第28話

 ――え?


「はい。クロー、いつもありがとうございます」


 全裸になった彼女が頭を下げる。


 たゆん、たゆん。


 すると当然、彼女の大きなおっぱいも激しく揺れているのだが、しかし、なぜかその後も、彼女は大事なところを手やタオルなどで隠す素振りなどなく堂々とした様子で俺に身体を向けている。


 ――一応、これでも俺は男だぞ。恥ずかしくないのか?


 俺の頭には沢山の疑問符が浮かんでいるだろう。それだけ俺は今の彼女の行動が理解できなかった。


「なあ、え、エリザも脱いだ……のか……?」


「ええ、もちろんですわ」


 ――もちろん、なのか……しかしこれは元貴族令嬢の行動としていかがな……!?


 そこでは俺はハッとして悟る。


 彼女は元々高貴なお嬢様、メイドに身体を洗ってもらっていたに違いない。だが今は俺しかいない。たがら彼女は俺に身体を洗えとでも言いたいのではないのだろうか?


 あまりにも彼女が堂々と見せてくれるものだから、つい、そんなことを考えてしまっているが、その間でも俺の目は彼女の綺麗は身体に釘付けだった。


 彼女の頭の天辺から足の爪先までじっくりと俺の目に焼き付けていく。


 ――ふむ。実にけしからん……


 そして、悪魔なのに、彼女の美しい裸体に魅入ってしまっていたのだ。


 彼女は女性らしく丸みを帯びた身体をしているが、それでいて無駄な贅肉はどこにも見当たらない。


 特に彼女の大きなおっぱいは、俺のお気に入りなだけあって形がとてもよく美しい。


 それでいて、腰は細く引き締まっており、美しく大きい上向きのお尻にスラッとした長い脚……その全てが欲しくなる。


 ――触りたい……彼女が欲しくて堪らない。


「クロー?」


 ――はっ!?


 彼女の声に我に返った俺だが、間違いなく俺は彼女を欲していた。


 ――これは、やばいな……


 なんとか契約履行するまでは、と思うが、はっきり言って今の俺には自信がなくなってきていた。それだけ彼女は魅力的なのだ。


 ――今はダメだ……


 それでも意識をなんとか無理やりお風呂に向けることでもんもんとしてきた気持ちを切り替える。


 ――しかし……なぜ気がつかなかった……


 カチャカチャ後ろで物音がしているとは思っていたが、まさか彼女まで一緒に服を脱いでいるとは思わなかったのだ。


 しかも俺よりも早いというから驚きなのだ。あんなにも装備品を身につけていたというのに……


「……お背中流しますね」


 俺の出したシャンプーやリンスなどのお風呂場セットに一度目を向けた彼女はいたって普通にそう言う。


「なあエリザ、もしかして俺と一緒に入るのか?」


 なぜそんなことを聞くのかと言わんばかりに首を傾げた彼女は頭の上に疑問符を浮かべる。そして、


「クロー? わたくしはもう、あなたの妻なのですよ。お背中くらいお流しいたしますわ」


 ――ぶっ!?


