第27話
国境門を抜けてゲスガス小国に入国した俺たちはすぐに宿を探した。
しばらく辺りを見渡しながら歩くと、この村で一番大きな建物を見つけた。
ベッドの絵が描かれた看板があるのでここが宿に違いない。外に馬を繋ぎ彼女と中に入ってみる。
「いらっしゃいな」
入ってすぐに、落ち着いた感じの女将さんが出迎えてくれたが、宿の中は閑散としていた。
ただ、ここからでは見当たらないが、客や従業員らしき気配が複数あるので、そこそこお客は入っているのだろう。
「何名様ですか?」
「二人だ。それで……」
国境門の村だったので、あまり期待してなかったが、この宿にはなんと、ひと部屋だけお風呂つきの部屋があると言う。
「その部屋がいい。一泊頼めるか?」
「はい! ありがとうございます。
そちらの部屋は二人部屋になってますが、朝、夕の食事を含めて銀貨六枚になります。
ただし、お風呂をご利用の場合は……別途、使用料金として銀貨……五枚必要になります……が、あの、その……」
お風呂のある部屋を利用したいと返した後の女将からの食いつきは凄まじいものだったが、お風呂の使用についての説明に入った途端、尻すぼみ声が小さくなり最後の方はほとんど何を言っているのか聞き取れない。
「すまないが、もう少し大きい声で話してくれるといいんだが」
「は、はい。申し訳ございません」
女将さん曰く、何でもお風呂場の水廻りには、水の魔石と火の魔石が埋め込まれているらしくそれが非常に高価。
以前は国境門の村だけあって、人の行き交いも多く栄えていて国境を越える貴族が必ず利用してくれていたそうだ。
だが長引く内部紛争でその利用者はめっきり減り、今では、設置していても維持する経費がバカにならないらしく、そろそろ取り外そうかと思案していたそうだ。
ちなみに、魔石というのは魔力を保有している石のことでこれは魔物の体内にある。他にも鉱山などて採掘できる魔鉱石いうものあるらしいが、今は割愛しておこう。
それで話は戻るが、魔石は冒険者が魔物を狩りそれで得る。
それからギルドへと流れて市場へと出回る、まあ、これは狩った時点で属性が宿っていればの話で、ほとんどの場合は、何の属性もない無魔石が多く、クルセイド教団や、国(魔術師を抱えている)が一度買い上げ、その無魔石になんらかの属性を与える。
それを再び市場へと流しているのだとか。必然的に教団や国にお金が集まる仕組みになっている。
流通するまでにそれだけの手間が掛かっているのだから、当然、ここに設置している小さな火や水の属性付き魔石でも非常に高価になってしまう。
これで、そのお風呂の使用が割高になっている理由がわかった。
まあ、俺は割高だろうが、なんだろうがお風呂に入れるのなら全て呑む。ゴネる理由なんてないのだ。
「構わない。それでいいぞ」
「へ? ……よろしいの、ですか? ありがとうございます。
あの、その、ただ、もうひとつ申し上げにくいのですが、お風呂のあるお部屋はあいにくと、ひとつしかなく……お二人様、ご一緒のお部屋となりますが、よろしいでしょうか」
女将さんが言い難そうに口ごもりながら、ちらりと彼女の方を見たので、俺も釣られて彼女を見る。
ちなみに、この世界の貨幣価値は俺の記憶と照らし合わせるとこんな感じだ。
石貨 一枚= 10円
銅貨 一枚= 100円
大銅貨一枚= 1,000円
銀貨 一枚= 10,000円
大銀貨一枚= 100,000円
金貨 一枚= 1,000,000円
一泊食事付で一人三万くらいで、風呂に別途五万が必要になる。かなり高いが、俺は気にしない。
「俺はこの部屋がいいんだが、エリザはこの建物の中なら安全だろうから、別々のへ……「同じ部屋で結構ですよ」
彼女が不思議そうな表情を向けながら俺の言葉を遮る。
「いいのか? 俺と同じ部屋だぞ」
「はい。断る理由がありませんよ」
「……そうか」
そんな彼女に、俺のほうが不思議に思ったのだが、すぐに納得できた。
俺たちすでに狭い牢馬車の中で三日ほど寝食を共にした仲だ。
その間だって色々あった。ほらトイレ……けふん。
だから、俺はそこそこ信用があるってことだろう。
――ふむ。ならば俺から断る理由はない……か。
「と言うわけだから、女将さん。その部屋でいい。そこを一泊たのむ。それと外に馬を一頭繋いでいるから、その馬もお願いできるか?」
「はい。馬宿の利用に馬の世話、合わせますと別途、銀貨が一枚になりますが、それでもよろしいですか」
「もちろん構わない。それでいい」
どこかホッとした様子の女将さんに俺は馬の世話の代金を含めた銀貨十二枚を支払い、引き換えに部屋のカギを受け取った。
「では、お部屋へご案内いたします」
「いや、大丈夫だ」
部屋は一番奥の突き当たりの部屋だというので案内は断った。真っ直ぐ進むだけなら迷うはずがない。
「では、ご夕食のお時間まで、もうしばらくお時間がありますが、ご夕食の際は、こちらの右奥に併設された食堂で召し上がってください」
そう言った女将さんが奥にあるらしい食堂に顔と手を向けた。
「あっちだな、分かった」
「はい。では食事の際は、お部屋のカギを提示すれば二重に料金を取るようなことはありませんので、よろしくお願い致します」
「分かった」
なんでも、今は宿よりも食堂を利用するお客の方が多いのだとか。慣れてくると気さくでよく喋る女将さんだった。
「美味しいとよく言われます。期待してくださいね」
「ああ、楽しみにしとく」
女将さんに片手をあげて、別れを告げると早速お風呂のある部屋へと向う。
悪魔に転生してから、一度だってお風呂に入ってない。今まではずっとクリーン魔法で済ませていた。
ちなみに彼女にも馬車の中では毎日クリーン魔法を使っていた。
だから俺は、久々のお風呂が楽しみでならなかったのだ。自然と歩む足も早くなる。
「おっ、エリザ。ここみたいだぞ」
奥にあったドアを開ければベッドが二つ寄せて設置しているだけの他に何もないシンプルな部屋だった。
「何もないんだな」
「そうですわね」
――まあ、これはこれで、スッキリしてていいか……
ドアを閉めて中に入ると、イスがないのでベッドに腰掛けてみたが、あまりクッション性はよくないようだ。
――まあ、床よりはマシって感じか……んっ? あれは……
奥にもドアが一つあった。あそこがお風呂場っぽい。
――そうだ、お風呂だ。風呂に入ろう。
「エリザ。俺はお風呂に入ってサッパリしてくる。上がったら、夕食の準備も終わっているだろうから、食堂に顔を出してみような」
「はい、それがいいですわね」
この部屋に脱衣室なんてない。それでも俺は構わず服をポンポン脱いでいく。彼女しか居ないんだ俺は気にしないよ。
後は――
――ふふふ、これがないとな。ああ、久しぶりの風呂だ……くぅ〜胸が躍る。
はやる気持ちを抑え、俺は所望魔法でシャンプー、リンス、石鹸、ボディタオルなどの湯船のセットをポンポンポンッと次から次に出していく。
「これで準備はオッケーだ。エリザも入る時に、これを使っていいから……ぇ?」
俺はすでにすっぽんぽんの状態だが、話しかけた際、彼女の方へと振り向くと、彼女もなぜかすっぽんぽんの一糸まとわぬ姿になっていた。
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