第78話

「ここから入るか」


 ゲスガス王城へ飛び侵入出そうなテラス降りた俺たち、雑な障壁結界があったが、隙間を開けて難なく侵入する。


「クローさまは〜、やっぱりその姿の方が似合ってると思うな〜」


 チビコロを胸に抱え俺の後ろを嬉しそうに着いてくるナナからそんな声が漏れてきた。


「? この悪魔の姿がか」


 俺はナナの方に振り返り首を捻る。聖騎士たちと事を交えてから俺のツノや翼は悪魔のそれっぽくなって大分見れるようになったと思うが、顔は前世の面影がバッチリ残っていて黒髪黒目の平凡顔。

 目つきが多少鋭くなったところで迫力なんてない。


 ただこの姿に戻ると俺の魔力で具現化していた上着が全て弾け飛ぶ。

 俺にそんな性癖はないはずだが、今の俺は上半身裸の状態だ。

 その際、初めて気がついたが(ずっと人化していたから気づかなかった)俺の上半身には意味のわからない紋様が浮かび上がっている。

 悪魔らしくてちょっとカッコいいと思ってしまったのは内緒だ。

 でもこれ以上は広がって欲しくないかも。広がりすぎると逆にカッコ悪いもんな。


「うんうん。すごくいいよ〜」


 よほど気に入ってくれているのか、ナナのテンションが異常に高い。

 でもな、悪魔っぽくなってきたとはいえ今まで見てきた悪魔たちと比べてもやや迫力に欠けていると思うが……


 ――ナナなりに身贔屓しているのかもな。まぁ悪い気はしないが……


 それに俺の悪魔の姿に対して、こんなことを言われたことのない。それどころか触れられたことさえない。

 ちょっと口元がゆるみそうになるが、なんとか平静を装う。


「そうか? 別に大したことないだろ」


「え〜、そんなことないのに……ぁ? ああっ!! クローさま、もしかして今嬉しい? 嬉しいよね?」


ギクッ


「そ、そんなはずないだろ何を言うんだ」


「だって〜にしし。クローさま、シッポ揺れてるよ〜」


 ナナがにまにました表情で俺のシッポを指差す。


「なに!」


 俺は慌てて身体を捻りシッポを確認するとナナが言った通りゆらゆらと揺れている。犬のシッポほどブンブン振れているわけじゃないが、それでも俺の今の気分が丸わかりになっている。


 ――うおっ、なんじゃこれは!? バレバレじゃねぇか!?


「こ、これはだな……」


「嬉しかったんだよね〜。クローさまかわいい〜」


 ——うぐっ


 言葉に詰まる俺に、いつの間にか近くまで寄っていたナナが俺の頬をツンツンとつついた後に、


「スキありっ」


 軽くチューをしてきてパッと離れる。


「なっ、お前!」


「にしし、クローさまがカッコよくてかわいいから悪いんだよ〜」

 

 嬉しそうににこにこ笑みを浮かべるナナ。ナナとは配下と上司の関係のつもり。えちえちな関係を望んでいるわけじゃないがたしかにスキを見せたのは俺だ。それに悪魔だけど女性にキスをされて嬉しくないわけはない。


