第89話

 翌朝


「クロー、このお家どうしたの?」


「いやな、どうも新しいゲートの設置場所を決めないといけないみたいなのでな」


「へぇ〜それで買ったんだね」


「ああ、ここにずっと住むわけではないが、部屋は五つあるからそこそこ寛げる家だぞ」


 場所は都市の東部、富裕層の住宅街よりちょっとランクが落ちる住宅街。そこにある一軒家だ。周りに似たような家がたくさんあるので、紛れるにはもってこいなのさ。


 ちなみに馬車を引かせていた馬はお金を払って馬屋に預けてきた。

 これから悪魔界の使用空間に行くことになるし、当分は世話ができないと思ったからだ。


 ――ふふ、これでもう、宿は必要ない。


 昨晩は散々だった。


 大部屋一つで済ませたのも悪かった。


 妻たちとハッスルしようにも配下どもが傍を離れようとしない。寝れと何度か命令してやっと離れてくれたが、ベッドをピタリと側につけじっとこちらを監視する。


 だが、それくらいで諦める俺ではない。


 俺はそのまま構わず妻たちに手を出そうとすると、今度はいつの間にか戻ってきたチビスケとチビコロが纏わりついてきて邪魔をする。

 終いには、仲間はずれにしないでくれ、となぜかセリスまでゴネ出す始末。

 放っておいたらなんか、拗ね始めて一人体育座りし始めたのでセリスの背中をさすって慰めるとか、なにやってんだ俺状態だった。


 結局ハッスルすることなく妻たちを抱き枕にして寝た。セリスもなんか引っ付いてきた。柔らかくて気持ちいいんだけど、ハッスルできないという苦行を始めて味わった。


 そんなことでは俺は大いに不満だったのだ。


 そこでゲート設置を理由に一人、朝早くから動き、そこそこ大きな家を購入したってわけだ。


 ――ふふふ、ここなら部屋数も心配ない。

 

 配下どもは適当な部屋に押し込んでやる。そんなことを考えたいると俺の顔を下から覗き込んでいるチビスケとチビコロの子狼。なぜか俺のところに戻ってくる。懐かれたか?


「チビスケ、チビコロ。お前たちは……俺の使い魔になるか? 

