第65話

 ―悪魔界、悪魔第7位の屋敷ー


「セラバスどういうことだっ!! 何故、ワシの配下であるグスとガスまで聖騎士に殺されねばならぬのだっ!!」


「それは私にも分かりかねます……ただ、私の推測ですと、お二人はゲーゲス様のために闖入者を探ろうとしていたのではないかと思われます。そこで運悪くも聖騎士に……」


「見つかったというのかっ。馬鹿共が!」


 肩をふるふると震わせていたゲーゲスは拳を振り下ろしその怒りを執務机にぶつけた。


 バキッ!!!!

 

 その机に大きな亀裂が入り使い物にならなくなってしまったのだが、頭に血が上っているゲーゲスはそれすらも気づかない。それどころ、


「あ奴らが、ワシの支配圏に来なければっ!」


 ゲーゲスの顔には怒りに反応して大きなイボがボコボコと無数に浮かびあがりより醜悪なものへと変貌していた。


 セラバスの片眉がピクリと少し上がるが、すぐに表情を戻し口を開く。


「彼の者はすでに聖騎士と交戦中ですが、ゲーゲス様も動かれますか?」


 セラバスの抑揚のない言葉を聞いたゲーゲスは多少冷静さを取り戻したのか、浮んでいた無数のイボが少しずつ小さく萎んでいく。


「……いや必要ない。ワシの配下は第8位だったのだ。あ奴らは9位と10位の悪魔。ワシが何もせずとも聖騎士に処分されて終いだ」


 ゲーゲスは不意に弛んだ顎へと手を伸ばし、それを摘んでは引っ張り、摘んでは引っ張りを繰り返した。


 この仕草はゲーゲスが何かを考えている時のクセだった。


「ふむ。そうなればあとに残った聖騎士が……厄介になるな」


 より強く顎の皮を引っ張ったゲーゲスの顔には、すでに浮き出ていたイボが収まり冷静さを完全に取り戻していた。


「それでは、ゲーゲス様が彼の者を囮に使いその聖騎士たちの背後を突かれてはどうでしょう?」


「……まあ待てセラバス。ワシがここ十数年の間に得た情報によれば、聖騎士共は一度の討伐遠征で4体もの悪魔を討伐したという記録はない」


「はい、そのようですね」


「うむ。だからワシは暫く静観するだけでよいのだ。聖騎士とて相応の成果は挙げたのだ。

 これ以上この地に留まっていても無意味だと悟り直に去っていくだろう」


「つまりゲーゲス様は、何もされず、ただ傍観に徹するということですね」


「そうだ。いいかセラバスよ、闇雲に攻めればいいというものではない。これもまた戦略なのだ。

 しかし保護下にある悪魔が聖騎士に殺られたとならば格式高い悪魔であるあの方も黙っておるまいて……グフフ。

 数だけは馬鹿みたいに増えた聖騎士には高位悪魔をぶつけて互いの力を削ぐに限るのだ。グフフ」


「さすがはゲーゲス様です」


「グフフ。まあ見ておれセラバス。ワシはまだまだ強くなる。支配圏域ももっともっと拡げるつもりだ。

 ふむ。そう考えば、奴らは良い贄になってくれたことになるな。グヘヘ。これは感謝すべきかな」


「……」


 大きな口をニヤリと歪めたゲーゲスは椅子の背もたれに寄りかかり、それよりも、とセラバスに向かって話を続けた。


「今ワシが早急にやるべきことは……駒だ。手駒が足りんのだよセラバス。お前もそう思わぬか?」


 今後の道筋を立て、それが最善だと思っているゲーゲスは、機嫌よくセラバスに意見を求めた。


 それは配属悪魔のセラバスが思った以上に使える、使っても問題ないくらい信用はできる、と認識を改めたことで、己の配下が殺されたことなど些細なこと、代わりの配下を置けばどうとでもなるという結論に至っていた。