 首を振った彼女は当然ですと言わんばかりの笑顔を向けてくる。


 ――つ、妻だと……


 だが、その『妻』という言葉を聞いて色々と察することもでき思い出しもした。


 そうあの時、王太子に向けた演技のことを……


「エリザ、つまってあの妻か?」


 うまい言葉が出てこなかった俺だが、なんとか縛り出した言葉がこれだった。


「そうよ。クローだって前にそう言ってくれましたわ。それにわたくし誓いの口づけもしましたし」


 そう言った彼女は少し照れた様子で口元を両手で隠した、


 ――なに……俺はいつの間にそんな事を口にしたんだ……それにあの口づけは王太子を欺く演技じゃ……


 そう思いつつ、ふと思い浮かんだのは、なぜかうどんを食べた時に意識がぶっ飛んでいたその時の記憶。彼女はあの時頬を紅く染めていた……


 ――いやいや、まさかな……


 確信が持てないので、そちらには触れずに彼女の言う口づけの方へと話題を向ける。


「ち、誓いのキスとは、あれは王太子を欺くための演技だったんじゃないのか?」


「そんなはずありませんわ。だって、わたくしは演技でキスなどしたくありませんもの。

あれはわたくしは本気です。

 クローがあの時に言ってくれたあの言葉……とてもうれしくて、あの時から、わたくしの心はすでにクローのものなの……

 そう決意していましたのに。でも、いいわ、正式に訂正していなかったわたくしも悪いものね」


 彼女がひとりで納得したように頷くが、俺にはさっぱり意味が分からないし、記憶もない。


「……訂正ってなんのことだ?」


 だから、理解できていない頭で絞り出してやっと出た言葉はその一言。


「もちろんお願い事です。ほら、わたくしは護衛の後には、一生遊んで暮らせるだけのお金をもらうようお約束をしましたよね」


「ああ、そうだな。大丈夫だ俺はちゃんと覚えてるぞ。約束は必ず守ってやる」


 その時が来たらと考えると、少し寂しいような、哀しいような、なんて言い表せばいいのか自分でも分からない複雑な気持ちになった。


 たぶん、これは俺が悪魔だからなのだろう。きっと気づいたら俺は悪魔として、やっていける自信を失いかねない。なぜかそんな気がした。だから俺は、今のこの気持ちに気づかないフリをする。


「よかったわ。でもそのお願い事は訂正いたします」


 ――お願いの訂正か……


「なるほど、それは別に構わない。今現在進行中の護衛依頼は変更はできないが、次の契約では何の問題もない……と、言っても俺のできることに限るがな。何か心変わりでもしたのか?」


 護衛依頼で俺の成人儀式は完了するのだから、本来ならもう一度契約する必要はない。


 だが、それだと彼女との関係はそこで終わり俺がモヤモヤするというかイヤだった。彼女を手放しなくないという邪な心が抱いていたのだ……


 ――くっ、もう少しだけだ。もう少しだけでいいんだ、彼女には俺の傍に……!?


 これがなんなのか、もうなんとなく理解している、いやしてしまった。

 だが悲しいことに俺は悪魔だからこの気持ちを認めるわけにはいかない。


「そうなの。わたくし心変わりしました」


 そんな心境の俺だが、彼女は笑顔で答えてくれる。

 彼女が嬉しそうにしてくれると俺の心も晴れた気がして思わず俺まで笑みが溢れる。


「そうか、では……もう決めているのだな」


「はい。ちゃんとクローができることよ」


 そう言った彼女は綺麗な裸体を俺に向け背筋をピンと伸ばし少し頬を緩める。


「ふふふ、こんな気持ち生まれて初めてだから、自分でも驚いていますの。でもそれがたまらなく嬉しくて……わたくしクローの妻になります。クローの正室になりたいの」


 そして彼女は、胸の前で両手を組み嬉しそうな笑顔を向けてそう応えた。


 ――はい?


「お、俺の正室? 正室ってことは、あれだろ、俺の妻であり嫁ってことで……(思考停止中)

 いやいや、ちょ、ちょっと待て……俺は悪魔だ、悪魔なんだぞ」


「それはもちろん分かってますわ。分かってて言ってますの」


 心外だと言わんばかりに彼女が頬をぷくっと膨らませる。


「あ、いや、それに俺は、今後もいろんな奴の願いを叶えたりすることもあるから、その願いによっては、エリザにとってもかなり不本意なことがだってあるかもしれないんだぞ……

