第26話


 馬で少し走り、周囲に誰もいないことを確認した俺は、魔力で具現化していた騎士の鎧から冒険者風の服に変えた。


 彼女はもちろん落馬しないように、俺の両腕の中で横向きに座り、俺の腰に両腕を回すかたちで騎乗している。


 これが淑女の乗り方らしいが、彼女は俺の胸に顔をあて密着しているからおっぱいの柔らかさが直に伝わり、大変嬉しい状況でもあった。


 途中ローエル領の逃げた騎士を始末して戻って来た黒騎士三騎と遭遇してしまったが、同じように悪魔法の餌食にしてやった。


 抜剣した長剣を杖代わりにしていた黒騎士。今頃うまく王太子たちと合流できだろうか? 俺はまだ無理だと思っているが、あんなヤツでも一応この国の王太子だ。


 あの場に引き連れていた黒騎士は全て戦闘不能にしてやったが、他にも追手が潜んでいるかもそれない。


 だから俺は、服装を変え微かに捉えた国境付近に点在する村人の気配を頼りに馬を走らせている。

 冒険者に扮してとっととこの国からおさらばするのだ。


「エリザ、もっと飛ばすぞ。しっかり掴まっててくれ」


「はいっ」


 力強い彼女の返事と共に、彼女が俺の腰に回していた両手に力を入れた。


 ぷにゅん。


 さらに押しつけられた彼女のおっぱいの柔らかさがモロに伝わってくる。


 ――うほっ……


 俺は、その柔らかさをたぷっり堪能しながら、走らせている馬のスピードを上げた。


 ――――

 ――


 お利口さんに走ってくれる馬に回復魔法を施しながら二時間くらいだろうか。すでに日が傾きオレンジ色の空へ変わっている。


 心配していた黒騎士からの追跡や待ち伏せはなく俺の目には大きな河を捉えている。


「見てみろエリザ。河だ、大きな河が見えてきたぞ」


「そうなのですか、わたくしの目ではまだ見えませんが……」


 彼女が言うには、あの河が国と国の境でトホホ河と言うらしい。

 ゲスガス小国の領土はあのトホホ河を渡った先になるようだ。


 取り敢えず、あの国境さえ越えてしまえば、いくら王太子とはいえ、そう簡単に追っては来れないだろうし、ひとまず安心ってところだろうか。


「でも、早かったですわね。予定では、もう一泊は野営を覚悟していたのですが」


 彼女が少し残念そうな顔をしている意味がよく分からないが、震えていた彼女はもういない。いつもの彼女に戻っている。


「二人乗りとはいえ馬車での移動より確実に速いからな。それに回復魔法も使い全速力で走らせたからな」


 お前も困惑したか? そう言ってから俺は馬の首の後ろを撫でてやる。まあ返事はないけどしっぽを振り振りしている。虫でもいたのだろうか。


「ふふ、そうでしたか」


 国境門のある村の近くになると俺たちは馬から降りて、その馬を引きながら二人で歩く。


「誰もいないな」


「そう、ですわね」


 ゲスガス小国は現在も内部紛争状態にあるらしく、そんな危険な国に、わざわざ国境を越えてまで足を運ぶ物好きはいないようだ。


 利で動く商人なら見かけてもおかしくないだろうに、そんな商人すら今は見当たらない。タイミングが悪かったようだ。


 そんなことを思い巡らせていると隣を歩いている彼女がそわそわしている。


「? どうした」


 気になった俺がそう尋ねてみると、彼女は少し言いづらそうに口を開いた。


「ね、ねぇクロー。わわたくしと腕を組んでくれませんか……」


 ――へっ?


 彼女は言ったそばから恥ずかしくなったのか、俺の返事を待つまでもなく「えいっ」と言う可愛い声が聞こえ、彼女が俺の左腕に腕を絡めてきた。


「クローの返事が遅いから悪いのよ」


「そ、そう、なのか?」


 彼女の思わぬ大胆な行動に少し驚くが、もしかしたら、こっちが素の彼女で、元々活発的な性格なのかもしれない。あの夢で見た幼い頃の彼女のように……


「うん。ふふふ、いつかしてみたいと思って憧れていたの、でもなかなか機会がなくて、ね」


「お、おう」


 彼女の大きなおっぱいが当たって気持ちいい。彼女が歩くたびに大きなおっぱいが、ぽよん、ぽよん、と俺の左腕に当たったり離れたりと俺の男心をくすぐる。


 ――ふおぉぉぉ……


 それからすぐに俺の胸の奥から何かが込み上がるとともに前世の記憶が過る。


 ――!? 


 その前世の記憶の中では知識はあってもその経験はないもの。


 ――俺が……腕を組んで歩いている……だと。


 辛うじてある似たような記憶といえば、手を繋ごうとして断られたことくらい……って断られているのか俺は。軽くショックを受けるも左手腕に当たる……


「おっぱいが気持ちいいな」


 いけね。考えていたことが漏れてしまった。ある意味本音が漏れてしまったようなものだ。

 本能というか、これは悪魔の性ってヤツで油断するとこうなるから俺も大変なのだ。


 彼女もせっかく腕を組んだのに雰囲気もあったもんじゃないだろう。


 ――ああ、彼女からの軽蔑の眼差しが向けられ……


「ふふ、そうですか」


 ――……てない? どういうことだ、彼女は既に諦めている? いやいや、そんなはずはない。俺はかなり我慢して我慢して、ずっと紳士的に勤めていたのだから。


 笑みを浮かべた彼女はどこか嬉しそうだ。


 ――なぜ?