「では配属悪魔の中か……「ならん! 配属悪魔など感情値が高いだけで信用ならん!!」


 ゲーゲスに言葉を遮られ否定されたセラバスの瞳が、僅かに広がったが、それも一瞬のことで、セラバスの表情はすぐに元の無表情のものとなる。


「……では、悪魔大事典を数冊購入され交渉いたしますか?」


 領地持ちの悪魔は悪魔大事典を感情値で購入し悪魔を召喚することができる。もちろん召喚は一冊につき一度きり。

 ただし、その召喚に応じた悪魔が配下になるかは別問題。交渉次第なので配下にならなければ悪魔大事典の購入にかかった感情値がまるまる損となる。


「そうではない」


 ゲーゲスはセラバスに嫌な笑みを浮かべて首を振る。


「……。では既に仕えている悪魔の引き抜き、若しくは、人界にて野良活動をしている格下の悪魔への勧誘、この辺りでしょうか?」


「ふむ。それもこちらからの交渉となれば足元を見られ感情値が高く付く、それに時間も必要だ……ワシの考えはまた別。ほら、セラバスまだあるだろう?」


 すぐに察したセラバスの瞳が僅かに開いた。


「ゲーゲス様。もしや廃棄悪魔ガチャのことをお考えですか」


 ゲーゲスが腫れぼったい目を細め嫌な笑みを浮かべた。


「グヘヘ」


 ペロリと舌舐めずりしたその顔はセラバスに嫌悪感を与える。


 ちなみに廃棄悪魔とは、降格処分を受けてなお、納値しなかった者や何らかの処分を受けた者、悪魔規約に抵触した者が、処分カプセルに禁固され消滅を待つだけの悪魔たちのこと。


 処分カプセル内では、激しい痛みや苦しみを与えられ悪気は奪われ続ける、当然悪魔格も下がっていく。

 何もしなければ第10位よりも下の階位、第11位にまで降格し、やがて悪気が尽きて消滅してしまう。

 ただ、あまりの激痛に悪気が尽きる前に狂ってしまう悪魔も多い。


 つまり廃棄悪魔ガチャはそんな悪魔たちの救済措置である。悪運も実力の内とみなされている。ただし使い潰されることが多い。


 この廃棄悪魔の特徴として顔以外、体中にDの字が刻まれており見ただけですぐに分かる。

 またスキャンすれば、格の頭にDの字が付いている。つまり第D○位となる。


 そしてこの廃棄悪魔ガチャ、リスクはあるが一回の使用が1万カナであった。ハズレることが多いが一万カナで配下を獲れればかなりのお得となる。


「そうだ。グヘヘ。これを利用しない手はないだろう」


 ゲーゲスはニタニタ気味の悪い笑みを浮かべつつセラバスをじっと眺めた。

 今まで廃棄悪魔ガチャをしなかったのはただ単に配属悪魔のセラバスのことを避けていたためだ。だが、接してみればなんてことない、そうゲーゲスは判断していた。


「ですが、この悪魔達は非常に扱いづらく、メリット以外にもリスクと制限が……」


「そんなもん分かっておるわ!」


 セラバスの言うメリットとは、その廃棄悪魔は通常格の10分の1の禄で配下にできること。


 クローで例えると……クローは今第9位悪魔で納値は年20万カナ。

 仮にクローが廃棄悪魔として配下になった場合、その主は10分の1。

 つまり2万カナを納値すればいいことになる。非常に安上がりの配下である。


 他にも、通常では絶対にあり得ない。自分より格の高い悪魔を配下に置くことができる場合もある。


 そして何より、処分を受けた悪魔なので引き抜きにあいづらく、仮に引き抜きを受けても通常の格に値する禄、つまり10倍の感情値を相手側から受け取ることができる。

 ただやはり廃棄悪魔は廃棄悪魔で良い印象がなく引き受けしただの、されただの、という前例はない。


 では、ガチャリスクとガチャ制限とは……


 まず、ガチャリスクとは、悪気を抜かれすぎて使えない、役に立たない場合や、狂っていて使えない、命令を聞かない場合など色々と問題がありえるのだが、その廃棄悪魔は必ずガチャした悪魔が配下として管理する義務が生じる。もしそれに違反した場合、自分自身が処分カプセル行きになる。


