第62話

 王都に着いた。小国だと侮っていたが、なんのなんのかなり大きい。

  目の前には立派な凱旋門みたいなものがあって、門番が六人ほど立っているが、さすがに王都は行き交う人々が多く徒歩の列と馬車列に分かれていて、馬車の列は二列あったので俺は空いている方の列に並んだ。


――この列について行けばいいだろう。


 前の馬車は止まらず素通りしていくので、俺たちもそれに倣って素通りする。

 分からない時は前を真似ればいい。そう思っていたのだが……


「おい! そこの馬車、止まれっ!!」


 門番の二人がそう叫びながら俺たちの前を遮った。


 ――どういうことだ?


「おいおい前に出ると危ないだろ」


「お前たちはハンターか?」


「そうだが」


「幌馬車は中の荷を検めるのは決まりだ馬車を脇に寄せろ」

 

 門番は抑揚のない声で応え手に持つ槍で馬車の停める場所を示した。

 前の馬車も幌馬車だったがあれはいいのかと尋ねると、あれは貴族が所有している馬車のためいいのだとか。確かに馬車も立派で貴族紋も入っていた。というか俺が並んだ列がそもそも貴族用の列だったらしい。


 これはちょっと恥ずかしい。


 すぐに幌馬車を脇に寄せると別に控えていた門番の二人が中を検め始めた。


「荷物に異常は見られないな……」


 ――そりゃそうだろ。


 俺は念には念を入れた。ソファーでさえ一時的に収納した。

 まあ、そのせいでナナは不貞腐れ膝を抱えて俺をずっと睨んでるんだよな……


「ん? その子犬は飼っているのか? たまにハンターは猟犬を連れている者がいるが、お前たちもそうなのか?」


「……」


 警戒する素振りすらなくちょこんと大人しく座っている二匹の子狼がいる。


 その子狼たちは不思議そうに首を傾げ俺の方を見ている。


 ――……


 野生の狼がそんなんでいいのかとちょっと疑問に思うが、そういえば、こいつら別に飼ってるわけじゃない。

 普通に居座っているから何の疑問も思わなかったけど。


  そんなことを考えていると俺が口を開く前に隣から声が聞こえた。


「そうだよ。ウチのチビスケちゃんにチビコロちゃんだよ」


 マリーが歩み寄り二匹を両手で抱き上げた。子狼を名付けたつもりはないが俺が適当にそう呼んでいたためか気付けば皆がそう呼ぶようになっていた。


 ちなみにラットとズックは先に街の中に潜入し情報収集をしている……

 別に俺が指示したわけではないが、大きな街を見て使い魔スイッチの入ったラットが突然張り切り出したのだ。


 ズックは逆に動くのを嫌がったがラットがそれを許さなかった。コロコロしていたこれズックもこれで少しは痩せるだろう、ラット先輩は厳しいからな……


「そうか、ならちゃんと首輪をしろ。街に入り込んだ野犬と間違われて殺されても文句は言えんぞ。ほら」


 門番がこれを使えと二本の赤い紐をくれた。

 紛争中と聞いて警戒していたがなかなか何良心的な門番たちである。王都の印象が少し上がった。


「わあ、ありがとうございます。すぐに付けます」


 マリーが元気よくお礼を言ってから受け取ると子狼たちの首にゆっくりと巻き付けた。


「がぅぅ」

「がうぅ」


 意外や意外。嫌がるかと思ったがチビスケ、チビコロは大人しくしている。でもマリーさんや子狼たちが苦しそうだぞ。


「ま、マリー子狼たちが大変なことになってるぞ……」


 そうなのだ、マリーは不器用だっだ。そして、何より本人にその自覚がない。


「マリー、そんなにキツくしたらダメよ。ちょっと貸してごらん」


 真結びをしそうだったマリーのその手をエリザが慌てて止めた。

 