 ——こいつ……


 俺は口を開けたり閉じたり。返す言葉も思い浮かばなかったため、何事もなかったように先に進むことにした。


「お、俺は先に行くからな」


「あっ、ちょっと待ってよ、クローさま」


 納得いかないのか「もうちょっとあたしに構ってよ〜」とナナが後ろでぶーぶー言っている姿を横目にみる。でも今はダメだ。


 ――シッポが、シッポが揺れそうなんだよ。


「ああ、そうだ。クローさま!! はい! あたし、今度は前を歩きたい」


 ナナがトテトテと駆けてきて、わざわざ俺の前まで回り込んできたかと思えばくるりと振り返り挙手した。


「ナナが前を歩くのか? ……まあ好きにしろ」


 何を考えているのか分からないが周囲に危険も無さそうなので、好きにさせることにした。


「うん。あたしに任せてよ。にひひ」


 配下らしいことをすると張り切るナナ。ナナは両手両足を大きく振り元気に俺の前を歩く。


 ――元気だな。まぁ……


 大きな音を立てて歩いてわけじゃないか、好きにさせる。


 常に隠蔽魔法を展開している俺たちに人族が気づくのは稀、気づけるとしても王宮魔法騎士ぐらいのものかな。


 ——まあ、相手が気づく前に俺たちの方が先に気づくからその心配も意味ないんだけどな。


 不安があるとすればナナが玉座の間にまでの道順を正しく行けるかなんだけど、その時は教えてやればいいか。


しかし、ナナの後ろ姿を見て思う。


 悪魔の姿に戻ったナナの布面積はかなり少ない。ほぼ水着姿といってもいい。


 まあ、どんな水着を着てるのかと聞かれれば、理想の姿になっているので、皆さんの想像にお任せするが……かなり際どい、とだけは伝えておこう。


 要するに前を歩かせると、歩くその後ろ姿が妙に色っぽく今必要としない俺の欲求を刺激する。


 ——くっ、俺はお尻よりおっぱい派なんだが、なんだよナナのお尻、ぷりぷりじゃねぇか。


 階段の上りになると、これ以上刺激されたらまずいと思い、適当な理由を付けて再び前を歩くことにした。


「な、ナナ。やはり何か危険があるとまずい。俺が前を行く」


「えっ、そうですか。分かりました」


 ナナは何も言わず素直に下がった。


 ——おや?


 素直すぎて逆に気になりちらりと横目にナナを見ると……


「にしし、やった、やった。クローさまが、あたしのお尻を意識してた。ふふ、ふふふ」


 ナナは楽しそうな表情でにまにまと笑みを浮かべていた。


 ――ぐぬぬ。こいつ俺の視線に気づいていたよかよ。


 『女性は男の視線に敏感』ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。


 ――――

 ――


 城内は思っていた以上に入り組んではいたが、ラットの思念が優秀で迷うことなく玉座の間にたどり着いた。


「よし、ここだ着いたぞ」


 王城にしてはかなり杜撰な警備だった。少しは警戒していたが、警戒していたことがバカらしくなるくらい。

 すれ違う兵士は二人組みだったが、タラタラ歩きならがぺちゃくちゃとおしゃべりしていたのだ。

 しかもその巡回している兵士の数も少ない。


 ――こんなんで大丈夫なのかよ。


「ねぇねぇ、クローさま?」


「何だ?」


「今回の相手って廃棄悪魔ですよね?」


 そう尋ねてくるナナの声に振り返るとナナは首を傾け立ち止まっていた。


「俺は廃棄悪魔のことをよく知らんが……そんなこと伝えてきたな……」


 ナナが珍しく頬に指を当てて何やら考え込みだした。いつもにこにこ天真爛漫なナナにしてはほんとうに珍しい。


「それだと何かあるのか?」


「あれ、クローさまは知らない?」


「罰を受けた悪魔の末路ってくらいのものだが、違うのか?」


「ああ、そうだ〜。廃棄悪魔については、支配権を持つ第7位格の悪魔になって初めて知る事柄の一つだっ……あっ、あはは」


 ナナは得意げに話を始めたが、途中で何かに気づいたのか言葉を濁しながら、気まずそうに俺から視線を逸らした。


 ――ほほう。ということはあまり気にしてなかったが睡眠学習で得た悪魔界の知識は思った以上に少ないのかもしれないな……お、そうだ。


 別に俺は廃棄悪魔について興味はない。ただ、ナナに先程のお返しを少し、ほんの少しだけしてあげたくなった。


「へぇ第7位格の悪魔ね……でもナナはよく知っていたな」


 ギクッと音が聞こえてきそうなほど、肩をビクつかせ目を泳がせるナナは、なにやら必死に考えている。


 ——くくく、どう誤魔化そうか考えているな。


 面白いくらい口を開けては閉じ、開けては閉じと繰り返した。ナナがどう応えるのか興味のある俺は黙ってナナからの返事を待つ。


「……そ、それは……たまたま、たまたま知り合いに教えてもらったから……でもちょっとだけだよ。ちょっとだけだよ? あははは」


「ほう……」


 ――た、楽しい!! ナナをからかうとこんなにも楽しいのか。

 ぷっくく、もっとからかったらなんて言って誤魔化すかね。それとも諦めて正直に話しだすか?


