第76話
「どうした主殿、この都市から離れるのではなかったのか?」
セリスが宿屋の壁に寄りかかり俺が与えた魔法剣に魔力を注ぎ剣身を発動させては、その剣身を哀しげに眺めている。
セリスは試し斬りがしたかったのだろう。何度も剣身を発動させては、消すという動作を繰り返してため息を漏らす。
「そうなのだが……」
俺はいつもと違う悪魔の囁きを受け判断に迷い、今は引き払ったばかりの高級宿へ再び戻って来ている。
「クロー。ハンターギルドを出てからずっと深刻な顔をしているけど……わたしたちには言いにくいこと?」
マリーは言うか言うまいか迷ったのだろう、言葉を選びながらそう言ってきた。
その表情からも俺を心配してどこか不安げ。よく見ればその隣にいるエリザも同じような表情をしている。
新しく与えた魔法剣の柄をギュと握りしめて。
――心配させているな……
「違うんだ」
――そうだな、何かあった時に何も知らない方が危険、か……
「エリザ、マリー、セリス。正直伝えるべきか迷っていたが、知らない方が危険だと判断した。聞いてくれるか?」
「はい」
「もちろんです」
「無論だ」
俺は不安そうな表情をしていたエリザとマリーの頭を軽く触れてひと撫ですると、先ほど聞こえてきた(悪魔の囁き)内容を話した。
ちなみにセリスは、頭を撫でようにも腕を組んで部屋の壁に寄りかかっているので手が届かなかった。
セリスは俺の行動に驚いた顔をしていたが、彼女たちは妻なんだしセクハラじゃないぞ。
セリスもエリザと同じく動きやすさを重視して、さらさら背中まであるキレイな銀髪を1つ結びにしている。
「……なるほど、そのような事態になっていたのか」
俺の話を聞きそう答えたセリスは、よほど俺の話に興味があるのか魔法剣をガントレットに収納すると、エリザとマリーの隣までゆっくりと歩み寄り、二人と同じようにベッドに腰掛けて腕を組んだ。
「ああ。それで俺とナナは参加せざるおえない。拒否権なんてない拒否しようものならどうなるか分からんが、それ以前に俺たちが一番近くにいるというか、ここがその現地だから逃げようがない」
「そうなんだ……」
エリザとマリーは力なく俯くが、
「其奴がこの都市を支配している悪魔なのだな……」
セリスはなぜか嬉々としている。その手には仕まったはずの魔法剣が握られている。
「ご丁寧に追加情報もあった。間違いない。しかし、問題はそいつ第2位格の悪魔らしいんだわ」
「第2位格の悪魔!? それは、また……なんていうことだ。その悪魔、一体相手するだけでも最低50人編成の聖騎士一個小隊に聖域結界の張れる司祭様が必要なレベルだな……ただ、その悪魔に配下がいるとなれば……むむむ」
先ほどまで嬉々としていたセリスが眉間にシワを寄せて唸り始めると、
「聖騎士が50人も必要って……そんなぁ。
それじゃあ、いくらクローが強くても死んじゃう」
「そうよクロー。お願い、二人で行くのだけはやめて危険過ぎるわ」
マリーとエリザがセリスの話を聞き不安になったのか俺の両腕をぐいぐい引っ張り身体を揺さぶる。
深刻な表情を浮かべる二人と違ってセリスは、目を見開きしまったというような顔をしている。
なぜセリスがそんな顔をしたのかは理解でないが、いや、二人の不安を煽ったから後悔しているのか。
でも妻たちがどうこうできる相手じゃないと理解してもらえたから悪くぞ。そう思い俺はセリスを見て頷く。
「これは俺の勘だが、何もせず傍観していても不味い気がするんだよ」
そうなのだ。普段と違い明らかに非常事態といった悪魔の囁き。だから俺たちに拒否権はないと判断した。
そして傍観もそうだ。基準なんて分からない。もし悪魔の囁きを無視したと判断されてしまえば、最悪な結果になりかねない。
たぶん処罰はあるだろう。俺はまだ第9位格の悪魔、ナナだって第10位格の悪魔。2人仲良く消滅なんてことも……
考え過ぎかもしれないが、俺の勘は結構当たるのだ。
「クローさまと2人……だもんねぇ」
そんな俺たちの会話を黙って聞いていたナナ。ナナはベッドに横になりながら聞いていたのだ。
さすがのナナも今回ばかりは深刻にもなっているようだ。
相手は俺たちよりも高位の悪魔。それがどれほどの勢力を保有しているのかも不明だもんな。
「そうだな。だがナナ……っ!?」
うーん、と唸るナナに声をかけようと視線を向ければ、
――ぶっ!!
