第83話

 —クルセイド教会ゲスガス支部—


 教会の入り口を阻むようにSランク聖騎士のラグナとAランク聖騎士の4人が陣形を組む。


「ラーズ、アクス、避難状況はどうだ?」


「はっ! この区域のみですが住民の避難は完了致しました。

 これもセイル様の書状のお陰です」


「残る区域につきましても、この都市の守衛が先導し、すでに住人の避難を始めている頃だと思われます」


「よしっ! ソート、ガラルド、お前たちの方はどうだ」


「はっ! ラグナ様の読み通り王宮魔法騎士団からの協力は望みが薄いかと思われます。

 こちらに知られないよう取り繕ってはいましたが、明らかにゲスガス城内は混乱している様でした。

 しかし、セイル様の書状は無駄に……」


「ケッ! あいつら思い出すだけでもムカつくぜ!」


 ラグナとセイルは、セリスからの情報で、この都市に根付く悪魔がレイド悪魔だと知ることができた。

 だが悪いことにレイド悪魔が潜む居城へと繋がるゲートは玉座の間にあるという。


 もし、この事が事実であれば悪魔と契約した者が王族関係者である可能性がかなり高い。

 そうでなくても、国の中核を任されているような高位貴族であることはまず間違いない。


 だが、つい数時間前にはこの都市全体に強力なソウルシーズが引き起こされた。これは未曾有の出来事だ。


「そうか。やはり無理だったか」


 ラグナは思い返していた。この都市に根付くレイド悪魔は考えている以上に凶悪な悪魔で、もしかしたら契約者はすでに殺されている可能性すらある。だから場内に入れない可能性の方が高い。そう語ったセイルの言葉を。


「まあいい。ガラルドもあまり気にするな。どうせゲートのある王城はこれから荒れる。

 その時にセイル様からの協力要請の意味を知ることになるだろうが、おそらく手遅れになるだろう。

 本音としては王宮魔法騎士団員を少しはこちらに回してほしいところだったが、そんな余裕はないだろうな」


 ――魔法騎士団には悪いが、こちらも人手不足だ。

 ゲート付近で一体でも多くの悪魔を道連れにしてくれよ……


 とても聖騎士であり聖職者でもある者の考えとはほど遠いラグナ。

 必要ならば多少悪い事でも目を瞑る。綺麗事だけを並べて正義感面しているヤツなんてクソ喰らえとさえ思っている。


「なぁ、ラグナ様よ。そのゲートが玉座の間にあるって情報、誰からの情報なんだよ」


「今は関係ないことだ」


 なかなか鋭いところをついてくるガラルド。下手に動揺する方が突っ込まれることを知っているラグナは、なんでもないようにさらっと応える。


「チッ! ……まあいいさ、俺はこの手で悪魔さえ殺れれば、あとはどうでもいい」


「そうは言うがガラルド。今回はかなり条件が悪いと思うぜ」


「へへへ、構わねぇ、ゾクゾクするぜ」


 ガラルドが歪んだ笑みを浮かべると、手に持つ聖剣の柄をペロリと舐めた。


「ラグナ様! 城の方から煙が上がってます」


「始まったか! この気配、間違いない……よしっ!! 聖剣を展開しこちらに向かってくる悪魔に備えるぞ」


 ラグナは聖剣の柄を手に取ると、身の丈ほどの巨大な刃と、左手には大きな聖盾を具現化させた。


「「「はっ!!」」」


 その後にソート、ラーズ、アクスも続くが手に持つ聖剣は標準サイズのものだ。左手には小さな聖盾を展開している。


 ラグナほどの莫大な魔力を保有していない3人は長期戦になると考えて、無難なサイズをとったのだ。


「へへへ、きたきた。くっくっく、嬉しいねぇ」


 ガラルドのみがブロードソードっぽい聖剣を展開し聖盾を使わない。攻撃重視の姿勢。ただ両手を守るためにヒルトを工夫して具現化させているガラルドは割と器用だった。



————

——


「うらぁぁぁぁぁ!」


 ラグナの巨大な聖剣が数体の悪魔の胴体をまとめて薙ぎ払った。


「ぐっ、トドメを刺そうにも数が多過ぎる。そのせいで時間が経つと。再生してきやがる」


 教会の周りには数十体の悪魔が常に押し寄せていた。


 王城の方でも消えていく悪魔の気配があるため、魔法騎士団も交戦しその数を減らしていると思われるが、やはり数の力には敵わない。


 ――せめてAランク聖騎士をあと五人は欲しいところだな。


 消耗が激しい戦い。さすがに五人で数十体の悪魔を相手するにはキツイものがあった。


 明らかに人手不足であるが、それがなんとかなっているのは、どの悪魔も血走った目で襲いかかってくる姿勢には違和感があるが連携がほとんど取れていなかったことや、その悪魔たちが第10位格と第9位格程度の実力しかない下級悪魔がほとんどだったためだ。


