第三部 第48話 なんとなくハンター編

 俺たちは次の町に向かうべく幌馬車を進めていた。


 ――ふむ。


 街道を進んでいるはずなのに、道の状態が悪く凹凸が多い。ちょっとした段差を乗り上げる度に幌馬車がガタガタ上下に揺れる。


「道が悪すぎだろ……」


「へ? この馬車は良い方ですよ。ボクが前に乗った乗合馬車は喋ることすらできませんでしたよ?」


「どうしてだ?」


「そんなの舌を噛むからですよ?」


 不思議そうにする首を傾げるマリー。俺は乗合馬車なんて乗ったことがないからなんだが、どうもマリーは俺ならば何でも知っていると思っている節があるから困る。


「そうか、それはまた大変……おっと、どうやら、また野犬が嗅ぎつけて来たみたいだぞ」


 道の悪さに加え、この国の治安も非常に悪かった。

 人族の味を覚えた野犬が頻繁に出没する、まあ、冒険者になったばかりの妻の戦闘経験を積ませるには都合がいいので、野犬の処理は彼女たちに任せることにしている。


 その切っ掛けは俺が何気に発した言葉。


 ――「そのうちにエリザの剣捌きも見てみたいな。きっと揺れるおっぱいがさぞ素晴らしいだろう」


 俺はいつも調子で妻のおっぱいは何時何時(いつなんどき)でも素晴らしいと語った。


 俺は妻のおっぱいが大好きだから暇さえあれば妻自身の事はもちろんのこと、妻のおっぱいを褒めている。


 始めこそ恥ずかしそうにしていた妻だが、今では満更でもなく俺の期待に応えようとすらしてくれるようになった。そんな妻を俺は可愛いくて仕方ない。


 ――よし、この辺りなら、開けてていいだろう。


 俺はゆっくりと幌馬車を停車した。


「エリザ、マリー、今度は6頭だ。油断するなよ」


 さすがに街道沿いを進んでいるため魔物の姿はないが俺たちはここまでに4つほど野犬(獣)の群れを排除している。それほどこの国の治安は悪かった。


「はい! クロー行ってきます。マリー行きましょう」


「うん。エリザ頑張ろうね」


 俺の両隣に座っていた彼女たちがゆっくりと御者席から降り、幌馬車から少し離れたところに立ち止まる。


 そして、エリザは小剣を、マリーは二本の短剣を両手に持ち、背中合わせに構えた。もちろん、マリーの武器も俺のやった装備品で、背中合せに構えるのは野犬は獲物を囲んで死角から襲ってくるため。


