第41話

 ガラ悪そうな三人組が少年たちを見てニヤニヤニタニタと汚らしい笑みを浮かべている。


「俺たちと遊ぼうぜ」


「おいっ! こっちのガキャよくみりゃあいい顔してるぞ……」


「きゃっ、いや!!」


 一人のハンターが少女の腕を無理やり掴んだ。


「げへへ、きゃっ、だってよ……可愛い声出すじゃあねぇか」


「や、やめろよ!!」 


 少年が少女と少女の腕を掴んでいるガラの悪い男の間に割って入る。


「あ゛あ!! 何だテメェ邪魔すんじゃねぇ! このガキがっ!!」


「アイナを離せ……がはっ!」

 

 その少年はどうにかしてガラの悪い男から掴まれた腕を引き離そうとしていたが、不意にその男の拳が少年のみぞおちに突き刺さる。


「がっ! あぁ……ぐっ……ぅぅ」


 少年の顔は一瞬で苦痛で歪み、腹部を押さえながら両膝をついた。


「ガキがっ! 口の利き方を気を付けろ! 俺たちはこれでもBランクの冒険者なんだよ」


「お兄ちゃん!!」


「へぇ、お兄ちゃんかよ。そうかお兄ちゃんね。くへへ、じゃあ、お兄ちゃんを助けたかったら、妹が頑張らないとな……」


 一人の冒険者が少女の身体を見てそう言い、下品にも舌なめずりしてみせると、少女の胸を鷲掴みした。


「いゃぁぁぁ!」


「あ、ァィナ……によくも……をはな……せ」


 少女は涙声に悲鳴をあげ、ジタバタともがき逃げようとするが、もう一人の冒険者に腕をガッチリ握り取られて逃げられない。


「げへへ」


 それどころかさらにもう片方の腕まで、両腕を掴まれた少女は逃げだそうともがいているが、抜け出せずにいる。


「いや、離してっ」


「ァ、イ、ナ……」


 その少女は自分もゲス男に胸を揉まれ続けていて大変な目に合っているというのに、腹部を押さえて苦しむ兄らしき少年の方を心配していた。


 一方のカウンターにいる受付嬢だが、そんな少年たちを見ていても、気にした素振りは見られず、逆に「ざまあみろ」と言わんばかりの顔で少年たちを嘲笑っている。


 周りの冒険者たちはというと、巻き込まれない様、顔を背けその現場を見ようともしていない。


 ――?


 不意に視線を感じた俺はその視線の先、エリザとマリーの方へと視線を向ける。


 すると彼女たちは何かを訴えるような目で俺を見上げていた。


 ――なるほど。


 言いたいことは分かる。俺も無性に腹が立った。おっぱいは癒しだというのに、そのおっぱいを乱暴に扱いやがったのだ。あのゲス男は……


「あいつにはお灸が必要だな」


「「ん?」お灸? お灸って何?」


「ああこっちの話だ、気にするな。それよりエリザと、マリーはここで少し待っていてくれ……俺はちょっと行ってくる」


 クローが腹を立てた理由(おっぱいを乱暴に扱った)と彼女たち二人の認識(あの少年と少女を助けてほしい)に少しズレが生じていたのだが――


「「クロー……」」


 それでも、クローのこの行動は、妻のエリザやマリーにとってはとても頼りになる行動だったらしく、妻のエリザはクローをますます惚れ直し、まだ付き合いの短いマリーもクローの人となりを知り(やっぱりクローは優しい)、勘違いだと思い込み仕舞い込んでいたクローへの想い(好意)を自覚するキッカケとなっていた。


