第85話

 ―—第D2位悪魔ディディスの屋敷——


 セラバスは朦朧とする意識の中でディディスに視線を向ける。


「クックク、いいザマダナ」


「……」


 どうしてこうなったのだ。私の望みは、忠誠を誓うに相応しい主に仕えたかった。ただ、それだけだった。


 ディディスの手によって殺されたゲーゲスは私が仕える二番目の主だった。

 それ以前の主は第5位まで上り詰めたが別の勢力に吸収されその存在自体を消された。

 良い主ではなかったが、悪い主でもなかった。

 だが、その時の私は後悔の念に駆られた。執事悪魔としてもっとうまくやれたのではないかと……支えられたのではないかと。


 だからこそ、次の主には全身全霊をかけ支えたかった。


 だが次の配属先ではそうはなれなかった。

 次の主、第7位悪魔ゲーゲスは狙われやしないかと、よく高位悪魔の顔色や動向を窺うばかりで、周りや状況を読めない愚かな悪魔だった。


 高位悪魔はたかだか一支配圏域(1つの町や村などの餌場)しか所有していない第7位悪魔など見向きもしていないというのに……


 支配地についてもそうだ、上ばかりに目が行き早急に力をつけようとするから、あんな愚かな策を思いつく。

 こんな策では力をつける前に逆に聖騎士勢に目をつけられ狩られてしまうだろう。

 そんなことも理解できないなんて……


 とても私の主としてふさわしいとは思えなかったが、配属されたからにはそれなり務めようした。


 だがゲーゲスは私に意見を求めるどころか避けていく始末。私も最低の行動しか取れない。


 だがゲーゲスは愚かな行動をとり続ける。


 せめて格の近い悪魔と交流し、情報を得るなどしていればまた違っていた。


 もっと配属された悪魔に意見を求めれば簡単に手に入る情報だってあった。


 高位悪魔は高位悪魔なりの行動をとる。だからつまらないことには興味を示さない。


 高位悪魔が狙う勢力圏は、程よく勢力圏を広げた第5位格以上の悪魔からがふさわしいだろうといった暗黙のルールだってあった。


 そこにあの方の意思があり、悪魔はその意思の流れに自然と乗ってるから悪魔社会が成り立っている。などの言えない情報もあるが、だが、今となってはもう後の祭りだ。


 私は選択肢を間違えたのだ。あの日あの時から。


 ゲーゲスにとって不測の事態が起こったあの日から。


 ゲーゲスはよほど精神的に追い詰められていたのだろう、今まで避けていた私に意見を求めてきた。


 それはたまたま偶然だったのかも知れないが、いくら愚か者で支えるに相応しくない主だろうが、主から意見を求められれば応えねばないのが配属悪魔の使命。


 私はゲーゲスの愚策で侵入してきた聖騎士隊、これを利用することを提案した。

 ゲーゲスは喜色を浮かべ私の提案に乗った。


 だが聖騎士を誤魔化すには第10位悪魔ただ一人を差し出したところで納得できるものではないだろうと判断し、ゲーゲスと同じく愚かな行動が目立つ配下の二人を唆し聖騎士へとぶつけた。


 ゲーゲスには報告しなかったが、使えない配下二人を差し出すだけで、この支配地を守れるのだから安いものだろう。


 配下を失ったゲーゲスがどう動くのか?


 我ら配属悪魔をどう扱うのか?


