第60話

 ―悪魔界・某城―



「ほう……」


「……いかなる処分もお受けします」


 事の顛末を語った、セバスは片膝をつき頭を垂れる。


 黒く霞みがかった悪魔が禍々しい玉座に足を組んで座っている。

 セバスはその間ピクリとも動かない。いや、動けない。


「……」


「……」


 セバスは頭を垂れているため、相手の表情が確認できないが、放たれている強大な悪気がセバスを圧迫する。


「……」


「……」


 どれほどの時間が経っただろうか……息を潜めてグッと耐えるセバスの額には玉のように大粒の汗が吹き出し頬を伝う。


 並の悪魔ならば、瞬く間に強大な悪気に押し潰され地を舐めている事だろう。


「……もういい……下がれ」


 地を這うような低い声がセバスの耳に入る。セバスはすぐに自身が許されたのだと理解したのだが……


「し、しかし……」


 だが、執事悪魔族としてプライド、何事も完璧であれ精神のセバスには納得のいくものではなかった。

 それだけセバスは今回の出来事(失態)を重く見ておりだからこそ、それ相応の処罰を受けたかった。


「下がれと言ってる!」


「っ……はっ」


 納得はできないが、納得するしかないセバス。セバスは命令には逆らえない。


 セバスは返事をするとすくッと立ち上がり退室していった。

 たが、セバスの整っている顔は屈辱で歪み強く握りしめて拳は色を失っていた。


「イチ」


「はっ」


 黒く霞みがかった悪魔がそう呟くと、真っ黒な影が何処からともなく姿を現した。


「クックックッ。なかなか楽しませてくれるのぉイチよ」


「はあ」


 計画が大幅に狂っているのに何が楽しいのだろうと思う影の悪魔。主の思考が読めず気の抜けたような返事をする。


「其奴をしばらく監視しろ……いや、場合によっては接触させてみても、面白いな」


「はっ、ではニコとミコを使います」


「ふむ、ニコとミコか……たしか四位と五位だったな……」


「はっ、我が一族では中間位ではありますが、腕は確かです」


「そうかでは任せる」


「はっ、では直ちに「っとイチ、待てっ!!」


「はあ?」


「……何もせんのもつまらん。隙あらば殺れ。簡単に死ぬような輩(悪魔)ならば時間の無駄だからな……その時はナナを回収すれば済む」


「……畏まりました」


 イチと呼ばれた影の悪魔は返事と共に姿を消した。


「クックックッ……しかし、面白い。第10位であのセバスを……ククッフハハハッ。セバスのあの顔……クハハハッ……」



――――

――



『ミコ、お嬢がう』


『ニコ。じゃあお嬢の前に居るのが奴がぅな』


 木の上から眺めるこの二人の身なりは黒装束に包まれ、口元から鼻先までは黒頭巾で覆われ露わにしているくりりとしたお目目は銀色に輝き爛々としていた。


 そう、まるで忍者のような格好。少し違いがあるとすれば、黒頭巾の切れ目からツンと真上に飛び出た犬みたいな耳に、たっぷりふわふわの体毛に包まれた尻尾が飛び出しゆらゆらと揺れていること。


