第82話

「はあ、もういいですよ〜」


 一度息を吐き首を振ったナナが唇を尖らせてから、そっぽを向いた。ちょっと落ち込んでるっぽい。天真爛漫のあのナナが。

 この場合俺は謝った方がいいのか? いいのだろうな。


「う、うむ。すまん」


 そっぽ向いていたナナが驚き俺の顔を覗き込んでくる。

 ナナも本気で怒ったわけじゃなかったのだ……たぶん? 


「もうクローさまは人の気も知らないで。それよりもいいんですか? 彼女たち丸腰ですよ?」


「丸腰……」


 ——はて?


 ナナに指摘を受け彼女たちに目を向ける。


 ライコはショートカットの金髪だ。大きな瞳は吊り目気味で、口を開く度に見える鋭い犬歯が人懐っこい感じにも見える美女だ。

 珍しくこいつのツノは額に一本しかない。

 そして、まるで全身タイツのようにトラ柄の体毛に包まれる。だから衣類を具現化する必要はないようだが、その分、スレンダーな体のラインがハッキリわかる。サイズはちっぱい(A以下)以上、おっぱい(D以上)未満のびちち(B、C)サイズ。


 イオナはショートボブの黒髪の美女。整った顔立ちのせいで冷たい印象を受ける。額にある二本のツノは貧相で昔の自分を思い出し親近感が湧く。

 くノ一っぽい格好だが、丈が短いからすらっとした長い脚が色っぽい。イオナもびちちだ。


 ――ふむ。


 ナナを含めてやはり女性型の悪魔は美女ばかり。だからちょっとした仕草でも妙に色っぽい。これは人族の男を籠絡して、その目的を成すに易くするために進化したためだろう。なんて勝手な想像を膨らませる。


 ――うむ。びちちもすばらしいではないか。


「クロ〜さまはどこを見てるのかな〜?」


 俺の背中にいたナナが、突然俺の前に回り込み自分のおっぱいを指差す。

 俺が彼女たちのびちちを眺めていたことを気に入らないらしく頬を膨らませている。

 妻やセリスのおっぱいやちっぱいを見ていても気にした様子がなかったナナが、ちょっとナナの行動の意味が分からないぞ。


「な、なんのことだ……俺は彼女たちの魔力量を見ていただけだが?

ふむ。なるほど、彼女たちは魔力量が少なくなっているから武器の具現化ができんのだな。ナナはそう言いたかったのだろ?」


「そうですけど……な〜んか納得いかないなぁ……」


 ナナが訝しげな視線を送ってくるが、彼女たちが申し訳なさそうに俯き出したので、そろそろ勘弁してやってほしい。俺も。


「でもまあ、そこまで魔力がなければ、反発も小さいだろう。ライコ、イオナ。お前たちの得意な武器はなんだ」


 本人が魔力で具現化した武器や防具は本人しか使えないが俺には所望魔法がある。俺はそれを使うつもりだ。

 だが、所望魔法の存在は信用できる者にしか話さないと決めている。

 だから俺は具現化する振りして、こっそりと所望魔法を使うつもりだ。


「おいクローっ! お前何を言ってるんだ? ひぃっ!?」


 グラッドまで降りてきて横から茶々を入れる。が、それをナナがすかさず威嚇した。


「えっと、クロー様。失礼ですが、魔力具現化した物は本人の手から離れると消えるはずですが……」


 イオナが言葉を選びつつも、この人は何を言ってるんだ、といった様子で、疑問を口にする。


「いいから、早く言え……」


 そんなことは俺も知ってる。でもこれは口で説明したところで理解できるはずもない。もう、さっさとやって見せた方が早いのだよ。

 だから、ちょっと睨みつければ、


「は、はいっ! 私は身の丈以上の長い槍を使っていました」


「あたいは大戦斧だ。できれば先端は槍のように尖ってるヤツがいい」


 背筋をビシッと伸ばしてイオナが口を開くと、ライコもそれに続いた。

 

