第66話

「今なら見逃すから俺に引けと、ふん。その必要はない」


「り、理由は?」


 あまりにもバカげた問いに俺は思わずため息が溢れた。


「はぁ。お前たちが先に俺の配下に手を出した。俺から引く道理はない」


 俺は冷たくそう吐き捨て、俺の言いつけを守り大人しく座りこちらを眺めていたナナに視線を向けた。


 俺の視線に気づいたナナが笑顔を浮かべると、俺に向かって小さく手を振ってきた。


 ——ふっ。


 戦闘中なのに緊張感のカケラもないいつも通りのナナについ笑みが溢れるが、相手はクルセイド教団の司祭、油断するわけにいかない。俺はすぐに視線を戻した。


「そ、そうですか。では仕方ありませんね……

 でも良いのですね? 貴方は、これから先、死ぬまでクルセイド教団から狙われることになりますよ?」


 ——なんだこいつ。俺を脅したいのか。


 俺は司祭に向かって目を細める。


「ほう。では聞くが、それは何か意味があるのか? お前たちは悪魔だと分かれば見境なく襲ってくると思うが……どうだ?」


「くっ、そ、それは、悪魔は……人の欲望を刺激し増長させ禍を招きます。現にこの都市だって10数年ほど紛争が続いていますよね?」


「それは俺に関係ないことだ」


「この都市に10数年もの間、禍を振り撒いておいて知らないとっ!!」


「ああ、知らないね」


「ぐっ……」


 司祭は顔を真っ赤に固く握った拳を震わせている。相当ご立腹のようだ。


 ――俺、関係ないし……


「ふん」


 俺を射殺さんばかりの視線を向けてくるので、俺はわざと小馬鹿にしたように言葉を続けた。


「文句があるならこの都市を根城にしている悪魔に言え」


「!?」


 司祭は瞳を大きく見開き俺の顔をじっと眺めている。


「俺たちは偶然、この都市に立ち寄っただけだ。まぁ、俺はお前たちをさっさと片付けてこの地から去ればいいだけなんだけどな……それなら足もつかないと思わんか?」


 俺は聖騎士を皆殺しにしようと決めてこの結界に入ってきた。ぎりぎりだったがナナの無事が確認された今、なるべくなら面倒事は回避したいとも考えるようになっていた。


 だから俺が倒した聖騎士たちは瀕死の状態までダメージを与えて命までは奪っていない。


 まあ、狙ったやった俺がいうのもなんだが、あの状態ならば相当腕の良い回復魔法の使い手でもなければ、すぐに聖騎士として活動することは無理だろう。


 だが、今の司祭の話を聞いて、こいつら聖騎士を呼び寄せる原因を作っていたのが、この地を支配する悪魔だと分かった。


 俺たちはこの地の悪魔が好き勝手やった結果のそれに巻き込まれた被害者だったのだと理解した。


 ならば俺の顔を知る、この聖騎士たちを生かして帰すより、さっさと片付けて、その責任はこの地の悪魔に取ってもらえばいいと思えた。


 ――その方が俺もスッキリするしな。ふむ。悪くない。よし、これで……


「……い、今何とっ!!」


 考えが纏まり行動に移そうと思っていたところになぜか狼狽している司祭が声を上げた。


 ――ん?


「お前たちをさっさと片付けてこの地から去ると言ったのだが?」


「ち、ちがう。もっと前だ……」


「ん? 俺たちが偶然この都市に寄ったってところか?」


「そうだ。あなたの話では、この都市にはまだ、この地を支配する悪魔が別に潜んでいることになる。そうなのか?」


「ああ、いるな。言っとくけど、俺は会ったことないから知ら……むっ!?」


 何やら不穏な気配を感じた俺は、右手を前に突き出すと、デビルシリーズの汎用スキル魔力具現化を使う。


 ――剣よ……


 黒い大きな魔力の塊が渦巻き瞬時に大きな剣を形取る。


 イメージはただただ太くて大きくて丈夫、決して折れない大きな剣。

 刃渡りは5メートルほどになっていた。


 そのサイズは丁度ヴァルキリーと呼ばれていた大きな女性騎士を模したゴーレムのサイズと同じだ。


「な、な、な、何を……する気だ」


「決まってるだろ」


 俺はそれをゆっくりと振り上げると――


「ま、待てぇぇぇぇ! ぃぃぃっ!?」


 司祭は自分が切られると思ったのだろう、反射的に頭の上で両腕をクロスにさせていたが、お前じゃない――


「悪ぃな!!」


 俺は具現化させた大剣をヴァルキリーに向け力任せに振り下ろした。


 ドゴォォォォンッ!!!!


