第88話

―クルセイド教団、ゲスガス支部―


「私が司教……ですか」


「当然ですね。よかったです」


 一枚の魔法紙を手にしたセイルがそう口にした。ラグナはセイルが評価されて素直に喜ぶ。

 常々セイルの階位は低過ぎると思っていたからだ。


 だがそれもセイルの次の言葉で驚きに変わる。もちろん悪い意味でだ。


「よくありませんよ。私の次の赴任先はあの激戦区です。私は激戦区を任されることになったのです」


「激戦区? ……もしかしてあの激戦区ですか」


「そうです」


「やってくれますね……それで我々は」


「ラグナすみません。この支部に所属する聖騎士すべてが対象みたいです。私と共に異動となります」


 済まなそうに眉尻を下げたセイルから顔を背けたラグナは頭をボリボリ掻いた。


「それは全然構わないですよ。しかし、いくらこの地の悪魔を一掃できたからといって、ゴーカツィ司祭の率いる実戦経験のない名ばかりの聖騎士だけに全てを任せるかね」


 ラグナはあの日からここ数日の出来事を思い浮かべた。


 ――――

 ――


 王城へゲート所在の確認に向かったラグナ率いるAランク聖騎士たちは驚くほどあっさりと中へと通された。


 ラグナは仮に断られたとしても、悪魔との交戦した跡が見られる城内を理由に強引にでも押し入る算段だった。


 拍子抜けしたがこれはうれしい誤算。無駄に時間を浪費しなくてすむ。予定よりかなり早く状況確認に移った。


 現場では複数の騎士や侍女から玉座の間から悪魔が溢れ出してきたとの証言をもらい。


 悪魔と直接交戦していた魔法騎士団からも確認がとれた。

 そして、その悪魔は勝手に苦しみだしゲートと共に消えたそうだ。


 そんな悪魔の姿は俺たちも確認しているのでウソは言ってないだろう。このような時にこそ、セリスのあのスキルがあればとふと頭に過ったが、もう過ぎたことだと頭を振った。


 最後にゲートがあった位置を調べ、それらしい残骸があったのでその残骸を綺麗に浄化すればもう安心だ。


 ラグナもSランク聖騎士だけあって簡単な浄化ならできる。


 でも、まあ今回の調査でゲート消滅は間違いないと判断できた。


 残念ながら今回の悪魔騒動はセイル様の読み通り、欲にまみれた発言力のある貴族や王族が、そろって悪魔に唆され契約を結んだあげくに亡くなっていた。自業自得だから同情はしない。


 それがいつの時点だったのかは不明。悪魔の残骸とまったく同じ状態で見つかったことや、刻印が浮かび上がっていたこともあり、悪魔との繋がりがあったことは間違いないと新王に伝える。


 この国の王族の中で唯一生き残っていた第三王子ジャナイト・ゲスガスに。


 ジャナイトは王族にありながら魔力がないと、疎まれ離宮に追いやられていた人物だ。だが、そのおかげで生き延びている。

 生い立ちや扱いは悲惨だったようだがらそのお陰で王になっているのだからよかったのだろう。


 歳も若く見えた。おそらくまだ十代後半だろう。国が荒れるとまた悪魔に付け込まれるからどうにか頑張ってほしいものだ。


 そんな俺の顔色を見ていた新しい宰相が両手を揉みながら頭を下げてくる。


 ゲスガス国の王族派も、貴族派も発言力のある人物を失い、しばらくは大人しくなるだろうと。

 後任には比較的温厚かつ冷静な判断ができる者たちに後を継がせ、まずは国力回復を優先すると、ま、要するにちゃんとするから今回は見逃してほしいとのこと。


 今回の悪魔騒動を理由にクルセイド教団が国政に介入してこないか心配しているのだ。


 ちゃんとやればクルセイド教団が国政に関わることはないのにな。


 そのことを理解してくれた新たなゲスガス王の行動は早かった。


 まずゲスガス王は俺たちクルセイド教団をうまく利用してきた。

 クルセイド教団に正式文書で感謝の意を伝えるという手段をもって。


 通常ならば国の威厳を保とうと、のらりくらりやり過ごす連中が多い中、権威よりも国民の不安を取り除き、国の混乱を治めることを優先した結果なのだろう。


 そのための文書。この正式文書によってゲスガス国は悪魔が根城にしていた事実を認めると同時に悪魔討伐はクルセイド教団の手によって完遂されていることを大々的に広めた。長らく続いた紛争も悪魔の仕業だったのだと付け加えて。


