第59話

 俺の理想とするエロい身体をやたら強調してくるナナ。理想的なおっぱいに俺の意思がぐらつく。


 ——ぐぬぬ。負けるな俺。


 俺はそんな誘惑に負けじと、手に持っていた届け物に目をやり気持ちを落ち着かせると、お前の誘惑など効かない体を装い、男の方に近く。


「クローさま? その男に何するの?」


「……何って俺はこいつに用があるんだよ。起こさないと話ができんだろ」


「ええっ!! やめてよ。そいつ話し聞かないし、怖いし。すっごい気持ち悪いの……気持ち悪すぎて契約も失敗しちゃったし、あたしはそいつの顔なんて見たくないの」


「失敗? ……なるほど。さてはお前、悪魔大事典に戻されるのが嫌で俺の配下になったんだな? 配下になれば、自分で契約取らなくてもいいもんな?」


「ま、まぁ、そんなところね」


 そんなナナは俺から視線を逸らした。どうやら少し違うらしい。


 ――はぁ、全く。ま、聞いたところで言うわけないだろうな。


「俺はお前の分まで納値せねばならんのだぞ……」


「ん~それはいいじゃない。可愛い部下のためよ。へへへ」


 軽いノリでそう言ったナナは、子どもがイタズラを思いついたような悪い笑み浮かべると自分の唇に人差し指の腹を当てた。


 ――何をやってるんだか……


 俺はついナナの動かす人差し指を目で追う。追っているとナナのその人差し指が唇から離れたかと思えば、その人差し指の腹を俺に見せてニッコリ、そして、そのままこちらに近づいてくる。


 ——?


 ナナの行動など理解できない俺はそのままナナの行動をじっと眺めていると、


「なっ!?」


 完全なる不意打ちであった。


 ナナはある程度まで俺に近づくと、その人差し指の腹を俺の唇に向かって伸ばしピトッと押し付けてきたのだ。


 俺の感覚からすると間接キスに分類されるだろう。


「えへ♡」


 ナナはにこにこ満面の笑みを浮かべている。


「な、何をするんだ!!」


「あたし納値分はちゃんと働くからね」


 ――くそぉ~、可愛いじゃねぇか……って違う!! 俺はのんびりやってたんだ、そしてこれからも……

 他人の納値の分まで背負って苦労するなんてごめんなんだよ……

 この、けしからん奴め……ったく……


 小首を傾げたナナは後ろで手を組み笑っている。あざといやつと思いつつも俺は素早く頭の中で感情値の計算をする。


 ――エリザとマリーが日に2千カナだから……365を乗じると……年73万になる……か。

 ……73万……あれ? 今のままでも余裕?


 他人の納値分を背負うことに抵抗を覚えたが、意外に余裕があることが分かりそこまで深く考えなくてもよかったのかと思い至る。決してナナの間接キスや理想的なおっぱいに屈したわけではない。


「ま、まあいいさ。ちゃんと働けよ」


「わーい。もちろんだよ」


 それから俺は未だに腰を振っている男に手を向けそのまま回復魔法を使う。


 これが女性だったのなら間違いなく直接おっぱいに触れて優しく回復魔法を施していただろう。実際、その方が効率も効き目も良い。

 俺も魔力を使った分くらいは癒される。ウィンウィンの関係って奴だな。


 だが現実はままならないものなのだ。

 ハゲ散らかした頭が特徴の汚ならしい全裸の男。とてもじゃないが触りたいとは思えない。ちょっと臭ってくるし。


 そんなハゲ散らかした男は、俺の回復魔法の光に包まれるもパーンとその魔力を弾き返した。


「むむ……」


「あ~クローさまぁ。そいつしばらくは無理と思う……

 あたしこう見えても幻術魔法は得意なんだよ。あ、ここは褒めていいところだよ」


 頭を撫でろとばかりに突き出してくるが、褒めることでもないだろうと思った俺は敢えて無視をする。


「あたしは褒められると伸びるタイプなのに」


 ぶーぶー言いながら風船みたいに頬を膨らませているナナに早く言えと促す。


「もう、クローさまって意外とせっかち。それで、なぜクローさまの回復魔法が弾かれたかというと、えへへ、あたし、その男にほぼ全魔力を注いで幻術魔法をやっちゃったんだよね。しかも、この魔法に関しては、あたしの右に出るものなんてそうそういないもん。

