第77話

 ―—悪魔界、悪魔第D2位の屋敷——

 《グラッド視点》


 黒い空間の上空に、赤黒く光る何かが弾けた。


 ――合図、か……


 その光を見た悪魔たちがぞろぞろと城砦の中に入っていく。その悪魔たちに表情はない。俺もそんな感じだ。


「お前は行かないのか?」


 そんな声に振り返れば……


 悪魔女人間族=デビルウーマン族、

 獣系の悪魔牝虎人族=デビルティグリス族、


 悪魔が2人。誰もが眼を見張るほど顔立ちが整っている悪魔が俺を見ていた。


 出会った場所がこんな所でなければ礼儀として口説き文句の1つでも口にしていただろうが……


「……あ、ああ。そうだな」


 今の俺にそんな気力などない。自分のことだけで精一杯。


 ――時間切れ、か。いつまでもここに居るわけにいかないか……


 俺は力なく返事をするも、その足は踏み出すことを拒否するかのように重く、その一歩がなかなか踏み出せない。


 ――くっそ……、ここに居て見つかれば裏切り者として処分される。奴ならばちょうどいい見せしめとしてそうするだろう。

かといって、あんな奴に従いたくねぇ……ならば、従った振りをして頃合いを見て逃げるか? 

 ……いや、あの囁きがあった後だ、奴がいつ裏切るともしれない俺たち悪魔たちに何もしないはずはない。最悪、隷従化なんてことも……って、そうだよ。奴は第2位格の力を取り戻した。ともなれば束縛系か、傀儡化系のスキルを所持している可能性は高いじゃないか。


 くっ、考えれば考えるほど悪い考えしか浮かばねぇ……


——ん?


 2、3歩あるいて気づいた、俺に声をかけてきた悪魔の2人(彼女たち)が立ち止まって動こうとしていない。


「なあ、お前たち、行かないのか?」


「ああ。あたいたちは行かない」


 虎耳のついている悪魔がそう言う。


「はあ?」


 俺は耳を疑った。どう感じとっても、2人の悪気は第10位よりも下なのだ。


 奴に逆らったところで敵うはずもない。そう思った俺は聞かずにはいれなかった。


「その……理由を聞いてもいいか?」


「解ると思うが、今のあたいたちは第10位以下だ。もうほとんど力がない」


「あのディディスって悪魔に従ったところで、使い捨ての駒になるだけです」


 そう言ったデビルウーマン族の彼女が話を続ける。


「ウチたち、あのディディスって奴の元配下だと威張り散らしていた悪魔に会ったのよ」


 ――元配下?


「そんな奴、ここに居たのか? いや元配下も廃棄ガチャの中にいたってことか」


「そう。イタチみたいな顔した出っ歯」


「そんな特徴的なやつなら……」


 ふと、見張り台の上からゲートに群がる悪魔を一人、見下ろしている奴を思い出した。


 ――あいつか。あいつ俺たちの行動を監視してたってのとか。


「アンタ、その顔……どうやら心当たりがありそうだな……

 そいつさ、第5位悪魔だったらしいくてな。あたいたちを見て指を差し「揃いも揃ってクズばかり、お前らはここに侵略してくるだろう第10位悪魔すら、手も足も出せないクズだが、ま、敵にしがみつき隙を作るぐらいはつくれるかケケケ」と笑っていたんだよ」


 虎耳の悪魔は悔しそうに拳を握りしめ話を続けた。


「だがそいつの言ってもいたことも事実だからな。もう笑うしかない。で、そいつ最後に「オレのため、ディディス様のためにその命を使えるのだ、光栄と思え」と言い残していきやがった。なにが光栄だ!!」