 彼女はすぐに正面を向き直したが、まだ口元が緩んでいる。足取りも軽そうだし、何か良いことでもあったのだろうか。


 ――!? ああそうか。


 少し考えてピンときて思い出した。彼女が「腕を組んで歩きたかった」っと言っていたその言葉を。


 ――なるほど、なるほど。高位の貴族令嬢とは、なかなか不便なものだな。


 そう結論つけた俺は嬉しそうな様子の彼女を横目におっぱいの柔らかさを堪能する。


 そんな俺たちが国境門のある村に足を踏み入れた時だった。


「おい、お前たちはこの国境を越えるのか?」


 突然、この村の警備兵らしき者から声をかけられた。


「ああ。そのつもりだが何か問題でも」


 俺は少し警戒を強め、その兵士に返事すると、


「いや。お前たち紛争状態の国に向かうなんて、よっぽどのことなんだろうなと思ってな。しかもこんな時間だ、駆け落ちでもするのか?」


 分かっているんだぞ、といった感じで、にやにやとその兵士が人の良さそうな顔を向けてくる。

 

 悪いヤツに見えないため俺はどう説明しようかと思っていると、彼女が先に口を開いてしまった。しかも嬉しそうに。


「実はそうなの。でもよくお分かりになりましたね」


「まあ、そんな姿を見せられればな。誰だって思うさ。俺も若い頃は……」


 その兵士がしみじみとした表情で何やら語り出そうとするので――


「国境門はこのまま進めばいいのか?」


 分かっていてその兵士の話を遮った。すまん。たぶん聞いていたら日が暮れる。


「おっと。悪い悪い。国境門はこの道に沿って進めばいい。荷物も少ないようだし、そうだな。今の時間だったらまだ間に合うだろうから。

 あ、通行料は一人あたり銀貨が一枚いるからな。それを払って犯罪歴がないか魔法水晶に手をかざす、そんなもんだ」


「なるほど、助かった」


「なあにいいってことよ。可愛いお嬢さんだ。幸せにしてやれよ」


「あ、ああ」


 片手を挙げて応えると、俺たちはそのまま進んで国境門を目指す。


「ふふ、ふふふ……」


 その間、彼女は終始笑顔だった。そんな彼女を見ていると、俺も胸の内がぽかぽかして気持ちがいい。


 だが、ふと、兵士の言葉が引っかかった。「犯罪歴がないかを調べる」その言葉が。


 彼女は国外追放とされているから罪人になるんじゃないのか? と……


 しかも、彼女を搬送していたローエル領の騎士はすでにいないから……


 ――あれ……これは脱走犯の可能性も出てくる?


 左腕はおっぱいで気持ちいいが、それを頭の隅に置いて、俺はもう一度冷静に考えてみる。


 ――落ち着け……仮に彼女がここで捕まったとしたらどうなる……


 彼女はローエル侯爵家の元令嬢、ここの国境警備兵でもその家名くらい知っているだろう。


 状況確認ができるまでは無下に扱われることはないだろうが、それだと確認のために送られて来たローエル領の騎士に消される恐れが出てくる。


 そうなれば彼女はどうにかして逃げ出さなければけならなくなるが、でも国境は越えられない。


 ――ん? 


 じゃあ、あの王太子がローエル領の騎士を殺したのは、あの場で彼女を確保できなかったとしても、他領や国外への逃亡を未然に防ぐためだった?


 罪人扱いの彼女一人では、このトーナル男爵領からも出られないし、当然街にも入れない。


 そうなれば平民となった彼女にできる手段なんてどこかに隠れ潜むくらいだが、元侯爵家の令嬢が何の準備もなしに逃げ続けることなど不可能だ。食べるにも困るだろう。


 だから王太子は、仮にあの場で取り逃したとしても彼女をこの領内に彼女を留めてさえいれば、いつでも彼女を確保できる。


 ――あのバカ王太子、バカじゃなかったのか? いやしかし、何か納得が……あれ? いやまてよ……


『手はず通りに、やれ』ふと、彼女の親父、ローエル侯爵の言葉を思い出す。


 俺はこれを彼女を消すことだと単純に考えていたが、よくよく考えてみたらこれはいろんな意味に捉えることができる。


 もしかしたら、ローエル侯爵と王太子の間では、すでに何らかの取引が交わされ、引き渡す手はずとなっていた可能性もある……


 それだと王太子の『もう僕のものだ』という狂った発言にも納得できる部分が出てくる。


 彼女を駒としか思わずにいたあのクソ親父ならば、使えなくなった彼女を、最後まで利用する手立てを考えていたとしても不思議ではないのだから。


 だから早くから情報を得ていた王太子は待ち伏せができた。


 思い返せば彼女を護衛していたローエル領の騎士も騎士らしからぬ品性下劣な輩ばかりで練度も低い。殺されてもなんら問題のない輩ばかり集められていたのではないのか?