 ヴァルキリーはやたらと硬い鉱物でできていたようだった。


 ガガッガガッガリガリガリッ!


 俺の握る手にも微かな抵抗を感じる。だが、


 ――まだまだだな。強度が足りん……


 俺が力任せに振り降ろした大剣の前には、抗うことができなかったようで、ヴァルキリーは一瞬にして真っ二つに割れて崩れ落ちた。


 中央には、動力の源であるなにかしらがあったようだが、それすらも二つに割れ、頭部あたりから真っ黒な砂となり、サラサラと流れ落ち始めた。


 そしてほんの数秒ほどで、そのヴァルキリーは原形を残すことなく一つの大きな砂山となっていた。


 後方で大人しく待機していた聖騎士の一人が慌てふためき、何やら叫んでいるが、俺の前にいる司祭も似たようなものだった。


 いや、司祭の方がもっと酷いというか間抜け顔。口をぽかんと開けて放心していた。


 まあ、あのヴァルキリー見た目が良かったから少しもったいなかったとは思うが、


「そのゴーレムはナナに俺の配下に向かって攻撃を仕掛けようとしていたんでな、鬱陶しいから先に破壊しておいたぞ」


 俺は用無しになった大剣に向かってふっと息を吐きかけて具現化を解いた。


「せせせ聖鉱石できた、ばばヴァルキリー1型が一撃っ、一撃だと……」


 司祭がヨロヨロとヴァルキリーだった砂山の方へと歩み、その砂を両手で掴んでいる。


 ——それよりも、


 俺は上手く気配を消している存在に視線を向けた。


「おい。そこのお前たちもいい加減姿を見せろ。お前たちだろ、小細工しようとしたのは?」


 威圧を込めて悪気を放つと、白い空間の中にぐにゃぐにゃと歪みが生じ、司祭の後方に八人の聖騎士が姿を現した。


「じゅ、術を解かれました」


「お前たち……」


「セイル様すみません」


 八人の聖騎士たちが駆け寄り司祭を庇うように前へ出た。


 だが、その聖騎士たちの顔色は悪い。俺の悪気に当てられたのだろう。俺も狙ってやったからな。


 ――!? アイツは……


 ただ、その中の一人に俺の見覚えがある人物だった。


「ラグナ、セリス、お前たちは……いつからそこに」


 力のない声で司祭がラグナと呼ばれた者とセリスに声をかけた。


「はっ! セイル様が、ヴァルキリー1型の召喚に成功した時であります。

 隙あらばと思ってキーナの聖剣術で潜んでいたのですが……申し訳ございません。気づかれていたようです」


 ラグナと呼ばれた聖騎士が無残な姿になったゴーレムの方を一瞥し小さく首を振った。


「聖鉱石でできたヴァルキリー1型が一撃ですか。これは参りましたね」


「う、うむ……」


 ラグナの言葉に、重い口を開き頷く司祭だったが、何の手立ても思いつかず言葉に詰まる。


 そんな司祭の姿に耳を傾けていた周りの聖騎士たちの顔色はますます悪くなった。


 そんな中ただ一人、セリスだけが視線を逸らすことなく俺を注視していた。


 ――これは……気づかれたな。


「君は……ハンターのクローだろ」


「……」


 セリスにウソは通じない。俺は否定も肯定もしなかった。だが、


「やはりそうか……」


 俺が何も言わないことが肯定だと判断したセリスは悪魔の姿の俺をハンターのクローだと結びつけたようだ。いや、姿を見られた時点てハンターとクローだと気づいていたな。


 ——しかし、Sランク聖騎士のセリスか。


 こいつは俺が妻たちと行動していたことを知っている。


「ちっ」


 思わず舌打ちしてしまった。


 そんな俺の悪態とも取れる行動を見ていたセリスなのだが、気にした様子は見られず、逆にふっと笑みを浮かべると予想だにしない言葉を発した。


「君と取引したい、いや契約がしたい」


 そう言葉を発したセリスが俺の方へ、両手を挙げてゆっくり歩み寄ってくる。


 ――――

 ―――


「おい、セリス! 何をしている、奴に近づくのは危険だ、下がるんだ!」


 そんなラグナの声にセリスはその場で立ち止まる。だがラグナたちに振り返ることはなく口を開く。


「セイル様、それにSランク聖騎士のラグナ殿。もう理解していますよね。私たちだけでは勝てないことを……」


「「ぐっ」」


 司祭のセイルとラグナはセリスの言葉に何も言い返せずにいた。セイルもラグナもセリスと同じような判断をしていたからだ。


 通常の悪魔ならば、聖域結界内に留め置クローだけで魔力を封じ、更に身体能力を弱体化させることができる。だが、目の前の悪魔には全く効いている様子がない。


 この聖域結界がクルセイド教団の中でも十位に入るほどの腕前をもつセイルが展開したものでかなり強力な結界であるにも拘らず。


 十位になるセイルの聖域結界は普通の聖域結界ではない。

 聖騎士の力を数倍に増幅させる付加魔法も施されているという優れた結界であった。それなのにその意味を成していない。


 Sランク聖騎士だからこそ戦わずとも、恐ろしさや力の差を肌で感じとることができていた。殺れそうな悪魔(ナナ)にヴァルキリーを仕向けたのは隙をついて司祭のセイルだけでもこの場から逃そうとしたラグナの勝手な判断でもあった。


「それに心配なさらずとも交渉の余地はありますよ。あの者はまだ誰一人として殺していない。お二人ならこの意味分かりますよね?」


「……そうですね」

「……あ、ああ」


 皆瀕死の状態ではあるが、辛うじて息はしている。


 この悪魔の力を以ってすればこの場で倒れている聖騎士など軽く捻り潰すことは容易。


 では何故、そんな聖騎士たちが殺されずまだ息をしているのか?