『ガァァァ!!』『キシャァ!』


「ソートッ!! 下がれ、前に出過ぎだ!!」


 鋭い刃を突き出し突貫してきて悪魔二体に素早く聖剣を突き刺したラグナが叫んだ。


「はい!! すみません」


 そう、数さえ揃えば一気に押し返せる相手なのだ。ラグナは思わず唇を噛んだ。


「おいアクス!! どうした、もうバテたのかっ!?」


「はぁ、はぁ、ラグナ様。バカ言わないでくださいよ。俺はまだまだやれます」


 アクスはAランク聖騎士に成り立て、この中でも最年少の聖騎士だった。

 やはり他のメンバーに比べると経験の差からか、無駄な動きが目立つ。


「無理はするなラーズ! 少し早いがアクスと代われ!!」


「はっ!!」


 一人を後衛に回しうまく体力温存を図り長期戦に備えるラグナだったが――


「ガラルドはもう少し周りと連携を……」


「ひぃはははは、いいねぇ! いいねぇ!!」


 一人のバカは聖騎士の鎧からむき出しになった生身が擦り傷だらけになっているのにもかかわらず、嬉しそうに一体の悪魔を切り刻んでは雄叫びを上げていた。

 いつも以上に興奮していて、とても連携などできそうにない。


 ――ガラルドは今はこのままの方が……いいようだな。

 狙ってやってるとは思えんが、幸い悪魔たちをうまく翻弄して若手の負担を減らしてる、か……


「ガラルドはもういい。そのまま一体ずつ確実に仕留めろよ!」


「ヒィヒヒヒヒィィィ!!」


 ガラルドは自身の身体が傷つこうが、構わず前にでて悪魔に襲いかかっていく。

 時折淡い光が見えるので回復魔法を使っている様子は見られる。

 戦闘狂の気はあるが、なかなか器用なヤツで頼りにしている。


「うらぁぁぁぁぁ!!」


 ラグナも負けじと巨大な聖剣を振り回し数体の悪魔の胴体をまとめて薙ぎ払った。


 ――しかし、近隣からの増援はいつになるのか……

 

 未だに王城からこちらに飛んでくる悪魔を目視できる。その姿が目に入るだけで気が滅入る。


 ——こっちは増援がこねぇのに、悪魔どもは次から次に来やがって……


「うらっ!」


 ラグナは聖剣を振り回して悪魔をまとめて薙ぎ払う。が、


「ぐぁっ!」


 数に押されて少しずつケガが増えていく隊員たち。


「大丈夫かソートッ! うらっ! アクス、すまんソートと代わってくれ」


「は、はい!!」


 自滅しても構わないと言った様子で突進してきた悪魔のツノがソートの腹部に突き刺さっていた。

 すぐにラグナが斬り捨てソートを後方へ突き飛ばし再び前を向く。そうしないと悪魔がすぐに迫ってくるから。


「ソートッ!! どうだ、自分で回復魔法はできそうか!?」


 ラグナは前から迫りくる悪魔を切り捨てつつ、後方に突き飛ばしたソートへと声をかける。


「う、うぐぐっ、だ、大丈夫です。やれます」


 ソートから魔力の動く気配を感じホッとしたラグナは空いたソートの分を埋めようと必死になって交戦していたアクスのフォローまでも努めて押されていた前線を押し返す。


「だらぁぁぁぁ!!」


 ――くっ、いよいよ、やべぇぞ。さて、どうする。考えろ……ん!?


 ラグナはこの状況をどうにかして打破しようと周りを探った結果、悪魔の後方の一角に違和感を覚えた。

 その後方にぽっかりと空いた空間に。


 ――なんだ? あの位置だけ悪魔がいない? いや、数が減っているのか?


 意識してそちらの方の気配を探れば、その空間に入った悪魔が、その瞬間に狩られている。


 ――援軍か? いや、それは早すぎる……どういうことだ?


「だあぁぁっ鬱陶しい!!」


 ラグナの巨大な聖剣が飛び出てきた一体の悪魔の胴体を切断した。


 ――もしや、王宮魔法騎士団か?


 だがそれはすぐに否定する。未だに王城でも争っている気配が無数にある。

 こちらに増援など、とても期待できない。


 ――では誰が……


 元々悪魔相手に戦える者など限られているはずだが、その存在は凄い勢いで悪魔を狩りこちらに近づいてくる。


 ——一人、ではないな。二人? いや三人か? 