 ――ふむ。


 まあ、俺が今そう思おうが、ここには証拠も何もない。正しいのかどうかも分からない。これはあくまでも俺の独断と偏見によるもので、ただの自己満足に過ぎないからな。


 まあ、彼女には俺がついているんだ。こんなとこで捕まるはずない。

 だが、念のため確認はしておくべきだろう。


「エリザ。ちょっといいか?」


「どうかしましたの?」


「ちょっと確認したいんだ」


 その言ってから俺は彼女に顔を近づけた。


「え、ええ! ……く、クロー。こんなところで」


 なぜか彼女が顔を真っ赤に染めてしまったが、俺は構わず、彼女の顔に優しく片手を添え、その瞳をそっと覗き込む。


「も、もう。クローったら。わわかりました」


「やっぱり……「ちゅっ!」」


 ――え? 


 俺はただ、彼女に罪人の呪いが刻まれていないのか、その瞳を見て確認したかったのだ。


 俺の、悪魔の目を持ってすれば、わざわざデビルスキャンを使わなくとも、相手の瞳を覗き込むだけでそれが分かる。呪いの刻印は瞳の中に現れるのだから。


 そして、その刻印は彼女の瞳の奥にしっかりと刻まれていた。確認して正解だった。


 そうと分かれば、呪いなんて悪魔の十八番で、その逆も俺にとっては容易。


 ただ、彼女は俺がキスを求めていると勘違いしてしまって、これに応えてくれた。


「どどうかしら。あら、その顔……ご、ごめんなさい。少し早く離し過ぎたかしら。その、すこし恥ずかしくなってしまったの。そ、その初めてだったから……」


 その彼女は耳まで真っ赤になった顔を背けながらも俺の反応を気にしているようだ。


 ――や、ヤバイ。初めてとか……そんな顔をされると……そんな意味じゃなかったなんて絶対に言えん。


 それに可愛い娘にキスされれば誰だってうれしいものだ。ましてや俺は悪魔。本能ではもっとだと、訴えてくる。

 彼女のキスはどうしても俺の心を昂らせるのだ。だから俺は、


「ふむ。今のは早すぎだな。すまないが、もう一度してくれるか」


 もう一度彼女にキスを求めた。


「え? も、もう一度なの……ここは人目があるからダメなのに……」


 さすがに二度目となると彼女も一度は拒んできたが、


「エリザ頼む」


俺がさらに頼んでみると、


「……も、もう一回だけよ」


 恥ずかしそうにそう言ってからもう一度、俺に唇を合わせてくれた。


 今回もまた恥ずかしいらしく彼女は唇が触れるとすぐに離したが、先ほどよりも二秒くらいは長めにキスをしてくれた。

 何だかんだ言いながらも無理を言う俺に合わせてくれる彼女は寛大なのだろう。可愛いし。


 もちろんその間にしっかりと解呪もした。


 ――よし。


 彼女の瞳の奥にあった靄が綺麗に無くなっている。彼女から罪人の呪いが消えた証拠だ。


 ――これでもう大丈夫だろう。


 その後は普通に国境門を抜けるつもりだったが、よくよく考えたら、魔法水晶に触れることで国外に逃げたと記録が残ってしまうのでは、と疑問に思った俺は――


「よしエリザ。ここは素通りするとしようと思う」


「えっ?」


 俺はエリザの返事を待たずして、補助魔法:認識阻害レベルMAXを俺とエリザそれに馬に掛ける。


「認識阻害の魔法を使った。このまま黙って通り抜けるぞ」


 彼女は元侯爵令嬢なだけあって頭の回転が早い、すぐに察してこくりと頷いてくれた。


 国境警備兵は四人いたが、誰も通らない国境門に気怠そうに寄りかかっている。

 俺たちは黙ってその門を通り抜けていく。


 彼女も俺も無言で通り抜ける。手綱を引かれる馬も大人しくついてくる。


 ――よしよし。いいだ。


 こうして俺たちは無事に国境門を通り抜けた。


 あとは百メートルはある不可侵領域トホホ河大橋を抜けてゲスガス小国側の国境門を通り抜ければ入国となる。


 ここでは馬に乗り少しだけ急ぐ。もうすぐ日が暮れる。彼女のためにも早く国境門を抜けて宿を抑えたかった。


 馬で駆ければすぐにゲスガス小国側の国境門に近づいたので、同じく馬から降りる。


 少し警戒しつつ国境門に近づいたが、先ほどと似たり寄ったり。誰も通らない国境門に、国境警備兵が四人立ってはいるが、欠伸や雑談をしていて気が緩んでいる様子。


「よし、行こうか」


「はい」


 囁き声での会話だが、彼女からの返事は強い意思を感じた。


 そして無言で歩いた俺たちは、国境門をすんなり通り抜けゲスガス小国に入国した。


 まだゲスガス側の国境門の村だが、俺は、彼女を無事、国外へ連れ出すことに成功したのだった。

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