第45話

 カイルたちが出ていった後、女性聖騎士が神父に何やら合図を送り俺たちの方にやってきた。


 ――やはりきたか。


 俺も悪魔だ。魔力を抑えているから大丈夫だと思うが聖騎士とは正直関わりたくなかった。


「君たちにも迷惑をかけた、すまない。私はSランクの聖騎士をしてるセリスと言う。君の名を教えてくれないか?」


「それは気にするな。ギルドにいた俺たちも悪い。俺はクローという」


 アイナが傍でちょいちょいと俺のズボンの裾を引っ張った。


 ――ああ、そうだな。 


「それより、あの少年はどうなるんだ?」


「あの少年は教会で治療後、当分の間は、教会監視下で生活することになる。成人前とはいえ悪魔を呼び出してしまったのでな」


「お兄ちゃんを連れていかないで」


 セリスがアイナへ視線だけを向けた。


「この少女はあの少年の妹でアイナと言う。兄を心配してギルド内から離れようとせずにいたところをこっちの俺の連れになるが、エリザとマリーが保護したんだ」


 エリザとマリーがセリスに向かって頭を軽く下げた。


「そうか。エリザとマリー、君たちの慈悲深い行動に感謝する。

 そして……少女アイナよ、お前に両親は居るのか?」


 少女を首を左右に振った。


「私一人になる。だから、お兄ちゃんを連れてかないで」


「ふむ、そうか……」


 聖騎士はどうしたものかと顎に手を当てて考えた後、お爺ちゃん神父の方へと視線を向けた。


 どうやらお爺ちゃん神父にも今の話が聞こえていたらしく、セリスに向かってにこりと笑みを浮かべたあと頷き返してくる。


 俺の中でこのお爺ちゃん神父はセリスのむちっとしたお尻を触ったエロジジイという認識でいたが……

 今の行動はとても神父らしい。と言ってもこの世界の神父は目の前のお爺ちゃん神父しか知らないんだけどな。


 ――ふむ。


「よしアイナよ。お前も付いて来るといい」


「アイナをどうする気なの?」


 俺の後ろからアイナのことを心配した妻がセリスに尋ねた。


「教会管轄の孤児院なら兄と一緒に居ることができる。そう思ったのだが、どうする? これは強制ではないぞ」


 アイナはコクリと頷いた。


「ついてく。私、お兄ちゃんと一緒がいい」


「ふぉふぉ、そうかそうか、ではワシと一緒に行くかのぉ」


 女性聖騎士の後ろまで、ゆっくり歩いてきたお爺ちゃん神父がアイナに手を差し伸べてくるが、アイナの兄である少年はお爺ちゃん神父に背負われたままだから見かけによらず力持ちのようだ。