「誰があんな奴らために、身体を張るもんですか」


 もう1人のデビルヒューマン族も同じように拳を握りしている。

 それほど頭にきているらしいが、表情にはあまり出ないタイプ? らしくあまり怒っているようには見えない。


「だから決めた! ゲートから入ってきた悪魔の配下になってあいつらをギャフンと言わせるんだ」


「おいおい、それって、その侵入してくる悪魔がこなかったなら、終わりじゃぁねぇか。かなり危ない賭けだと思うが……」


 俺がそう言えば虎耳の悪魔が首を振る。


「いいんだよ。その時はその時さ……

 元々禁固刑で消滅する運命だった。どちらを選んでもあたいたちに生き残る確率なんてないに等しいのさ。

 最期くらい自分たちの好きな生き方を選びたいだけなのさ。力は弱いが、あたいたちも悪魔だからな」


 へへへと虎耳の悪魔が照れ臭そうに笑うと――


「そうですね」


 もう一人の彼女もわずかに笑みを浮かべた。これが危険な賭けだというのに……二人は覚悟を決めているらしい。


 でも、この二人は玉座の間に向かった行った他の悪魔より遥かにいい顔をしている。


 ――自分で決めたことだから悔いがないってことか……


「……あ〜あ」


 頭上は相変わらずの真っ暗な空間だが、俺の胸の中でもやもやと渦巻いていたわだかまりがスーッと溶けて無く。


 ――そうか、そうだよな。俺は何を迷っていたんだ。

 俺は悪魔だ。俺もやりたいようにやればいいんだよ。


「よしっ! 決めたぞ!!」


「うわぁ!」

「きゃっ! な、なんですかあなたは、突然大きな声を出さないで下さい」


 彼女たちがぷんぷん怒ってこちらを見た。


「ははは、すまん。俺もここに残ることにした。一時的だが仲間にしてくれ。一人でも多い方がいいだろう?」


 二人は一瞬、おや、って顔をしたが、すぐに頷き片手を差し出してきた。


「いいぜ」

「よろしくお願いします」


 ――――

 ――


「揃ったカ、セラバス」


 足を組み玉座に座るディディスが、頭を地につけ従う姿勢を見せる悪魔たちを眺めて気分よさげにそう言った。


「いえ、あと三人来てませんが、それよりも先にご報告が」


 セラバスは自身の頭に響いた囁きの内容をディディスへと伝えた。


「ホウ、俺が尋ね者トナ、ククク、グハハハッ!」


 セラバスは笑うディディスに畏怖した。


 何故ならディディスは声を上げて笑ってはいるものの、その目は鋭く怒気を含んでいたのだ。


 それは次第にディディスの身体全体から怒気を含んだ悪気が漏れ出し、セラバスは心臓を鷲掴みにされ、彼の気分次第ではその心臓も一瞬で捻り潰されてしまうような恐怖に襲われた。