「これは、こうするといいわ……」


 マリーと代わったエリザが子狼たちに蝶結びをしてあげた。輪っかの部分を大きくして紐の長さを短剣で整え可愛く仕上げた。


 ――ほほう。やっぱりエリザは器用だな。


「エリザすごい! 可愛くなったよ。チビスケちゃん、チビコロちゃん良かったね」


 マリーが子狼たちの頭をわさわさ撫でている。

 子狼たちもふさふさもふもふの尻尾を大きく振っているから大丈夫なんだろう。


「これは蝶結びよ。リボンを結ぶ時によく使っていた結び方なの。マリーにも後で教えてあげるわね」


「わぁ、ありがとう」


「紐をつけたのなら、検めは終わってるからお前たちは通っていいぞ」


 門番の合図で再び馬車に乗る。その後は、問題なくすんなりと街に入れたが俺はこの街に入ってからすぐ肌にピリピリとした違和感を覚えていた。


『クローさま……プリンでいいよ。プリンで許してあげる』


 まだ膝を抱いて座っていたナナからそんな念話が届いた。なんとも空気を読まないヤツである。


『おまえな。そんなことでわざわざ念話してくるな。ソファーは後で元に戻してやるって言ってるだろ』


『いいじゃないの、それよりもクローさまは気づいてる? ほら、このピリピリ肌を刺す嫌な感じ。

 これ、この街を支配する悪魔の支配圏に入ったってことなんだよ』


 どうやらナナも気づいていたらしい。というかこの感覚がそうなのか。


『なるほど』


『えへへ。あたしはある事情で一度だけ他の悪魔の支配圏に入ったことがあるんだ。褒めてもいいよ』


 契約失敗だらけのナナがどうして他の悪魔よその支配圏に行く用事が? と疑問に思ったがやめておこう。聞いたら聞いたで面倒くさいことになりそうな気がする。


『はいはい。偉い偉いナナは。ナナは偉いな。まあしかし、知識はあったが実際にどんなものかなんて支配圏に入ってみないと分からないものなんだな』


『あはは。そうなんだよ。あたしも、あの時は初めて体験したけど肌を切り刻まれる感じがして、もっと大変だったんだよ』


『そんなこともあるのか? それは大変だったな。まあ、何はともあれ面倒なことになる前にこんな所はさっさと離れるに限る』


『そうかな、そこまで気にするほどじゃ……あっ』


『ん? どうし……っ』


  ぷにゅん


 突然俺の後頭部に柔らかいな感触を感じた。

 そしてすぐに甘い香りが……


 ナナが荷台の方から身を乗り出したのだ。だから俺の後頭部におっぱいが当たっていたのだ。


「おい、こらナナっ」


「クローさま! あっちの方、何か楽しそうだよ。あたしちょっと見てくる、ばいば〜い」


 ナナに何かを言う前に、何かを見つけたらしいナナがぴょんと馬車から飛び降り駆けて行く。


「ちょ、ナナ……勝手な行動をとるな!!」


 慌てて呼び止めたがナナの姿はすでにない。


 ――あのやろぉ〜!


「あれクロー。ナナさんどこに行ったの? あれれ、今までここにいたのにチビスケもいなくなってるよ?」


「ったく。あいつ面白いそうだからと勝手にどっか行きやがったんだよ。チビスケはついでに抱えて行ったんじゃないのか……」


 ――まあ、だいたいの位置は互いに解るようにしてる。大丈夫だよな?


 好奇心旺盛なナナは勝手な行動をとりどこかに行ってしまったが、


「まあいい。とりあえず俺たちはハンターギルドに依頼達成の報告に行こう。そのあとは……できればこの街はすぐに出たい」


 妻たちが揃って「えっ!」と驚きの表情をみせた。非常に申し訳ないがここは他の悪魔の支配圏の中。いつちょっかいを出されるか分かったもんじゃない。


「そうなの? もっとゆっくりしたかったな」


「マリー、クローがそう言うんだもの……何かあるんじゃない」


 さすがエリザだ。俺こと察してくれる。と思ったが、エリザも王都を楽しみはしていたのだろう。笑顔を浮かべてくれているが、どこか無理をように感じる。


「すまん。ここは面倒事の匂いがするんだ。だから早めに離れたい」


 本当は不安がらせてしまうだろうからと伝えるつもりはなかったが、妻たちが肩を落とす姿に少しばかり言い訳をしてしまった。


 でもこれは俺たちが平穏に過ごすためだ。


「すまない。でも女性専門店だけはちゃんと寄るから……な」


「うん。分かった」


 この後、俺の行動は早かった。まずハンターギルドで報告を済ませ報酬の淑女服セット引換券を二枚受け取る。


 その際ベテラン職員に囲まれ他の塩漬け依頼を勧められるがうまく誤魔化し逃げる。今はダメだ。依頼を受けるなら次の町だ。


「ここがそうだな……」


 次に向かった先は女性専門店、目の前にその看板がある。前回立ち寄った支店よりかなり大きい。これには妻たちが喜んでいた。


「この引換券で、どんな服と換えてくれるのかしら?」


「楽しみ〜」


 エリザとマリーが楽しげに女性専門店に入っていく。もちろんここに入るのは妻たちだけ。


 俺は馬車で待つことにする。チビコロもマリーが抱っこしていった。獣をお店に連れて行っても大丈夫なのかと少し心配したが、ダメなら俺が預かればいいと気にせず見送る。


 ――まだなのか?


 分かっていたことだが女性の買い物は長い。体感で二時間くらい経っただろうか。

俺は荷台の方で横になりゴロゴロしているとラットとズックが帰ってきた。


「おっ。ラット、それにズックもおかえり」


 でもそのラットの様子が変だ、少し慌てている。


『主』


「どうした?」


『ナナ、危ない』


「ナナが? たぁ〜、そんな気がしたんだよ。って何故だ……ナナの気配がないぞ?」


 ナナの位置を探ろと気配を探したが感じ取れない。


『ナナ聖騎士、囲まれてる』


「くっ、そっちかよ……」


 聖騎士の使う聖域結界内では悪魔の行動は限られてくる。


 ――だから念話も気配も……。あ〜くそ〜。でも何故だ、第10位の僅かな悪気など、よほど近くにいるか、ナナ自身が悪気を放たないかぎり分からないはずだが……


「すまんラット。場所は分かるか?」


 ラットはこくりと頷いた。


「よしラット。案内を頼む」


 そう言いかけたところで、店に入った妻たちのことを思い出した。妻たちの護衛役にズックではまだ頼りない。


「いや待てズックだ。ズックはその場所は分かるか?」


『ズック、ワカル』


 ズックはまだ、幼すぎて片言しか意思を伝えることができない。それでもラットの指導が良いのか、力強い返事がきた。


「よし、では案内はズックだ。ラットはエリザとマリーを頼む」


『主、分かった。任せる』


『ガンバル』


 ラットは賢い。すぐに俺の考えを読み取り肯定してくれた。

 ズックはズックで俺から初めて命令を受けて気合い十分。

 大きく羽を広げ飛び上がる。


『アルジ、コッチ』


 そしてズックの周りには薄く光る幕が二重に張ってあった。

 これは隠蔽。隠密系魔法を自身で展開しているのだろう。


 ――これもラットのお陰か。


「ああ」


 俺も同じように隠密魔法を展開し先行し始めたズックの後を追った。

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