 それによっては愚かなゲーゲスであっても全力で支えようとも考えていた。


 だが、ゲーゲスは私が思っている以上に愚かだった。


 何を勘違いしたのか、我ら配属悪魔を駒のように扱おうとし始めたのだ。


 しかも第7位格程度では扱いが難しい廃棄悪魔まで利用すると言い出した。

 捨て駒に使うのだろう名付けも酷いものだった。その扱いも。


 これ以上は私には耐えれなかった。だから私は廃棄悪魔ガチャを利用してゲーゲスの降格を狙うことにした。

 つまり私はゲーゲスを見限ることにしたのだ。


 もちろん私自身の懲罰も覚悟してのもの、私は懲罰で数百年間ほど眠ることになるだろう。

 だが、それでもいい。こんな無能者の配下など御免である。


 私はタイミングを見てわざとガチャ召喚部屋から離れた。

 しばらく離れて何事もなければ次の手を考えれば良い……


 だが事態は思わぬ方向へと進んだ。


 ゲーゲスは廃棄ガチャにどれほどの感情値を注いだのか、もしかすると本人はどれほど注いだのかも自覚していないのかも知れない……

 よりにもよって廃棄悪魔の中でもレッドゾーン。通常なら排出されることのない廃棄悪魔を召喚していた。


 結果、ゲーゲスはあっさりと殺された。これは私の失態だ。


 私はディディスに仕える振りをしてでも奴を止めねばならない。

 慎重にその機会を窺うことにした。


 だが、私の考えは甘かった。配属悪魔は私以外全て殺されてしまった。


 そして、私も奴に血肉腫を植え付けられた、もう奴に抗うことはできそうにない。


 どうにかしようにも頭に激痛が走り、何も考えられない。自分の意思とは関係なく身体が勝手に動く。


 そして、私はある部屋に来て理解した。


「さア、セラバス出番ダ、聖騎士どもノせいデ、駒が足りん、聖域魔法陣ヲ破壊スルための駒がナ」


「……」


「ククク、何もできマイ。お前タチ、配属悪魔ガ姑息ナ手ヲ使うことハ、知っていタからナ」


 ディディスがセラバスを召喚陣に貼り付け愉快そうに口角を上げた。


「まだマダ駒が足りんのダ、お前には廃棄悪魔排出口を開くカギとなってもらウワ」


「ぐぁぁぁ!! ぐぐぐっ!」


 どうやら、私の考えは始めから読まれていたようだ……

 そして利用された……


 ディディスの手の先に廃棄悪魔を排出するための禍々しいトビラが召喚され、私はそのトビラの一部となった。


 ディディスはどこでその術を身につけたのか……


「クククッ、さア、そノ身をカギとし、そのトビラを開ケ!! 魔力ヲ注ぎつづけるのダ、ククク、ハハハハ」


 私はディディスの手によって廃棄悪魔排出口のトビラのカギにされた。


 私も執事悪魔の端くれ悪あがきだけはさせてもらう……

 意地でも強力な廃棄悪魔は通さん……魔力を固定……


「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 廃棄悪魔排出口のトビラの一部となったセラバスは顔しか出ていない。


 ——力が抜ける。


 全身から魔力が絞り取られる感覚と共にそのトビラがガチャリと開き、それと共に廃棄悪魔のカプセルが転がり出てくる。


 その様子が目に入るが今の私には抗う術がない。


 ——いよいよ……か。……だが……。

くっ、もう意識を保てそうにない、私は……ここまで、のようだ……願わくば……私の魔力固定が……尽きる前に……奴を……


「ククク、ちゃんト出てるナ」


 ディディスは一定の間隔で排出されてくるカプセルに無理矢理穴を開け血肉腫を植え付けるとカプセルを解放していく。


「チィ! マタ10位カ……10位ト9位程度の力しか持タないザコばかりだナ…………マアいい、聖域魔法陣サエ破壊スレバ、マタ感情値が集まル、その感情値を俺の糧にシテやればイイ、ククク」


 ――――

 ――


「ム!? まだネズミが生きているのカ……」


 小さな気配に血肉腫を植え付けた悪魔共を操り差し向ける。


「無能ドモめ、何ヲやっているんダ」


 しばらくは服従させた廃棄悪魔どもにその始末を任せていたが、いっこうにその気配が消えない。


 それどころか、俺の城砦を破壊して回る破壊音が段々と大きくなる。


「ネズミが! 舐メやがっテ……」


 ディディスは廃棄悪魔たちに植え付けた血肉腫を使い、俺の意思を遂行するためだけに狂化させていたが、それをさらに活性化させる。


「フン! 役に立たンザコはどんどん突っ込めバいい」


 もちろん狂化状態をさらに活性化させれば悪魔の寿命はさらに短くなるが、ディディスは目的さえ果たせれば構わないと思っている。


「ザコどもガ! 何をやってル!」


 それでもその小さな気配を殺すことができないどころな、己の城砦が破壊され続けている。


「クズどもガァァア!!」


 部屋にある調度品を破壊することで気持ちを鎮めようとしたが、やめる。

 その気配が都合よくこちらに向かってきているのだ。


「ム!?」


 ディディスがその気配の方に意識を向けてすぐに、


 ドォォォーン!!