 ほら、俺って血や肉、魂だって嫌いだからさ、対価にその身体をってたぶんなる」


 俺は突然のことに戸惑い、自分でも要らぬことを口走る。

 だが、俺は本能的に動いてしまう悪魔なのだ。十分あり得ることなのだ。その時彼女はきっと……


 ――失望する……はずだ。


 彼女の悲しむ顔が容易に想像できた。だから、これでこの契約は流れるだろうと俺は思った。


「……そうよね。でも、それは覚悟の上ですよ。

 ふふ、クローは知らない? だってそれは貴族の世界でも似たようなものでしたのよ。

 地位が高い権力者ほど複数の妻を持つのが当たり前の貴族社会を……

 現にお父様は、正室の他に側室が四人、他にも身体の関係だけだという妾を入れるとその数はわたくしでも把握できていません。

 だから、わたくしの知る範囲では、異母兄弟は少なくとも十二人はいましたから。残念ながら交流はありませんでしたけど……

 だから側室の娘、いいえ、妾の娘だったわたくしは使い捨ての駒のような扱いでしたわよ」


 彼女が少し寂しそうに、どこか遠くを眺めている。


 ――あのクソ親父。俺好みのマリンさんの他に、正室と側室で五人、それに妾は数えきれないだとっ……

 しかも子どもは十二人も作っておいて、まだ足りないと……

 どれだけヤレば……くっ、うらやまし……けふん。けしからんな奴なのだ。


「だからわたくしは、クローが複数の妻を持とうが、女性と身体だけの関係を築こうが、そこは構わない。それでもわたくしはあなたの傍にいたい」


 そうまで言ってくれる彼女が愛おしくてたまらないのだ。

 だが、愛おしい彼女だからこそ考えてしまうのだ。前世が人だった俺だからこそ。どうしようもできない現実のことを……


「エリザは人族……だが俺は悪魔だ」


「それは先ほども聞きましたわよ。あ、でも子どもはできるのかしら? できなければそれはそれで少し残念ですけど、それでもかまいませんわ」


 ぐっと、両手に拳を作る彼女が真剣な感情で身を乗り出してくる。

 彼女の本気度だった。だから俺はつい正直答えてしまっていた。


「……子どもはできる。普通では無理だが、悪魔の俺がそう望めばできる……

 それも人族の子どもがな。悪魔とのハーフにはならないからそこは安心していい、って俺はなにを……」


 ちなみに悪魔同士での子どもの場合は、色々と特殊で眷属扱いになる。


「そうなの? それなら何も問題ないわよね。だってわたくしは、クローのことが大好きだから一緒に居たいの。悪魔だって気にしないわ」


「ぅ……」


 彼女からの愛の告白は正直というか、かなり嬉しかった。だからこそ、どうしても俺は彼女の幸せを考えてしまう。

 前世の記憶があるからこそ、人族の彼女を悪魔の俺が幸せにできるのか、と。


「ねぇクロー」


「ん?」


 悩む俺を見ていた彼女が少しだけ微笑むと、何かを思い出すかのように語りはじめた。


「知ってる? クローは狭い牢馬車の中でもずっと傍に居てくれた。わたくしすごく嬉しかったわ」


「……」


「ほら、わたくしの回りは敵だらけだったのよね。

 妾の、平民の娘だったのだから尚さらね。味方なんて誰もいないから助けてくれるような人も当然いなかった。

 そんな時、クローだけがわたくしを護ってくれました。何の価値もない、わたくしを……

 怖くて、心細くて、身体が震えている時も、心配して声をかけてくれました。知らない魔法で元気をくれました……わたくしすごく嬉しかったわ」


「それは護衛だから……」


「……本当に? 本当に、それだけですか?」


 彼女が悲しげな表情をしながらも、どこか期待するような目を向けてくる。


「……それは」


 ――……違うな。前世の感覚では……彼女はまだ学生だ。

 こんな可愛い娘に……いい大人たちが、揃いも揃って悪意を向ている。俺はそれが我慢ならなかった……

 いや、これは建前だ。本当は、彼女の悲しむ顔が見たくなかった、彼女の笑顔が心地よかった。俺も彼女の傍にいたかった。そんな彼女を俺は……好き、だった。


「ねぇクロー」


 ――そう俺は気づいていた。気づいていて知らないフリをした。認めてはいけないものだと蓋をしようとしていた。


「クロー?」


 彼女が今にも泣きそうな顔で俺を見ている。拒否されるのではという不安そうな顔。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。


