第69話
―—悪魔界、悪魔第7位の屋敷——
悪魔執事族は悪魔大事典を管理している一族。当然ながらその管理は廃棄悪魔についても含まれていた。
「うむ」
ゲーゲスは、廃棄ガチャ召喚の準備のために頭を下げて退室したセラバスを満足気に眺めていた。
「ぐへっ、ぐへっ、ぐへっ」
暫くするとセラバスがゲーゲスを呼びに戻ってくる。廃棄ガチャ召喚の準備ができたらしい。
「ゲーゲス様、どうぞこちらへ」
「うむ」
ゲーゲスは満足そうにセラバスの後をゆっくりと歩き召喚の間へと入った。
「ほほう」
部屋に入ってゲーゲスの目に入ったのは不自然に浮かんでいる大きくも怪しげなレバーと感情値の投入口らしき小さな魔法陣、そしてそれとは別に廃棄悪魔の入ったカプセルが出てくるだろうと思わせる大きな魔法陣だった。
「ゲーゲス様、まず、そちらの小さな魔法陣に手を当て1万カナを投入するイメージを送ってください」
「うむ。こうか……」
ゲーゲスは魔法陣の前まで歩くと手をかざした。
するとカチッと部屋全体に何かが投入されたような音が響く。
「はい、すると、こちらのレバーが青く光りますので、こちらを両手で大きく回してください」
「うむ。分かった」
ゲーゲスはセラバスの言う通りに大きなレバーを両手で持つと、その両手に力を込めてグルリと回した。
「!? おっとと……」
「ゲーゲス様すみません。説明不足でした。レバーを回すのに力はいりません。ゆっくりと回してくだい」
「ふん! 早くそれを言わんか」
不機嫌さを醸し出すゲーゲスだったが、そんな不機嫌な顔もすぐに消える。
ゲーゲスは何を引き当てるのか楽しみでならなかったのだ。ゲーゲスの意識はすぐに大きなレバーに向けられた。
「ほう」
セラバスの言った通り、見た目の大きさに反して、レバーは軽く力を入れるだけで簡単に回った。
ガチャ、ガチャ、ガチャ!
「? すぐに出てくるモノと思っていたが、まあいい」
廃棄悪魔はレバーを一周回すだけですぐに出てくるものではなかった。
ガチャ、ガチャ、ガチャッ!!
ただ、ゲーゲスが大きなレバーを回す度に廃棄悪魔の入ったカプセルが大きな魔法陣へと近づいている、その気配は感じ取れた。
「ふむ」
しばらくの間ゲーゲスがレバーを回し続けていると突然カクンッと両手に手応えを感じた。
「ゲーゲス様、召喚完了です。こちらの魔法陣からそろそろ廃棄悪魔が召喚されます」
「ほう、そうかそうか。だがなかなか手間がかかるのだな」
「一度召喚してしまいますと返却はできません。そのための時間です」
「ふん。ワシには必要ないわ……!?」
ゲーゲスの言葉も大きな魔法陣が黄色く光りだすと止まり、ポンッ!! とカン高い音が部屋中に響き渡ると共に手の平サイズのカプセルが勢いよく飛び出してきた。
「ほほう。これが禁固カプセルか」
その飛び出しカプセルは中央に浮き、そのカプセルからすぐにガチャ排出された悪魔の簡易スキャンデータが小さく浮かび上がった。
ゲーゲスは、その浮かび上がったスキャンデータを見ようと少し近づき目を細める。
第D6位↓ 悪魔雄蛇族(デビルスネーク族)男形
戦闘能力◆◆◆◆
「!? ほ、ほう。なかなかではないか」
自分の悪魔格より高い階位だったため驚くゲーゲスだが、そんな姿をセラバスに知られまいとすぐに平静を装う。
「はい。少し階位が下がっているようですが、良いと思います。ただゲーゲス様より格が上ですので取り扱いは慎重に行ってください」
「セラバス、余計なことは言わんでいい。そんなもん見れば分かるわっ」
「申し訳ございません。では、こちらのカプセルにゲーゲス様の手を添えてください。その際、衝撃を与えてはダメです」
「ふむ。こ、こうか」
「はい。では私の方で強制配下の印を刻みます。しばらくそのままでお待ちください」
セラバスが何やら呟くとカプセルが真っ黒に染まった。
「ほほう。パスがつながったわい。グヘヘ」
「はい、ゲーゲス様との配下契約が成立しました。あとはそのカプセルを適当に掴んで床に落としてください」
「こうか」
パリン!