「来たわね」

「うん」


 瞬く間に彼女たちのまわりを6頭の薄汚れた野犬が取り囲み唸り声を上げる。


 グルルルル……


 ちなみにこの野犬は、前世で言うところの大型犬ゴールデンレトリバーよりも少し大きい。


 この世界の野犬は大きい。そして目つきが鋭くむき出しにした牙も大きい。全然可愛くない。


 野犬は彼女たちから一定の距離を保ちグルグルと周りながら少しずつ包囲網を狭めて死角をついて襲ってくる。


 彼女たちもそれが分かっているから、野犬にスキを与えないように身構えているが、実は彼女たちも野犬のスキをつきて斬り込もうと様子を窺っている。


 お互いが牽制しあい、野犬の剥き出しになった大きくえ鋭い牙からは、絶えず唾液が滴れている。


 グルルルルゥゥ……


 ――ふむ。


 それでも俺は手を出すことはない。ただ彼女たちの様子を見守るだけだ。


 唐突に、スキを窺いながら彼女たちの周囲を回っていた2頭の野犬が、彼女たちの側面から同時に襲いかかった。腹を空かせていて我慢の限界に達していたのだろう。


 ——ふむ。


 彼女たちは、それを身体を少しずらして、いとも簡単に避けてみせると、着地したばかりで背中を見せている野犬に向かって突っ込む。


「はっ」


 エリザは低い姿勢で駆け綺麗な動作で下から上へと切り上げる。


 シュッと空を斬る音と共に野犬の大きな身体が中心からずるっと二つに分かれた。


 間違いなくオーバーキルだ。


 でもそれでいい。俺は彼女が危なげなく斬り込んだ姿に頷く。


「とあっ」


 エリザが突っ込と同時にマリーも軽く跳躍してから身体を回転し背中を見せるもう一頭の野犬に飛びかかっていた。


「はっ」


 マリーが片膝をつき着地した時には、両手の短剣から繰り出された連撃によってその野犬は3つの大きな肉の塊りとなっていた。


 マリーもまたオーバーキルであったが、俺はそんな様子に満足する。


 ――うむ。


 その後も彼女たちはお互いをカバーしあい一方的な展開に持ち込んだ。


 4頭の野犬も空を噛み無様に転がる。まさになす術がないといった様子。それからものの数秒で野犬たちは肉の塊となっていた。


 ――ふむむ。


 ただ俺の予想だにしなかったことも起こった。それは二人のおっぱいだ。


 ――なんてことだ……


 俺の予想ではエリザはぶるんぶるん。マリーはぷるぷる。そんな現象を予想し、この目に焼き付けようと楽しみしていた。


 だが結果は違った。俺の付与の恩恵を受け強化された身体で駆け出すと、身体の移動が速すぎて彼女たちのおっぱいが揺れていなかったのだ。


 これで5度目だから間違いない。


 ——でも、どうにかしたいな。ふむむ。要検討ってところか……


 心の中ではそんなことを考えていても、うれしそうに駆けてくる彼女たちに向かって、もっと揺れるように動いてくれ、なんて言えるはずもなく、


「エリザなかなか良かったぞ。様になってきたな。マリーもケガで鈍っていた身体も、少しずつ戻ってきているようなだ。動きに無駄がなくなってきた。これなら安心して見ていられる」


「ほんとに、うれしいわ」


「えへへ。ボクも、もっと頑張るからね」


 野犬の討伐を終えた妻は、うれしそうに御者席まで戻ってくると俺の左隣に腰掛ける。


「ふふ」


 それからずりずりと横にズレて俺に密着してきて、最後に彼女は俺の左太ももに両手を揃え置くのだ。


 妻は幌馬車に乗ってからずっとこんな調子だ。この好意丸出しの妻が俺は可愛くて仕方ない。


 ——ん?


 一方、マリーはというと、俺の言葉に照れた様子。ゆっくり御者席に戻ってきて俺の右隣(俺に少しだけ触れる位置)に座ってくる。


 ただそんなマリーは座る位置が少しずつ俺の方に近づいて、いつの間にか密着していたということもしばしば。


 そのことに触れて距離を取られても困るので何も言わないし、言うつもりもないが、そんなマリーも可愛くつい庇護欲が掻き立てられてしまう。


「すぐに済ませる」


 俺は彼女たちがしっかりと席に腰掛けたのを確認すると、切断された野犬に右手を向ける。


「攻撃魔法:紫炎っ!!」


 俺は炎系の攻撃魔法をイメージして発動した。


 野犬のモノだったらしい血、肉、全てに紫色の炎がまとわりついたかと思えば瞬く間に消えていく。


 これで十分だった。なぜなら炎が消えた跡には何も残っていないのだから。


 戦闘などなかったように、魔法が放たれた形跡すら残っていない。


「こんなもんか……」


「ふわぁ、魔法って凄い……」


「何度見ても素敵ですわクロー」


 エリザ自身も魔法が少しずつ使えるようになっているのだが、それは風属性の魔法のみ。ただ、そのことをマリーに伝えていないらしく(エリザが自分でマリーに伝いたいらしい)しばらくは魔法の練習は休むしかない。