 俺はしばらくこの地を離れるかもしれんのだ、そしたらお前ら餓死するかもしれんだろ?」


「がぅ」

「がう」


 俺がそう言うと必ず、チビスケとチビコロはすごい速さで逃げていく。


「そんなに嫌なのかよ……」


 ——やはりあいつらは言葉を理解している。狼なのに賢いな。これは真剣に使い魔にすることも考えておいた方がいいかも……


 だからこそ逃げられて軽くショックを受ける。


 ——まあいい、すぐすぐの話でもないしな。


 俺は首を振り意識を切り替えると、みんなを連れて買ったばかりの家の中に入った。


 そして、入ってすぐに……


『クロー様、ゲート設置の前に、私(わたくし)のことでお話があるのですが、今よろしいでしょうか』


 配属悪魔から念話がきた。



 ――――

 ――


 ―グラッドのその後―



 クローたちと別れ記憶に残る島国へと飛び立ったグラッドだったが、その位置をはっきりとは思い出せず、苦肉の策として考えついたのが、


「そうだ海だ。海に行けば……」


 まず南へと飛び海を目指すことだった。

 島国は年中暖かく、そして周りは海だったからという単純な理由だ。


 半日ほどで南に飛び海へとたどり着くも――


「くっ、ここは……どこなんだ……」


 グラッドがそこで目にした海岸の地形は、記憶にまったくなかった。


「こっち……でも行ってみるか」


 この場に留まっていても仕方ないので、今度は海岸沿いを東に向かってみた。


 自分の記憶にあるに地形と一致する場所をどこでもいいから探すしかないと思ったからだ。


 ただ東に向かった理解はない。こっちにありますように、という思いでただ賭けてみただけ。


 島国の名前が分かれば尋ねていたかもしれないが、グラッドは人族に尋ねようにも島国の名前が分からなかった。


 グラッドを召喚した女王すら自分の国を島国と呼んでいた。

 もしかしたら島国が正式名称かもしれないと思う反面、そんな国はないと、それを否定されてしまったらと思うと、怖くて聞けなかった。


「そうだ……あの島国は大陸の海岸から見えていた」


 グラッドは時間がかかると分かっていても、偶に見える島々を一つ一つ大陸から眺めては確認していった。


 いくつもいくつも確認して回った。違うと分かった島さえも確認していった。


 そして、そんな毎日を休まず七日ほど繰り返した朝――


「ああ……」


 グラッドは懐かしさで思わず頬をぬらした。


「こ、ここ……覚え……てる。この地形……覚えてるぞ」


 グラッドは島々を一つ一つ確認していく度に、心のどこかで不安を抱き始めていた。

 もしかしたら記憶にある島国は実在しないのではないか、と……


 それが今、目の前に見える島が、グラッドの記憶にある地形とピタリと当てはまったのだ。

 その瞬間、一気に色々な感情が押し寄せ、懐かしいあいつらの顔が次々と脳裏を過ぎる。

 グラッドは感極まり、気持ちを抑えることができなかった。


「うっ……ぅぅ……ぅぅ……」


 涙を流した顔など誰にも見せなくないグラッドは涙を払いしばらく上空から島を眺めてからあいつらのところに行こうと上空まで飛び上がるも――


「そ、そんなバカな……」


 あることに気づいてしまった。


 この島には、確かに城が存在していた。ディディスの城砦よりもかなりコンパクトだったが確かに存在していた、はずなのだ。


 それがどこにも見当たらなかった……


「城が……ねぇ……」


 グラッドの全身から力が抜け落ちていく、見つけた喜びが大きかった分、その反動が心を抉ったのだ。


 グラッドはふらつきながらも、なんとか島城があったと思われる場所に降り立つ。


 その場所は青々と木々が生い茂り、建物の存在など、微塵にも感じさせなかった。


「俺の記憶は……あれは幻だったのか……」


 グラッドは、何も考えることができず、大きな木に寄りかかり、自嘲の笑みを浮かべた。


「あはは……あいつらに……また逢えるだなんて……虫がよすぎるよな……ははは……っ!?」


 グラッドは運がいいのだろう。自嘲気味に笑いふいに顔を上げた先、木々の隙間から何か石像らしきものがチラッと見えたのだ。


「あれは……」


 グラッドは惹かれるようにその石像の方へ、一歩、また一歩と近づいていくと……期待したくないが、つい期待してしまう。


「こ、これは……」


 そして、それを見た。グラッドは涙腺がおかしくなったのではないかと思うほど涙を流していた。


「これは……俺、だ……」


 その石像はグラッドの姿をしていた。周りにも何かしらの石像があるもののそちらの石像は苔にまみれていた。

 だが、グラッドの石像だけが苔一つなくキレイに磨かれていた。


 グラッドは涙を払い、その石像へ歩み寄ると……


「……お供え物?」


 硬そうなクッキーのようなものが数個石像の前に置いてあるのことに気がついた。


 グラッドは何気にそれを一つ手に取り、匂いを嗅ぐと僅かに渋い匂いがした。それがなぜか懐かしく、どこかで嗅いだことがある気がした。


「そういえば……」


 そして思い出す。島国が栄える前に食べたことのあるドングリのような小さな木の実の焼き物、硬くて渋くて非常にマズイと記憶した食べ物を。

 グラッドは迷わずそれを口に入れた。


 グニュ!