 轟音と共に瓦礫が飛び散り部屋に穴が開く。


「やべっ! 弱っちい気配が増えているおかしな所があったから、ちょっとだけ覗こう思って来たけど、壊しすぎたわ……さっさと狩っちまって、えっ? 気配がなかった奴がいる……デケェ……」


 その気配が俺のいる召喚の間の壁をぶち抜き乱入してきたのだ。


「オマエがネズミか! クク、ハハハ、なんだ姑息なデビルヒューマン族じゃねぇカ……なるほどナ。ちょこまか逃げ回っていたノハそのためか……デビヒ(悪魔否、デビルヒューマン族の侮称・デビルヒューマン族は全てにおいて能力が低くただ姑息で逃げ回るだけの種族だと思われており、悪魔界隈でも存在価値が一番ない種族だと認識されているため)のザコよ……舐めやがっテ」


 ディディスは廃棄悪魔の排出をセラバスに植え付けた血肉腫を操作しストップすると、


「ぶっ殺ス!!!」


 一気に跳躍しデビルヒューマン族を殴りつける、


「おっと、あぶねえ、あぶねえ」


 が躱された。


「テェメェ!」


「お前、気配といい、大層な見た目だな……デカいし。もしかしてディディスじゃねぇだろうな?」


「ブチ! このデビヒがディディスダと。ディディス様とヨベ!!」


 ――――

 ――


 デカくてヤバそうな悪魔が雄叫びを上げたと思ったら何やら物騒な武器を一瞬で具現化させた。


 俺の背を優に超える真っ黒で歪な大剣。その大剣を振り回して突っ込んできた。拳は辞めたらしい。


 ――ふむ。ディディス様……ってことは、こいつディディスの配下か? それも腹心クラスのかね?

 見た目、どこぞの頭領って感じで、ヤバそうだったから一応確認してみたんだが、なんか怒ってるっぽい。主をバカにされたと勘違いしたらしい。


「あいにくと、俺はディディスに用はねぇ。憂さ晴らしにこの城砦をちょいと破壊させてもらってるだけさ……よっ」


 俺はその大剣の剣身を身体を少しずらして躱し、横から殴りつけて剣撃を逸らした。


 その重量のありそうな大剣はそのまま部屋の床へと突き刺さった。 


 ――三分の一くらいは破壊したかな。


「俺、結構頑張ってるんだぜ。後、この厄介そうな部屋もついでだな……」


 後方に跳躍してそいつ距離を取ると、部屋の中を素早く見渡す。


 ――この部屋から廃棄悪魔が出てくるんだよな……ん? あれか? あのトビラ? わずに気配が……え、トビラに顔? え、生きてるの?


「きさまぁ! 俺から目を離して無事でイレルと思うナヨ」


「なっ!!」


 俺は急にスピードの上がったヤバそうな悪魔の拳を顔面に受けぶっ飛ばされると部屋の壁に叩きつけられた。


「ぐっ!!」


 反応は遅れたが大丈夫、避けれると思っていたら、大剣でなく拳だった。


 ——くっ、油断した。さすが腹心だ。頭にガンガンくる。

 あっ、頭は怖いから回復魔法をかけとくか……


「痛つっっ……なかなかやるが俺も忙しいんでね……」


 俺はゆっくりと立ち上がると、ヤベエ悪魔も何やら構えをとり気合いを入れ始めた。


 ――腹心でもこれだけ強いんだ。気配も感じない。うまいこと隠してやがる。

 ここにディディスまで来たらヤベェな……さっさと殺るか……ん?


「ウガァァァァ!!」


 ヤツは俺はいつか見た悪魔鬼人族のう○こをしそうな体勢で気合いを入れている。


 ——こいつ、ちょっと姿が違うが、あいつらと同族か? やらせるか!


 そんな体勢をとる、ヤバそうな悪魔に向けて俺は魔力を込めた拳を突き出し跳躍した。

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