「エリザ。俺にもっと惚れてもいいぞ」


 あまりにも俺のことを妻たちが褒めるものだから、俺は冗談交じりでそう言ってみる。


「ふふふ、それじゃあ失礼しますね」


 それから妻は御者席に乗っていることを気にすることなく、本当に嬉しそうにしがみついてきた。


 むにゅん。


 ——ふぉっ。


 妻はいい匂いがするし、色々と柔らかいから好きだ。


「ぃいなぁ」


「ん?」


 ——そうだったな。


 ふと、俺の隣いるマリーから物欲しげな呟き声が聞こえた。


 それは本当に小さな呟きだった。悪魔の俺の耳じゃなかったら聞き逃しているほどに小さい。


 少ししょんぼりと肩を落としているように見えるマリーが少し可哀想に思え、


「!? すまん、ついやってしまった」


 気づいた時には、俺はついマリーの頭を撫でていた。


「ふわっ!?」


 マリーは俺が突然頭を撫でたことに、びっくりしていたが嫌がる様子はなかった。


「えっと、もっとお願い、してもいいかな?」


 むしろ、咄嗟に離そうとした俺の手を掴んでくる。


「もちろんだ」


 俺としては役得にしかならないけどマリーがいいというので好きに撫でさせて貰った。


 マリーの髪は、俺が魔法で出したシャンプーリンスを数回しか使ってないのにサラサラツヤツヤになっていで撫で心地も非常にいい。


 ——それにしても、前世の記憶のシャンプーとリンスの効き目は凄いな。


 マリーの髪は特に痛んでいて、パサパサのゴワゴワだった。でも今はツヤツヤで天使の輪っかまで見える。


 ——ん?


 しばらくマリーの頭を撫でていると、マリーは耳だけじゃなく、首まで真っ赤になっていることに気づいた。


 それでも何も言わないマリー。よほど頭を撫でられるのが好きなのだろう。

 だから俺は妻を左手で抱きしめ、マリーの頭を右手撫でながら口を開く。


「今回襲ってきた野犬の数は少なかったが、やはりその死骸をこの街道に放置したままにはできんからな……

 血肉の臭いに引き寄せられもっと獰猛な獣が住み着いたり、そうでなくても、野犬の死骸が腐れば疫病の原因になる。俺もそんなことはしたくないからな」


 ――まあ、実際のところ、この程度なら腐っても大したことないだろうが、これは建前だ……


 俺は単に、とても駆け出しの冒険者が狩ったとは思えない、綺麗な切断面のある野犬の死骸を野放しにしたくなかっただけなのだ。


 厄介事を回避するための証拠隠滅ってところだな。


「クローはすごいね。悪魔なのにそんなことまで考えて、ボク尊敬しちゃったよ」


 マリーがキラキラと輝く瞳を向けてくる。


 ――おや? まただ。ギルド内でもそうだったが、またマリーの俺を見る眼差しが少しおかしい気がするんだが……!? もしかして信用スキルのせいか?