 何者にも動じない紳士悪魔族。そのセラバスであるが、その背中には冷たい汗が流れていた。


「クククッ、面白ぇ。いいゼ、いいだろウ。全て俺の力の糧にしてやるワ……

 オイ、セラバス! 予定変更ダ。あれを今すぐ引き上げロ!!」


「はっ!」


 ディディスが、セラバスに命じたのは支配圏内にいる人族から毎日奪っている感情値の値率。


 その値率は通常10%になっている。それは直接契約している契約者の2%程度で人族が知覚できない比較的軽い程度のものだった。


 ただこの地域圏内に居るだけで奪うこの行為は永続的につづけられる。

 人族には意図せず感情への負荷がかかっているが、それは人族が知覚できなく、身体にも影響を与えない範囲でのこと。その絶妙なバランスの値率が10%だった。


 それでも直接契約することなくこの地域圏内に存在する人族全てをターゲットにするため、莫大な感情値を奪うことができていた。


 その値率をディディスは引き上げろとセラバスに言ったのだ。


「如何ほどに……」


「50%……」


 セラバスは予想以上に高かった値率に目を見開き驚愕したがすぐに平静を装った。


 ディディスの指示した値率は通常の5倍。これは弱った人族なら数時間で発狂するレベルであった。


 支配地域の人口減少に繋がり兼ねない愚かな行為、管理悪魔のいる支配地ではまず実現不可能な行為であった。


「畏まりました」


「うむ。と、その前ニ……」


「はい? なんでしょうディディスさ……まっ!?」


 セラバスが頭を上げディディスに目を向けた時には、セラバス自身の額を貫き真っ赤な何かが入り込んでいた。


「……あがっ、がっ、がっ!!」


 セラバスは、頭に割れるような激しい痛みに襲われた。いくら平静を装っていたとしても限界はある。

 セラバスは激しい痛みに思わず口から呻き声が漏れた。


「ぐっ、ぐぅ、ディ……ディス……さま……なぜ……?」


 玉座の間にはセラバスのようにもがき苦しみ、頭を押さえ転がり回る悪魔たちで溢れていた。赤い何かを受けたのはセラバスだけではなかったのだ。


「何故? トナ……グハハハ……なあにスグすむ。たんに俺を裏切れないヨウニ、血肉腫を埋め込んだだけだからナ。裏切る行為をしなけれバ、いいだけヨ」


「……痛い」

「……痛ぇ」

「あ、頭が割れる」

「痛ぇ……」

「ぐぁぁ……」


 ディディスが振り撒いた悪気に当てられ恐慌状態となっていた悪魔に血肉腫。悪魔たちが苦しみ悶える中、


「い、嫌だ、もう、こんなの嫌だ……」


 その激しい頭痛のあまりに狂った一人の悪魔がよろよろと立ち上がり逃げ出そうとした。


「フンッ! お前、使えんナ」


「……イ!? ィィィ……ギャャャャ!!」


 ディディスの呟きに応えるように狂った悪魔は突然身体中から血を流し、次の瞬間にはパンッ! と弾け飛んだ。


「……」


 その悲惨な光景に悶え苦しんでいた悪魔たちの呻き声がパタリと止んだ。

 不興を買えば次は自分がそうなると、悪魔たちは苦痛に耐えながらも、死にたくないと口を閉じ必死に姿勢を正した。


「さア、お前たち。いつまでそこでもたもたしていル。早く裏切り者を処分シテコイ」


「「「「「はっ!!」」」」」


 しばらくすると、全ての悪魔が出払い玉座の間は静けさを取り戻していた。


「クックックッ! 同じ手は食わんゾ」


 ――――

 ――


「やべぇー、やべぇぞ! 数が多過ぎる!」


「ちょっとアンタ何隠れてるんだ」


「だってしょうがねぇだろ! ゲートは中庭の真ん中にあるんだ。あんな所に居たら囲まれて一瞬で死ぬわ。構える間もなく瞬殺」


「ふん! あたいはそれでもいいんだよ本望だよ」


 俺たちは異様な空気の振動を感じとり、ゲートの見える位置に身を隠した。というか俺が無理やり二人を引っ張り壁の隙間に押し込んだ。


「バカじゃねぇの。それじゃただの無駄死にだろ!!」


 ――そんなの俺は嫌だ……


「だって……」


「俺は諦めねぇ、ギリギリまで諦めねぇぞ……」


 ――そして、あいつらの所に帰るんだ……


「「……」」


 二人が俺を見て驚いている。


 ――俺、何か変なこと言ったか?


「わ、悪かったよ」


「てっきり、ウチたちに手を貸すあなたも、ヤケになってると思っていたから」


「俺はちゃんと考えてんだよ。考えてこうした」


 二人はバツが悪そうに謝ってきたので、「お前たちはもっと慎重に行動しろよ」と言おうとしたが出来なかった。どうやら気付かれたらしい。


 悪魔が二人、こちらに向かってきている。


 ――くっ、なんだよあいつ何で悪気が漏れてねぇんだ。何位の悪魔か分からねぇじゃねぇか。くそっ怖ぇ〜、凄ぇ怖ぇぞ。だけど……もう後戻りはできねぇ。

 

 二人から悟られないようにゆっくりと息を吐き出し心を落ち着かせると、覚悟を決めた。


「まずは俺が様子を見る。いざって時にはお前たちサポートを頼むな」


 そう言って立ち上がり二人の前に出た。


 ――あいつらにサポート……まず無理だろな……

 ああ、死んだな俺。死んだよ。くぅぅ……女の前だと、ついカッコつけてしまう俺の性が恨めしい。


「分かったが、でも大丈夫か? 相手は二人だぞ?」


「ウチたちもウチたちなりにやりましょう」


「それもそうだな」


 ――あれ? 二人の反応が思ってたのと違う。ここは私たちのためにありがとう、と言って泣いて抱きついてくるところじゃないの?


「ほら! アンタ、何ボーっとしてるのさ、来るよ!!」


「お、おう!!」


 俺は得意魔法である、爆撃魔法を最小限サイズで展開し構えると相手が射程圏内に入る、その時を待った。

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