第一部 第30話 エピローグっぽいなにか

 クローたちが国境を越えてから数ヶ月。


「やほ、シャルナきたよ」


 ここは城内にあるひとつの部屋。執務机に座る若い男の前に、高校生くらいの少女が制服姿で忽然と現れた。


「人払いはしといた。ふふ、相変わらず君は、個性的な格好をしているね」


 その少女は肩くらいまで伸ばした黒髪を三つ編みにして牛乳ビンのビン底の様な分厚いガラスの入った伊達メガネをかけているが、前髪が長いため、そのメガネも少し見える程度の姿だった。


「そう、ありがとね。もう分かってると思うけど約束通りあなたが推していたジキル第二王子だっけ? その王子が正式に王位継承、第一位になったよね。それで来たんだよ」


「うん。そうだよ。これも君のおかげだね、ありがとうヤヨイ。よくあの兄上から、王位継承権を剥奪してくれた」


「ま、まあね」


「しかし、あれが君がやってくれた結果で、我欲に呑まれた者の末路だろ。

 そうでなければ、高位貴族の後ろ盾があった兄上の失墜などとても無理な話だった」


「う、うちは悪魔よ。うちにかかればこれくらい朝飯前なのよ」


 ――とは言ってはみたものの、本当は欲望を僅かに増幅させる悪魔法の『悪陣』しか使える魔法がなかったのよね。

 たまたまターゲットだったイケメン王太子の周辺(王太子の部屋と学園の教室)に『悪陣』をずっと展開していたら、うまいこと事が運んでたって感じ? 結果オーライ的な?

 くふふ。乙女ゲームのリアル世界みたいな展開にはドキドキして見ていて楽しかったけど……


「それで、なんでかなシャルナ。あなた自身にも王位継承権があったのに、その王位を望まず、第二王子が次期国王になることを望んだの? 

 これで最後だしうちに教えてくれてもいいんじゃないかな。気になって仕方ないんだよね」


 そう言った彼女が伊達メガネを両手で取ると、前髪をかき上げ、そのメガネをヘアバンドのように使い長い前髪を留めた。


 高校生くらいの年齢にしては少し幼くも見える彼女の可愛いらしい顔が露わになる。


 そんな彼女は、とことこと依頼主の前まで歩くと、その執務机を椅子代わりにして腰掛ける。


「よいしょ」


 スカートから覗かせた彼女の白くて綺麗な太ももが露わになったが、彼女は気にすることなく、その足をぷらぷらさせて遊び始めた。


「ふっ。そうだね。君には世話になったしね。それもいいかな」


 そんな彼女を微笑ましく眺めていた依頼主の口元は僅かに上がっている。


「あ、教えてくれるんだ」


「まあね。隠すほどのことでもない、単純な話で母上を守るためだったってところかな」


「シャルナのお母さん?」


 第一王子と異母兄弟であるシャルナ(第三王子)の母、その繋がりが分からない彼女は首を傾げる。


「ああ、僕の母上には持って生まれたスキルがあって、見た目がほとんど変わらないんだ。いつまでも少女のように可憐な姿をしている。

 まあ、僕もそのスキルを受け継いでいて色々と苦労しているんだけど、奴は自分が国王になったら何らかの罪を僕の母上に被せ自身の愛玩物にしようと画策していたんだよ。一生楽しめる愛玩物としてね。