「アイナちゃん。私たちは冒険者をしてるの。何かあったら冒険者ギルドに……さっき教えた通りに私たちに依頼をするといいよ」


「だから元気でいてね」


 ――エリザもマリーも年下に弱い、いや、彼女たちは心優しい女性だからお節介を焼きたいのか……


「アイナよ。何かあれば遠慮なく俺たちを頼れよ」


 アイナは黙って俺たちに顔を向け頷くと背負われて眠る兄を見て少し安心したか、差し伸べられていたお爺ちゃん神父の手を握った。


「セリスや、ワシはこの子たちと先に戻っておるぞ」


「はい! 私もすぐに参りますので……」


 少年を背負ったお爺ちゃん神父とアイナはゆっくりと歩きギルドから出ていった。


「さて、俺たちも今日は帰ろう。この分じゃ依頼は受けられそうにないからな」


 俺はギルド内を見渡しエリザとマリーにそう伝えた。


「そうね」


「分かった」


 俺たちも神父に続いてギルドから出ようと思ったのだが、


「待ってくれっ!!」


やはりというか、案の定、セリスに呼び止められた。


 ――くっ、早く逃げたかったんだが……


「何だ? まだ何か用か?」


「クロー。君はさぞ名のある冒険者なのであろう?」


「いや、そんなことはない。冒険者になったばかりだ」


「な、何だと、それであの動きを……」


 ――やはり、そんな所か……


「以前はあるお方に仕えていたんだ、誰とは言えんが、今はフリーになった。それで冒険者をしているだけだ」


 ――エリザの護衛をしていたので嘘は言ってないぞ。


「そうか。誰にでも言えぬことはあるよな」


 セリスはウンウンと何やら一人で頷き納得している。

 だが、セリスが俺たちと何を話したいのかがよく分からない。


 ――これ以上聖騎士と話をしていてもボロが出るだけだろうし、どうする……


 どうしたものかと思い悩んでいると、不意にエリザと視線が合った。


「クロー、そういえばまだ、買い出しが終わってなかったわよ」


 早くしないと、とエリザが俺を察して右腕をとった。


「ああ、そうだったな……すまないが、俺たちはこれで失礼するよ」


「ああ、そうか。もう少し話をしたかったのだが残念だ。でも、うん、また会えそうな気がするな」


 セリスはすごく残念そうに、そう言い、気になる発言をした。


「えっ?」


「こっちの話だ。引き留めてすまなかった」


 そう言って別れ際にセリスから握手を求められ、握手をやることになったのだが、それ以降はとくに何事なく、俺たちは無事にギルドの外に出た。


「冒険者のクロー……か」


 ―――――

 ――――


 ギルドを出た俺たちは大きく迂回してギルドの裏の方へと回った。


「ちょっとクロー」


「どこ行くの?」 


「ん? すぐに分かる」


「すぐに分かる?」


「おい、出てこいよ。俺を待っていたのだろう」


「「?」」


 しばらくすると、汚ならしい一匹のネズミが姿を現した。


「「きゃっ、ネズミッ」」


 そのネズミはよろよろ俺の前に出て来ると、くるんとお腹を見せて仰向けになった。絶対服従の姿勢らしい。


 それからネズミは俺に直接念話をしてきた。


《オマエヲ……マッテタ……モウダメカト……オモッタ》


『何が目的だ?』


《オレヲ……ツカイマ……ニ……シテクレ……オレハマダ……キエタクナイ》


『使い魔ね』


《オマエガ……ツヨイアクマ……ダト……シッテル……ホウフクモ……テツダッタ……タノム……キエタクナイ……》


 ネズミから念話を通してカイルたちへの報復の内容が流れてきた。


 それはネズミの悪魔が自爆したところまで遡っていた。


『ほう……』


 あの時、ネズミの悪魔の自爆には……自爆を引き金とし発動する悪魔法『悪因:悪臭』が込められていた。


 それは受けたものが死ぬまで身体の至る所から悪臭を放ち続けるという恐ろしい悪因だ。


 このネズミの悪魔、悪魔大事典への帰還は望めないうえに、聖域結界からも逃れることができない。


 状況は刻一刻と悪くなる一方、もう魔力もほとんどなく勝ち目がないと悟りどうにか生き残る手段を考えらしい。


『お前が何かしたと思ったが、なるほど、なるほど、お前は賭けに出たのだな。なかなかやるじゃないか』


 ――俺が悪魔だってことに気づき、俺がカイルたちに報復したいと思う一瞬の感情を読み取り賭けに出たのか、こいつ意外に……やるな。


『しかし、その身体はなんだ、憑依したのか?』


《ソウダ……ジバクト……ドウジニ……サキニ……パスヲ……ツナイデイタ……ネズミニ……イシキヲ……ウツシタ……デモ……モウ……ジカンナイ……オレ……キエル……》 


『なるほど』


 ――ネズミってのが、少し抵抗あるが、使える使い魔はたくさんいた方がいいよな。


『いいだろう。お前を使い魔にしてやる』


 俺は素早く悪魔スキルを使うと自身の血を数滴ネズミに垂らした。


『お前の名はラット。使い魔のラットだ』


 仰向けに寝ていたネズミに名前を授けた。すると、そのネズミの全身が光り輝きお腹に960という俺の悪魔ナンバーが浮き上がった。


『あるじ、助かった。俺……ラット……がんばる……よろしく』


『ああ、よろしくな。とその前に……』


 ラットには悪いが、俺はクリーン魔法を三回かけた。汚すぎて触れたくなかったのだ。


 黒いネズミのラットは体毛がふわっとなり、マリモみたいに真ん丸ネズミになってしまった。


「うわ、今何したの? 急に毛玉みたいになったて、かわいい」


「クロー。この子は何? どうしたの?」


「ああ、こいつはラットだ。今、契約して俺の使い魔になった」


「まあ、そうなの」


 彼女たちに軽く経緯を説明した。彼女たちは興味深そうに聞き頷く。


「「よろしくねラット」」


 彼女たちは嬉しそうにラットに手を伸ばし触れようとするが、ラットは彼女たちの手を逃れ俺の肩まで登ってきた。


「「あっ」」


 彼女たちの少し残念そうにしている顔が子供みたいで可愛くておかしい。


「あはは、エリザ、マリー。ラットもすぐに馴れてくれるさ」


『あるじ……がいい』


 使い魔ネズミのラットが仲間になった。

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