 だから、いくらクローさまがセバスと渡り合えるほど強くても簡単には回復できないんだよね。えっへん」


 その後もナナが、いかに自分が優秀なのかを、身振り手振りで長ったらしく語ってきたがそろそろ飽きてきたので所望魔法を展開することにしよう。


「でも……予想外だったのが、クローさまの格が第10位だったってことね。ほんとにビックリ。

 それなのに、あの石頭セバスの手を簡単に捻り上げてるんだから……うんうん……これは大したものよね……「あれれ、オラどうしてただかぁ? なんだかぁ凄んげぇいい夢さぁ見てた気がするだぁ」


 俺の所望魔法の効果で男がふぁ~と背伸びをしながら上体を起こした。


「へ? ええっ!? いっ、いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 気分よく語っていたナナだが、突然、起き上がった男を二度見して飛び上がる。


「ななんで、なんでよっ!!」


 そして、ナナは腰が抜けたのか、這いながらもそのままの姿勢で勢いよく玄関の外まで逃げていった。

 

「ふむ……んっ?」


 ……と思ったら、玄関からひょっこりと顔だけを半分出して、こちらを覗き込んでいる。

 一応、気になって帰ってきたらしいが、中まで戻って来ないところを見るとナナは本当に嫌だったようだ。


「あんた誰だべ? 勝手にオラの家さ入って?」


 全裸の男が訝しげに俺を睨んでくる。


 ——事情を知らなければそうなるわな。


「俺はハンターだ。依頼で来た。お前がタゴスケであってるか?」


「そうだ。だどもお前さ勝手にオラの家さ入ったらドロボーだべ。子どもでも知ってることだべよ。おめさはそう習わなかったべか? ほら出ていくべや!!」


 ――うわっ、唾が……ちっ!! こいつ、なんか腹立つ。


 ツバを飛ばしてモノを言うタゴスケは立ち上がり俺を追い出そうしてくる。だがその際タゴスケは何かに気付いた。


「んあぁぁ!! ななななっ、オラ裸でねぇか、お、お前さ……さては」


 タゴスケが頬を紅潮させ恥ずかしそうに前と後ろに手を置き、大事な所を隠すと、上目遣いで俺を見てくる。


「いやいやいや。ないって。勘弁しろよ。俺にそんな趣味はねぇからな。

 言っとくが、俺は中を覗いてお前が倒れていたから仕方なく家の中に入り、お前にポーションを使ってやったんだぞ」


 嘘も方便。実際は所望魔法であるが、勘違いされても困るので、いやマジで。

 俺は空になったポーションの瓶をズボンのポケットから取り出して、ほらよとタゴスケに見せつける。


「ポーション……だかぁ」


「ああ」


  何やら考えたタゴスケの顔色がみるみる悪くなっていく。


「そ、そだども、お、オラは知らねぇだよ。あんたが勝手に使っただよ。オラ、頼んでねぇだかんな。ポーション代なんて払わねぇだよ」


 タゴスケは俺にポーション代を請求されると思ったらしいが、そんな気はさらさらない。

 エリザやマリーだって待ってる。俺は依頼をサッサと済ませたいだけだ。


「はいはい、俺が勝手にしただけだからな。それよりほら……」


 俺は依頼で預かっていた、分厚い手紙を投げ渡した。


「それが俺が来た用事さ……!?」


 勿論近づきたくないからであるが、タゴスケは両手でその手紙を受けとり股間を露にした。それが真正面である。


 ――ぐはっ!?


 俺は選択肢を間違ったらしい。結構な精神ダメージだ。俺はすぐに視線を逸らした。


「う、受け取ったなら、これにサインしろ。サインくらいならできるだろ?」


「できるだぁ」


 タゴスケは俺の渡したクレヨンのような物で、ミミズが這ったような字のサインをした。


「俺の依頼はこれで終わりだ。邪魔したな」


 俺は早くこの家から出たくてさっさと玄関の方に向かった……臭いし、目がしゅぱしゅぱするし、癒しが欲しいのだ。


「ぬあっ! ちょっと待つだあぁぁ!!」


 タゴスケがぬぬいっと俺の歩みを妨げるように前に出てくる。

 その際、ハゲ散らかした髪が激しく乱れた。


「!? な、なんだ?」


 ――お前は俺の癒しじゃねぇ……


「オラ字が読めねぇだ、読んでくれねぇだか?」


「はぁ? いつもはどうしてたんだよ?」


「いつもは村長に読んでもらってただぁ」


「じゃあそれもそうしろ」


「無理だぁ。村長は今、身体を壊して町に治療さ行ってるだぁ」


「帰ってくるまで待てばいいだけのことだろ?」


「こんな分厚い手紙だべ、オラすごく気になるだよ……お願いだぁ」


 タゴスケも必死だ、俺に纏わり付こうとにじり寄ってくる。全裸で……


「来るな、来るんじゃねぇ」


「頼むだぁ、お願いだぁよ」


 ――こ、怖ぇぇ!!