 でもまあ、君のおかげで、途中からは我欲に抗うことができなくなったのか、笑いながら自らの口で僕にそう伝えてきたからどうしよもないバカだけどな。

 たまたまその時は何やら仄めかす口ぶりだったから不審に思った僕が少し探ってみれば、その対象の者や奴隷に落とした愛玩物候補の令嬢は一人や二人ではなかった。

 しかもヤツは事もあろうに数百年も前に廃していた後宮制度までも新たに定めようと画策していた。

 そんなヤツが王位継承第一位だったんだよ。認めるわけにはいかない。

 あいつはそれほど己の我欲が強く、特に色欲は異常だった。

 まあ、その計画も男性性機能障害の病を患い未遂に終わってくれたが、当然の報いだな」


「ま、まあね。なんでも過ぎたる欲望は身を滅ぼすのよ」


 ――そうよ。あのイケメン王子ったら、途中から知らない悪魔の悪因を引っ付いて帰ってきた時には、ガクブルものだったわ。近寄れないほどの超強力な悪因。

 あの時は、さすがの私も、悪魔人生が終わったって、魂が抜けかけて、しばらく現実に戻ってこれてなかったっけ。


「悪魔の君がそれを言うか? ふふ、まったくその通りなんだけどね」


「まあね。けど顔は良かったからね、私もたっぷり楽しみましたとも。遠方からね。くふふ。

 あ、でもあなたほどじゃないわよ。あなたは特別。超がつくイケメンだからね。すっごく我慢してたんだから」


「ははは……分かってる。約束はちゃんと守るよ」


「じゃあ。早速いいかしら。そのために今日は来たのよ。ふふ……さあ、こちら側に回ってきて上着を脱ぐの……」


 彼女は右手でおいでおいでする。


「僕はもう少し君と話がしたかったんだけどな。分かったよ」


 彼が上着を脱ぐと、彼女はその素晴らしい肉体美に目を奪われる。


「はぁあぁぁぁぁ……す、素晴らしい。何、なんなのこの美しい生き物は。あ、そのまま動かないで……」


「はい? 僕、動いたらいけないのか……」


「そうよ」


「分かったよ」


「うん、そこね。そこでいいわ……ああいい。すごくいい……待った甲斐があったってもんよ。これはうちの想像以上ね。じゃあ、ここ、もう少し捻ってくれる。そして隅々までうちに見せて」