 当然これは悪魔討伐に関わったクルセイド教団からも発せられるから意味がある。


 クルセイド教団もただ利用されるだけでなく、この国での発言力が強まり信者や寄付金なんかも多くなる。

 また他国においてもクルセイド教団の必要性を広く理解してもらえるからうまみも大きい。だからうまく利用されてやったのだ。


 どちらにしても悪魔の残骸が町中に広がっていたのだ。隠し通せるものではなかったがな。


 まあ、聖騎士の俺たちにできるのはこれから少しでも国力が回復することを祈るだけだ。


 なんと言っても新たなゲスガス王が教団に感謝の意を示してくれたお陰で、セイル様の功績が認められて孤児院への転属がなくなったのだから……


 ――――

 ――


「その件については、ゲートが消滅したからでしょう。

 仮に悪魔の生き残りがいたとしても、ゴーカツィ司祭の率いる聖騎士たちの地位はAランク六名、Bランク六名、Cランク六名です。十分な戦力です」


「使えれば、ですけどね。あいつら親の金で地位を買っているような奴らばかりです。実力はDランク並ばかり。せいぜい悪魔が現れないのを祈っとくかな」


「ラグナ、口を慎みなさい。どこに耳があるか分かりませんよ?」


 そう言ってセイルは部屋のトビラの方へと視線を向けた。


 するとすぐに、コンコンコンとドアを軽くノックする音が響いた。


「セイル様、神父様たちがお帰りになるようです」


 トビラ越しに年若い侍祭の声が聞こえた。


「分かりました。すぐに向かいます」


 結局、セイルたちは、悪魔が自滅してからも四日間、聖域魔法陣を展開していた。


 聖域魔法陣は都市全域に展開されるため魔力消費が非常に激しい。


 ラグナ率いるAランク聖騎士たちは悪魔の残骸処理から状況確認に追われ魔力供給にまで手が回せなかった。


 そんな時、近隣の村や町から神父や単独活動班の聖騎士たちが駆けつけてくれたのだ。


 そこに伝令で走り回っていたCランク聖騎士たちも加わり魔法陣への魔力供給が滞ることなく事を終えた。


 当然に悪魔からソウルシーズが放たれている気配はなかったが。


 ただ不安は残る。というのも聖域魔法陣内に居たセイルたちは気づかなかったが、近隣の村や町から来た神父や聖騎士たちの話では、結構な数の悪魔を目撃。しかし、その悪魔たちの様子は少しおかしく、襲ってくることなく、聖域魔法陣の外で中の様子を窺うのみ、それだけだったそうだ。


 その悪魔たちもゲート消滅と共に消え消息は不明。報告もしたが公にしたくないのか本部はゲート消滅とともに同じように消滅したと判断。実際に手がかりがないのでどうしようもない。


