第24話

 俺が相手の出方を待って様子を窺っていると、派手なマントを纏った一人の黒騎士が前に歩み出てきた。


 ――なんだ、あいつ。


 その黒騎士は他の黒騎士たちと違って鎧に金の紋様が入り邪魔にしかならないゴテゴテした装飾が施されている。見るからに身分は高そうだが、ただそれだけ。実力も低そうだし俺なら瞬殺できるだろう。


 その黒騎士が不意に立ち止まったかと思えば、被っていたヘルムを脱いだ。脱いだ瞬間、そいつは頭を少し振り前髪をサッと掻き上げる。


「ふっ」


 ささっ、ささっと二度ほど前髪を掻き上げると満足したらしく金色の髪をなびかたそいつがこちらにその顔を向けてくる。

 金髪のイケメンの美少年だった。


 ――ん?


 イケメンだが見た瞬間、俺は眉をしかめる。なぜかムカついたのだ。どこかで見たことあるような、ないような。

 そんなスッキリしない胸のモヤモヤ感が気持ち悪い。女だったら間違いなく覚えていたのにと、自分の思考の残念さを嘆く。


「やぁ、エリザベス。この僕が、悪女のお前をわざわざ迎えに来てやったぞ」


 そいつが、両手を小さく広げて笑みを浮かべて戯けて見せるが、いちいち芝居がかった仕草が俺の癇に触る。


「王太子……殿下!?」


 どこかで見たことのある顔だが、思い出せない。しかも見ていてなぜかムカついてくる。俺がひとり顔を顰めていると、抱いていた彼女からはそんな声が漏れてきた。


「あなたが、なぜ、ここに……」


 彼女にしては珍しく狼狽しているように思えたがすぐに納得する。


 ――そうか、俺も思い出したぞ。奴が婚約破棄したヤツだな……しかし、気に入らんな……


 俺は夢での出来事を思い出し気分が余計に悪くなったが、ローエル領の騎士を射殺していたヤツの狙いも知りたい。今だけだと己を納得させ黙って様子を窺う。


「あはは。何って、エリザベス。君の望み通り迎えに来てやったんだよ。

 落ちぶれた君をね。君は今や平民だ。僕はそんな君を憐れに思ったのさ。

 なぁに、婚約者だったよしみだ。君は特別にこの僕の性奴として傍に置いてやるぞ。ふふふ、光栄だろ。僕の性奴として一生傍で仕えるんだ。さぁ、早くこちらにおいで僕の性奴ちゃん」