ベッドに横になっているナナ。今日のナナはTシャツっぽい上着にデニムのミニスカートっぽいものを履いていた。
そんなナナが横になりながら足を組んだのだ。
――ナナが白だと……
俺の立ち位置からバッチリ見えるのだ。ナナの下着が。悪魔種族柄、黒っぽいイメージがあったが意外と似合う。
——ふむふむ。
これはこれで、おっぱいでは味わえないお得感があった。普段見えないところが見えた、というお得感。
思わず緩みそうになる口元をぐっと引き締める。今はシリアスな場面だからな。
「も、勿論ナナは俺と一緒に行動してもらう。状況が分からない以上無理はしないつもりだ」
俺はナナが安心するように声をかけるも、その視線はナナの純白を捉えて離さずにいた。せっかくの機会だからしっかりと目に焼き付けておく。
「先ずは軽く相手と接触してみて様子を見る。
後は……そうだな。襲ってくる弱そうな悪魔のみを適当に相手しつつ、他の高位悪魔が参加してくるのを待つ」
「ふーん」
ナナの気のない返事に俺は不安を覚え、ある記憶が頭に過った。
女とは視線に敏感な生き物である。
――……バレてる?
何がって俺の視線にってことだ。俺がまさにそう思った時だった、ナナはふいに、俺の方に顔を向けにこりと可愛く笑みを浮かべた。
そして、にしし、とイタズラを思いついた子どもような笑みに変わった。
俺はその笑みを見てやばいと感じた。
「じゃあ、あたしはそこでクローさまの傍にいればいいんだよね。これって、もうデートだね。大人のデート。えへへ」
ナナの見当違いの言葉にホッとしつつも、ここは早い所切り上げた方がいいと判断。
「そんなわけあるか」
とりあえずナナの言葉を軽く流し、視線を妻たちに戻すが、
「「「じと〜」」」
何やら疑いの眼差しを向けられていた。まあ実際にナナのおパンツを見ていたし、気づかれていた?
「そ、そうだった。ラットとズックはまだか。ラットたちにゲートの位置を探ってもらってたんだが……」
ここは誤魔化し続けるしかないと思いナイスなタイミングで話題を変えてやる。
さすが俺、不自然さなんてどこにもない。
そう思ったのだが、なぜか三人から生暖かい視線を向けられている。
しかも妻たちが自分の下着が見えないかチェックしていて、セリスはビキニアーマーに腰巻きをつけようか迷っていた。
——バレてる。
俺は視線を泳がせて関係ない窓の外へと視線向けた。
後に妻たちに超ミニスカブームが到来し、その結果、度々暴走しそうになるがそれはもうしばらく先の話。
『あるじ、分かった』
俺が女性陣から無言の圧力(勝手にそう思っている)に耐え忍んでいると、待ちに待った、待ち人が、いや待ちネズミと待ちフクロウが戻ってきた。
「そうか偉いぞラット。ズックもよくやった」
ラットとズックの頭を軽く撫でてやると、嬉しそうにラットが見てきた思念を飛ばしてきた。
――……。ほう、ゲートはゲスガス城の玉座の間にあるのか。
これは王族の誰かを契約者にしているな……
「お前たちは……戻ってきたばかりで悪いが、妻とセリスのことを頼む」
俺はエリザ、マリー、セリスを一瞥してラットとズックにそう伝え、好物の大きなチーズ片を二つ出してやった。
ズックも何故かラットを慕いチーズが大好物になっていた。すこし変わったフクロウである。
『あるじ、任せて』
『……まかせて』
「クローさま」