 まるで獣人族のようであるが、額には小さなツノが一本生えているので、れっきとした悪魔である。


 もちろん黒装束に隠れて捉えることができないが背中にも悪魔の羽があり、黒装束の背の部分には羽を広げるための切れ目もあった。


 そう彼女らは銀狼悪魔族=シルバーファングデビル族であった。

 隠密、暗殺に長けほとんど表舞台に顔を出すことのない悪魔。

 悪魔召喚されることはなく、代々上級悪魔に仕えている。


 そんな二人が木の上からクローたちの行動を眺めているのだがこの二人、見た目は幼女のちんちくりん悪魔だった。


 尻尾をゆらゆらと揺らし真剣に覗き込むその様子はとても微笑ましいものであったが……


『……お腹空いたがう』


『ずっと監視面倒、もう帰りたいがぅ』


『そうがうミコ。さっさとヤツを殺ってお嬢と帰るがう』


『ニコ頭いい。早く帰って飯にするがぅ』


 きゅるるるる、きゅるるるる、と可愛らしくお腹を鳴らす、ちんちくりん悪魔の会話、その内容はとても物騒なものだった。


『あ、お嬢がヤツから離れたです。一人になったがぅよ』


『ミコ、今がう』


『うん、いつもので殺るがう』


『分かったがぅ。近づいて油断したところをガブッとがぅよ』


『そうがうね』


 そんは会話を繰り広げていたちんちくりん悪魔はもふもふでまんまるくりりとしたお目目の可愛らしい小さな子銀狼の姿となっていた。



 ――――

 ――



 俺が村を出ると、妻のエリザがおっぱいを大きく揺らしながら駆てけてくる。


 ばゆんばゆん。


 ――ふむ、エリザはいつも元気があってよろしい……


 マリーは残念ながら揺れていないが、笑顔を浮かべている妻たちの姿を捉えただけでもなんだか癒される。


 先ほどのモヤっとした出来事もリセットされそう……俺の口元も妻に釣られて思わず緩んだ。


「クロー……良かったわ」


「心配したん、だ……よ?」


 マリーが俺の後ろからついてくるナナの存在に気づき首を傾げて立ち止まった。

 続くようにエリザもゆっくりと止まる。


「クロー。その後ろの方は誰です……の?」


 妻たちが俺の後方をチラチラ見ながらそう尋ねてくる。かなり気になってるいる様子。


「ああ、こいつはな……「はい、は〜い。あたしは悪魔のナナですよ。クロー様の伴侶なりま~……あぅ、ぃ痛~いっ……何すんのっ!!」」


 ナナが頭を押さえて涙目で俺を睨んできた。


「お前が紛らわしいことを言おうとするからだ。こいつはナナと言って、勝手に俺の配下になった超わがままな悪魔だ」


「ぶぅー、ひどーい。さっきキスだってしてあげたじゃない」


「ぶはっ! なっ違う、あれはお前が勝手に……」


「「じぃぃぃぃ……」」


 俺は妻たちに白い目で見られ距離を取られた。これには地味にショックを受ける。


「お、おい」


 ――ま、まずい……何か言わないと……


「エリザ、マリー……違うんだ。か、間接だよ。間接。しかも不意打ちだったんだ」


 妻たちがこんな態度をとってしまうのも無理もないだろう。


 危険な所に向かったはずの俺が、なぜかスタイル抜群の美少女を連れて帰ってきた。

 しかも妻たちの知らない所でキスまでしたと言う。

 いったい何があったのか、気になっても仕方ない。というか俺の前世の知識では完全にアウトの部類に入ると思う。だから俺は焦る。


「ふええぇん。あたしとのキスを……不意打ちとか、ひ、酷いよぉぉ、しくしく……チラ……しくしく……チラ……」


 俺の言葉にすぐに反応したナナが両手で顔を覆いわざとらしく泣く真似をする。


 みんなの反応が気になるのか、手に隙間を作りそこからチラチラと覗いている。


 ――アホか、そんな子供騙し……誰も……


「クロー。女性には優しくしてほしいですね」


「えっ? ちょっとエリザさん……」


「ボクもエリザに同意かな、クロー」


「ま、マリーまで…………」


 妻たちが首を振り息を吐く。ますます白い目で見られているような気がする。


 ――いかん。このままではいかん。今まで築き上げてきた俺の信用が崩壊する。


 俺は思わぬ展開に激しく動揺する。


 ――どうする、どうする……はっ! ナナのヤツ笑ってるじゃねぇか。


「エリザ、マリーよく見ら。こいつ泣くどころか笑って……」


「クロー。私たちのこともちゃんと見ていてくれるよね?」


「何、当たり前のことを言ってるんだ……」


「そう、それなら私たちに問題はないわ」


「え?」


 俺は意味が分からず首をひねるが、エリザとマリーはお互いに向き合い頷くと、またもや俺に顔を向けくすっと笑った。


「何人増えても構わないのですよ?」


「へっ?」


 エリザが可愛く小首を傾けそんなことを言った。


「うんうん」


 マリーも隣で頷いている。


 ――何、何があった? もしかして呆れられた?