ゲーゲスがカプセルを床に落とすと魔力膜が粉々に砕け散り、中から全身鱗の魔物でいうリザードマンに似た蛇を模した悪魔が姿を現した。
その蛇悪魔の赤目がギラリとゲーゲスを睨む。
その瞳をモロに見たゲーゲスは、思わず硬直する。まさに蛇に睨まれた蛙状態であったが、
「ゲーゲス様に頭を下げないか!」
セラバスから叱咤する声を受け、蛇悪魔はのそのそとゲーゲスの前で両膝をついて頭を垂れた。そのおかげでゲーゲスの硬直もすぐ解けた。
「ゲーゲス様、配下になる悪魔に名を与えてください」
「お、おう、そうか。そうか、そうなるか。グヘッ、グヘヘ」
本能では相手が格上、天敵だと分かってしまったゲーゲスだが、それでも強制的にガチャを引き当てたゲーゲスの配下となる。
格下の自分が格上の配下を持つ。見下されていた悪魔を逆に見下す、ゲーゲスの気分は爆上がり。上機嫌となっていた。
「グヘヘ、お前は……ふむ、そうだな、かす、とか。グヘヘ。うむ、なかなかいい名ではないか。
おい、お前は今からカスだ。分かったかカス。ほら返事をしろ」
逆らえないと分かったゲーゲスの態度は酷いもので、格上の配下を嘲る。
「……はい」
「はい、だと? 畏まりました、はどうした、ワシはお前の主だぞ! あん?」
「……畏まり……ました」
「グヘヘ」
ゲーゲスは気分良く笑うとカスと名付けた蛇悪魔の頭をペシペシと叩き「ワシのために働けよ」と嘲笑した。
セラバスはその光景を黙って見つめていた。
「ほら、セラバス次だ」
「……はい」
次にゲーゲスが引き当てたのは悪魔鬼人族だった。
第D7位↓↓ 悪魔鬼人族(デビルオーガ族)男形
戦闘能力◆◆◆◆
「ほほう。ワシの悪運もなかなかのようだのう。グヘヘ、時代がワシを欲しているということだな。
ふむ。では……お前の名だが……無駄にでかいな……でかいだけのデクの棒ではないだろうな……デクのぼう、でく。うむ。悪くないか。お前はデクだ。おい、分かったか?」
「……分かった」
その間、悪魔カスとデクは両膝をつけこうべを垂れたままだった。
ゲーゲスは思うように事が運びご満悦だったが、徹底的に自分の下だと思い込ませようとゲーゲスが姿勢を正すことを、よしとしなかった。
「次で最後だな」
「はい、ではどうぞ」
「うむ」
魔法陣が黄色く光りだすとポンッと音と共に手の平サイズのカプセルが飛び出し中央に浮く。
そして、その悪魔の簡易スキャンデータが浮かび上がった。
第D10位↓↓↓ 悪魔牝牛人族(デビルカウーマン族)女形
戦闘能力×××
「こ、これは」
「この悪魔は力のほとんどを失っているようですね。今のこの状態ですと人族と大差ないでしょう」
「な、何だとっ! こんなやつ全く使えんではないかっ!」
ゲーゲスが使えない悪魔のスキャンデータを見てワナワナと身を震わせた。
「そう言われますが、通常三体に一体でも使える悪魔が出れば御の字なのです。その点ゲーゲス様は格上の悪魔を二体も引き当てております。十分良い方ですよ」
そこでコンコンコンとドアを叩く音がした。
「ゲーゲス様、どうやら交戦中だった奴らと聖騎士との間に何やら動きがあった模様です。暫くお待ちください」
セラバスは伝令が戻りその報告内容を確認するために召喚の間を出ていった。
残されたゲーゲスは使えない悪魔のスキャンデータを見て抑えきれないほどの苛立ちを覚えていた。
「こ、こんな使えん奴、いっそ殺してしま……」
そこでふと何やら思いついたゲーゲスはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「確かセラバスは廃棄悪魔を配下にできるのが三体までと言った……
グヘヘ、こいつはまだ、ワシの配下ではない」
ゲーゲスはカプセルを、乱暴に掴むと激しく床に叩きつけた。
カプセルは激しく割れ散らばり、悪魔牝牛人族の悪魔がその床に転がった。
「きゃっ!」
整った可愛い顔立ちの悪魔だが、ツノが片方折れている。
豊満なボディーで人族男性を籠絡させる魅力と種族柄、顔に似合わないほどの怪力が自慢の悪魔だった。
「な、何、ここは!?」
状況の理解できない悪魔牝牛人族は慌てて周りを見回そうとするも……
「っ!?」
すぐに背後から嫌な気配を感じ取り咄嗟に横へと転がった。
力もないのに咄嗟に転がり避けた判断能力は大したものだったが、相手が悪かった。
「うっ」
ゲーゲスはこれでも第7位の悪魔。ザシュッと肉を切り裂く音と共に背中に激しい熱さと痛みが走った。
「あぁ」
それでも本能なのだろう。危険だと判断した悪魔牝牛人族は、斬りつけてきた何者かから距離を取ろうとさらに横に転がり、それと同時に状況確認のために素早く周囲を見渡す。
「おい、そこを動くな」
そして自分を斬りつけてきたのがイボガエルみたいな悪魔だと分かった。
(こ、殺される!!)