 そう言ったヤツが、大きく両手を広げる。腕の中に飛び込んで来いとでも言いたいのだろう。だが――


「せい、ど……わたくしが……あなたの……あなた何を言ってるの?」


 彼女は理解できずに首を振る。


「あはは、いぃや。お前は間違いなく僕の性奴だ。今やお前の身分はすでに平民。十分じゃないか、平民にまで落ちぶれたお前を王族であるこの僕が拾ってやるんだぞ。

 でもいいか、分かっていると思うが、これからお前は股は開いても、僕への口答えは許されないからな。前みたいにな……

 速い話が身体だけの女ってこと。僕の欲求を満たすだけの女なのさ。

 ハハッ、この僕のためだけに腰を振ってもらう……ずっとずっとずーっとだ。

 あぁ考えただけでもゾクゾクしないかい? 元侯爵令嬢の君が僕の性奴だなんて……

 ぷっ、ははは、いいぞ。これはいい。思ってた以上に愉快だ……

 お前は理解を示さなかったが、王宮には僕を狙う女狐が多い。だから僕も色々と溜まって大変だったのだ。

 それなのにお前は、その身体に僕が触れようものなら、いつも何かと理由をつけては拒み、ハグらかし、挙げ句の果てには無表情の顔を僕に向け愚弄した……

 僕の婚約者ならば進んで身体を差し出しても当然なのにだ。それなのに……、まあいいさ。そんなお前も今や……くくく、あはははっ、いいざまだな」


「……それはまだ正式に婚姻を交わしていなかったからです。それに王太子殿下、お忘れですか? 王族に嫁ぐものは純血を……」


「うるさいっ、黙れ! そうやっていつも僕のことを小馬鹿にして見下しやがって。

 だから僕は、その拒みつづけたお前の身体を抵抗できぬよう手足を縛って、犯して、犯して……犯してまくって、その卑猥な身体を……その身体を……あん? あぁ?」


 流暢に言葉を発していたヤツ王太子が突然首を捻りはじめた。


 ――ほう、あの反応は……認識阻害か。


 どうやらヤツは、彼女に与えた装備品に付与した認識阻害によって彼女の身体を認識できないでいるらしい。


 ――ぷふっ、そうか、そうか。エリザは以前から奴を拒んでいて、今も奴には認識されたくないと……くくく、こりゃいい。


 俺は狼狽するヤツを見て、自分でも信じられないほど楽しくて愉快な気分になった。


 少し前まではヤツが何か言葉を発する度に黒い衝動が湧き上がり堪えるに必死だったというのに……


 ――ふふ、ふふふふ……


 なんだこれは、優越感とでも言うのだろうか、胸の内がすっーっと晴れていく。


「ふん、まあいい。おいっ、そこのデク! 命が惜しくば早くその悪女をこっちに連れてこい。その悪女はもう僕の物なんだからな」


 俺の首に回していた彼女の両手に力が入った。


 俺が奴の方に連れていくと思われたのなら不愉快ではあるが、どうもそんな感じではない。彼女がヤツに顔を向けている。その顔は何やら意を決したような顔だった。


「ば……」


「ば? ……なんだエリザベスよ。本来ならば平民に落ちたお前が、王族である僕と直接話すことなどあり得ないのだが、今回だけ特別に許可してやる……ほら言ってみろ」


「バカにしないでくださいっ! 誰があなたなんかの性奴になるもんですか!」


 彼女の身体は小刻みに震えていた。ヤツはあれでも王族であり力のある権力者だ。本来なら、権力のない者が歯向かっていい相手ではない。


 それでも彼女には譲れない何かがあったのだろう。だが、そんな彼女も悪くないというか好ましい。


 ――いざとなったら俺が守ってやるだ。今は好きに言えばいい。いや、どんどん言ってやれ。


 ただ、そう思いはするが、俺が余計なことを言って、彼女の決心が揺らいではいけない。今は黙って見守っていてやろう。


「ハハ、ハハハ……僕は少し、耳がおかしくなったのかな……

 次期国王のこの僕が、性奴にしてやるって言ってやったんだぞ。特別にな。ここは光栄に思うところだろが、お前は哀れで小汚い女なのだから。ん、そうか嬉しすぎて素直になれないだけか? お前はたしかそんなところもあったよな? どうだ何か答えろ」


「いい迷惑です。お断りいたします!」


「……。おかしいな、お前が何を言っているのかよく聞こえないのだが」


「あなた様は頭だけじゃなくて耳までおかしくなったようですね。

 では、何度でも申し上げます。あなたの傍にはいきません。お断りいたします!

 もう、わたくしのことはお構いなくさっさとお帰りください」


 元婚約者しかも王族。そんなヤツに面と向かってここまでハッキリと拒絶するとは思ってもいなかったが、なんだろう、俺は聞いていて気分がよかった。


 ――くくく。いい気味だな。しかし、まあそれで納得するような男ではないんだよな。


 奴は、その怒りが抑えきれないのか小刻みに肩を震わせ、その顔はまるで鬼の形相。ヤツの顔は真っ赤に染まっていた。


「お前っ……この僕に何を言ったのか理解しているのか!」


「当たり前です。いいですか、勘違いなさらないでくださる?