 俺は、ナナと出会った当時、執事悪魔族であるセバスにお嬢さまと呼ばれていたことを思い出した。


 ――ぁ、いや。やめよう。これ以上深入りしない方が良さそうだ。

 やはり悪魔界は、俺の知らないことが多いな……


「そうだったのか。ではナナもあまり知らないってことだな」


「う、うん。そうなの。それでクローさま。廃棄悪魔は全身にDという文字が浮かんでいることは知ってるよね?」


「ああ、それくらいは。でも誰の発案なんだろうな。そのDという文字を全身にだなんて、なかなか粋なことやるよ」


「あはは、それでねクローさま……」


 ナナが言うにはその廃棄悪魔を真似て侵入してはどうかという提案だった。


「別にそこまでしなくてもいいんじゃないか?」


「クローさま、隠れて安全にやり過ごそうとあたしに言ってくれたのはウソなのかな?」


「いや。そこはウソじゃない……が……しかしな」


 ナナのこの提案。廃棄悪魔を真似るという行為なのだが、真似て変身しようとしたが、何らかに阻害され変身スキルが上手くできない。

 Dという文字を浮かび上がらせることができなかったのだ。


 ――ふむ。悪くない提案と思ったが、変身できなければ仕方ないよな……


「ムリだな。変身できん」


「クローさま〜。えへへ……」


 そう判断した俺は、変身は諦めてさっさとゲートに入ってしまおうと思ったわけだが、ナナがにこりと笑ったあと両手を広げて俺の前を遮り、二本の筆と青墨を取り出し服を脱げと言った。


「ナナ、何を言って……」


「……じゃあ、はい!!」


 ナナは満面の笑みであった。筆の一本を俺へと突き出したナナはすでにすっぽんぽん。


 ぷるっ♪


「お、おい」


 ナナのおっぱいは今日も元気であった。


 ――――

 ――


「よっと、はい!! クローさまも、これでおしまい。できましたよ〜」


 30分後、俺とナナの体(顔以外)には、お互いがペイントしたDの文字がキレイに描かれていた。


「ああ……」


 俺の苦行が終わった。いくらおっぱいが好きな俺でもナナの場合は癒しとならない。刺激が強すぎるのだ。癒しを突き抜けてやりたい欲求を刺激してくるからタチが悪い。


「ふぅ……」


 思わず息が漏れた。俺はすでにお疲れモード。ゲートを越える前に精神的にぐったりで元気がでない。どことは言わないが一部を除くが。


「えへへ」


 ナナは満足そうに魔力の服を身にまとい、俺も傚ってズボンを手に取ると、あることに気づいた。


「ナナ……これ、ズボンを履いたら見えないんだから……上半身だけでよかったんじゃないか?」


「……」


 ナナが目を泳がせて、具現化していた水着をより際どいものに変えた。


「ほ、ほらあたしはこんなだから必要だったし……

 それにクローさまはおっぱいが好きだから元気もでるかなって考えたんだもん。(あとあたしがクローさまのを見たかったんだもん)」


 小声で話すナナ。最後の方なんてほとんど聞こえないが、どうもナナは危険なゲートを潜る前に、俺を元気にしたかったらしい。


 ――たしかに元気になったが……意味が違うんだよな。


 ナナはどこぞのお嬢様と思っている。本能では拒絶しなければ、と思うも、男の性なのか、見れればそれはそれで嬉しくなる。チョロ悪魔の俺。


 ――ああ、くそ〜。


 とりあえずほとんど裸のナナに、それは許可できないと、元の水着に戻すよう促してから、


「ふんっ!!」


 俺は固く閉じていたはずのゲートを軽く小突いた(殴った)。


 完全な八つ当たりであるが、ゲートはガコンッと音を立てるとアッサリと開き、黒いモヤが漏れだした。


「あれ? それって簡単に開くもの?」


 首を捻るナナを気にすることなく、俺は少し歪んでしまったトビラを力任せに開く。トビラが完全に開き、中心に黒い渦巻きがグニャグニャ唸りを見せている。いつでも行けそうだ。


「よし、行くぞ」


「う、うん!」


 ナナは返事をすると俺にぴたりと張り付いた。先ほどの元気の良さはどこに。ナナの身体は小刻みに揺れている。


 ——怖いのか……


 正直、動きづらいが、小刻みに震えるナナの身体をぐっと引き寄せると俺はゲートへと手を伸ばした。


 ゲートから漏れていた黒いモヤが広がり俺とナナを包み込み身体が引っ張られる。

 そして、次の瞬間には俺とナナは暗闇の道へと引き込まれていた。

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