 また、ガチャ制限では、この廃棄ガチャにより配下にできる廃棄悪魔は年に3体までというものであった。


「セラバスよ。高位悪魔は好んでよく利用していると聞くではないか。このワシではダメだと言うのか!?」


「いえ……出すぎた真似を致しました。では、その旨手続きを行いましょう。私はその準備をしてまいります」


 執事悪魔族は悪魔大事典を管理している一族、その廃棄悪魔についても管理していた。


「うむ。それでいい」


 ゲーゲスは、ガチャ召喚の準備のために頭を下げて退室していくセラバスを満足気に眺めていた。


 ――――

 ――


〈Cランク聖騎士視点〉


「わぁ〜、クローさま凄い!」


 パチパチと音も無く両手を叩いて喜ぶ女悪魔が嬉しそうにアークらしき悪魔の後ろ姿を眺めている。


 その姿は悪魔らしくなくとても可愛いいのだが、これは悪魔のまやかしであると信じて力を振り絞る。そうCランク聖騎士の俺に余裕はないのだ。


「せ、せ、セイル様ぁぁ!! まだでしょうか……!!」


 俺は、セイル様たちの肉壁となるべく前に出ているのだが、アークの鋭い視線に思わず顔を背けてしまった。身体も震え力がうまく入らない。


「ひ、ひぃぃぃ」


 俺と同じように前衛を務めていた聖騎士は、セイル様の側で手印を結ぶ三人の聖騎士たちとガラルドを除くと四人もいたのに、あのアークの手によって俺だけとなってしまった。


「お前は向かって来ないのか?」


「ぃ、いい……!!」


 そんなアークの周囲にはクレーターが新たに三つ増えており、四つとなっていた。


 いずれも聖騎士たちが地面にめり込んでいる、はずだが覗き込まないここからではその姿を拝むことはできない。というかあいつら生きているのだろうか。


「まあ、来ないならこちらから行くだけのことさ」


「ひぃぃ、く、来るな!!」


 アークが恐ろしいことを言う。


 俺は震える身体に力を入れようとするが……思うように入らない。


(まずい)


 そこで俺はその聖剣の剣身を傘の様な形状に広げ盾形態へと切り替えた。


(アークに攻撃しようなんて無理な話だ)


「!?」


 左手にも白銀の聖盾を構えているため、俺は両手に二つの盾をアークに向け耐える姿勢をとる。


(守りに徹すれば、俺でも少しは時間を稼げる、はずだ。くっ……でも、怖ぇぇ)


「せ、セイル様、一生のお願いです。早くしてください!!」


 もう自分でも何を言っているのかも分からない。それだけ俺には余裕がない。


「ひ、ひぃぃ」


 怖い。目が合っただけで腰が抜けそうだ。俺は二つの盾を前に構えアークを見ないことにした。


「お前バカだろ。それだと俺の姿が見えないだろうが……」


 そんなアークの声が聞こえた、と思ったら瞬間、突き出し構えていた聖盾に衝撃が走った。


 ガンッ!!!!

「うぐぁ!!」


 身体の動きからアークは拳を突き出してきたのだろうか。


(ぃぃ……!?)


 メリメリッ!!


 聖盾から悲鳴が聞こえる。俺は嫌な予感がした。

 そして、その予感は1秒もしないうちに現実のものとなる。

 

「ぐぎゃあ!!」


 アーク悪魔の放った拳が、簡単に俺の左盾を突き破ってきたのだ。

 顔全体に激しい衝撃と共に熱が走った。その衝撃の強さに身体が後ろに流れて両足が浮くが、


「ぐっ(ま、まだ倒れるわけには)」


カツンッ。


 倒れそうになる身体を、右手に構えていた盾を地に叩きつけるように突き刺して、なんとか踏み止まろうとするも、うまくいかない。


(まだ倒れるわけには……)


