第44話

 ――だが今はあの聖騎士と神父が邪魔だな……

 今はやり過ごし、後でたっぷり楽しんでもらうことにするか……

 だがしかし、何故、エリザとマリーがヤツ程度に認識されたのだ……

 認識阻害は剥がれていないはずだが……


 俺はふと気づく。このギルド内に漂う違和感……俺が気にしなければ気にならない程度の小さな違和感……


 俺が小さな違和感の正体を探っていた間にも女性聖騎士は悪魔の両腕を切り落としていた。


「はぁぁ、はっ!」


《グォォォォ……》


 ネズミの悪魔は直感で敵わないと悟ったのだろう、突然、女性聖騎士に対して背中を向け逃げ出したかと思えば……


《ガッ……》


 悪魔は何かに弾かれ苦痛の声を上げる。


 ――聖域結界! そういうことか……俺の付与した魔法もこれのせいで効果が薄くなっていたのか……甘く見ていたな。ふむ、これは思った以上に厄介なものだったか……


 悪魔は結界に阻まれてこのギルドから出ることができなくなっていた。


《グヌヌ……ケッカイ……カ……》


「諦めて、浄化されるんだな」


 そう言った女性聖騎士が剣先を向けて威圧すると、悪魔は焦ったように後ろ足に一歩下がる。


 下がりながら悪魔はある者を見てニヤリと歪な口を開いた。


《ヨワソウナ……メス……チカラニハ……タマシイイル……ソコニモ……アッタ……》


 不意に先程と同じように悪魔の瞳が赤色に怪しく光った。

 それによって再び両腕を再生するが、今度は両腕とも肉が削げ落ちていて尖った骨だけが再生されていた。

 明らかに再生に必要な魔力が不足していたのだろう。


 だが、なぜかその悪魔はそれで満足そうにしている。俺が不思議に思っていると、


 ――んっ?


《モラッタ……》


 次の瞬間、悪魔は高速回転しながらこちらに突貫してきた。


 突然のことにエリザやマリーやアイナは反応などできない。

 声すら上げることができずにいた。


「しまったっ!」


 女性聖騎士が慌ててこちらに駆け寄っているが、一歩足りない。これでは間に合わないだろう。


《グハハハ……ア? オマエ……ハ》


『愚かな……』


 ネズミ悪魔は高速回転しているつもりだろうが、あいにく、俺には止まって見えるくらい遅く見えている。


 俺は腰を落とし素早く悪魔の懐に飛び込むと骨だけの両腕を掴んだ瞬間に握り潰す。


バキッ!

《ヒギャァッ!》


 それから流れる動作で首根っこへ手を回しギルドの床に向かって軽く叩きつけた。


バタンッ!

《ヘブシッ!!》


 叩きつけられたネズミの悪魔は、俺が手加減していた(聖騎士と聖職者がいるため)せいもあり、床板にめり込むことなく何度かバウンドした後に、カイルたちの方へと転がってしまった。


 ――ちっ!


「えっ!?」


 女性聖騎士はあり得ないといった表情で固まる。俺は内心、手加減していたがそれでもまずかったのかと少し不安が過る。


「い、今よカイル!!」


 ただそこにハイエナのような存在が勝手に動き出していた。カイルたちだ。


「分かってる」


 カイルたちは今がチャンスとばかりに長剣を片手に一斉に襲いかかっていた。


「これでもくらえぇぇ!!」


 カイルたちが悪魔に突貫する雄叫びに我に返った女性聖騎士は、


「ば、馬鹿な。やめるんだ!」


 そう叫び悪魔へと駆けたのだが、それは一足遅く、カイルたちは既に悪魔を取り囲み長剣を振り上げている。


「聖騎士様、この程度の悪魔、俺たちだってやれるんだぜ!! はっ!」


 キィィーン!!


「「「「えっ!?」」」」


 カイルたちが振り下ろした剣は、ネズミの悪魔の展開した障壁によって簡単に阻まれていた。


《グッ……コ……コウナレバ》


「バカ、何をしている! 早くそこから離れろ!!」


「ま、まだだ! 俺はまだ本気を出していないっ」


 ただ幸いなことに悪魔は俺に腕を握り潰され、地べたに叩きつけられたことで心が折れてしまっていたことだ。


「このおぉっ!」


 だからカイルたちの目からすれば、小刻みに震えている悪魔の身体は、至る所から黒煙が漏れ出し、立ち上がることすら困難に見え、見るからに悪魔は弱っていると判断していた。