 あなたとは、ローエル侯爵家当主であるお父様が決定したことだから義務として従っていただけです。ローエル侯爵家の繁栄のために……

 わたくしはそう育てられましたから、そうでなければ誰が短慮で暗愚で不誠実なあなたと婚約などするものですか」


 ――ほう。


「……た、短慮で暗愚で不誠実、だと……ふふ、そうか、そうか。なるほどな。君は日頃から、僕のことをそう思っていたのだな」


「ええ、そうよ。この際、はっきりと申し上げますが、あなたは、いつも下心が透けて見えていた。傍にいるだけで気持ち悪くてたまらなかったわ!」


 俺の首に回した両手に力が入っている。どれだけ彼女は心を奮い立たせ頑張っているのだろうか。俺には分からないが、せめて少しだけでも後押しできればと、抱いたままの彼女の背中を優しくさすった。


「気持ち悪い。この僕が……くははは。そうか、そうか……気持ちが悪いのか、くくく、そりゃあなおさらいい。

 あいにくお前の強がりなど、王族であるこの僕の前では何の意味も為さないんだよ。

 すでにローエル侯爵家とは縁が切れているお前は、誰がなんと言おうと悪女であり平民だという事実に変わりないのだからな。

 平民には何の力も権限もない、この意味分かるかい。つまり、いくら喚き足掻こうがお前は僕には逆らえないんだよ、くくく……」


「……っ」


「アハハッ、その顔。悔しいのかい? ならついでに教えてやろう。

 僕は学園に入学した当初からこの計画を立てていた。

 お前をどうにかして平民に落としてやろうとね。君には平民の血が混ざっているんだ。当然だろ。僕が知らないとでも思ったのかい」


「……」


「あはは、それなのに、お前はこの僕に触れさせもしなければ、いつも高圧的で見下していたんだからね。自業自得だよ。

 まあ、仮にお前と、肉体関係になっていたとしても、その扱いに変わることはなかっただろうが、側室と言う名ばかりの性奴。

 端っからお前を表舞台に立たせる気などなかったのだよ。

 いやぁ、さすがに、ここまでうまくいくとは思わなかったよ。

 偶然とはいえ愛らしい男爵令嬢とは出会え、お前は平民に落とすことができた。

 しかも性奴という僕の最も望む形でね。お前の言う短慮で暗愚で不誠実なこの僕のね……見下していたんだろ僕のこと。くっくっくっ。その顔たまらないねぇ。

 愛しの男爵令嬢を利用するのは気が引けたが、彼女には僕の正妃になってもらうからな、この程度は受け入れてもらわないとな。

 これでもう分かっただろ、僕には頭脳があり力がある。

 侯爵令嬢であったお前を、平民にまで落とすほどのな、王族である僕の命令は絶対なんだよ」


 したり顔のヤツが腕を組みケラケラと笑う。


「計画して、た……っ……最低、ほんと最低だわ!」


「ふふ、なんとでも言えばいいさ。

 ほら、理解したのなら早くこっち来い。おまえはもう僕の性奴ものなんだよ」


 自信満々というのか、ニヤニヤといやらしい笑み浮かべて両手を広げるヤツを見た彼女は、何を言っても無意味と判断したのだろう。大きく息を吐き出すと大袈裟に首を振った。


「はぁ……残念ですが、わたくしはもう、この方の妻になったのです。契りも交わしました。だから諦めてください」


 彼女がそう言ってから俺を見上げてくる。


 ――ん? エリザが俺の妻? 


 ヤツが面食らったかのように呆けている。何を言われているのかまだ理解していない顔だ。俺だってそう。だが俺は悪魔だ。

 彼女も本気で言っているはずがない。彼女なりに考えた、この場を切り抜けるための策なのだろう。


 ――……ま、悪くはない策だな。


 正直、奴とのやり取りは聞いてて気持ちのいいものではなかった。むしろ腹が立つ。


 だが、この場を切り抜ける策とはいえ、彼女みたいな美女にそう言われて、気分を悪くする者はいないだろう。現に今の俺は気分がいい。

 口元だってにまにまと緩みっぱなしだ。


 ――ふっ、ふふ……ふふふ……


 だが、そんな状態の俺の顔に伸びてくる手があった。彼女の手だ。彼女の手が俺のヘルムを掴む。


 ――?