 セイルは教会の出入口まで急ぐと手荷物を持った年配の神父たちと複数の聖騎士たちが待機していた。


「お待たせしてすみません」


 セイルは神父たちに待たせたことを詫びた。


 神父と司祭の地位は同位。ただ司祭には神父と違って聖騎士団を率いる権限がある。


 神父は主に前線を離れた年配の者が多く小さな町や村の教会を任される。

 場合によっては併設された孤児院の院長を務める神父もいる。


 よって神父たちは皆セイルより年長者だった。


「いやいや、ワシたちも、任された教会があるのでな、あまり留守にできんのじゃ」


「この度はご助力いただきありがとうございました」


 セイルは神父たちに頭を深く下げて感謝の気持ちを伝えた。


「ほんとじゃよ。ワシは久し振りに搾り取られたワイ、カッカッカ」


「お主はもっと出さんか、たまには搾り出さんと使いモノにならんぞい、わははは」


「ふおっ、ふおっ、ふおっ。ワシは毎日出しとるからな、いつでもたっぷりするする出るワイ、して、セイル殿はちゃんと出しとるのか?」


「は、はあ……」


「セイル殿、あのじじい共はまともに相手せんでもええぞ」


「は、ははは……」


「まぁ、これでしばらく悪魔どもが大人しくなれば良いのじゃがな……」


「はい、そう願ってます……」


 神父たちは一人一人セイルに挨拶をすると同行してくれる聖騎士と共に帰路についた。


「セイル様、お疲れのようですが大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です」


 ラグナを見るセイルの顔は、一瞬にして老け込み頬がこけていた。セイルはふらふらとした足取りで教会に戻った。


 それから数日――


「こちらが主な引き継ぎの内容になります。不明な点があり……」

「セイル殿は完璧にしているのだろう?」


 セイルが差し出した紙の束を受け取った恰幅のいい男が椅子の背もたれにどかりと寄りかかった。


「は、はあ?」


「そんな心配な顔をせずとも良いぞ、後のことは私に任せるがいい。セイル殿、おいっ!」


 そう言いつつもその男はセイルから受け取った紙の束を、傍に控える侍祭へと乱暴に渡した。


 その行動でも分かる。仕事は全て連れてきた侍祭に振るだろうことが。だが、本日付でこの国から出ていくセイルが口出すことはできない。


「……では私はこれで失礼します」


「うむ」


 小太りで脂ぎった顔をしたゴーカツィ司祭が着任し、それと入れ替わるように聖騎士隊を率いるセイルは新天地へと向かった。


 ――――

 ――


 宿に戻った俺は、妻やセリスの頭を撫でつつ労いの言葉をかけた後、第7位になり支配地を持つことになったことや、イオナとライコが新しく配下になったことを伝えた。


「すごいすごい。クローさま支配地持ちですか!?」


「やっぱり!」


「おおっ、さすがあたいが認めた男だ」


 悪魔であるナナたちはすぐに理解して、自分のことのようにはしゃいでみせる。


「支配地? クローの新しい配下?」


 一方妻たちは賑やかに騒ぐ三人を見て首を傾げた。人族で仕組みが分からないのだから無理もない。

 セリスだけが何がピンと来るものがあったのか、眉間に皺を寄せてから、支配地……ぶつぶつ何やら呟いている。


「まあ支配地は俺もまだ実感がないから正直よく分からん。

 配下は俺に後輩が増えたようなもんだろう。

あ、それと近いうちに悪魔界の屋敷に行くことになるからな」


「へぇ、よく分からないけど、すごそうだね」


「ええ、なんだか楽しみだわ」


「エリザとマリーがそう言ってくれるなら、俺も少し楽しみになってきたな」


 悪魔界の屋敷ってなんだか凄そうね、と頷き合う妻たちを眺めていると。


「クロー様、こちらが?」


 一人落ちつきを取り戻したイオナが俺の傍で妻たちを眺めていた。


「ああ、俺の契約者であり妻たちだ」


「おお! 主殿、それは私も……」


「ん? ああ、勿論セリスも大事な契約者だぞ」


 セリスがなぜかガクリと肩を落とし、それをエリザが慰める。はて?


「そうだった。まずは今回の経験を活かして、これをナナたちにもやっておく」


 今回、如何に俺が慢心していたか理解した。


 妻とセリスはラットとズックが傍にいたので正直それほど心配していなかった。


 何かあれば装備品の位置情報からすぐに転移すればいいと思っていたからな。


 だが、後から聞いたナナたちの話では、偶々いた気配が全くしない悪魔がいなければ、今頃ほんとうにいなくなっていたかもしれないのだ。


 俺は過ちに気づき反省した。その反省した結果。


「クローさまがあたしに、えへへ、嬉しいなぁ」


「クロー様が私のために……」


「これは……」


 新しく取得した魔力同調スキルを利用して、妻たちと同じ付与つき装備品をナナとイオナとライコにも渡した。


「うむ。お前たちは俺の大事な配下だからな、ちゃんと身につけておくんだぞ」


「「「はい」」」


 それからナナたちは俺の与えた装備を鑑定しては驚き、身につけてはお互いに見せ合いにやにやしていた。


「ふむ」


 ——平和が一番、そろそろスローライフがしたいわ……


 そんなことを考えていると、ある人物から念話が届いた。


『クロー様……』


 その念話はあと数日で俺の使用空間の準備ができるので、ゲートの位置を決めておくようにと依頼するものだった。

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