第75話

 ――廃棄悪魔――


「くそ〜冗談じゃねぇぞ」


 あの時は咄嗟に土下座をしてしまったがこんな所にいたら結局は破滅してしまう。


 こんな所から逃げなければと思い俺は必死に走った。が……


「くっそ! 開いてねえじゃねぇかっ!!」


 あの場あの時、あいつは「用事ができタ。お前らハ、しばらく好きにしテロ」とだけ言い残し、執事悪魔とどこかへ行った。


 チャンスだと思い俺はこの敷地空間から抜け出そうとしたのだ。


 他にも俺と同じことを考えていた奴が数人ついてきたが、目の前の現実に皆青い顔をしている。


 ――くそ! あの時、人形悪魔族に手を出しさえしなければこんなことには……


 俺は閉じているゲートを見上げつつ過去に起こした自分の過ちを後悔していた。


————

——


 俺はグラッド……とは言っても俺に名前はなく俺が勝手にそう名乗っているだけだ。


 正式には悪魔大事典、第7号ナンバー777だった。ラッキーセブンだな。


 でも自分に名前がなく番号のみってのがなんだか嫌で、ラッキーだったりセブンだったり色々考えたが結局はグラッドと名乗ることにしたんだ。


 今ではけっこう気に入っている。


 今は悪魔だが、俺って元々は人間だったと思う。

 たまに今の俺とは関係ない記憶が蘇ってくるので間違いないはずだが、自分から深く思い出そうとすると頭痛がするので、何かきっかけがあれば思い出すだろうと気楽に構えている。


 そんな俺は悪魔男夢魔族=デビルインキュバス族だった。

 腕力は期待できないが魔力が強いイケメンだった。これはもう勝ち組だと確信した。


 そして俺は召喚された。島国の女王に。契約内容は部族の繁栄。


 その島国には男性が一人も存在せず部族存続の危機だったのだ。


 いつもなら大陸に渡り身籠って島へと戻ってくるらしいのだが、運悪く大陸のいたる所で戦争が勃発し、精力ある男たちは戦争へと駆り出されていたのだとか。


 大陸に渡ったのにいつもの町や村に男たちがいなかったのだ。


 いくら海を渡れた島の女たちでも、不慣れな大地、しかも戦争で荒れ果て治安が悪化している中、男を求めて行動なんてできない。


 下手をすれば下衆な輩に騙され捕まり自分たちが奴隷として売られてしまう。そうなれば二度と島に戻ることなんてできない。


 そこで女王は断腸の思いで、落ち着くまでは大陸に渡ることを禁止した。


 だが数年経っても一向に戦争は収まることはなくますます悪化。島の民も我慢の限界に近く不満を露わにしていたのだと。どうしたものかと思い悩んでいたところに悪魔大事典が現れ、今回の召喚に至ったのだとか。