 その答えは誰でも容易に辿り着く。そう、悪魔は手加減をしてくれているからだということに……


 舐められているともとれるが、その行為によって首の皮一枚繋がっていることも事実。


 セイル自身も、この悪魔が本気で掛かってきていれば既に殺されているだろうことは容易に想像できていたのだ。


「ご理解いただけましたか?」


「ぅ、ぐっ、しかし、それではセリス、君が……」


「こちらから仕掛けた以上これしか方法はありませんよ? セイル様」


「だ、だが何もSランク聖騎士のセリスでなくとも……くっ、本当ならば私が……」


「セイル様!」


 何かを言いかけたセイルをラグナが止める。


「いいのです。あの者は男性タイプの悪魔です。交渉は女性でないと無理なのですよ。

 あいにく、この場にいる女性聖騎士は悪気に当てられまともな会話はできないでしょう。

 それにそこの聖騎士は私の後輩でもありますので、ここは先輩らしく私が行くべきなのです」


 セリスとラグナを含む八人の聖騎士。


 今回、行動を共にした聖騎士の半数がBランクとCランクの女性聖騎士だった。


 セリスの言葉を耳にしたラグナは、横目に顔色悪く小刻みに震えている女性聖騎士たちを眺め納得した。


 こんな状態では交渉は無理だと――


 悪魔を相手取る聖騎士。男性も女性も皆、きたるべき時にはその贄となる覚悟はできているが、悪気に当てられた状態ではまともな交渉は無理である。


 これは聖域結界内においては、起こり得ない異例中の異例事態であったのだが、現実、悪気に当てられてしまっている。


 こんな状態のまま交渉に臨んでも、言葉巧みな悪魔に都合よく丸め込まれ無意味な契約となり、無駄な贄となり果ててしまうだろうことは容易に予想できた。


 状況を理解したセイルとラグナは、セリスに対して何も言えなくなった。


 クルセイド教団には有事の際に、とるべき行動指針というものがある。

 それは男性タイプの悪魔には女性聖騎士が、女性タイプの悪魔には男性聖騎士がまず交渉に臨むとなっている。もちろんその理由は異性の方が交渉の成功率が高いためだ。


 無論、例外もあるので、これが全てではないが、これは叙聖された時にそう誓約されていることであり、その覚悟がない者はそもそも叙聖されていない。


 セイルとラグナが何も言わなくなったのを確認したセリスがゆっくりとクローの前まで歩み寄った。


「クロー、また会ったな」


 不思議なくらいセリスは穏やかな笑みを浮かべていた。


 ――――

 ―――


「そうだな。だが俺は悪魔だった」


「そうみたいだな。でも不思議と納得もしているのだよ」


「そうか。それでお前は、俺と本気で契約をする気なのか?」


 ――悪魔の俺がなぜ聖騎士と契約をせねばならないのだ……


 内心で毒づきながらセリスの顔色を窺う。冗談であることを期待して。


「無論だ。私は君と契約したい」


 ――ぐぬっ。


 こう本気で望まれてしまえば、悪魔は必ず一度は人族との交渉に応じなければならない。


「……契約にはそれ相応の対価が必要になるが、それを分かって言っているのか?」


 面倒だと思いつつ途中まで契約が何たるかをセリスに伝え、あわよくばなかったことにならばいいと思ったのだが、閃きというか、俺はいいことを思い出した。


「いや待て、そうだ、俺は、というか俺の契約者がお前に世話になったことがある。ここはお前のその行いに免じて引き上げてもいいぞ」


 そう、借りを返すのだ。セリスには妻が世話になった。余計なお世話だったが。丁度いい。これならばお互いに丸くおさまる、はずだ。


「契約者? ああ、それはあの時の女性たちのことを言っているのか? だが、それは無用なことだ。もし、それが私のために言ってくれた言葉であるのならば、ここは素直に契約をしてほしい」