「おいっ、そこのお前たち……」


 俺の声にガラの悪い冒険者の三人が俺を睨み付けてくる。


「あ゛あん? お前達とは俺たちのことかぁ?」


「ああ、そうだ。Bランク冒険者だと言いつつも、ほとんど無抵抗の少年少女を相手にしか粋がれないクズのことだよ」


「何だと!! もういっぺん言ってみろ!!」


「マジか、クズのうえに耳まで悪いのか……こりゃあ、お手上げだな」


 俺はわざとらしく肩を上げおどけてみせた。すると、


「テメェ!」

「やんかゴラァッ!」


 二人の冒険者がすぐに抜剣した。この冒険者たちの沸点はかなり低いらしい。


「きゃっ!」


 もう一人の冒険者も握っていた少女の両腕を離し、乱暴に突き放すと、二人の冒険者から遅れて抜剣した。


「お前、調子に乗り過ぎなんだよ」


 俺の後ろの方ではエリザとマリーの悲鳴が聞こえるが、心配は無用。


「もう、お前死ねよ!!」


 そう粋がってニヤリと口角を上げるクズ冒険者たち。


「おいおい、お前ら気が短いな、もう剣を抜いて……」


 しかも俺が話をしているというのにその三人のクズ冒険者は先手必勝とばかりに襲いかかってきた。


「ほらよ……っ!?」


「こっちがお粗末……っ!?」


「足下がスキだら……っ!?」


 人を斬りなれているのか三人の動きは悪くない。流れるようにお互いで死角を作り、俺に躊躇なく斬り込んでくる。そこそこの腕の冒険者相手だったのならば、こんなクズ冒険者でも楽に勝てていただろうと思う。だが、


「話にならんな……」


 ヤツらは相手が悪かった。


 俺は斬りかかってくる三人の斬撃を紙一重で避けると、すれ違いざまに腹に軽くパンチを入れていく。腹パンってヤツだ。


 ドスンッ! ドスンッ! ドスンッ! とあり得ない音が三つ聞こえると、少し遅れて、蛙が潰れたような声が聞こえてくる。


「……ァ、ァァ、グハッ!!」

「……ゥ、ゥゥ、グケッ!!」

「……ッ、ッッ、ガハッ!!」


 クズ冒険者は俺の腹パン一発で膝から崩れて前のめりに倒れた。


「「「ぁ、ぁぁ……」」」


 倒れた三人は、既に意識はなく、口からは汚い胃液が垂れ流しになっていた。


「おいおい、お前ら大丈夫か?」


 仕上げとばかりに心配するをしてやる振りをしてから、そのクズ冒険者たちの頭に手を置いた。


『お前たちは、相手に殺意を向けたり、相手の機嫌を損なうような言動をとると全身の力が抜け這いつくばることになる。

ふふ、うれしいだろう。弱い者から搾取し続けていたお前たちだろうが、これからお前たちは弱者だろうが強者だろう相手の強さは関係なく、上手く世渡りしないと大変な目に合うことになるだろう。悪魔法:悪因!!』


 デビルスキャンして知ったヤツらの悪質なスキルの数々。そんなクズ冒険者だから遠慮なくやらせてもらった。


 だが、何も知らないままだとすぐに命を落とすことになると思った俺は、俺はせめてもの情けにと忠告を刻んといてやった。それは、

 

〈お前たちは命がいくつあっても足りない。長生きしたかったら、ゴマすり冒険者になるがいい〉


 そんな忠告が毎朝脳裏に過るように……


 ――すぐには理解できんだろうが……


「まあ先ほどの沸点の低さからも、無理な

気もするな……」


 俺が受付嬢を睨むと受付嬢はばつが悪そうに顔を背けた。本当ならあの受付嬢にも何かしらの刻んでやろうかと思っていたのだが、ここから悪魔法を使うとバレるので、今はやめておく。


「クロー心配したわ。本当に無事で良かった」


「うん。クローが無事で良かった。それにあの子たちも……」


 だが、マリーのホッとした声を搔き消すように少女の方から悲鳴ともとれる叫び声が聞こえた。


「お兄ちゃんっ!!」


「えっ?」

「何? どうしたの?」


 ――むっ!?


 俺はすぐに警戒した。俺を心配して駆け寄って来ていた妻とマリーの後方に気になる気配が突然現れたのだ。


「ねぇ! お兄ちゃん!! どうしちゃったの!?」


「なるほどね……」


 俺はそれを見てすぐ納得する。


『皆死ねばいい、ハンターも、ギルドの人間も、みんなみんな……死ねばいい』


 少年の口角は歪に上がり、どこを見ているのか焦点もあっていない。そんな少年の手にはすでに悪魔大事典があり、

 

『ふふ、ふふふ……みんな死ねばいいんだ……』


 しかもその悪魔大事典は既に開かれていたのだった。

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