「あははは……湿気ってる。まじぃぃな……」


 そう言いつつもグラッドはその手に取った、湿気ったクッキーを次から次に口に入れていく。


「やっぱり、まじぃぃ……そうか、この先に行ってみれば」


 そのクッキーを食べながらグラッドは石像から獣道のような踏み固められた細い道の先を目で送った。


「この道を辿れば……逢えるかも」


 念のため気配を探ってみる。グラッドは第10位に降格したため、魔力のある存在ならまだそれなりに感知できていたが、魔力のない者を感知する気配感知能力は僅かなものとなっていた。


「やっぱりここからじゃムリだよな。ってバカか俺は、もうここまで来たんだ、行くぞ」


 グラッドは土壇場で怖気ついたのだ。また違っていたらどうしようと不安になったのだ。

 だから先に答えが知りたくて気配で探ろうとした。結果は言わずもがな。


 チキンハートの自分の頬を叩き一歩踏み出す。


 そんな時だった。ガサリと近くで何か雑草をかき分ける音と、その方向に人族の気配を僅かに感知した。


「やべっ!」


 グラッドは咄嗟に石像の後方へと身を隠すと、それを見計らったように地味な民族衣装を身にまとった人族の少女が石像に向かって歩いてきた。


「せっかくだし、今日はグラッド様と朝ごはん食べよう」


 その少女はお供え物のクッキーを新しい物に取り替えると自身も手頃な石に腰掛ける。

 

 それから少女は朝食らしい団子状の物を口に頬張り出した。


「うん。おいしい……」


 何となく懐かしい声にグラッドは身を隠しつつも覗き見た。


(……ネス!?)


 グラッドは驚きつつも、高鳴る胸の鼓動を抑えきれずにいた。


 思わず飛び出したくなったが、すぐにおかしいことに気づきどうにか踏み留まる。


(いや、違う)


 何故なら、グラッドの言うネスとは、グラッドをこの地に召喚した島国の女王だった。


 ネスが二十代の頃に契約し二十年以上共に過ごしたのだ。

 グラッドが付与した美容スキルの効果で二十代後半の見た目を保っていたが、目の前の少女はネスの面影はあるものの明らかに十代半ばから後半に見える。


(やっぱり違う)


 その少女は遠くを見ながら寂しそうに独り言を呟き始めた。


「グラッド様、私、村の掟で明日大陸に渡るんだ……」


(……大陸に?)


「ほら私たちの村ってさ、女性ばかりしかいないから……」


 その女性は急に立ち上がると、グラッドの石像に向き直り抱きついた。


「村の人口が減ってる。私は村長の娘だし、必ず大陸に渡って身籠ってこないといけない……」


(あの頃から変わってないのか?)


 この島国はなぜか女性しか生まれなかった。グラッドが召喚されたのも絶望に打ちひしがれたネス女王によるものだった。


「今回は五人で一緒に行くんだけど……前に大陸に渡った四人は帰ってこなかった……私たち帰ってこれるかな……」


(帰ってこない? 五人? 確か当時は……もっと……)


 大陸に渡る行為は数十人規模で行われていた記憶がある、それなのに今は五人と少ない。


(なぜ?)


「私……イヤ……だよ……ぐす……」


 グラッドが当時を思い考え混んでいる間に、少女の方からすすり泣く声が聞こえ始めた。


「グラッド様がいいよ……グラッド様……うわぁぁ……」


 やがて少女は本格的に大泣きし始めてポカポカとグラッドの石像を叩き始めた。


「うわぁぁ……グラッド様……来てくれないから……バカぁぁ……グラッドさまのばかぁぁぁ、わぁぁぁん」


(ば、バカ……って……ったく)