 妻達の態度の変わりように俺は段々と訳が分からなくなってきた。というか逆に怖い。


「いや……エリザ。俺は……別に……こいつを……エリザ?」


 エリザは何を思ったのか、嘘泣きをやめぽかーんと立ち尽くしているナナにゆっくりと歩み寄る。


「私はクローの妻のエリザといいます。こちらのマリーも同じくクローの妻です。人族ですが、よろしくお願いしますね」


「は、はあ」


「私たち3人で力を合わせてクローを支えていきましょうね」


 エリザはナナの片手を取り両手で優しく包むと満面の笑みを向けた。


「ナナさんよろしくね」


 そこにマリーの両手も重ねられる。


「えっ? え~と……」


 元々ナナは、悪戯好きの天真爛漫な性格なのだろう。俺をからかい楽しんでいた風に見えていたが、どうも話があらぬ方向へ進んでしまったらしい。


 どうしてこうなったのかナナ自身もよく分かっていない様子であるが……俺もよく分かってない。

 でも考えを放棄したらしいナナは……


「えへへ。うん、分かった。仲良くしようね」


 何だか楽しそうに妻たちと打ち解けている。普通ならあり得ない。

 それは悪魔は人族を餌にしか思っていないのだから。俺はナナを信じられず首を振る。


「ちょっ、ちょっと待て……エリザ、マリー何を言っているんだ……こいつは悪魔で、そもそも悪魔は人族を……」


 結果ダメだった。俺の言葉は3人に聞き流され仲良くお喋りを始めているのだ。

 俺は知らないがナナはナナで気軽に話せる存在に初めて出会いはしゃいでいたことを。


 ――なんだこの展開。訳が分からん……まあ、先ほどの気まずかった雰囲気よりはいいんだけどさ……


 俺は大人しく先に御者席に戻っておくことにした。そんな時だ。


「ん!? こんな所に何故子犬が? ……違うな、こいつは狼の子供か?」


 二匹のふわふわもふもふした銀色の狼の子供が鼻をヒクヒクさせながら、ひょこひょこ歩きで俺に近づいてくる。


 いつもならば相手にもしないのだが、今の俺はのけ者にされ傷心中、少し寂しい。俺は狼の子どもにゆっくりと近づく。


「どれ……ん? お前たち逃げないのか? ……野生の狼なはずなのに珍しいな……ふむ……肉食うかな?」


 俺は何故か逃げなかった子狼の態度に嬉しくなりステーキサイズの分厚い肉、最高級霜降り牛肉を取り出し子狼に見せる。


 肉の方が子狼より大きくてちょっと笑える。


「ふははは、ほれ食べるか~、ほれほれ」


 二匹の小さな子狼のくりくりお目目がすぐに俺の手にある霜降り牛肉に釘付けになった。


 肉を左右に振れば、子狼の顔もその肉を追って左右に振れる。

 口元はすでにヨダレでベトベトだ。


 ――ぷっ!!