 頭ではそう思うも、俺は仰向けに倒れていた。


「ぅぐぐ……(倒れた、のか。顔に感覚がない……はっ、ヤツは!? アークは?)」


 顔だけ少し起こしてアークを探せば、奴はすぐ近くで俺ではなくセイル様に視線を向けていた。


「はあ、はあ……(鼻で息ができない……)」


 鼻と口元に違和感があり拭ってみれば、ヌルッとし感触が。

 鼻から大量の血が溢れ頬を伝い地に滴れている。


 尋常じゃない血の量だ。俺は盾で衝撃を殺したつもりだが、鼻を砕かれていたようだ。


 状況を理解してくると鼻を中心に顔全体に激しい痛みが。


(これはまずい回復だ、回復魔法を……)


 俺は震える左手に力を入れて顔まで運ぶと、魔力を練り回復魔法を使った。


(……ふぅ。痛みが和らいでいく……応急処置程度には回復できたってことか)


 本当はこのまま倒れていたいがセイル様たちは未だ俺たちを信じて召喚魔法に集中している。


 時間的にはそろそろ召喚魔法が完成されていてもいい頃なのに……


(怖い、怖いが……あれさえ召喚できれば……あれさえ……あれ? 大丈夫なのか?)


「くそったれ」


 俺は震える身体に力を入れて何とか立ち上がった。


「ん? ほう、俺の踏み込みが甘かったとはいえ、なかなか頑丈じゃないか……」


「ぅぐっ」


 起き上がって気づいた。俺は回復魔法が苦手で時間がかかる。

 ゆっくり回復していたのに立ち上がった衝撃で再び顔全体に激痛が走る。


「ぃ、ぃ痛え」


 回復中だからもう暫くの辛抱のはずだが痛いもんは痛い。痛くて動けない。


「そうか、もう一発ほしいのか……?」


 不意にアークの視線がセイル様の方を向いた。


(やばい!? たぶんもう少しなのにアークの注意がセイル様の方に……)


「く、くそっ……怖ぇ、怖ぇよ……っ!?」


 俺が一歩だけでも前に出て注意を引こうとした正にその時、俺が待ちに待った瞬間が訪れた。


――――

――


 顔全体を腫らしながらも馬鹿の一つ覚えのようにその場から動こうとしない聖騎士に興味の失せた俺が、不穏な気配を感じ、司祭の方へと視線を向けると俺の身長の5倍はあろうかと思われる女性騎士を模したゴーレムだか、人形だか解らないものがモノが姿を現していた。


 それと同時に周りで何やらやっていた聖騎士たちの三人が意識を失い倒れた。あの倒れ方だと魔力切れだと思うが。


「はぁ、はぁ、はぁ。どうやら上手くいったようです。あなたのお相手はこの聖戦士ヴァルキリー1型ですよアーク。はあ、はあ、はあ……

 これはクルセイド教団の誇る最高峰。第3位悪魔をも一撃で葬る聖槍の威力を、とくと味ってください」


「おおっそうだったのですか!! セイル様。お、俺はてっきりヴァルキリー1型は失敗だと「黙りなさい! 貴方はまだ知らなくていいことです!!」


 司祭が必死に守っていた聖騎士の発言を遮ってた。しかも凄い形相だ。


 聖騎士がよほどまずいことを口にしたような狼狽っぷり。


「す、すみませんでした!」


 再び視線を俺に向けた司祭はコホンと小さく咳払いをした。


 ――余裕を装っているつもりなのか……?


「アークよ。もしこの場を大人しく引くというのであれば見逃してあげないこともないですよ」


 そう口を開いた司祭の視線が、一度、ヴァルキリー1型の方に移る。

 しかも、ヴァルキリー1型の勝ちを確信しているかのような強気な態度。


 ――ふーん、ん? 


 だが、司祭は気づいていない。自身の額には大粒の汗が吹き出しており、そのことに俺が気づいているということを。


「……」


「脅しではないのですよ」


 司祭が何やら手印を結び、現れた小さな魔法陣がヴァルキリー1型の方に飛んでいく。


 ブゥゥン……!!


「ほう」


 ヴァルキリー1型の無機質な瞳が俺の方に向けられ、右手に持つ巨大な聖槍が激しく光り輝いていた。

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