 ――『彼女を俺のものに』


 俺は少し考え過ぎているのか。もう素直に認めてしまってもいいのだろうか。


 ――『彼女と俺は居たい』


 本能がずっとそう告げている。俺は彼女と居たいのだと……


 ――『認めろ』


 俺の心もそう望んでいる。ダメだ、自覚するともうこの気持ちを抑えれそうにない。


「本当に、いいのだな」


「へ?」


 ――もういい。隠せない。認めよう。俺は悪魔なのに……エリザが……女性として好きだ。好きになっていたのだ。


「エリザ、俺は……エリザが好きだ。大好きだから助けたかった。

 大好きだから幸せになってほしいと望んでいた。俺は悪魔なのにな、そう望んでいたんだ」


「ク、ロー……」


「だが、それは違うと気づいた。エリザ、俺はお前の幸せを望みながら、本当はお前を手放したくない。悪魔は独占欲が強いのだ。

 だから、エリザ。俺がお前に最後に問う。俺が幸せにしてやる、だから俺と一緒になってくれるか?」


 俺の言葉に彼女の瞳に涙が溜まる。これは嬉し涙と捉えてもいいのだろうか。


「……しい」


 彼女からの返事はかすれていてよく聞こえなかったが、彼女は涙を指先で拭うともう一度口を開いた。


「もちろんです。わたくしも、わたくしも好きですから。いいえ、大好きなのですから」


 彼女は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 そして、ゆっくりと歩いてくる。これは抱きついてくるのだろう。俺は彼女を受け入れようと両手を広げる。


 ――ん?


 だがしかし、彼女は俺の背中の方に回りこみ、彼女の柔らかな右手が俺の背中に添えられた。


 ――あれ?


 それから、彼女の左手が俺の左手をがっちりと掴んできた。


「エリザ……何を?」


 俺は、この状況がイマイチ理解できないでいた。

 彼女はいったい何をしたいのか? 俺が疑問に思っていると――


「ほら、クロー……」


 ぷにん。


 耳元で少し色っぽい彼女の声が聞こえ、背中には柔らかなおっぱいが押しつけられている。


「エリ、ザ?」


「クローのお背中をお流ししますね」


 どうやら彼女は俺の背中を流したかったらしい。俺の耳元で彼女の色っぽい声が聞こえる。


「ちょ、エリザ?」


 それから、彼女は俺に体重を預けてきて、俺をお風呂場の方へと促す。


「クロー行きましょう」


「え、エリザ。そんなにおっぱいを押し付けなくても、これは気持ちいいが、今は不味い色々とまずいのだ……」


 柔らかなおっぱいが背中に当たり、俺の思考は彼女のおっぱいでいっぱい、自重していた男の象徴が元気になっていく。彼女の視線も自然と下に……


「!?」


 彼女は驚き息を呑んだようだが、それも一瞬のことで、すぐに笑みを浮かべている。


「エリザ……」


「ふふ、クローわたくし頑張りますわ」


 そう微笑む彼女。彼女にはまだ早いと油断していた俺、気づいた時には彼女に連れられお風呂場の中に立っているのだった。


「ふふふ……」

「ふあぁぁぁぁぁ……」


【悪魔大事典第29号ナンバー960の契約履行を確認、儀式を無事達成】

【今後は悪魔格、第10位のため、年間10万カナの納値義務が発生します】


 そう、これは俺が彼女を妻と認めた瞬間に、聞こえた悪魔の囁きだ。


 彼女との護衛契約は達成。契約は更新されているのだった。

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