俺がラットとズックの前で屈み頷いているとベッドで横になっていたはずのナナが後ろから抱きついてきた。
「なんだ、ナナか」
ナナのおっぱいが柔らかい。だから離れろとは言わない。
「ゲートの位置、分かったんだよね?」
「ああ。ゲスガス城だ。そこの玉座の間にある」
「主殿……一つ提案がある」
ゲートの位置を聞いていたのだろう、セリスは物言いたげにこちらを見ていた。
「聖騎士のことか?」
まあセリスといえば聖騎士絡みのことしか思いつかなかったからそう言ってみたが当たりのようだ。
「はい。相手勢力の数と強さが分からない以上、利用できる者は利用するべきかと思った……
戦力が二人だけというのはやはり危険です。すこしでも相手の戦力を分散させるべきだと思った」
俺は驚いた。まさか元聖騎士であるセリスからそのような提案を持ちかけられるとは思いもしなかった。
だが聖騎士と悪魔がぶつかればどちらも無事では済まない。
ナナと二人しかいない今の状況下では有り難い勢力となってくれるに違いないが。
「いいのか?」
「はい、聖騎士もバカじゃありませんから何らかの対策を講じるはずです」
「そうか、分かった。では伝えてもいいが……セリス、お前が伝令となることは許可できない。ハンターギルドに依頼するんだ」
「しかし、それでは伝令が遅れてしまうが……」
「いいんだ。俺は聖騎士を信用していない。それに考えても見ろ、俺と契約したセリスを伝令として走らせたとしても、罠だと思う可能性もある。いや、間違いなく罠だと思うだろう。
それだけで済めばいいが、もしお前の身に何かあれば俺が俺を許せなくなる。いいか、お前はもう俺の契約者だ。契約者となったお前を俺は守る必要がある」
「主殿……主殿はそこまで私のことを」
セリスが大きく目を見開きふるふると身体を震わせた。おっぱいも小刻みに揺れていい目の保養となるが、今はそれどころじゃなかった。
「そういうことだ。すまんが、エリザ、マリー、セリスの三人は一緒に行動するようにな。ラットとズックも、後は頼むな」
「「「分かった(わ)(よ)」」」
頷く妻とセリスに、ラットとズックは、チーズを口に頬張りつつも片手や片足をそれぞれ挙げて応えてくれた。
――『ラット何かあればすぐに伝えてくれ』
『あるじ分かった』
ラットがもう一度片手を振って応えた。
「じゃあ、ナナ行こうか?」
「は〜い」
ナナが俺の背中から離れたのを少し寂しく思いつつ互いに翼を出す。
「くれぐれも無理はするなよ」
「分かったわ」
「うん」
「主殿……どうかご武運を」
「ああ。じゃあ……おっとと、チビスケ、チビコロ! お前たちは邪魔するな……」
今まで姿の見えなかったチビスケとチビコロが、俺とナナの背中にしがみついてきた。しかも離れない。
「「がぅ」がう」
「ダメだ、ほら離れろ……」
「「がぅ、がぅ」」
「別にいいじゃない、城に着いたら勝手にどっか行くよ」
「こいつら、使い魔でも何でもないんだが……ほんとうにくるのか?」
「「がぅ!!」」
――ちっこいから少し心配だが。まあ、こいつらは動きが素早いから大丈夫だろう。
チビスケは俺の頭に座り、チビコロはナナの胸に抱かれた。
「今度こそ行ってくる」
みんなに片手を挙げ合図をすると、俺はナナと共に宿から飛び立ちゲスガス城へと向かった。
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