すぐに格の違いを理解し、逃げようと判断したまではよかったが、禁固期間が長く、身体に力が入らない。
(これでは……)
そこで悪魔牝牛人族の目に止まったのは簡単に割れそうな窓ガラス。
(もしかしたら……)
悪魔牝牛人族は一縷の望みを抱き窓ガラスに向かって這うように駆けた。
「おい、こら逃げるな!!」
格上の悪魔を配下にして調子にのっていたゲーゲスは油断した。第十位格の悪魔など何もできないと鷹を括っていたのだ。
ゲーゲスの怒気を含む雄叫びが悪魔牝牛人族に降り注ぎ、身が竦むも、その時はすでに遅く、勢いよく這うよう駆けた悪魔牝牛人族が窓ガラスに向かって飛び込み、その窓ガラスを破って異空間の中へと消えていくところだった。
「グヌヌヌ! ふん……まあいい、馬鹿な奴め」
与えられた悪魔屋敷の外は異空間になっている。どこに出るのかなんてゲーゲスでも知らないことだった。
ただ一度だけ尋ねてみたセラバスからは、この異空間に飛び込むと下手をすれば異空間の中を永遠に彷徨うことになるかもしれないからやめるように、とだけ聞いていた。
ゲーゲスはそのことを思い出したのだ。ゲーゲスは不敵に笑みを浮かべた。
「ふん!! 異空間を彷徨い、果てるがいいわ」
ゲーゲスは不敵な笑みを浮かべたまま粘着スキルを吐き出し割れた窓を塞ぐと、すぐに投入口魔法陣へと急いだ。
急がないとガチャを回す前にセラバスが戻ってきてしまうと思ったのだ。
先ほどの悪魔は死んでいたことにして、新しくガチャを回す。
排出してしまえばセラバスも従うしかないだろうという安易な考えだ。
手順は三度もやればバカでない限り誰でも覚える。
「グヘヘ、こうだったな」
セラバスが戻ってこないのをいいことにゲーゲスは感情値を投入し同じようにレバーを回した。
だが、今回は少しだけ様子が違った。
「ん?」
魔法陣が赤く光りだすとボンッ!! と爆音と共に人のサイズほどの大きなカプセルが飛び出した。
「おお!! これは!!」
その表面に悪魔の簡易スキャンデータが浮かび上がる。
第D2位↓ 悪魔鬼人王族(デビルオーガキング族 )
戦闘能力◆◆◆◆◆◆◆
「こ、これは、凄い……!?」
ゲーゲスは高位悪魔を引き当てた己の幸運を喜び、そのカプセルに手を伸ばそうとした、だが、
「グベボッ……」
できなかった。
ゲーゲスは高位悪魔の強烈な悪気を受け全身から血を噴き出して倒れていたのだ。
これがただの悪気でないことを理解する間もなくゲーゲスは、
バキ、バキ、ボキッ!!
「グェェ……」
カプセルから自力で抜け出した悪魔に踏み潰されていたのだ。
「はははは、ナンダ。Dに落ちても殺れば感情値が入るではなイカ……
はあん? 何だ、こいつヨェェのに支配地持ち悪魔だったのか……ありがてぇ、全てオレのモノにナッタゼ……オイッ!!」
ゲーゲスの配下となっていたカスとデクが、その悪魔から視線を向けられた瞬間、額を地にこすりつけた。
悪魔カスとデクは本能で理解した。
格が違い過ぎる、と、それと同時にゲーゲスよりも、より自分たちの主として、支配者として相応しいと……
「これが、廃棄悪魔のガチャ……ダナ?」
「はっ!!」
「手順は?」
「心得ております」
悪魔カスはこうべを垂れていても眼は横にある。ゲーゲスのガチャを、回す手順をしっかりとその眼に焼き付けていた。
――――
――
「ゲーゲス様、大変で……こ、これは!!」
セラバスが戻ってきた時には部屋中が廃棄悪魔で溢れかえっていたが、その様子は少し異様だった。
仁王立ちする一体の悪魔を囲むようにその悪魔たちは額を地につけていた。
「おお、やっと来たカ。お前は悪魔執事だナ」
「……そうですが……」
「支配地持ちは俺が殺っタ。この地は俺のモノになっタ。お前たちはどうする? 殺るカ?」
「……いえ、我々はこの地の支配者に従うだけです」
「ふん。賢明な判断だナ。いいダロウ俺に従エ」
「はっ」
ゲーゲスは殺され、その地を廃棄悪魔Dが支配した。
そして廃棄悪魔Dはセラバスの報告でこの地にいるクローや聖騎士たちの存在を知る。
「それハ、楽しめそうダナ」
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