 ——ほほう。イオナはくノ一っぽい格好だったから忍びっぽく、短刀なんかの暗器を使いそうなイメージだったが長槍ね。ライコはイメージ通りか。


「なるほどな、イオナは長槍、ライコが大戦斧だな」


 彼女たちの意思を確認した俺は、早速武器を魔力で具現化する振りをして所望魔法を使った。


 グラッドは配下ではない。それに彼女たちも配下といっても仮契約だ。仮契約はただ優先して配下にできるってだけで、それ以外の効力はない。まだ手の内は見せられんな。


「ふん(我は所望する)」


 俺は一つずつ彼女たちの望む武器をイメージしつつ所望魔法を使い、出来上がったそばか彼女たちにその武器を手渡していく。

 もちろん防御力無視くらいは付与してやろう。


「え? う、うそだろ……なんで?」


 そんな状況に信じられないと言った様子のグラッドは、何度も自分の目を擦り、彼女たちに与えた武器を何度も触っていた。


 なぜかナナに笑顔が戻り機嫌が良くなっていたが、尋ねて気分を害しても面倒なので、そのあたりは触れずに話を進める。


「本当ならナナにも渡したいところなのだがな……」


 そう、所望する武器が、普通の武器ならばナナにも渡せたのだが、それに付与魔法を施すと俺の魔力とナナの魔力が反発しあって付与の効果が薄くなってしまうのだ。


 それならば自分の魔力で具現化した武器の方が自由がきき勝手が良いに決まっている。


 普通の悪魔同士ならこうなるのが普通らしく、仕方ないよ、とナナは笑った。


「今は、仕方ないもんね」


 今はって言葉に引っ掛かりを感じるが、ナナは笑みを浮かべて俺の肩を軽くぽふぽふと叩いてきた。ほんと機嫌が良さそう、いや、違うな、いつものナナはこんな感じか。


そんな時だった。


 ――むっ!?


「ようやく動けると思ったんだがな」


「キケケッケッ!! うす汚いネズミめ。こんな所に隠れてやがったかケケッ」


 前傾姿勢をとるイタチの姿をした悪魔が城砦の壁の淵に立ちこちらを見下ろしていた。


 ――油断したな。こんな近くまで接近を許すとは。でも、まあ……


「クローやべぇ、逃げるぞっ!」


 グラッドと彼女たちは知っている悪魔なのか、顔色を青く変える。


「グラッド?」


 特にグラッドの様子がおかしい。かなり焦りを見せている。


「おや? 裏切り者だけかと思ったら、薄汚いネズミまで紛れ込んでいたケケッ!!」


「クロー! いいから逃げるんだよ。奴は元第5位悪魔なんだぞ。気配で分かるだろっ!」


 グラッドは両手を突き出して魔法を放つが焦っているのか、その魔力は練りきれていない。

 あれじゃまともな魔法にならないだろう。


「グラッド落ち着け。お前、焦りすぎだ」


「爆撃魔法:炎爆っ!!」


 俺の言葉はグラッドの耳には届かず、グラッドはそのまま魔法を放った。

 放った魔法は炎のミサイルの様だが、やはり魔力が練りきれていなく歪な形をして飛んでいく。


 ゴォォォッ!!


 それでも轟音を立て凄いスピードでイタチ悪魔に迫り、イタチ悪魔に命中、とはいかなかったが、そいつが立っていた城砦の壁にぶつかって爆発を起こした。


 ボォォンッ!!!


「さぁ!! 今のうちだ……っ!?」


 走り出したグラッドは直ぐに立ち止まった。


「キケッ! 遅い、遅いキケッ!!」


 イタチ悪魔が城砦の壁から降り、その先に回り込んでいたのだ。


「グラッド、お前はもっと慎重に行動しろ。今の爆発で他の悪魔にも気づかれたじゃねぇか」


 嘲笑うイタチ悪魔を前にしたグラッドは冷や汗を浮かべつつ、一歩、また一歩とゆくっりと後退してくる。少しでもイタチ悪魔との距離をとりたいのだろう。

 前にいたグラッドはすでに俺の真横にまで後退してきている。


「バカかクロー。今はそんなことを言ってる場合じゃない。目の前のあいつをどうにかしないと俺たちは終わりなんだよ」


「はぁ、グラッド。元第5位ってだけで焦りすぎだ……見てろよ」


 俺は跳躍して一気にイタチ悪魔に詰め寄ると、こちらを舐め腐りムカつく顔でケタケタ笑い続けているイタチ悪魔の横っ面に拳を叩き込んだ。


 バコンッ!!

「ブヘッ!!」


 イタチ悪魔が城砦の壁まで吹き飛びドーンッ!! と音を立て壁に埋まった。


「ほらみろ。今は全然大したことないじゃないか?」


 俺はグラッドの方に振り返り首を傾げる。


「いいぃっ!? どうなって、る、んだっ?」


「あははっさすがクローさま」


 ナナだけが嬉しそうにはしゃぎ、グラッドと彼女たちは状況を理解できないのか唖然とした様子で立ち尽くしている。


「しかし、このまま混戦になるとまずいな。庇いきれるか……」


 イタチ悪魔は大したことない。無数に集まってくる嫌な気配もそうだ。だが数多いのだ。


 ――ゲート付近に行かせるか? 


