第71話


 ふわふわ浮いている感じがする。この感じ……


 ――ああ……夢か……


「えっと、今度は夢の中だ?」


 視線を落とせば俺はどこかの町らしき所、その上空をふわふわと浮いていた。


 今回は猫の姿ではないが人族の姿だった。悪魔の姿じゃないが猫じゃないだけマシか。


 ――ん?


 自分の姿を確認していると、妻のエリザとマリーのその姿が視界の隅に入った。


 ――おお!


 二人も俺と同じようにぷかぷか浮いていた。しかも全裸で。


 仰向けでぷかぷか浮いている妻たちはとても気持ちよさそうに寝ている。


「おーいエリザ、マリー」


 前と同じ状況なので呼んでも起きないだろうことはすぐに察したが、つい呼んでしまう。


 俺は妻の傍まですいすいっと空を泳ぎ近づく。


「おはようさん」


 もちろん起きないだらうと分かってて俺はエリザのおっぱいを両手で遠慮なく揉んでキスをする。


「うむ」


 次にマリーにも。マリーのちっぱいは揉むよりも撫でる感じだ。


「うむ。やっぱり起きないな……と言うことはやはり……」


 もみもみ、なでなで。


 ――ここはセリスの夢の中、だよな。


 もみもみ、なでなで。


 俺は右手でエリザのおっぱいを揉み左手でマリーのちっぱいを撫でつつ視線を下に向ける。悪魔の本能故に避けていたが、


「そうだよな、あるよな」


 俺は教会の上空を漂っていたのだ。でも警戒していたよりも小さな教会でホッとする。

 まあ、それでも敷地は広いから規模としては中の中くらいだろうか。


「そうだよな、意識しないようにしていたけど、セリスとの繋がりを感じるもんな」


 その繋がりの先である教会をしばらく上空から眺めていると、小学生くらいの子どもが教会が出てきたかと思えば敷地内にある井戸の方に歩いていく。


 その両手には洗い物らしき衣類が入った大きなタルを抱えているので井戸から汲み上げた水を使って洗い物をするのだろう。


 子どもたちは水汲みこそ苦労していたが、その後は仲良く楽しそうに洗い物をしている。


「えっと……あれがセリスだな」


 繋がりがあるので、子ども姿のセリスもすぐに分かった。まあ、面影があるので繋がりがなくても分かっただろうけど。


「ふむ。この頃はさすがにツルペタだったか」


 セリスといえば大きなおっぱい。どうしてもその印象が払拭できない。


 エリザのおっぱいに勝る訳ではないが、劣りもしない。大きさ的な意味でだけど、あ、でも勘違いしないでほしい、マリーのちっぱいも俺は大好きだ。


 ただ、聖騎士の鎧を身につけていた故にセリスはツルペタだろうと勝手に思っていたのに、現物(セリスのおっぱい)はとんでもないもので、現実とその認識のギャップにかなりの衝撃を受けた。しかも、それはセリスだけではないと言うし……

 おっと、今は関係ないか。


「あれ、この頃から教会にいるってことはセリスは孤児だったのか?」


 俺のその考えは間違いなかった。しばらく眺めているとセリスたちよりももっと小さな子どもや逆に大きな子どもも数人見かけた。


 ただクルセイド教団が運営する教会だけあって、その子どもたちは普通ではない。皆魔力を持っていた。


 その子どもたちは神父やシスターの指導の下魔法の訓練をしている。

 それ以外は隣に建っている孤児院の子どもたちと一緒に読み書き計算、奉仕活動をしていた。


「ふむ」


 しばらく見ていて分かった。セリスはすごく面倒見がいい。そして優しい。でもなかなかのおませさん。


 泣いている子どもが居ればすぐに駆けつけてよしよしとあやし、一人寂しくしている子どもが居ればこんにちわと話しかけてお喋り。

 おませさんだけど、見ている俺としてはなかなか微笑ましいものだった。


 もちろんセリスは同世代の子どもとも仲良く年相応に遊んでいたがね。

 ただ奉仕活動が子どもがやるには少しキツい内容だったり、季節によっては食べる物が最低限しか貰えてなかったりと大変な思いもしていた。


 それでも孤児一人で生きて行くよりかは遥かにマシだっただろうけど。


「ぉ!?」


 ビデオを早送りしているみたいに、流れるように過ぎていく幼児セリスの生活風景を眺めていた俺は突然のことにビックリする。


 突然暗転したかと思えばすぐ断片的に10歳のセリス、13歳のセリスの姿が現れては消えてと、そして今15歳になったセリスが教会の敷地内を一人で歩いていたのだ。

 なぜ15歳と分かるかというと鑑定魔法を使って見たからだ。


「おお」


 おっぱいはすでになかなかのものに成長していた。


「けしからんな」


 そんなセリスは一人隅っこの木の影、誰も見ていないところまで歩くと、突然しゃがみ込み、


 ——!?