「そ、そうか」


 ぐいぐいと俺の方に身を乗り出してくるマリーを避けようと俺は少し上体を逸らす。


「でもクローから貰った装備品は本当に凄いよね。

 身体は軽くなるし、短剣を軽く振れば、簡単に野犬を切断してるんだもん。

 始めは抵抗が無さすぎて空を斬ってしまったかと冷や汗までかいていたんだよ」


「よかった、マリーでもそうなのね。実は私もそうだったの。でも私は冒険者なんて初めてだから、私が未熟なせいだとばかり思ってたの」


「ううん、エリザは素質あると思うよ。正直前のパーティーより戦い易いよ」


「そう? マリーにそう言われると嬉しいわ。でも、それはたぶん、クローから護られてるみたいで使っていて落ち着いて動けるからよ。ふふふ」


 そう言った妻は俺が与えたガントレットを掲げてから眩しそうに眺めた。


「そ、それはボクも……感じてたからよく分かるよ。で、でもクロー……その……ボクまでこんな凄い装備もらっても良かったのかな?」


 そんなことを尋ねてくるマリーの顔はまだ赤いままだった。


「ほら、ボクは前から冒険者だったから、この装備品がとても凄いものだって分かるんだ。

 それを仲間になったばかりのこんなボクが、もらってもいいのかなって……思った……」


 マリーの声は尻すぼみに小さくなっていく。俺としては、大したことないから、そこまで気にすることないと思っていたが、マリーは気にするのだろう。


「マリーはそんなことを気にしてたのか?」


「だって、ほら、エリザはクローの奥さんだから当然のことで、でもボクは……ただの仲間……」


 そこまで言ってからマリーは、どこか寂しそうな表情で俯いた。

 でも俺もマリーにそう思われていることが少し寂しく感じた。


「バカだなマリーは、いいに決まってるだろ。使ってくれないと俺が困る。

 エリザはもちろんだが、マリーにも何かあったら俺が俺を許せん」


「……」


「俺はお前たちを大事に思っている。だから俺は俺のできることをしている。これからもそうするつもりだ。だからマリー、装備品くらい気にしなくていい」


 ——そう、妻のエリザも仲間のマリーも俺の大事な女。俺の女で……俺のおっぱい? いや、俺の癒しか? ん、違う、契約者? あれっ? やばい混乱してきたぞ……


「ぼ、ボクも大事……なの?」


「ん? あ、ああ、そうだ俺の大事な女だぞ。本当はもう少し強化したかったんだが、その装備品には、それ以上の付与強化は無理だったんだ。本当ならもっと強化をしたいところで、ふむ。これは今後の課題なんだよな」


 何故かマリーの顔は真っ赤に染まり茹で蛸のようになっていた。面白いことに蒸気まで上がっている。


「マリー、熱でもあるのか大丈夫か?」


「ち、違うよ。ボクは大丈夫だよ」


 今度はその顔を俺に見せまいと、マリーは両手で顔を隠し、俺から顔を背ける。


 ――おや? これはもしかしてマリーは照れている? この俺に? ふはは……なんだ……この心昂る感覚は……

 前にも何度か感じたことがある気がするんだが……相手に好意を向けられたと気づいたから? ……いやちょっと違うな……これはマリーが俺の契約者だからか? ふむ……どうも、どれもちょっと違う気がするな……


 これは悪魔の本能が、契約者=自分の女(もの)=餌だと常に訴えてきているためだった。

 クローも気づかない内にその感覚(本能)に引っ張られて不思議な感覚や強引な言動がでる。


 だが、クローにとっては幸いなことに、契約者に対し目覚め始めた溺愛に近い独占欲と、前世(人だった頃)の記憶、それに悪魔の本能が複雑に絡みあい、庇護するべき対象でもあるのだと認識さていた。


「マリー、これからは一緒に頑張ろね」


 黙って隣で聞いていた妻が、後ろから手をまわしマリーの肩をちょんちょんと軽く叩いた。


 マリーは視線だけを妻に向けると、満面の笑みを浮かべるエリザに向かって、ゆっくりと頷いている。


「ん? どうした?」


「クローの傍だと安心するよね。ってマリーに聞いたの」


「ほほう、そうか。なるほど安心するのか。まあ誰が来ようともエリザとマリーには指一本たりとも触れさせる気はないからな」


「ね、ねぇクロー。そろそろ日が落ちそうだよ。今日は野営をするの……?」


「ん? 野営?」


 唐突に、話を逸らしたマリーを不思議に思ったが、空を見ればすでにオレンジ色の空が広がっている。


 実はマリーがそう尋ねてくるのも無理もない話だった。通常ならば朝、日が昇る時間帯に町を出発する。それだとその日の夕方、日没までには次の町に到着するのだ。


 だが俺たちは昼過ぎに町を出た。当然ながら日没までに次の町に辿り着けるはずがない。


「このままじゃ、暗い中走ることになるよ」


 マリーの話によると、ここは次の町までのちょうど中間地点、半分くらいの位置になるらしい。


「そうだな……よし、今日は野営をするとしよう。あそこに、ちょうど拓けている場所があるようだしな」


「ほんとね」


「うん。ここは、川もあるから馬を休めるにもちょうどいいんだよ」


 俺は街道から少し離れた位置にある拓けた場所に馬車を停車させ、野営の準備をすることにした。

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