 来るなと言ってるのに、全裸の男が迫ってくる。今ならナナの言っていた意味が分かる。


「分かった、分かったから。読んでやるから近づくな……」


「ほんとだかぁ?」


「だあぁぁ、ほんとだ、だから近寄るな!!」


 俺はタゴスケから手紙を受け取ると、すぐに距離をとる。そして封を破り中を出した。


「……ええっとだな……こ、これは!?」


 内容は催促の手紙だった。簡単にまとめるとこうだ。


 タゴスケが服を買ったはいいが、全額支払ってなかったらしい。その額、なんと金貨4枚、つまり400万くらいだ。

 そして、近いうちに奴隷商を送るけど、それが嫌なら(借金奴隷になること)金貨4枚の支払いを早急にしろ、と荒々しい言葉で綴ってあった。


「そ、そんなのおかしいだよ。オラ、その場でちゃんと払っただよ」


 タゴスケがそんな手紙の内容に狼狽し慌てふためく。脂汗も凄い。


 俺が手紙を読んでいる間にか取っていたらしい貫頭衣で額の汗を拭ってる。


「ふむ。俺に言われても困るが……ここにそう書ある。お前は本当に店員に払ったのか?」


「違うだよ。オラ、その時に服を贈った女、アルマにお金を渡しただよ。オラ、店の中には入ってねぇだからな」


「なるほど……お前は外で待っていたわけか」


 ――まあ、俺もあの女性専門店に入る勇気はなかったな……しかしアルマって……ん? アルマ? アルマ……どっかで聞いたことがある名前だな……?


「んだ。アルマが持ってきた紙にもちゃんとサインしただよ、必要だって言われただから」


「サイン?」


「んだ」


 ――なるほど、恐らくだが、そのサインをしたのが借用書だったのだろう……


「まあ、何だ。お前の話を聞いて判断するに、お前はそのアルマって女に嵌められたんだよ。つまり騙された」


「ウソだべさ。アルマに限って、そんなはずねえだよ」


 ――ふむ。


 俺はタゴスケが騙されいるのだろうと思っている。関係ないので言わないけど。


「そうか。お前がそう思うならそれでいいが、このままだとお前は捕まるだろう。一度、店まで行って話しくるしかないな。まあ、行ったところで無かったことにはならんと思うが」


「だども、だども……もうオラにはそんな大金持ってねぇだよ。オラ借金奴隷なんていやだよ、なりたくねぇだよ」


「そうは言っても……ん? なぁ、今服代が大金って言ったが、その服代はどうやって貯めてたんだ?」


 関係ないのだが、いかにもお金なんて持って無さそうなタゴスケがどうやってお金を用意していたのか、ちょっと興味があったので尋ねてみた。


「あれはオラが15年かけて貯めてたお金だっただよ。

 アルマがオラと結婚するさ言っただから、奮発して全財産出して服を贈っただよ」


 ――15年!? それなら……あり得るのか……


「そうか、では、その女は?」


 俺がそう尋ねるとタゴスケはしゅんとして肩を落とす。


「アルマはハンターだっただぁ。最後に迷宮さ行くと言って死んだだよ」


 それから少し尋ねたが、聞けばそんな知らせの手紙が届いただけだと言う。


 ――ふむ、それは恐らくウソだろうな。しかし性格最悪だなそいつ……

 アルマって名前の性格悪いやつ……ん? アルマ……アルマ……ぁ、思い出したわ、カイルのパーティーにそんな名前のハンターがいたわ。納得だな。


「そうか、まあ俺には関係ないけどな」


「だども、だども……」


「死んだんなら仕方がないだろ。その信じた女のために働くのも悪くねぇんじゃねぇの? 借金が無くなれば解放されるんだし。諦めたら?」


「だども、何十年と掛かるだべ、そしたら家も畑も他の者に渡るべ。オラがこの村に帰ってきてたとしても生活できねぇべよ。どうしたらいいべか、なぁ、なぁ」


 タゴスケは必死な形相で今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。じわりじわりと俺ににじり寄ってくる。