 グラッドは泣き出すと子供っぽくなる当時の契約者ネスの面影を泣きじゃくる少女に重ねてしまい、思わず後ろから抱きついていた。


「俺はバカじゃない」


「ひぃ、あっ!」


 泣いていた少女は誰もいないはずの後ろから急に抱きしめられ驚き……


「あ、ああ……」


 その顔を見て目を見開き。石像とグラッドとを何度も見比べてまた驚く。驚いてばかりの少女。グラッドはその娘が可愛く思えた。


「ぐ、ぐらっど……しゃま……!?」


「そうだ。俺はグラッドだ」


 石像を毎日の日課のように磨き見ていた少女は抱きついているのが恋い焦がれたグラッドだと知り、その腕に力を入れる。


「うわぁぁぁ」


 そしてまた泣き出してしまった。


「おい、泣くな……泣くなって……」


 グラッドはどうすることもできず、少女が落ち着くまで背中をさすりながらその時を待った。


 しばらくすると、落ち着いた少女は自分の顔を袖でゴシゴシと拭き、グラッドの顔を見上げては俯く。


「落ち着いたか?」


 グラッドの声にビクリと肩を揺らした少女は、顔を真っ赤に染めつつもこくこくと頷き返す。


 先程まで泣きじゃくっていた少女はどこにいったのやら、急にしおらしくなってしまった少女にグラッドは戸惑う。


「どこか具合が悪くなったのか?」


「ち、違いましゅ……」


 グラッド自身は忘れているが、グラッドはイケメン悪魔なのである。

 超美形の悪魔なのだ。そしてその声も聞き惚れるほどいい声をしているのだ。


 普通の人族の女性ならば、それだけでも骨抜きになってしまう。


「そうか、ならいいんだが。お、そうだった俺が悪魔グラッドだ。君が俺を呼んだんだ……俺に何か言いたいことはあるか?」


 グラッドは悪魔のそれらしく見せるようにゆっくりとした口調で尋ねた。

 ちょっと狡いが自分に笑いそうになるが、悪魔として手順は大事。


 本当は逆に、グラッドの方からネスに似たこの少女に尋ねたいことが山ほどあった。

 だが、本能で今はその話をしてはダメなような気がした。


「ひゃい。わ、私が……グラッドしゃまを……」


「ああ」


「……しい……」


「ん?」


「逢えてうれしいです!!」


 そう言った少女は、再びグラッドにぎゅっと抱きついてきた。さっきまでのしおらしさどこへ。


「お、おい」


「……たし、アネスです。アネスといいます」


「村の伝承は本当だったんだ」と一人感極まったように、少女はまたしてもすすり泣き始めた。


「お、おい」


 再び落ち着くのを待ったグラッドは、アネスの話を聞き軽くショックを受けた。


「あれから300年も経っていたのか……」


「はい、そうです」


 グラッドがいなくなってすぐ、この島国を統治していた女王は病にかかり亡くなった。


 言い伝えによれば、役目を終えたグラッド様がこの地を去り、そのショックから女王は病にかかりそのまま還らぬ人となったらしいのだが、これは女王の子孫にしか伝わっていないことだよ、とアネスが教えてくれた。


(ネス……)


 これで、この少女アネスがネス女王の子孫であったことは間違いなく、ネスと面影を重ねてしまったのも無理もないとグラッドは思った。


 そこへ、タイミング悪く、栄えた島国を我が物にしようと中央大陸にあるスティール王国が侵略してきたそうだ。


 いくら栄えていたとはいえ、小さな島国が20倍以上の兵力の差には、抗うことができず、また女王を失ったばかりの島国の人々は戦う前に散り散りになり大陸へと逃げ延びた。


女王の娘が皆にそう指示を出したそうだ。


 生き延びてさえいればまた再興できる、と。


 スティール王国は、栄えていた島国には金銀財宝が山ほどあると勝手に思い込んでいた。

 たが、結果は何も目ぼしい物などなくすぐに興味を失い交通の不便を理由に島から撤退。この島に住む大陸人は一人もいなくなくった。


 その数年後、散り散りになった人々が集まり再興が始まる。

 しかし、相変わらず生まれてくるのは女性のみで不安を感じた人々は島国を離れ、一度住んだことのある大陸へと渡り始め徐々に衰退していったそうだ。


 現在は辛うじて村と呼べる人口を保っているが、それも時間の問題だろうと言われ、それでも村長の娘であるアネスは大陸に渡り身籠って後継者を残さなければならなかったのだと言う。


「グラッド様。私、村の伝承は真実だと信じてました。

 私、グラッド様がいいんです。私と契約してください」


 抱きついたまま離れないアネスに、ネスの面影を重ねたグラッドは優しくその頭を撫でた。


「いいぞ」


 グラッドはネスの子孫である少女アネスと契約しこの地を再興していくことになるのだった。

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