「うっ、ううぅぅ……」


 声を殺して泣き出した。


「!?」


 ——何がどうした、お、おい……って、やばい、やばい。どうしよう。


 女の涙に弱い俺は焦った。なぜここまで焦るのか自分でもよく理解できない。


 でも寝ているエリザやマリーをゆさゆさ揺らして起こそうとしてしまったくらいに焦っていた。

 どんなに揺らしてもエリザとマリーは起きることはないのに。


 だからつい声をかける。俺は悪魔で、ここは教会の敷地内だというのに。


「な、なあ、どうした、なぜ泣いてる」


「誰……? ……君は誰?」


 慌てて目元を拭って顔を上げたセリスが俺の顔を見て首を捻る。


「俺は……悪、ハンターのクロー。女の涙は嫌いなんでな、ほらこれでも食え」


 何も考えていなかった俺。ついハンターと名乗り女なら甘い物でも食べれば泣き止むだろうという安直な考えでの行動。


 俺はチョコを所望してセリスに差し出す。


「ハンターのクロー? チョコ?」


「そうだ。甘くて美味しいぞ」


 セリスは俺が差し出したチョコと俺の顔を交互に見ているが、警戒しているのだろう、セリスはなかなか手を伸ばそうとしない。


「いいから、ほら食え」


 埒があかないと思った俺は押し付けるようにセリスに握らせる。


「……うそ、じゃないんだ。変な人」


 押し付けられてたセリスは驚き、何やらぼそぼそと呟いたようだが、すぐに嬉しそうにしながらチョコを口に入れた。


「おいしい」


「だろ」


 俺はセリスの隣に腰掛けた。三角座りをして、両膝で押し潰されているセリスのおっぱいを近くで見たくなったからだ。

 この位置だとセリスに顔を向けるついでによく見える。素晴らしい。


「お兄さん。ありがとう、ございます?」


「気にするな。それより何故泣いていた」


 言ってみろと促してみる。すでにセリスは泣き止んでいるし、大したことないのかもと思いつつも、気遣う振りをしてセリスをおっぱいを眺める。

 両膝を両手で抱えるように三角座りをしているセリスは、


「それは……」


 目を泳がせて俺から顔を逸らす。


 ——ぁ……


 その際泳いでいたセリスの瞳を見て両目の色が微妙に違うことに気づき思い出した。

 セリスが虚実眼を宿していたということを。


「あ〜もしかして、その目か? たしか虚実眼だったよな?」


「ど、どうしてそのことを!?」


「俺は何でも知ってるんだよ。ほら今度はこれをやるアイスだ。食え」


 深く突っ込まれても困るのでアイスを出してから押し付け誤魔化す。


「そうなんだ。あ、アイス? ありがとう、ございます」


 首を傾げながらもお礼を言うセリス。まだまだ子どもらしく素直だ。


「おう」


「あ、あのお兄さんは……ひぁ、冷たっ!? あ、でも甘くておいしい。その……イヤじゃないの?」


 セリスがアイスをぺろりとひと舐めしてから驚き、恥ずかしそうにしながらも何度か舐めて、恐る恐るというか、俺の顔色を窺うかのようにそう尋ねてくる。


「何がだ?」


「私とのお喋り」


「おかしなことをいうな。別に嫌じゃないぞ。というか好きだぞ。楽しいし癒されるしセリスは違うのか?」


 この位置はいい。セリスの未熟ながらも素晴らしいおっぱいが、横乳が丸見えになっているんだよ。


「ウソ……じゃ、ないんだ」


 それからなぜか機嫌の良くなったセリスが聞いてもいないことを、自分の事を話し始めた。


「ほう……」


 そう、それはセリスが15歳の誕生日を迎えた次の日の朝、セリスが虚実眼スキルを宿していたことを。

 その日から皆の態度が一変したことを。

 

 その態度というのが、セリスと接する時だけ何処かヨソヨソしくなることだ。

 セリスとしてはしばらくすればまた元に、みんなと仲良くできると思っていたそうだが、そうはならなかったこと。

 

 最近ではもっと酷くなり誰も近づいてくれなくなって仲間はずれに。それが嫌で近づいてはみるものの、嫌な顔をされて、そそくさと離れていくのだとか。


「ふむ。そんなことがね……」


 やはり人族は面倒だよな。どこまでが社交辞令なのかも面倒。善意にしろ悪意にしろ人はウソの仮面を被り周りに合わせないと生きにくかったりなんてことも、って何でこんなことを思うんだ。


「ま、俺には関係ないがな」


 今の俺ね。俺は悪魔だし。


「ウソ……じゃないんだ。じゃあ……「セリス! どこにいるのかい! はぁまたサボってるんじゃないだろうね」」


 シスターだろうか、セリスが話している途中からセリスを呼ぶ叫び声が聞こえてくる。


 耳のいい俺は耳を傾けるだけで最後の方の小声も拾えるんだけど、なんかイヤな感じのするシスターだな。


「セリス。呼ばれたようだぞ」


「え、あ、うん。そうだね」


 そこでセリスは立ち上がりながらお尻についた土埃を払う。


 俺もつられて立つが、身長は今のセリスとそれほど変わらないくらいの身長だった。


「あ、あのハンターのクローさん……」


「なんだ?」


「もう行かなきゃいけないけど、最後に私と、その、あ、握手してくれませんか。お願いします」


 意味は分からないが、前にも去り際に握手を求められたことを思い出す。


 話を聞いたあとだからだろうか、寂しさの表れか? とその程度にしか思わなかったので、


「いいぞ」


 だから何も考えずに右手を差し出す。セリスは俺の手をうれしそうに両手で握った。


「ハンターのクローさん。あの、あの今度また逢えたら……私と……か?」


 セリスが何か話しているが、ちょうどその時、この夢の世界が明るくなり始めていて、セリスの声が掠れて聞き取りずらくなってきていた。


 もう何度となく経験したから考えなくても分かる。セリスの目覚めが近づいているのだろう。


「ハンターのクローさん! ……居て……ですか」


 俺が答えずにいるとセリスが泣きそうな顔をしている。

 聞き取りにくいが「居て」という言葉は聞こえた。

 セリスはどこかに居たいってことだろうか? 分からないが、とりあえず同意しておくことが正解かな?


「ああ、もちろんだ」


「よか……た」


 俺の選択肢は間違ってなかったようで俺の返事にセリスは泣きながらも笑顔を浮かべていた。

 それはセリスが薄れて完全に消えてしまうまで、


「やはり女は誰しも、笑顔の方がいいもんだな……」


 そう呟きつつ俺もセリスに続き覚醒するのだった。

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