「知るかよ。俺には関係ないってこら、こっちに来るな!!」


 俺とタゴスケはお互いが一歩寄れば一歩下がるというコントのようなやりとりを繰り返した。


「お、女のためだ。諦めも肝心だぞ」


「だども、オラ、嫌だよ……嫌だべさ……」


 とうとうタゴスケは床に崩れ落ち両手を床につけた。


 タゴスケは俺の真正面にいるため、ハゲ散らかした頭がまともに見える。


 淋しいその頭を見てると、少し可哀想にも思えてきた。それに、何故か懐かしい感じもする。


 ――オヤジ……ってあれ……今のは何だ?


 急に過ぎった記憶に戸惑っていると、タゴスケが勢いよく顔を上げた。


「……だべ!!」


「ど、どうした?」


「そうだべ。アルマが言ってただ。ダンジョンや迷宮は儲かるって……」


「はあ?」


 タゴスケは勢いよく立ち上がり部屋の角にある汚ならしい物入れを何やらゴソゴソと漁りだした。


「あっただ!!」


 タゴスケは黒ずんだボロボロの地図みたいな物を取り出した。

 ここから見ても所々破れて使い物にならなさそうに見える。


「なんだそれは? 地図っぽいが……」


「これは、アルマの忘れ形見だぁ。何でもえーらんくのハンターしか買えない貴重な地図だって言ってただぁ。

 破けたから新しいの買ったってオラん家に捨てて言っただよ。

 オラ、アルマの匂いがついてたから大事に取ってただよ」


 ――アルマの匂いって……変なことに使ってないだろうな……


「ちょっと貸してみろ。使えるなら俺が金貨4枚で買ってやる」


 自分でもらしくないと思うが、あの頭を見てるとなんだ懐かしいような、なんだが分からない、モヤモヤした気持ちが湧き上がってくる。だから思わずそんなことを口にしていた。


「ほ、本当だか!!」


「……ああ」


 タゴスケが活路を見出したかのように、すごい勢いでその地図を差し出してくる。


 タゴスケからその地図を受け取り確認すると、ボロボロで所々、破けたり、擦り切れたりして見づらいが、これは間違いなくゲスガス小国の地図だった。


「ほう」


 何やら書き込みがあるがこの程度なら問題ない。


 この世界の地図は貴重で簡単には買えないようになっている。

 ハンターでもSランクじゃないと買えないと聞いていた。恐らくアルマが不正に入手したものだろう。タゴスケのようにギルド職員を騙したりとかして……


 ――この世界の地理は全く分かってなかったから丁度いい。ボロボロだがこの程度、俺の魔法で修復すれば十分使える。

 まあ、こいつも騙されていたみたいだしな……

 それにあの頭を見ると……いやいや、きっと気の迷いさ。


「丁度俺も地図を買おうと思っていたんだよ。ボロボロだが、使えんこともないから、買ってやる」


 タゴスケの顔がみるみる喜色に染まる。なんとも忙しい奴だ。


「良かっただぁ、オラ正直字が読めねぇから、全然意味が分かんねぇかっただよ」


「そうか、ほらよ」


 俺は金貨4枚を所望しタゴスケに手渡した。


「ああ、ああ、ありがとうだがぁ。ありがとうだがぁ」


 タゴスケが土下座して何度も頭を下げた。ハゲ散らかした髪が激しく乱れるも、それでもやめようとせず、何度も何度も俺に頭を下げつづけた。


 ――あの頭を見るとやはりモヤっとするな。何なんだ。


「気にするな。それよりちゃんと払えよ……あと……頑張れ」


 何をとは言わない。


「分かっただ。ありがとうだが」


 これ以上はさすがに絡まれたくないので、さっさとタゴスケの家から外に出た。


「もう。遅いよ」


 すると、膨れっ面のナナが仁王立ちの格好で待ち構えていた。


「ふむ」


 恐ろしくて手は出せないがナナの格好は肌の露出が多いから目の保養にはなようだ。やっぱりハゲ散らかした頭より俺にはおっぱいの方がいい。


「ぶー、何であんな奴を……」


「さあな……」


「何よそれ」


 膨れっ面でぶつぶう文句を言いながらも、俺の後をついてくるナナを適当にあしらいながら、俺は妻たちの待つ村の外へと向かった。

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