「何故だ?」


「いいかい、ここまで来て何事もなく君が引き下がってくれたとしても、私は逆に皆から疑いの目を向けられる。

悪ければ悪魔の手先として一生監禁されるのだよ」


 ――くっ、よく考えればそうだよな……急に手のひら返したように俺が引き下がっても、何もされなかったとは思われない。逆に何らかの精神干渉でも施されて教団内を探る、あわよくば内部崩壊を狙っているのでは? と疑いをかけられる……か。ふぅ、仕方ない。


「……分かった。では望みを言え。できることは叶えてやる」


 セリスはこくりと頷くと望みを語った。


「この場にいる私以外の聖騎士と司祭様の解放だ。これはこの都市から離れるまで、若しくは10日間はお互いに手を出さないこととする」


 ——まあ、妥当なところではあるか。


「いいだろう。ただし、それは俺の配下や身内にも適用させてもらう。

 もし約束を反故にし増援を呼んだり再び襲ってくれば……お前の魂を地の底へ落とし永遠の苦しみを受けてもらうことになるが、それでもいいのか?」


「無論だ」


「ではその対価に何を差し出す」


「ん? 対価は私自身だ。私を好きにすればいい」


 お前は何を言っているのかというような視線をセリスが向けてくる。


「お、おい。お前は私自身と簡単に言うが、お前はその意味を理解しているのか?」


「無論だ。魂を望むのならば別だが、それに私はもう25だぞ。少し行き遅れではあるが問題ない。その意味はちゃんと理解している」


「ぇ? ええっ!!」


 俺は乗り気じゃないのに、セリスの揺ぎない強い意思(かなり強力だったらしい)を受けて勝手に契約が締結されてしまった。


 ――う、嘘だろ! こいつは聖騎士だぜ、こんなに簡単に締結なんてあり得んだろ。


 俺が内心慌てふためいている間にも、その契約の証がセリスの手の甲に刻まれスーッと消えていった。


「……」


 セリスは暫くの間契約の証が消えた手の甲を眺めていた方思えば、不意に俺の方へとその視線を向けてきた。


 整った顔立ちで冷たそうに感じるが、今のこいつの顔は少し嬉しそうにも感じとれる。


 ――なんだよその顔。意味が分からん。


「ふん、先に言っておくが、俺はお前の魂などいらんからな」


「ふふ。君ならそう言うと思った」


 ——セリスは俺の妻たちを見ているからそう思ったのだろうか。


「?」


 そんなことを考えているとセリスは突然身にまとっていた白銀の鎧を脱ぎ始めた。


「……ちょっ、バカっ!! 待てって!! こんな所で脱ぐんじゃねぇ」


 ――後ろの聖騎士たちが見てる。


 こんなところでできるはずがないと俺の方が焦る。

 俺は契約したばかりとはいえセリスは俺の女になった。そのセリスの裸を他の男に見せるのがイヤなのだ。


「ふっ。君はやはり興味深いな」


「な……何を言ってる……」


「悪魔と契約した私はもう聖騎士団には戻れぬ。この聖騎士の鎧は返さぬといけないのだよ。気にするな」


「いや、そういう意味じゃ……」


 セリスは俺の言葉を聞いてか知らないが、口元に笑みを浮かべながらもガシャーン、ガシャーンっと大きな音を立てて聖騎士の鎧を脱いでいった。


「なっ!!」


 そして俺の目に入ったのは、Tシャツっぽい上着にカジュアルなストレートパンツ姿のセリスが現れる。

 そして何よりも驚いたのは……


 ぼよ〜ん。ぼよ〜ん。


 聖騎士の鎧によって押さえつけられていたセリスのおっぱい。


 たゆ〜ん。たゆ〜ん。


 エリザやナナにも勝るとも劣らない豊満なおっぱいが顔を出していたのだ。



 

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