第51話

 軽く朝食をすませると俺たちは次の町に向かって馬車を走らせた。


「やっぱり……すれ違う人が少なくなってる。大丈夫かなこの国……」


 俺たちと帝国へと向かうことに決めたマリーだが、この国出身のマリーは、この国の現状に思うことがあるのだろう。どこかさびしそうにそう呟いていた。


 確かにすれ違う人は、俺たちが通ってきた町へと向かう行商人が数人……


 少し立ち寄っただけの俺でも感じる人通りのなさ。

 少し考えれば俺でもこの国は大丈夫なのか? と思ってしまう。まあ、俺には関係ない話なんだけど、


――いや、そんなどうでもいことよりも……


「くっ、道が悪すぎだ」


 元々このこの通りの道は凹凸が酷かったが、ここにきてさらに悪化した。

 不自然なくらい小さな小石が目立つようになったのだ。


 これは多分だが、この街道付近を縄張りにしていた、あの盗賊たちの仕業ではないかと推測する。


 こうも揺れが酷いと普通の馬車ならばゆっくりと走らせざるおえないから。馬車のスピードが遅ければ襲いやすくもなる。


 まあ、ラットによってあの盗賊団は再起不能にされたようだが、それでよかったと思う。

 好き勝手にやっている盗賊は悪害にしかならないのだからな。


――しかし、この振動は地味に気分悪いな。クッションなんかでも……おっ? クッションッ!?


 回復魔法をするまではないが、いい加減お尻が痛いと思った頃、ふとクッションを敷けばいいのでは? と思い至った。


 すぐさま俺はクッションを所望した。


「うわぁ、ふかふかだね」


「それを下に敷くと少しはマシだろう」


「ありがとう、クロー」


 これには妻たちも喜んでくれた。クッションが有ると無しでは全然違う。

 お尻の痛みがかなり軽減された。


――よしよし、だいぶマシだが、


 気持ち的に余裕のでてきた俺は、クッションの座り心地を楽しんでいる妻たちへと、何気に視線を向けた。


――いい加減この悪路にはうんざりだが、喜ぶエリザとマリーの姿を見るのも……うぉっ! 


 たゆん、たゆんだ。妻エリザのおっぱいがたゆんたゆんと小刻みに揺れている。早く気づけばよかった。俺のバカ。

 マリーのちっぱいは……次に期待?


 ――ふむ。悪路も悪くないじゃないか。


 それから、妻たちの体調を考えて何度か休憩を入れた。


 前世の記憶によれば、俺たちは今まさに新婚さん。楽しく行かねば。目的なんて急ぎじゃないし、無理する必要はないのだ。


 ――うむうむ。妻たちの体調を気遣うのも夫の務め。


 強くなっていく独占欲は、妻たちを過剰に保護することで満たされていた。意図せず過保護が進む


「ねぇ、クロー」


「なんだマリー?」


 休憩時、何気なく会話を楽しんでいるとマリーが、「この幌馬車、荷台に何も載ってないから馬の負担が少なくていいよね……

 収納って便利だね」と楽しそうに頭を揺らす。


「荷台に何も載ってない……か……」


 そう言われて俺はハタと気付く。


 ――これは……ふむ。


 そうだ。普通に考えてみれば幌馬車で移動しているのに、その中には何も載ってない。

 

 誰が見ても不自然に思うだろう、何だろうが最悪、盗賊の仲間だと思われては困る。


 ――むむむ。これで町に入ることができなかったら夫としてどうだ? 頼りないと思われるのではないか?

 ……まあ、ギルドの依頼書があるから最悪な展開にはならないだろうが、何にせよ妻を不安にはさせられない。


 マリーの何気ない一言に感謝しつつ、今更ながらそれらしく空になった水樽を二つと、荷物を入れいると思える大きな木箱を二つ所望した。


 ――見た目よしっ!!


「ふぅ」


 一息つき余裕がでてくると色々と考えるものだ。


 ――俺は、昨日も散々ハッスルさせてもらったが妻たちはどうだ? 癒しは……足りているのか?


 俺の頭に成田離婚という言葉が過ぎる。


 ――むむむ……


 おいおい大丈夫か俺。俺は妻たちのおっぱいに度々癒されているが、妻たちは俺をチラチラにこにこ見てくるだけ……


 ――ふむ、まずいような気もすれば、大丈夫そうでもあるが? 

 よしっ! 考えるまでもない。ここは癒しを与えればいいだけのこと。

 しかし、女性の癒しとなんだ? おっぱい? おっとそれは俺だ。

 じゃあ……何だ? ……むむ、美味しいものとか? おっ、甘いもの!? おおっ!


