第21話

【契約者エリザから感情値200カナ獲得した】


 俺は、頭の中に響くそんな無機質な声で目が覚めた。

 馬車内はまだ暗いが鉄格子越しに見える空はうっすらと白くなってきている。もうすぐ夜が明けそうだ。


 ――?


昨日より貰える感情値が増えてないかにゃにゃん??」


 左手のひらに浮かび上がるようになった感情値の合計。俺がこの世界に召喚されてから得た数字だ。俺はその数字を見て呟いた。


 まあ実際には猫の姿なのでにゃんにゃんとしか呟けないんだけど。


 心当たりがあるとすれば夢の中での出来事。

 あの夢が彼女とどう繋がっていて感情値にどのような影響を及ぼしたのかなんて理解できるはずもないんだけど、あの毎朝頭の中に響く無機質な声の正体が何なのか、二度目にしてやっとある知識と繋がった。


 あれは〈悪魔の囁き〉というものらしい。


 とは言っても悪魔神の庇護下にある悪魔に与えられた恩恵ってことだけで、それ以上の知識はないんだけどね。


 ――まあ、監視されているってことだろうな……


 知識にない以上、考えたって無駄なこと今は素直に感情値が増えたことだけを喜んでおこう。


 ――ん?


 彼女はまだ浅い夢の中にいるようだが、俺は数人の騎士らしい気配がこちらに近づいて来ているのを察知した。


 ――三人ね……


「おいっ大丈夫か!」


 それからすぐに牢馬車の外が騒がしくなったのはいうまでもない。


 ――――

 ――


「……昨日よりも隊列が乱れてますわね。少し気が緩んでませんか?」


『うむ、そうかもしれんな。くくく』


「でも、どうしてなのかしら。あの三人の騎士は鞍にも座っていませんわよね。よくあの姿勢のまま、馬に乗っていられますわね」


『ぷふっ……あのあぶみの上に立ち、そのままの体制で騎乗していることを言ってのか。

 それなら何か罰でも受けているんじゃないか。ほらアイツら態度が悪かっただろ』


 ――くくく、一人はう◯ちの出しすぎで、触れることもできないって感じだな。

 んで、あっちの二人はお互いに激しく求め合った結果だろう、くくく……俺は見てないけど。


「そう、でしたわね。あの者たちはローエル領の騎士としては品位が足りていないように見受けられましたね……でもほんとにそれだけかしら」


 俺の頭に視線を感じる。彼女は何やら疑っているのだろうな。実際にその現場(濃厚な接吻の現場)は見ているもんな。


 いや、でもまあ大丈夫だろう。見ているのはそこまでだ。それに彼女はまだ17歳と若い。この手の話にはまだまだ疎いはず。


 ――ふむ。


 俺は彼女の腕に抱かれながら今朝の出来事を思い返した。


 ――――

 ――


「おいっ大丈夫か!」


 巡回騎士のそう叫ぶ声が聞こえた早朝のこと、その騎士たちは牢馬車の後ろで倒れている騎士ゲス男たちに気づいたらしく慌てて駆け寄っていた。


「お前たちは、周囲を警戒しろ!」

「「はっ!」」


 倒れていたゲス男たちも、さすがは鍛えられたローエル領の騎士。


「なんだ……!?」

「どうしたっ!?」


 自分たちのこととは微塵も思わず、駆け寄ってくる騎士の叫び声ですぐに異変が起きたのだ、と飛び起きた。


「!?」


 飛び起きたはのだがゲス男たちはすぐに自分たちの身体に違和感があることに気づいた。


「うっ」

「ば、ばかなっ」


 そう、それは自分たちが共に全裸であること、そしてその身体から漂ってくる、男なら誰もが知っている。あの臭いにベタベタ感。


 そして特に酷いのが身体の倦怠感にお尻。そして自分の分身ともいえる息子。そこが異常に痛いのだ。


 気のせいでは済まされないほどの激痛。彼らは共に顔を歪め視線を落とす。


「なっ!?」

「ぅっ!?」