「隅々までって……君は、もっと淑女らしい言葉を遣えないのかな?」


「ふふ無理よ。だってうち、悪魔だから。ほらほら、早く」


「はぁ……そうだったね。分かった。こ、こんな感じでいいか……」


「そう、それでいい。ああ、たまらない……ゾクゾクして感じちゃうわ。これはもう神の領域ね。あーはい、その体勢でまたストーップ。動きを止めて」


「!? ここで?」


「そうよ……くふふ。ス、テ、キ……このそり具合がたまらない。ぐふふ、あ、まだそのまま、動かないの」


「うっ……こ、これは……き、キツイいんだが……あ、こら触ると」


「はぁ、はぁ、すごく素敵よ。じゅる」


「ぅ、そ、そこ、さ、触るなよ……あ、くっ、も、もう……動いていいか。キツイんだ」


「あーんもう。じゃあ。あなたが自慢してた、その大きな剣を……使ってみせてよ」


「あ、ああ、分かった。うまく使えるか心配だが、もう動いていいんだよな」


「もちろんよ。早くして」


「少し待て、今準備をしているだろ……ふんっ、どうだ?」


「さすが王子の所有物は大きくてご立派ね……」


「長くて大きいし、この黒光りが唆るだろ……僕の自慢さ。といっても、これは一度も使ったことがないんだけどな……」


「あら、宝の持ち腐れだったのね。ちょうどいいじゃない。くふふ、たまには振り回してやらないと、錆びたら大変だものね」


「錆びるわけないだろ。僕が毎日擦って手入れしているんだから。でも君の言うことも尤もだね。これからはもっと使うか……」


「そう。じゃあ今日はその筆下ろしだ……ということでシャルナ、それ、ゆっくりと突いてみせてよ……」


「つ、突くのか!?」


「あ、無理ならいい」


「いや、やる。君のためだ。やってみるが、こんなこと初めてだから。ちゃんと突けるかどうか、こ、こうかっ……うっ、これは……」


「うーん。これは酷いわね。もうシャルナの好きにしていいよ……」


「それは助かる。やはりこっちの体勢の方がいいな……これは、うまく身体全体を使ってからでないと……言うこときいてくれないから、ふんっ」


「あん! すごいすごい。さっきと全然キレが違う。あ、その真剣な表情もいいわ。どんどんやって」


「そうか? 任せろ……横から、こんな感じもどうだ?」


「きゃ、すごい。すごくいいわ……良すぎて痺るわ。もっとやって……」


「あ、ああ……君のためならお安い御用さ」


「それ、その感じもすごくいいわ。もっと、見せて。もっと、もっと……あ、その表情、あなたの必死な表情も唆る。

 ああん、興奮して身体が火照ってきちゃう……」


「はぁ、はぁ、す、すまん……ぼ、僕は……もうそろそろ、はぁ、はぁ、あまり体力が……はぁ、ないから……はぁ……」


「え、ええ、ちょっと待って。もう少し頑張って。早すぎよ。まだ足りないよ。あああんっ」


「はぁ、はぁ、そんなこと、言われても……はぁ、はぁ、もう無理……ぐぅ、はぁ、はぁ」


「ああ。終わっちゃった。残念。ぶぅー、ちょっと不満なんだけど……」


「はぁ、はぁ、す、すまない」


「……あーあ、あら! でも。その申し訳なさそうな表情もいいわね。はい、いただき。

 うん。バッチリ撮れたわ。

 あら、その汗の滴る姿も、うん。いいね」


「そ、そうか……」


「もうサイコー。いいスチルがたくさん撮れたよ。ぐふふ……ふふ……ぅ?」


 ――……おうふ、契約履行のお知らせがきたよ。とうとう私も、成人の儀式を卒業して、悪魔格のランクがGになったのですか……


「ヤヨイ? 急に黙りこんだけど、どうしたんだい」


 ――あ、でもこの四年間、シャルナとの契約で得ていた感情値が結構あるから一年くらいは遊べそう? くふふ。よかったわ。


「ヤヨイ?」


「ん、なんでもない」


 彼の声で思考の渦から抜け出した時には、彼は息を整え国宝級の長剣、黒曜石の剣を鞘へと収め上着を羽織っていた。


 ――あら、残念。綺麗な肉体美が……


「……契約は履行された。あなたとの契約も終わりね」


 彼女はだらしなく緩めていた表情をキリッと改め彼に顔を向けた。


「しかし、ヤヨイも悪魔なのに変わっているね。対価に僕の姿絵を撮らせてくれだなんて。それを、可能にするヤヨイの魔法も、変わってるけど」


 慌てて別の話題を振ってきた彼を不思議に思うだけの彼女は、彼が切なそうな眼差しを向けていて、わざと話題を晒そうとしていた彼の意図などに気づくはずもない。


「ん? これはうちだけの固有魔法なの。うちは結構気に入っていて慣れるとすごいのよ。はい、教えてあげたんだから最後に笑顔でもう一枚。いいかな?」


「ああ。好きなだけ撮れ」


 彼女は得意げに言うが、彼女の撮影魔法はレベルが低く、まだ両手の親指と人差し指で四角を作り、覗き込んで見えた範囲のモノしか撮れなかった。


「でも本当にそれだけでいいのかい? 僕は君に魂すら捧げるつもりだったんだ。本当は必要なんじゃないのか?」


「必要ないわよ。くれるって言ってもいらない。私は今度こそ大好きなスチル集めをするの。

 イケメンのあんな顔やこんな姿、あれやこれをいっぱい撮って、撮って撮って撮りまくるのよ。くふふっ。考えだけで鼻血が出そうだわ。

 あ、でも、この王国の学園はイケメン率が高くて当たりだったわ。

 うち、モブ子に変身していっぱいスチル撮っちゃったんだから」


 ――でもさすがに四年は長かったね。


「ヤヨイ。それでなんだが……もう一度僕と契約してくれないか。ずっと僕の傍にいてほしいんだ。なんなら僕の正室でもいい」


 ヘアバンドのように使っていた伊達メガネを元に戻した彼女の顔は隠れ、もとの地味な姿に戻った。


「うーん。イケメン王子の傍でスチル集めもなかなか魅力的なんだけど……んーやめとく」


「ど、どうしてさ」


「悪魔にも色々と事情があって大変なのよ」


 ――成人の儀式の間は無敵期間みたいなもんで大目に見てもらってたけど、長引きすぎて、もう他の悪魔に目をつけられちゃってるのよね。

 早く逃げなきゃ、ヤバイって学校のチャイムみたいなのがキンコンキンコン鳴っているわ。


「……そうか。それは残念だ」


「契約も履行しちゃったしね。名残惜しいけど、これでさよならするね」


 ――ふふ、次の目的地はもちろん学園。またどこかの学園に行っちゃうもんね。待っててね私のイケメンちゃん。


「ヤヨイ……またいつか逢いたい」


「そう? じゃあ、暇になったらまたくるよシャルナ」


 そう言った彼女は、笑顔を残して忽然と姿を消した。


「ああ。いつでも来い」

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