第39話
「ねぇマリー。これからどうするの? またあのパーティーに戻るの?」
身支度を整え終えたマリーの両手を優しく取った妻が心配そうに声をかける。
「え……ううん」
そんな妻に吃驚したマリーだったが、すぐに笑みを浮かべて彼女は首を左右に振った。
「ボク久しぶりに死んだパ……お父さんの夢を見たんだ。そして思い出した、自分のやりたかった夢を、目標を……」
「そうなの、ねぇどんな目標か聞いてもいいのかしら?」
「うん。ボクの目標はね。自分のお店を持つことだったんだ。パ……お父さんがやってたようなお店をね」
それから、部屋の窓から見える青い空。その空のほうに、どこか遠くに顔を向けた彼女がぽつりぽつりと語り始めた。
「ボクはね……」
マリーが住んでいた村のこと。亡くなった父が道具屋を営んでいて小さな頃のマリーはよくお手伝いをしていたこと。でもそんな父が亡くなり一人になると、とある理由から村を出ざるおえなくなったことなどを、会ってそれほど時間が経っていない俺たちに話した。
信用しすぎて少し心配になるレベルだ。
――ん?
時折俺の方にどこか懐かしむような、甘えているような視線を向けてくるところをみると、俺の〈信用〉スキル。
このスキルのせいで俺は必要以上に彼女から信用されてしまったのだろう。
――なるほど。
悪魔は人族を〈信用〉させてから絶望のどん底に落とし、その時に人族が抱く感情の増加が何よりも最高のご馳走(感情値)になる。
まあ、俺は場合は、今みたいな生活に支障のない程度に感情値を得られれば十分。
あとはおっぱいに触れて癒されている方が断然いい。
「……その開業資金を集めようとボクは冒険者になったんだ」
「すごいわマリー。すごくいいと思うわ。素敵な目標よ」
「うん。ありがとう。だから辛くてもボクはずっと一人で頑張ってきた。頑張ってきたんだ……
それなのにボクは馬鹿だった。カイルから「一人だと大変だろう。俺と一緒に冒険しないか」って声をかけられてつい嬉しくなっちゃって……
ボクにも必要としてくれる人がいたんだ、これでもう一人じゃないんだって勝手に舞い上がっちゃった。
でも後からアルマたちが合流してきて何かがおかしいって思ったけど、それは仲間になって日が浅いからだと、そんなことない、気のせいだって思っていた。
ははは、今考えるとそう思い込もうとしてたんだよね、また一人になるのが怖かったから寂しいから……でも結果は知っているよね……
ただ利用されていただけ、大怪我して、いままで貯めていたお金もすべて失っちゃった……ははは」
「マリー」
「でもいいんだ。身体はクローに治してもらった。ボクはまたやり直せるもん」
「そうよマリー。きっと、いいえ絶対やり直せるわ。店だって持てるわよ」
「うん、ありがとうエリザ」
元気に振る舞うマリーに、妻がそっと寄り添い背中を優しくさすっているが、その瞳は俺に向けられていて、何かを期待しているように感じる。
――ふむ。
俺にはもつ関係のないことだが、優しい妻はなんとかしてあげたいらしい。
――……考えたら妻も一人だったな。
だから何かしら自分と重なり思うところでもあったのだろう。
――歳の近い友人か……俺には不要だが、エリザのためにはなる、か……
なるほど、結果的には妻のためになるのならば悪い話ではないと俺は思った。
それに俺たちは別に急ぎの旅をしているわけでもないから気の向くまま寄り道をしたっていいんだ。
ただ後はマリーにその気があるかどうかなのだが、あるのなら彼女を騙した奴ら(カイルたち)に、騙したことを後悔するような悪因くらい刻んでやってもいいだろう。
俺はあいつが嫌いだし。
「そこまで俺たちに話をしたということは、マリーはあいつらに復讐がしたいのか? したいなら、内容にもよるが引き受けてやるのもやぶさかではないぞ。もちろん契約という話になるが……」
「え、契約? ……クローはボクとまた契約をしてくれるの? でも契約は一度やってるよね?」
「ん? ああ、そこはお互いが同意の上なら何度だって契約を交わすことができるんだ。妻とも二度契約しているしな。
むろんその都度対価が必要になるからそう簡単にはいかないだろうが……
それでどうする。内容にもよるが契約したいのならば俺はぜんぜん構わんぞ」
今まで無理に元気な素振りを見せていたマリーだったが、俺の提案にその顔がパッと明るくなる。
「本当に!?」
「ああ」
「……ボク、クローとまた契約できるんだ」
純粋に喜びを露わにするマリーに「よかったわね」と妻が声をかけている。
契約する俺は悪魔なんだけどね。
「それでどんな復讐がしたい」
俺がそう尋ねれば、マリーが「えっ」といって固まり、すぐに首を振る。凄い勢いで何度も。
「違う違う。復讐じゃない。ボクは別に復讐はしなくていいんだ……結果的には騙されていたけど数ヶ月間は寂しくなかったから。あ、でも契約はします」
俺は意味が分からず首を傾げて妻を見れば、妻も同じように首を傾げていた。
「復讐じゃないのに契約がしたいって、何か欲しいものでもあるのか? たとえば……店か? お店くらいなら俺の力で何とかなるぞ」
「そんなのじゃなく……って、ええ!? お店も何とかなるの。あ、でも今は違う、それじゃなくて」