 だから俺はその願いを叶えてやった。どんどん叶え続け、島中の女に人族の子供を授けた。


 生まれてきた子どもは全て女だったが俺と交わり付与したスキル美容によって島中の女は美女と化した。


 この島国において、俺は次第に神のように崇められるようになっていた。


 いつしか大陸の方から美女の島国があると風の噂で聞きつけた商人まで渡り来るようになり貿易が始まった。


 まあ、この噂は俺が流したんだが……この島は物がなさすぎたからね。


 貿易が始まると行き交う人が多くなり美女に惚れた男たちが島国に移り住むようになった。


 島国は栄えていった。皆が喜び俺も嬉しくなった。


 それでも生まれてくるのはなぜか女性ばかりで、俺の役目もなくなることはなかった。正にパラダイスだった。そう、俺が第7位格悪魔となるまでは……


 俺はやってしまったのだ。欲をかいた。契約者以外からも感情値を奪い力をつけようと、貯まっていた感情値を使い俺は第7位悪魔となり支配権を行使したのだ。


 そして俺は支配地持ち悪魔として第7位格の屋敷が悪魔界に与えられ、配属悪魔が派遣された。


 しばらくは物珍しさと新鮮さもあり契約者を屋敷に連れ込んだりしてそれなりに楽しんでいた。


 契約者なら支配権を行使した時に設置するゲートを通って悪魔界の屋敷の中で過ごすことができるからな。


 そんなある日、配属されて屋敷にいる人形悪魔族を眺めていてなんとなく興味が湧いた。

 彼女たちは美しい容貌で目の肥えた俺でさえ際立って見えたのだ。

 だが、彼女たちには表情がなく本物の人形のようにも見えた。


 あの表情が変わることがあるのだろうか? と、ふと俺は思ってしまった。それがいけなかった。


 俺がその人形悪魔族の手を掴み寝床に連れ込むと彼女は抵抗することなく拍子抜けするほどあっさりと事を終えてしまった。


 表情は変わらない、そう思ったのは一瞬のことで次の瞬間、無表情だった顔が更に冷たさを帯びた気がした時には俺の意識はぶっ飛んでいた。


 今思えば本当にヤッたのかも記憶に無い。


 だが、気づいた時には知らない部屋の中にいて、俺の身体中にDの文字が浮かんでいた。


 訳が分からず俺は部屋の中を調べたが、そこは何もない狭い部屋だった。

 ただ、一箇所だけ、不自然に一枚の貼り紙があり近づいて見ると、強姦罪のため無期禁固刑を命じるとあった。


 ——はぁ、だって屋敷でメイドに手を出すってのは権力を持った者の特権だろ……


 そんなことを思ったが突然、俺の頭に睡眠学習で学んだ知識が蘇る。


 無期禁固刑とは、俺の消滅が決定されたに等しいことだったのだ。


 俺は膝から崩れ落ちた。契約者との繋がりがなくなっていたのだ。

 消滅は自業自得だから別にいいが契約者との、あいつらとの繋がりがなくなってしまったことに絶望を感じたのだ。それだけ俺はあいつらを……


 やることもない気力はない。ただただボーっとする日々で時だけが過ぎて、悪気もどんどん落ちている。


 早く消滅してしまいたい、そう思っていたある日、ちょうど俺が第8位格くらいの力まで落ちた頃にそれは起こった。


 部屋全体がグラグラと揺らぎ光り始めたのだ。廃棄悪魔ガチャ? その存在を思い出し俺は微かな希望を描いた。


 ――また、あいつらに逢えるかも……


 だが俺はガチャから出てすぐに額を地につけた。土下座だ。そうしなければ殺されると一瞬で感じた。俺と同じように危険を察知したらしい悪魔は俺と同じく土下座している。


 だが状況を理解できないバカはどこにでもいる。

 そんな悪魔は奴に啖呵を切った瞬間に消滅していた。


 やはり俺の判断は正しかったのだ。


 しばらくして執事悪魔が現れ奴は部屋から出ていった。


 そして俺は一目散にこの屋敷のゲートへと駆けた。だがその結果は……


「ちくしょう!」


 そのゲートが閉じていた。


 ——終わった……


 途方に暮れてながら閉じたゲートを眺めていると、突然屋敷全体が激しく揺れ始めた。


「な、なんだ、何が起こった!?」


 俺は腰を落とし身を低くして轟音が収まるのを待った。


「え!?」


 俺は目を疑う。屋敷全体が霞んだように見えたかと思えば、第7位格屋敷だったはずなのに第2位格屋敷へと変貌しているではないか。何が起こった。


「こ、これは……」


 しかも、その外観は城砦のよう。


 これは奴、ディディスが力を取り戻した証明だろうか。俺はもう逃げられないと悟った。


 そんな時だった。


【*警告*】


悪魔の囁きが頭に響く。


——警告?


【*警告*】

【投降せよ】


【*警告*】

【悪魔ディディスに協力する者、またはその配下になった者は排除対象とする】


【悪魔ディディス討伐に協力した者はD処分を免除する。

 現格位にて希望の主へ所属、又は第10位格悪魔としてやり直す機会を与える】


「ま、マジかよ……やり直せるのか!?」


 ――奴を殺る、奴ディディスさえ殺れば……


 でも次の瞬間には首を振った。


 ――くっそっ、無理だ。俺じゃ無理。格の差があり過ぎる……


 どちらを選んでも死の選択だった。


 下手に希望を抱いたため、グラッドはよけいに絶望に打ちひしがれてしまった。


 グラッドはセラバスから集合の合図がくるその時まで、ただただ真っ黒な空間を見上げていた。

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