「肉どーこだ。ほれほれ」


「残念、こっちだ。ほれほれ」


 肉を手に子狼と十分に遊んだ俺は、もやっとしていた気持ちがいつの間にか払拭されていた。


「ふははは、ほら楽しませてくれた褒美をやる。ゆっくりよく噛んで食べろよ」


 二匹の目の前に霜降り肉を置いてやった。


「がう」

「がぅがぅ」


 二匹の子狼が目の前に置かれた肉に勢いよくカブリついた。


「お、おお、ちゃんと噛むんだぞ」


 二匹の子狼は自分の体より大きな肉をあっという間にたいらげた。

 食べてる隙に子狼の頭を撫でようと考えていた俺の手は、子狼に触れる前に止まった。


「うおっ、もう食いやがった、早すぎだぞ……」


 まだくれと言ってるのだろうか、可愛いつぶらな瞳を向け、尻尾をブンブン振っている。


「ダメだ。今のも十分大きかったはずだぞ。食べ過ぎは良くないぞ」


 二匹の子狼が、不満そうにする。


「そんな顔をしてもダメだ」


「がう」

「がぅがぅ」


 子狼がまるで話し合っているかのように感じたのは一瞬でいきなり俺の腕に噛みついてきた。


「ガァッ! ……ぅ?」


 更にもう1匹の子狼が俺の首元を噛もうとしてきた。


「おおっと」


 野生の狼だからそんな行動も理解できるが、甘い、俺は子狼たちを軽くあしらった。


「チビスケ。お前たちも一丁前に噛みつくんだな……ふむ、だがな、まだまだ甘いぞ。ふははは、でもな、いくら不満があろうが、いきなり人様を噛むのはダメだ……どれ、お仕置きが必要だな……よっ、ほれ」


 俺は子狼の頭をもふれなかった憂さ晴らしも兼ねて二匹の子狼を腹ばいにして(強制的に)腹一杯もふもふした。


 子狼たちはもふられたことがないのだろう逃げるようにゴロゴロ転げ回る。が俺がそれを許さない。


「まだまだ堪能させてもらうからな、ほらよーし、よしよしよし」


 もーふ、もふもふもふっ!


「ほらほら、どうだ気持ちいいだろう、喜べ、まだまだこれからだぞ」


「よーし、よしよしよし」


 もーふ、もふもふもふっ!


 子狼たちがコロコロと身をよじっている。気持ちいいのかヨダレを垂らし始めた。


「おっ、気持ちいいか? そうかそうか、じゃあ特別だ」


「よーし、よしよしよし」×10


 もーふ、もふもふもふっ×10


「ほーら、ほらほらほら」×10


 もーふ、もふもふもふっ×10


「んあ? やり過ぎた、か?」


 二匹の子狼はよほど気持ちよかったらしく、俺が気づいた時には、だらしなくヨダレ垂らし、おしっこを漏らしていた。

 しかもピクピクとすこし痙攣している。


 ――ふーむ、これは……どうするか。


 さすがに失神している子狼をこのまま放置して他の獣に食べられでもしたら寝覚めが悪い。


「仕方ない……」


 そう思い至った俺は二匹の子狼を片手でひょいと持ち上げると幌馬車の後ろに寝かせた。もちろんクリーン魔法済みだ。


「これで、よしっと……ん?」


「可愛いぃぃ」


「まあ!! ほんとね」


「へぇ」


 いつの間にか俺の側にいた3人が子狼を覗き込み弾んだ声を上げた。


「どうしたのこの子犬?」


「狼の子供だ。近寄ってきたから遊んでやったら俺が遊び過ぎて失神させてしまった。さすがに放置も出来ず連れてきたが、ここに水と肉でも置いておけば、起きたときに勝手に食べてどっか行くだろうと思ってな」


「そっか……そのままだと危ないもんね……でもどっか行っちゃうんだねこの子狼」


「野生の狼だろうからな……」


「残念ね。こんなに可愛いのに」


「ふむ」


 だが、俺の予想は大きくハズれ、この子狼たち、起きてから肉をしっかりと食べ、暴れ回ることなく勝手に居座った。


 俺が外に逃がしてやってもくるりと反転したかと思えば回り込んで幌馬車に飛び乗ってくる。


 仕方なく、俺たちは二匹の子狼も幌馬車に乗せたまま王都に向かった。



 ――――

 ――


「イチ様、ニコとミコから連絡がありました」


「ほう、早速何か掴んだか? で二人は何と?」


「は、はあ、それが……」


「何だ。口にできないようなミスでも犯したのか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


「では、早く伝えよ」


「は、はあ……分かりました。では、申し上げます。

 肉美味しいニコより。

 もうお嫁に行けないミコより。以上です」


「はあ?」


「ですから、肉美味しいニコより。もうお嫁に行けないミコより。以上です」


「ど、どういうことだ」


「私にもさっぱりです」


「腕は確かなはずなのだ。も、もうしばらく様子を……見る、か? ヨーコ、御苦労だったな……」


「はっ」


 微妙な空気を察したヨーコと呼ばれた者は、逃げるようにスーッと消えた。

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