 ということで思いついたのが飴ちゃんのプレゼント。

 フルーツキャンディーのたくさん入った、あの懐かしの飴缶。それを二缶所望する。


「エリザ、マリー。甘いものは疲れが取れるらしいからな、これを舐めとくといい」


「これがあめ? ですか?」

「硬い箱?」


 妻たちはよく分かってなかったらしく、飴の入った飴缶を両手で持ち、こてんと首を傾げていた。よく考えればこの世界にはまだ製缶技術はないのだから無理もない。


「これは、ここを開けてから中に入ってるものを食べるんだ」


 そこで俺が妻たちの飴缶の蓋を開けてあげ、その中から飴を一つ取り出してやった。


 ――この色はアップル味っぽいな……


「まあ、これは……んっ!? ……んんっ!! ……んんん(甘いっ)」


「んん〜(おいしいっ)!!」


 ――ふふ。


 期待通り、妻たちは飴玉の甘さに驚いてくれた。


 やはり、この世界には甘味が少ないようだ。

 目を線のように細くし口の中の飴を幸せそうにもごもごさせている妻たち。


「色んな味が楽しめるから、疲れた時以外でも楽しんでくれ」


 飴を頬張りこくこく頷く妻たちは大事そうに飴缶を抱えては、飴缶に載ってる果物の絵を楽しそうに眺めていた。いつもより幼く見える妻たち。かわいい。やってよかった飴ちゃん。


