第79話

 暗闇の中を一歩踏み出すと背中を押される感覚あり気づいた時にはゲートを潜り抜けておりゲートの外に立っていた。

 そのゲートもすぐに閉じ、俺の目の前に大きな城砦がその姿を見せた。


「ほう。ここが悪魔界なのか?」


 ――妙な感覚だな。


「ちょっと違うかな。正確には悪魔界にある支配悪魔が利用できる使用空間(別空間)ってところだよ……って、あれ? 今まで抱いてたチビコロいなくなった」


 俺の問いに応えてくれていたナナがきょろきょろと辺りを見渡す。


「そうなのか……ってあぁ、チビスケもいなくなってるから二匹でどこかにいったんだろ」


「そっか〜、あっ! そうだよ、チビスケとチビコロはクローさまと契約してないからこっちに来れなかったんだよ……」


 ナナが思い出したかのように両手をぽんっと叩いた後にうんうんと頷いている。


「なるほどな……っし!? ……誰か来る。もう勘づいたのか? いや、ゲートを抜けたから気づかれた?」


 俺は周囲を警戒し感覚を更に研ぎすます。こうするとちゃっとした変化でも手に取るように分かる。


「うーん。支配悪魔と管理悪魔には分かるかもだけど……そんなの聞いたことないよ?」


 ナナもきょろきょろと警戒し周りを見渡しながら俺の側に寄る。


「ん? 別の方向に行ったな。俺たちが気づかれたわけじゃないのか? まあいい、とりあえずこの場から離れるぞ。ナナ俺に着いてこい」


「うん」


 俺は悪気を探りつつ悪気の数が少ない方へと移動する。


 ――できれば安全に潜めそうな所を今のうちに見つけておきたいな……


 俺の後を着いてくるナナを一瞥し、移動中、建物の死角を利用して身を隠せそうな所をおさえておく。


「ん?」


 敵対勢力の悪気を避けつつ身を隠せそうな所を数カ所見つけたところで俺は違和感に気づいた。


「悪魔たちの動きがおかしくないか?」


「へ? そうですか?」


 ナナは何を感じてなかったらしく俺の問いに、きょとんとした表情をとり首を傾げた。


「たぶな。悪魔たちの行動はバラバラ。これでは巡回とは言えない。これはまるで誰かを探しているように感じる、だよな……」


「ねぇねぇクローさま。それってあたしたちのことを探してるんじゃないんですか?」


「そうなのかもしれんが……そうともいてないんだよな。

 ゲートとは正反対の位置にまで悪魔たちが広がっている……

 これは俺たちが侵入してからで、今もずっとそんな感じだ」


「そうなんだ。でもクローさまって、やっぱりすごいね。そんな広範囲のことまで探れるんだもん」


 ナナが両手を後ろで組み、にこにこうれしそうに身体を左右に揺らす。その立ち姿はおっぱいが強調されていて俺の目を奪う。


——眼福眼福。って今はそうじゃない。


「とりあえずあの辺りで一度身を隠して……ん!?」


 俺が指差した方向に身を隠すにはちょうど良さそうな所があるのだが、そのすぐ近くにも悪気を感じ、警戒をするがちょっと感じがおかしい。俺はその違和感をさらに探る。


「どうかしたの?」


「ああ。悪魔が……3体いたのだが、こいつらその場から全く動いてない」


「3体?」


「多分3体であってるだろう。その内の2体はすごく悪気が弱いな。注意深く探ってみろ。どうだ分かるか?」


「えっとちょっと待ってね……んとんと、あっ……ほんとだ!」


 ――さて、どうするか。気になるといえば気になるが……


「クローさま、ちょっとだけ行ってみましょうよ。仲間っぽく近づけばバレないかもよ」


 ナナはモデルっぽく腰に手を当ててDの文字を指差したかと思えば、俺の視線に応えるかのように色っぽく身体をくねらせる。


——まったくこいつは。まあ、かわいいんだけどな。


「はあ、こんなペイント文字。うまくいくとは思えんが」


「大丈夫ですよ〜あたし、これでも勘はすごくいいんですよね〜へへへ」


「ふむ」


 ――そういえばこいつ、超直感ってスキル持っていたな。ナナがそう言うなら悪いようにはならない……か。


「分かった。行ってみるか」


「わ〜い」


 俺たちは気配を消し、その3体に近づいた。


 少し近づいたところで、悪魔の1人と視線が合った気がしたので軽く手を挙げて振ってみたが無視された。


「あっ! あいつ俺と目があったのに無視しやがったぞ!」


「まぁ、まあ」


 俺の反応が面白かったのかナナは肩を震わせ笑いを堪えていた。


「ん?」


 更に近寄った所で相手から魔力の高まりを感じた。狙いはもちろん俺たち。このままだと間違いなく俺たちに向かって魔法が放たれる。


「あ、あの。クローさま、なんか話が違うんですけど〜」


 ナナが困惑した感じで、俺の身体を揺すってくる。


「ナナ〜、それは俺のセリフだと思うが……ちっ!」


 俺はナナにそう言い残すと、こちらに手を向ける悪魔に向かって一瞬で距離を詰めその手を握り潰した。


バキバキバキ!