 何をするのかと考えはするが、これも彼女の策なのだろうとニヤつく顔で見守っていた。

 すると突然、


 ――なっ!?


 その手が俺の被っている騎士兜を素早く取り上げてしまったのだ。俺の兜は魔力で具現化させているが普通に脱げる。


 俺は緩んだ顔を取り繕うのに必死になった。必死に表情を取り繕っていると――


「エリザ何を……ぅ!?」


 彼女は俺に抱かれたまま上体を起こし俺の口に唇を重ねてきた。


「ん……」


 キスだ。キス。彼女のやわらかな唇が俺の口を塞いだ。その時間が思いのほか長い。


 ――ぬ、ふぉぉ……


 彼女はその顔を真っ赤に染めながら、ゆっくり唇を離すと慌ててヤツの方に顔を向けた。


「わ、わたくしはこの方を心から愛しております。これから先もずっと。だからわたくしはこの方から離れるつもりはありません!」


 ――えエリザが俺を……俺が悪魔だってこと忘れて、ないか。そうだ、これは演技だった……演技。


 彼女はヤツに向かって意思を込めた強い口調でそう叫んだ。

 でも、そう叫んだ彼女の顔や耳は真っ赤でどこか恥ずかしいそうに見えた。


 ――ふむ。演技とはいえ、その顔は……なかなかくるものがあるな……


 まあ、これは彼女にとっても慣れないことだったのだろう。

 抱かれたままの彼女は、何度も俺の方にちらちらと視線を向けてくる。俺の反応を気にしているのだろうか。


「認めん。僕は認めんぞ。王族である僕の命令は絶対だ。誰も逆らうことなどできぬのだっ。

 やはりお前は悪女だ。人が優しくしてやればつけあがりやかって……どうせ、そのクソ騎士もお前がその身体を使って篭絡したのだろう」


「誰がそんなこと」


「いいや。悪女のお前ならやり兼ねん。そうだお前は悪女だったんだ。いいだろう後悔させてやる。この僕の許可なく不貞を働いた罪。コケにした罪。他にもまだまだ余罪はあるが、これだけでも、もう立派な不敬罪だ。

 お前を重罪人として手足を斬り落としやる。

 そして物理的に何も抵抗できない状態のお前を僕が犯す……

 もう優しくしてもらえるなんて思うなよ……お前はこの僕に、股を開いて乞い続けるんだよ。あは、ハハハ、いいね。考えただけでもゾクゾクするね……ハハハハ」


「……な、なんて恐ろしいことを……これが次期国王の発する言葉なの……」


 彼女はそうなる未来を想像したのか、一瞬だけ小刻みに震え青ざめた表情をするが、それでも彼女は負けまいと、かぶりを振ってから、鋭い視線をヤツに向けた。


「……この国も終わりだわね」


「ううるさい、うるさい。黙れ、黙れぇ! その目だ! お前のその高圧的な目! そんな目で僕を見るな! お前はいつも生意気なんだ。その目も抉り取り出してやる。そうだ、それがいい。

 お前はもう僕の性奴なんだよ……性奴は黙って腰だけ振ってればいい……手足もいらない、口だって塞いでやる。ふははは、そうだ、そうしよう。

 おい! お前たち、悪女だけを残して、あの重罪人の騎士を殺れ! 僕の性奴ものに手を出したことをたっぷり後悔させてな……

 あ、いや、待て……抵抗するようなら、その悪女の手足の一本や二本、切り落としてもかまわん、僕の性奴ものでありながら不貞を働いた罪がいかに重いか、身をもって思い知らせてやれ!」


「「「はっ!」」」


 ヤツの命を受けた黒騎士たちが揃って抜剣する。


「くははは、この僕から逃げられると思うなよっ」


 抜剣した黒騎士たちがジリジリと包囲網を狭め詰め寄ってくる中、ヤツの高笑の声が辺りに響いた。

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