 そうそう、マリーにもちゃんと、妻に契約更新したところで、俺が元人間だったことを話した。


 マリーはそのことに驚きはしたが、一人で頷き何やら納得もしていた。ただ――


「クローのいた世界には美味しい物がたくさんあるんだね……ふへへ」


 と色気よりも食いっ気たっぷりの残念マリーだったが、すんなりと受け入れてくれたことに感謝する。


 その後も順調に進み、お昼前には次の町にたどり着き、町の中にもすんなりと入れた。


 後ろの荷台を覗かれた時には水樽と木箱を設置していて正解だったと思った。


「んと、そうだな。昼飯まではまだ少し時間がある。先に薬師ギルドにポーションを届けて依頼を済ませてしまおうか」


「ええ」


「うん、そうだね。ボク薬師ギルド知ってるから。

 えっと、薬師ギルドは……あっ! ほら、あれっ!! あの2階建ての建物だよ」


「おお、思ったより近かったな」


――さて、どんな結果が待ってるのかね。


 俺はたった20本のポーションを届けるだけのこの依頼がDランクだったことに少し警戒していた。ん? 妻たち? 妻たちには余計な不安を煽るようなことは言わない。


 俺は20本のポーションが入った木箱を収納から取り出してからギルド内に入った。


 ――あいつ暇そうだな。アイツでいいか……


 禿げたおっさんが受付カウンターで暇そうにしていたので、少し木箱を持ち上げて見せ、依頼の品を届けに来たことを伝えた。


「依頼の品だな。ちょっと待ってな、担当者を呼んでくる……

 あっ、依頼の品はそっちのカウンターに置いといてくれ……」


 おっさんに言われたカウンターにポーションの入った木箱を置き待つこと20分……


 ――20分か、やはり何かあるのか……


「うーん、遅いね」


「そうね」


「うむ」


 ギルドの対応にいい加減呆れかえっていると、偉そうな厳つい親父が出てきて、更にその後ろにはガタイのいいツルツル頭の男が二人ついてきた。


「これが依頼品か……」


 偉そうな親父は、待たせたことを詫びるでもなく、勝手に木箱の蓋を開けてポーションを手に取り眺め始めた。


「ん? おやおや……これはおかしいですね。ポーションの色が薄くなっていますよ……」


 そこで、初めて俺の顔に視線を向けてくる。嫌な目だ。濁っているどころか腐ってる。


「そうか……だが俺たちは届けるだけだ、依頼書にサインしろ」


「困るんだよなぁ……ポーションの中身を抜いて水で薄めてもらうと……

 ……効果が悪くなるんだよ……それくらいバカでも分かると思うが?」


 親父がニヤニヤ、ニタニタと嫌な笑みを浮かべてそんなことを言う。


 ――ほう。なるほどね……


「そうか、それは残念だったな。あの町の薬師ギルドに抗議でもするんだな」


「はあ……分かってないようだね君は。薬師ギルドの職員がこんなこと、するはずないんだよ。

 下等で低俗なハンターでもワシの言っている意味くらいは分かるも思うがね?」


「……何が言いたい」


「あくまでも誤魔化すか……さすがは卑しく汚らわしいハンターだ。図太い。

 ワシは君たちが、薄めて作った残りの半分のポーションを出せと言ってるのだよ。

 持っているんだろ? ほら、早く残りのポーション20本を出せ。ワシは寛大だからな、素直に出せば今回のことを不問にしてやろうと言ってるのだぞ。

 まさか……出さないと言わんだろうな?」


「ボクたちはそんなこと「待てマリー俺に任せろ」」


 ぷに。


 マリーが何やら言い出しそうだったので、マリーの言葉を遮るとともに右手をマリーの方に出して制したのだが……


 ――おおっと。


 ちょうどマリーの胸元辺りに当たったらしくマリーのちっぱいを触ってしまった。ついでだからもう一揉み。


ぷにぷに。


「で……出さなかったら、なんだ? 言って見ろみろ」


「ふん。そんなの決まってる。ちょいと痛い目にあってもらうだけのことだ。この依頼契約も無し。制裁は必要だからな? 

 金で払うなら……それでもいいが……ふむ……そこの女たちでもいいぞ……ひゃっひやっひゃっ」


 ギルドのクソ親父がエリザとマリーを見てニヤニヤ、ニタニタといい加減腹が立ってきたが。


「はぁ」


 俺は呆れたようにワザと大げさに息を吐き出すと、肩にかけていた鞄に手を入れ所望魔法を使いポーションを1本ずつの計20本を取り出した。


「ほらよ。これで、良いんだろ。早くサインしろ」


「……なっ、バカなっ。くっ……だが、ワシを騙そうとしたんだ、当然、報酬は払わんからな」


「ああ、もうそれでいい。早くしろ。クソ面倒だ」


「ぐっ!!」


 親父は青筋を浮かべた顔を真っ赤にしながらも、それ以上は何も言い返すことなく依頼書にサインをした。殴り書きだ。


「お前の顔と同じく汚い字だな……はい、どうも……」


「ぐっ!!」


 更に太い血管を額に浮かべたクソ親父を無視して、俺は素早く、サインされたその依頼書を奪うように取ると、何か言いたげな妻たちの背中を押してギルドを急ぎ足で出ると、素早く馬車に乗り込む。


「ちょっとクロー。どうして何も言い返さないの? ボクたち何も悪くないよね?」


「マリー。クローには何か考えがあるのよ」


「いや、エリザ。俺は特に何も考えてないぞ。まあ、強いて言えば、パーティーでの初依頼だったからな。多少不満はあっても達成したかった、ってところかな」


「クローったら……」


「ぶぅ。クローがそれを言ったらボクは何も言えないよ」


「あはは、でも残念ながら……俺たちに用事がなくても……」


 俺たちの馬車は数人のガラの悪そうな男たちに囲まれていた。

 

「彼方さんには用事があるみたいだ……!?」


 ――あいつ!? 悪魔かっ。


 一人だけムキムキマッチョのえらく目立つ奴がいた。そいつは間違いなく悪魔だ。ヤツは気付いてないようだが。


 そんな中、一人のひろっとした男がヘラヘラとこちらをバカにしたような顔で前に出てきた。


「ふへへ、ボスがお呼びだ。ついてこい」


 ヘラ男が顎でこっちだと指示をする。


 相手に悪魔がいる手前俺として少し様子をみたかった。


「エリザ、マリー、あの中に1人だけ悪魔がいた。逃げる予定だったが、しばらく様子を見る。不安だろうが大丈夫、俺に任せてくれ」


 エリザとマリーにそう小声で伝えると、不安そうにしながらも、こくりと頷いてくれた。


 俺たちは馬車から降りると、馬車を薬師ギルドに設置してある繋ぎ柱に繋いだ。


 妻たちには悪魔がいることは教えない方がいいかとも思ったが、俺と一緒に行動しているかぎり、こんなことはこれから多々あるだろう。


 俺は妻たちに自分勝手ながら少しでも慣れてほしいと思ってしまった。


 それでも、やはり妻たちには悪魔が怖いのだろう俺にピタっと寄り添ってくる。


 ――まあ、何があっても2人には手出しさせるつもりはないがな。


「て、てめぇー……なんてうらやま……チッ、サッサと歩けっ!」


「分かってるよ。で、どこまで行くんだ?」


「チッ! お前たちは黙ってついてくればいいんだよ」


 俺たちは、数人の男に囲まれつつ、人気の少ない通り抜け大きな倉庫へと案内された。

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