「ぐあぁぁ」


「おい。お前、それは俺たちに向けていたんだよな」


「「えっ!!!」」


 イケメン悪魔が潰れた右手を抱えて転げ回りると、俺たちに向けられていた魔力も霧散した。


 ――おや、こいつ黒髪?


 周りにいる残り2人の悪魔は目を見開き、その身体をガクガク震わせていた。


 ――で、こっちは美人な悪魔が2人……両手に華ってやつか。う、羨まし……こほん、けしからんな。


「ま、待て! 俺はまだ終わっちゃいねぇ……」


 覚悟を決めたようにイケメン悪魔がよろよろ右手を押さえて起き上がってきた。

 その右手は少しずつだが再生を始めている。イケメンのくせになかなかしぶとそうなヤツだ。


「言っとくがな、お前が先に手を「もう、ちょっとクローさま、置いていかないでよ〜」


 互いに緊張が走る中、気の抜けたような声を出して近づいてきたナナが俺の背中に抱きついてくる。

 その顔は不貞腐れていて、おっぱいを押しつけていることにも気づいていない。


「こ、こら! 今はまずい。背中に張り付くな。危ないだろが!!」


 とりあえずナナに魔法障壁を張ってやる。


「クローさまが置いていくから悪い」


「だ、か、ら、今は違うだろ……」

「お、おい!」


「え〜、だって〜」

「おいって!」


「いいから離れろ……」

「おーい!」


「ぶぅ〜」

「おいっ! こらっ!!」


 イケメン悪魔が何やら叫んでいるが今はそれどころじゃない。

 これからも戦闘中にこんな行為をされたんじゃ、生き残れるもんも生き残れなくなる。


「危ないだろって」


「いやだよ〜」


 ナナが俺の背中にぐりぐりと顔を押しつけてくる。よっぽど置いていかれたことが、嫌だったらしい。


「無視すんなよ〜! おい……」


 イケメン悪魔が泣きそうな顔になってるが、男が泣いたって需要はないんだよ。それに、今はそれどころじゃない。


「お前うるせえぞ。お前」


「うぐっ、話し聞けよ……」

「で、ナナはいい加減に離れろって」


「クローさまのケチッ。いぃぃだ」


 不貞腐れて俺の背中から離れたナナが俺に向かってべーっと小さく舌を出す。


 少し可愛くも思えたがここで甘やかしてはいけない。


「ったく。いいかナナ今は……ってかナナ、お前っ!!」


 離れたナナの肌が、せっかく俺が青墨で描いたペイント文字が、滲んで読めなくなっている。俺にひっつき擦れてしまったのだろう。


 特におっぱいや両腕両足はただ青墨が塗られているだけのように見え、ただただ汚い。


「青墨が滲んで青くなってるぞ……」


 ナナが俺の視線を追って自身の胸や腕に目をやると――


「あ!? ははは」


 状況を理解したらしく気まずそうに笑い顔を背けた。


「……ぁ♪」


 だが、それも一瞬のことで、次の瞬間には何やら良からぬことを思いついたのか、そんな顔で笑い。俺に向けるその目をらんらんと輝かせた。


「ふふふ」


 ――ぬ? ……筆と青墨……?