 こんな美味しい状況を女性聖騎士に一度止められたくらいで止めるようなカイルたちではない。


「ふははは、この、この、このっ!」


 欲にまみれたカイルたちは女性聖騎士の忠告を無視して、力任せにガツンガツンと何度も長剣を振り下ろす。


《ヌ、グッ……オマエラ……シツコイ……》


「よし、効いてる!! 悪魔は立ち上がれない! 今のうちに一気にケリをつけるだ!」


「うん!」


「たぁぁぁぁ!!」


「このっ!」


 一方、女性聖騎士の方はというと、カイルたちが四方をきっちり囲み悪魔に近寄れずにいた。


「第10位の悪魔だからといっても、お前たちの敵う相手じゃない! 早くそこを退くんだ!」


 なおも女性聖騎士は警戒を緩めず悪魔と一定の距離を保つ。

 それは手負いの悪魔ほど危険な奴は居ないと過去の経験からも学んでいたからだ。


 ――ほう、あの女性聖騎士もなかなか厄介だな……


「そこを退けと言ってるのだ! 深手を負っている悪魔が一番危険なんだぞ!」


 痺れを切らした女性聖騎士がそう叫ぶ。


「聖騎士様、この程度の悪魔など取るに足りません、このAランク冒険者のカイルにお任せください!」


 悪魔が立ち上がれないと分かっているこの状況、邪魔をされたくないカイルは更に強気な姿勢に出ていた。


「見てみて、やったわ! 障壁にヒビが入っているわ」


「もうすぐ」


「ああ!!」


「いい加減に、くたばれえぇぇぇぇ!」


 カイルが長剣を大きく振り上げると、渾身の力を込めて一気に振り落とした。


 バキンッ!


 どういうことか。カイルの渾身の一撃は、悪魔の障壁を破り悪魔の身体を貫いていた。


 ――ほう、あの悪魔……


《グギャァァァ》


「やっ、やったか?」


「バカ者!! 普通の剣では無理に決まってる。早く離れろ、何するか分からんのだぞ!!」


「聖騎士様、そんなことありませんよ……現に悪魔は苦しんで……へっ!?」


《ナンテナ……モウオソイ……》


 最後に俺を一瞥した悪魔は身体を大きく膨張させ……バァァン! っと弾け飛び自爆した。


「ぐあっ!」

「きゃ!」


 ――あいつ……


 至近距離で悪魔の自爆を受けたカイルたちの四人は、ヘドロみたいな体液を全身に浴びて床にへたり込む。


「ぐぇ、ペッペッ!! 悪魔の奴、自爆しやがった!!」


「みんな……大丈夫そうね」


「ああ、はははっ! やったぞ。俺たちが悪魔を殺ったんだ」


「やったね」


「これで、Sランク……」


「でも、あの悪魔のせいでドロドロだわ、汚いわ」


「そうね……? 何か臭わない?」


「そういえば……臭いな」


「悪魔は自爆消滅したか……信じられん。お前たち、ほんとうに無事なのか?」


 「こんなこと初めてだ」と呟いた女性聖騎士はカイルたちを見て何やら思考している。


「聖騎士様、見てましたか。俺たちが悪魔を自爆に追い込んだんですよ……Aランク冒険者のこの俺たちがね」


 カイルが満面の笑みを浮かべると、両手を広げ女性聖騎士に近寄ろうとする。


 こいつはいちいち格好つけようとするから、その動作にイラッとする。


「お前は何を言って……ぐっ、くさいっ! お前、臭いぞ」


「へっ?」


 女性聖騎士に、いや女性に臭いと言われたカイル。未だかつてそんな経験のないカイルは自分が今何を言われたのか理解できずにポカンとして立ち止まった。


「臭い、臭いわ。段々酷くなっている。カイルも、私たちも」


「ほんとだ。臭い。酷い臭いだ。きっとこの体液のせいだ」


「Aランク冒険者の私たちが臭いを放つなんて恥さらしだわ。まるで、あそこのスラムの娘と一緒だわ」


「カイル、早くお風呂に入る」


 アルマ、サラ、ニナのそんな声を聞いてようやく自分の置かれた状況を理解したらしいカイルは、ふいに女性聖騎士に向き直る。


「聖騎士様。悪魔を殺ったのは俺たちです。今はこんな身なりですのでまた後ほどお会いしましょう……」


 臭くなっていても、カイルは女性聖騎士にキザったらしく格好をつけることを忘れなかったようだ。

 そこまでいくとある意味尊敬に値するが、臭くさを自覚したカイルたちは少し恥ずかしそうにギルドから出ていった。

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