 お尻は確認できないが、息子がとんでもなく腫れ上がっていることに気がついた。


「ぁ、ああ……」

「ぅ、うぅ、な、なんだよ、これ……」


 自覚すると激痛も増すが、状況もだんだんと理解してくる。

 ゲス男たちは揃って両膝両手を地につけ項垂れはじめた。


「お前たち生きていたのか! 一体何があった、ん? ……だ……」


 そんなこととは知らない、駆け寄ってきていた巡回騎士たち。

 その巡回騎士たちはゲス男たちに近づくにつれ、その歩みがゆっくりとなった。


 はじめこそ盗賊にでも襲われ、身ぐるみまで剥がされているのだ、無事でいるはずがないと半ば諦めつつ彼らに急ぎ駆け寄ったのだが……


 だが突然その倒れていた本人たちが起き上がった。彼らは無事だった。


 では、何故二人は揃って裸でいるのか? 命だけ助けられたのか? 

 なぜかすぐに四つん這いになった彼ら。やはり、命は無事だが、どこかにケガを負っていたのだろうか?


 色々なことを想定してはみるが、やはり本人たちに状況を聞くが早い。

 駆ける脚を早めて近く。だが、彼らに近づけば近くほど何かがおかしいと疑う。


「!?」


 疑いはじめると、それからは早い。巡回騎士たちはすぐに何かを察した。


「うっ……」


 その彼らが身体に何かを付着させていることを。


「おい、これって……」

「ああ、これ、は……」


 近づけば近づくほど心当たりのある独特なの臭いが香っていることを。


 さすがはローエル領の騎士だった。二人の置かれた状況に当たりをつけた瞬間、その巡回騎士の三人は同時に歩みを止める。


「「「……」」」


 それから巡回騎士たちは、首だけを小さく動かし向き合うと無言で頷くと、その内の一人の騎士が声を張り上げた。


「こ、これ以上の進行は危険を伴う。退却だ、退却する。速やかに退却せよ!」


「「はっ!」」


「だ、だが焦るなよ慎重にだ。決して奴らを刺激しないよう、慎重にな。もちろん絶対に目だけは離すな」


「「はっ」」


 そして、その巡回騎士たちはお尻、いや背中を絶対に見せないよう正面を向いたままの奇妙な動きで、ゆっくりとゆっくりと後ろ足にその場から離れはじめる。


 ゆっくり、ゆっくり。決してお尻、いや弱点を見せず彼らを刺激しないように……


『ぷっ、くっくっくっ』


 俺はそれを鉄格子越しに眺めていた。


「お、おい待て、違う。違うんだ」

「そこを動くな。話を聞けって……」


 当の本人たちは倦怠感のある身体だが必死になって立ち上がり真っ青になりながらも走りはじめた。


 ゲス男なりに弁解したかったのだろう。


 そこで驚いたのは後ろ足で後退していた巡回騎士たちだ。

 二人を刺激しないようゆっくりと退却していただけに、まさか追いかけてくるとは思っていなかったのだ。


『あらら……』


 しかもゲス男たちは全裸、ガニ股で後を追うその行為がかえって悪い方向へと運んだ。


「ああぁぁ、お、犯されるっ!」

「た、助けてくれぇぇ」

「だ、誰かぁぁぁ」


 無理もない。全裸のゲス男たちが大きく腫らした息子を振り回して追いかけてくるのだ。しかも、二人が愛し合った行為のあとすら見える。


 恐ろしくて堪らなかっただろう。あんなの俺でも恐ろしい。


「誤解だ。ってこらっ! 待て、待てと言ってるだろがっ!」

「話を、話をさせろっ! おいっ!」


 身の危険を感じた騎士たちは「襲われるっ」「犯される」「俺たち狙われてる」と叫びながら逃げ回るものだから、瞬く間に、他の騎士たちまでが知ることとなった。


 ここに遠征中の護衛騎士たちとって恐怖でしかない男色騎士が二人も誕生した瞬間だった。

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