「いやいや。ここで手直しなんて嫌だからな……」

「なぁ?」


「ええ!? いいじゃない。クローさまもう一回書き直してよ……」


 ナナが筆と青墨を両手に持って頬を膨らませたかと思えば、スッと水着を消して裸になる。


「お前っ……」


 俺は慌ててマントを出してかけやる。


「ここで裸になるな! 見られるだろが」


「クローさましか見てないから大丈夫」

「おいっ!!」


 ナナが俺の前でワザとマントを広げたり閉じたりして俺の反応を見て喜ぶ。しょうがないんだろ。生おっぱいが目の前にあれば誰だって見る。


「って、さっきから誰だ! うるさぁ……ぃ!?」


 俺が先ほどから鬱陶しくて耳障りでしつこい声に振り返れば黒髪のイケメン悪魔が涙を流しながら俺を見ていた。


「やっとこっちを見たよ。頼むよ。お前が人の話を聞かないから悪いんだからな。じゃなくて、今はそれよりお前たち……廃棄悪魔じゃねぇよな?」


 イケメン悪魔のストレートな問いに思わず言葉が詰まる。


「なっ!! なんのことかな……俺たちはハイキアクマ……ダゼ? ナ? ナナ」


 必死に笑みを浮かべてみるも、ぎこちない。頬が引きつりそうだ。


「ウ、ウン。アタシタチ、ハイキアクマ……ダヨ」


 ナナはもっと酷い、壊れたロボットのような口調で頷き、ぎこちなく笑みを浮かべた。


 ――あっ、これダメかも……


「うそん、お前たちバカなの? それ、見ただけでバレバレじゃん。

 しかも目の前で、廃棄文字を書き直そうとしてたし誰だって分かるって……」


「ぐぬっ!」


「それに、この空間を支配している悪魔ディディス以外の者に『様』と敬称をつけて呼んでいることもおかしい」


「あっ!!」


「俺の目は誤魔化せねぇ」


 どうだ参ったか、とても言いたげなイケメン悪魔のその顔。ちょっとムカついてきた。


「ふ、バレてしまってはしょうがない。こうなれば今すぐ深い眠りに……」


 俺が拳に魔力を集めようとしたところで――


「ちょっ、わぁぁぁ待て待てっ!! 待ってくれ。早まるな!! お、俺が悪かった。話をしよう、いや話をさせてくれ!」


 イケメン悪魔が俺に向かって綺麗な土下座をした。瞬きした一瞬の間に。


 ――土下座?


「ほう、いいだろう」


 ちょっと興味がでた。


 ――――

 ――


 イケメン悪魔はグラッドだと名乗った。


「なるほど廃棄悪魔たちにも警告か……」


 俺たちはお互い状況をすり合わせていくうちに頭の中に響いた声に違いがあることに気付いた。


「お尋ね者……マジかよ……」


 グラッドは俺の話に顔色を悪くし、ブルッと肩を震わせていた。といってもこいつは男だし、肩を抱いてやったりはしない。


 それに、こいつの後ろにはスレンダーな悪魔美女が2人もいるんだ。けしからん奴。


 でも、そんな彼女たちは先程から俺の方をチラチラ見ては、首を振ったり頷いたりしている。一応俺も男だ美女からの視線は気にしてる。


「なぁ、お前は、本当に第9位格なのか?」


「ああ、さっきからそう言っていると思うが……」


「マジか……やべぇーぞ俺。思っていだ以上に弱くなってる」


「どういうことだ?」


 クラッドグラッドは廃棄悪魔について簡単に語ってくれて。


「俺は元々第7位格だったんだ。禁固され力を奪われたとはいえ第8位格程度の力は残っていると思っていたんだ」


「そうか。じゃあ後ろの彼女たちも?」


「ああ、彼女たちはもっと酷い。第10位格以下だ。ほとんど力が残ってない」


「そうか……」


 ――ふむ。なるほど、だから気配が小さく感じたのか。


「だが俺は諦めねぇ。ここでお前たちに協力すれば……

 廃棄悪魔から第10位格の悪魔に戻れるんだ!」


 イケメン悪魔グラッドは力強く立ち上がった。後ろの彼女たちも同じ想いなのかうんうん頷いている。


 ――廃棄悪魔から……第10位ね……


「ん? 第10位? お前の場合は逆に降格になるんじゃないのか?」


「そうだ。確かに今の力は失うが、力を初期化されたと思えばいい。もともと消滅を待つだけの身の上だったんだ。

 それにだ、廃棄悪魔の状態では運良く生き残れたとしてもこき使われるだけだ。奴隷と変わらない……俺はまた自由になる! 自由になりたい! よしクロー! 俺たちは何を手伝えばいい!」


 グラッドが拳を硬く握りしめ熱く語ると、今度は俺に向かって爽やかな笑顔を浮かべ右手を差し伸ばしてきた。


「いや、別に何も……」


 俺はその手をスルーした。


「へ? い、今なんと? よく聞こえなかった。すまんがもう一度言ってくれ」


「ん? 俺たちは何もする気はないんだ。だからお前たちのすることは何もないぞ」


「な、何でだよ!」


「当たり前だろ。俺は第9位、こいつナナは第10位……大して何もできんよ」


「えっ! でも……じゃあ何しに?」


「たまたま俺たちはこの地に居たんだよ。この地から逃げるのはダメな気が、嫌な予感がしたからな、取り敢えず乗り込んだってわけさ」


「取り敢えず乗り込んだって……ええ」


「後は、高位悪魔が乗り込んでくるまで隠れるだけ……わざわざリスクを取る気はない」


「ま、マジですか……」


 グラッドが、いや彼女たちも、見るからに肩を落としていた。


「力になれなくてすまんな……」


「そう……だよな。第9位格ならそうなるよな……」


 ――俺は仲間の方が大事だからな……


 俺は、隣で何も言わず、ただボーッと話を聞いてるナナを横目に見た。


「しかし、悪魔たちの動きがまた少しおかしくなった気がするんだが……一部の悪魔がゲートに向かって……」


 ――まさか、ゲートの外に?


 ここは戦場になる。わざわざ戦力を分散させる必要はない。


 ——聖騎士か? いや……


 聖騎士たちが動き出すにしても早すぎる。どういうことだ?


「確かに……ゲートとの方に向かっている悪魔もいるな」


 第10位以下の力になった彼女たちは気配が探れないようだが、グラッドは気配を感じ取れたようだ。

 俺の話を聞き、気配を探っていたのだろう。


「クローさま、これってゲートの外に……」


 ナナも同じ意見のようだが、そんな時だ。


『主……』


「ん? ナナ、ちょっと待ってくれラットから念話がきた」


 突然のラットからの念話に俺は首を捻った。

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