 悪魔が狩られていくスピードで近づいてくる存在が大よそ3人くらいだろうと理解できたが、それだけだ。正体は分からず仕舞い。

 ただ、この勢いならば、焦らずともこちらとの合流も時間の問題だ。


 ——ん? どういうことだ。


 てっきりこちらと合流するものと考えていたラグナは眉間に皺を寄せる。


 その存在たちは教会から一定の距離まで近くと、歩みをやめてその場に留まり悪魔を狩りだしたのだ。


 ――こちらと合流する気がない、のか? 俺たち聖騎士だぞ。こちらと合流した方が効率的でいいだろうがよ。それとも何か、合流できない理由でもあるとか? 何かやましいことなんか企んで……まさかっ!?


 そこでラグナは一つの可能性を導き出した。


 ――セリスか!?


 そう、仲間のために自らを犠牲にした元同僚……

 おそらくまだこの街に留まっていたのだろう。悪魔を容易に狩れる者などそうそういるものではないからな。


 導き出した答えに納得がいったラグナだったが、すぐにまた違和感を覚える。


 ――しかし、なぜセリスの気配が探れん?


 何度か強力なサーチを展開しているが、その3人は全く引っかからないのだ。


 ――あ〜……やめだ、やめだ。


 ラグナはすぐにセリスが契約交渉したとんでもないバケモノ悪魔の存在を思い出し、考えるのをやめた。


 ――何が見つけ次第必ず誅殺だ……


「綺麗事ばかり言ってんじゃねぇよぉぉぉぉ!!」


 誰に向けて放った言葉なのか、だが、ラグナは叫ばずにはいられなかった。


 悪魔の数に絶望的な表情を浮かべつつも果敢に挑む若手の聖騎士たちを前に、この増援は非常に有り難かったのだ。


「くらぁぁ!」


 心の中でセリスに感謝しつつ、力が少し湧いた気になったラグナは巨大な聖剣を振り回し数体の悪魔をまとめて切断した。


「はぁ、はぁ、ラグナ様、急にどうしたんですか?」


「何でもねぇ、気合いを入れ直したのさ。それより俺はまだまだ殺れるがラーズはもうバテてんのか?」


「はぁ、はぁ、何を!! 俺もまだまだヤレますよ」


「俺だってぇぇ、こんのぉ! ラグナ様お待たせしてすみません!!」


 回復を終え聖剣を握らしめたソートが足下がふらついていたアクスへと迫る悪魔を一体斬り捨てた。


「気にするな、よし!! アクス、よく頑張った、ソートと交代だ!!」


「はぁ、はぁ、はい……」


 ――――

 ――


「エリザ殿もマリー殿もなかなかやるではないか」


 セリスがとんでもない速度で魔法剣を横へと振り抜き一瞬にして悪魔を両断した。

 

「そんなことは……」


 照れた様子のエリザも、その手に持つ魔法剣を悪魔の身体へと突き刺し横へと切り払う。悪魔は抵抗する間もなくその命を散らしす。


「セリスさんの指導のおかげですわ」


 そのエリザの肩にはラットがしがみつき、不測の事態に備えて目を光らせている。


「うん、指示もうまくて的確だから動きやすいよ」


 そう言うマリーも低い姿勢から細身の魔法剣を振り上げて悪魔を両断する。

 

 もちろんマリーの肩にはズックが溜まり、ラットと同じように目を光らせている。


「まあ、なんというか。悪魔がこちらを認識できてないのも大きいが……」


 認識されずたまたまぶつかってきた悪魔が、面白いように吹き飛んでいって3人は仮面の下で苦笑う。

 彼女たち3人の周囲には常に魔法障壁が展開されているのだ。もちろんクローの手によって。


「主殿の障壁はまた規格外だな」


「ほら、クローって何だかんだ好き勝手しているようだけど、わたしたちのこと気にかけてくれてるのよ」


「ふふふ、そうね」


「それは……私も含まれているのだろうか?」


「もちろんですよ。最近は特にセリスさんのこと気にかけていましたよ?」


「うん、契約が無事履行されるまでは気が抜けんって言ってたし……わたしにはよく分からなかったけど……」


 マリーはお面の内側でイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「そ、そうなのか……」


 意図せず、気づけばセリスの口元は、自然と緩み笑みを浮かべていたが、もちろんお面を被っているのでその緩んだ顔を見ることはできない。


「あぁ、セリスさん!? そっちはダメ。行き過ぎると教会と近くなるよ」


「あ、う、うむ。すまぬ」


 何気ない会話を挟み和みムードの白猫のお面を被った三人。

 だが、その周りには悪魔の屍を山のように築き上げていた。

 

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