「お店でもないと……」
「う、うん。今はそれよりももっと大切にしたいものなんだ……」
「ほう。ならば言ってみろ」
「うん。ちょっと確認するけど、クローとエリザはその格好からして冒険者をしているんだよね?」
「ああ、そうだ。特に目的はないが、強いていうのであれば帝国方面に向かって旅をしているってことかな? それが何か関係あるのか?」
「うん。あるよ。だってボクのお願いはボクをその仲間に!クローとエリザの仲間に入れて欲しいんだ」
「? 仲間って、そのまんま仲間だよな? それをわざわざ契約して?」
「うん。その仲間。ボクも拠点なんてないし、開業資金を貯めたいだけだからどこだってついて行ける。全然大丈夫」
「しかしなぁ、エリザ。仲間になるくらいなら契約は必要ないと思うが」
そりゃあ俺からすれば、毎日感情値がもらえるから嬉しいが、マリーにとってはあまり意味のない契約にしかならないと思える。
妻に同意を求めると彼女も頷き肯定してくれる。妻も同じように考えたらしい。
「マリー、私もそんなことでわざわざ契約する必要ないと思うわ。だって私もマリーとなら楽しい旅ができそうだと思うもの」
妻が笑顔でそう伝えると、今度はマリーが少し困った顔をした。
「えっと、その……実はボク……こんなことがあったばかりだし一人になるのが不安なんだ。
でもかといって他のパーティーに入れてもらっても、また裏切られそうで怖くて……あーもう何言ってるんだろう。そうじゃなくて……」
そこでマリーはパチンと自分の頬を叩いた。
「ま、マリー」
彼女の頬に赤い手形が付いて痛そうに見える。妻はそのもみじ手形を見ておろおろしている。
でも、それで気合の入ったマリーは力のこもった視線を向けてくる。
「契約」
「契約がどうした?」
「契約している間、クローが近くに居るような気がして安心しているボクがいた。一人じゃないんだって。
でも契約を終えるとその繋がりが切れてしまった。すごく寂しく感じたんだ……また一人に戻ってしまったって」
思っていたことを上手く話せたのか、途中からマリーはほっと胸を撫で下ろし落ち着いた様子にみえた。その様子からも決して自棄になっているわけでもない。
「そう……なのか?」
俺が不思議に思い妻に確認をすれば。
「ええ。マリー、それは私にもよく分かるわ」
妻は自身の胸に手を当てて嬉しそうに肯定した。
――ふむ。エリザも頷いているってことは、そういうことなのだろう。
俺自身としては俺が契約を交わしている側だから当然にその繋がりは感じていた。
だから妻たちもそうじゃないだろうか、とは思っていたが、実際そうだったらしい。しかし……
「でも、俺は悪魔なんだぞ?」
そう、そこに俺の心配はある。俺との繋がりがあるだけに危険な目に合わせたりしないのかと。
「もちろん知ってますよ。それでもいいんです、だってクローはボクを助けてくれた恩人……あ、それはエリザもだよ。エリザとももっと仲良くなりたい、仲良くしてもらえたらうれしい……」
照れくさいのか彼女の声は尻すぼみに小さくなっていく。
「あら、うれしいわ。私もマリーと仲良くなれたらって思っていたの……
クロー私からもお願い、マリーと一緒ならもっと楽しい旅ができると思うわ」
どうやら妻はマリーとの契約に賛成する考えのようだ。
――エリザ、うれしそうだな……まあ一人守るも二人守るもそうかわりないか……
そこまで考えて考えることをやめた。彼女たちがいいのなら俺が拒む必要はない。
「分かった。いいだろう」
「本当! よかった……あ、対価ですよね。対価は何でもいいですよ。ボク何でもします」
「何でもってマリー悪魔相手にそれはまずいからな……ちょっと待て考える」
――ふむ。考えるまでもなかった、おっぱいだな。またおっぱいを揉ませてもらおう。エリザも大丈夫だよな?
ふと、そう思い妻の方に視線を向けて見れば、こくりと頷き返してくれる。
――はて?
妻がどういった意図で頷いたのか理解できないが、俺のすきにしてもいいのだろうと都合よく解釈する。
「ふむ、決めた。やはりおっぱいだな。おっぱいを揉ませてもらおう。期限はマリーが仲間から抜けたいと思うまで、これでいいか?」
「うん! ありがとう」
マリーも俺の提案をあっさりと受け入れたことで、
【マリーとの契約が締結されました】
悪魔の囁きがあり、再びマリーとの間に繋がりを感じた。
「えへへ」
マリーも嬉しそう胸を辺りを両手で押さえている。
「よかったねマリー」
「うん」
元気に頷き妻に飛びつくマリー。それを嬉しそうに迎え入れる妻。
「私のおっぱいがあるのに他の女のおっぱいを求めるなんて、酷いわ」なんてことにならなかったことにホッとする。
「本当によかったよ。ボクおっぱいが小さいから不安だったんだ。お前のはおっぱいはおっぱいじゃないって言われたらどうしようって」
「それはないぞ。小さくてもおっぱいはおっぱいだ。等しく俺を癒してくれるものだ」
「そっか。えへへ」
笑顔を向けるマリーを見て、心の中ではちっぱいと呼んでることは黙っていよう思う俺だった。
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