちに関係ありません」


「がぅ」

「がう」


 セラバスが二人の首から手を離すと、二人は素早くセラバスから距離を取り、そのまま逃げようとした。


「ちょっと待ちなさい」


 それを止めるセラバス。


「がぅ!」

「がう!」


 正にダルマさんが転んだ状態。チンチクリン悪魔の二人が、セラバスの声に反応してピタリと動きをとめた。


「あなたたちは、どうせ今後もクロー様の側をウロつくつもりでしょうから……いいですね?」


「それなら、分かったがぅ」

「任務の間だけがう」


「それで構いません」


 何やらセラバスが提案すると、二人のチンチクリン悪魔は無表情な瞳をセラバスに向けて肯首した。


 しかし、提案された二人のふさふさもふもふの尻尾は嬉しそうに揺れていた。

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