 ゲートに殺到する悪魔も多いが、その悪魔たちはすぐにゲートを通り姿を消すから問題ない。

 残るのは弱そうな悪魔の気配のみで数も少ない。俺がこっちで引きつけておけばまず大丈夫だろう。とは思うが不安もある。

 それは俺の目が届かないことだ。そして状況によってはすぐに助けに行けない。


 ——でも四人もいれば、どうにかなる……


 そう思ったが、ふと俺の目の届かない所で、聖騎士にやられぐったりとしていたナナの姿を思い出す。


 ――やっぱりダメだな。


 だが、そんな俺の考えを見透したかのようにナナは、明るく陽気な声で口を開いた。


「クローさま、あたしたちゲート付近の様子を見てきますね」


「な、ナナ何を言うんだ!」


「だってほら、ここに向かってくる気配よりもあっちは弱そうな奴ばかりだし、数も少ないよ。

 グラッドと彼女たちと組めばそうそう簡単にはやられたりしないから、ね」


「それでもダメだ!!」


「ん〜、でも、ここで混戦になるとクローさまが動けなくなる。そんなのあたしが嫌だから」


 ナナはそれだけ言うと、俺からグラッドの方へと向き直り、気合を入れるかのようにグラッドの背中をバシッと叩く。俺には絶対しないことだ。


「ほらっ!! 貴方たち、ボーッとしてないで行くわよ」


 しかも、俺と話す口調よりもやや強い。グラッドたちに発破をかけてさっさとゲート付近へと向かうつもりなのだろう。


「ダメだナナ。俺から離れるな」


 ナナのあんな姿を見たくない。させたくないと思う俺は必死にナナを止める。無理をすればここでもやり切る自信はあるのだ。


 ただし、グラッドはギリギリ大丈夫だろうが彼女たちは力が落ちているので、その安全は保証できないが。


 だが、それでもナナは満面の笑みを浮かべると、


「クローさま、早く片付けて迎えに来てね」


 小さく手を振り3人を連れて離れていく、ご丁寧に幻術魔法で視覚できないように施して。


「ナナ」


 ――バカが、涙なんか浮かべやがって……


 感傷に浸る俺。ナナが俺の命令に逆らって離れていったことが多少堪えているのだ。もちろん俺のためを思ってやってくれたことも理解している。


「キケッ! よ、よぐもやっでぐれだなぁ!!」


 だが、こんな時にも空気を読まないクソ悪魔がいた。崩れたガレキの中から顔をだしたのだ。そのイタチ悪魔が這うようにしてガレキの山の中から抜け出し姿を現した。


 顎の骨が折れているのか、口からダラダラと唾液を垂れ流していた。


「ギゲッ、ゴロじでやる、オマエ、ゴロじでやるゔ!!」


 城砦の壁の上にもチラホラ他の悪魔が姿を見せ始めた。


「いいだろう。派手に殺ってやるよ!」


 俺は両手に魔力を練り纏った。


 ―――――

 ――――


「おっと、エリザ殿、マリー殿待つのだ」


 セリスは急に部屋に引き返すと自分の荷物の中をごそごそと漁り出した。


「どうしたのセリスさん、忘れもの?」


 変な模様を浮かべた悪魔たちが王城から次々と姿を表し、今もどんどん増えている。


 今すぐにでも狩りその数を減らさないと街は大変なことになるだろとセリスの判断で行動に移すことにしたエリザとマリー。


「ラットちゃんとズックちゃんも手伝ってくれるの? ありがとうね」


 マリーが肩に乗ったズックの頭を撫でながらセリスを待つ。ちなみにラットはエリザの肩に乗っている。


「おおっ!! あったあった」


 セリスが取り出し物を見て首を傾げるエリザとマリー。


「それは……お面、ですか?」


「そうだ! お面だ」


 それはデフォルメされた可愛らしい白猫のお面だった。

 セリスはそれを両手で広げて三つあると見せる。

 少し興奮していて頬を紅潮させているセリス。


「かわいい」


「そうね、でもこれは……」


 純粋にかわいいと白猫のお面に近づくマリーに、エリザは状況が理解できず小首を傾げた。


「ふふふ、そうだろ、かわいいだろう。これは以前あるお祭りで見つけたお面でな、一度だけ正体を隠し侵入捜査をする際に使用したことがあるのだ」


「まあ、そういうことですの」


 エリザはセリスが言わんとすることをすぐに察した。


「そうだ。エリザ殿はさすがだな」


「え? 何?」


 マリーだけがまだ理解でずにいたのでセリスは話を続けることにした。


「マリー殿。私たちの今の状況は、聖騎士に見つかってもマズイ、この国の関係者に魔力持ちだと知られてもマズイ」


 聖騎士はもちろんのこと、悪魔と戦うには普通の攻撃は通らない。魔力に頼るしかない。その時、この国の関係者に知られて面倒だった。


「そっか」


 マリーも状況が理解できたのかポンッと両手を軽く叩いた。


「うむ。主殿が認識阻害を施してくれてはいるが、念には念を入れて顔だけでも隠した方が無難だと思ってな」


「さすがセリスさんです」


「ええ、私も気づきませんでしたわ」


 三人はお互いに頷き合うと、白い猫のお面を被った。


「まあ、うふふ。セリスさんも、マリーもかわいいわ」


「エリザ殿もよく似合う」


「うん、みんなかわいい」


 白黒猫隊、誕生の瞬間であった。ちなみに黒猫のお面を手渡されて首を傾げることになるクローだが、それはまた先の話。

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