第18話
ゲス男が彼女の身体を舐めるように眺めてからペロリと舌舐めずりをする。
「へへへ」
そのゲス男はそのまま中に入ろうと頭を突っ込んできたのだが――
「うっ」
盛り上がった両肩の筋肉が狭い入り口の縁に引っ掛かったらしく、そのゲス男は一度頭を引っ込める。
「い、いやよ」
その間、彼女は何か妨げる物がないかと、馬車内を必死に見渡すが、車内にそのようなものなどない。あるとしてもトイレ用の桶だけだ。
「ちょっと! 入ってこないで!」
彼女がそうしている間にも、先ほどのゲス男が、今度は両手を先に入れてから次に頭を入れてきた。
夜目のきく俺には短髪ながらも少し脂ぎった頭皮が薄らと見える。
「こいつは入口がキツくていかん。まあ、その分逃げ道もないんだがな、ぐへへ」
騎士である体格のいいゲス男にとって、牢馬車の入口は狭いらしく、両手をついて身体を捩りながら通り抜けようとしている。
ただ通れないことはないがゲス男にはぎちぎちで通り抜けるに時間がかかりそうに思える。
――有力な情報でも貰えるかと思ったが、こんなヤツもういい。
『エリザ。よく我慢した。あとは俺に任せろ』
――ちっ、もっと早く動くんだったわ。
俺は震えながらも必死に堪えている彼女の両腕から飛び出すと、入り口に嵌っているゲス男に向かって猫パンチをお見舞した。
もちろん鋭い爪で突き刺すことを忘れてはいけない。
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!
「うわっぷ」
ゲス男は両手で懸命に払いのけようとしているが、そんなことで怯む俺じゃない。
俺はゲス男の額を集中的に狙った。
『くくくく。少しは男前に見えるかもな』
俺は騎士の額にう◯こと刻んでやった。結構深くやったからキズが癒えても傷跡は残るはずだ。
「いて、痛ぇ! このバカ猫っ、俺の額を爪で何度も刺しやがった! 殺すっ。ぶっ殺してやるっ!」
ゲス男の口から汚ならしい唾が飛んでくるので、それを軽く使った風魔法でお返ししてやる。
「ぶふっ」
俺の思い描いた通りゲス男は自分が飛ばした唾を大量に自分で浴びている。
「くそ猫がぁぁぁ」
それでも俺への苛立ちからか、そのゲス男は怯むことなくまだ入ってこようとしている。諦めが悪い。
『ふん。許可なく俺とエリザの空間に入ってくんじゃない』
今度はほんの少しだけ本気だす。俺はそのゲス男の汚ならしい面に向かって魔力を込めた猫パンチをお見舞いする。
小さな猫のパンチでも俺が少し魔力を込めるだけで鉛で殴ったような威力を簡単に出すことができるのだ。
ゴツンッ!
「ぶひっ!」
俺の猫の手にグシャリとした感触。ゲス男の鼻は折れてぐにゃりと曲がっていた。
「ぐああぁぁぁっ、は、はながぁっ……」
折れた鼻が痛くて堪らなかったのだろう。ゲス男は馬車内から頭をぶつけながらも顔を引っ込め折れた鼻を両手で押さえた。
――まだ終わりじゃないぜ。
俺は二本足立ちになり右手を騎士たちに向けた。
「ぐぅぅ、くそがぁぁ! 野良猫の分際でぇぇぇ」
一方のゲス男の方はというと、痛さに鼻を押さえつつ牢馬車のドアから少し距離を取っているが、未だに隙あらば俺を殴り殺すとばかりに鋭い視線を向けている。
だがそれだけだ。俺の猫パンチが相当効いているらしく、両手で鼻を押さえたまま動けずにいた。
「おい、お前、その血は……」
もう一人の騎士はというと状況を理解しようと馬車の中を少し離れた位置から覗いたり、鼻を抑えたゲス男のほうを見たりしている。
その隙に俺は早速魔法を使う。今回も悪魔法だ。
『お前たちにお似合いの悪魔法をやる。くらえ悪望っ』
俺の右手から放たれた妖しく光る光が俺の狙った騎士たち二人の頭に向かって飛んでいく。
飛んでいった光は騎士たちの頭にぶつかりスーッと吸い込まれて消えていった。
「がぁ、アガ、ガッ……」
「ぐっ、ガッ。ガッ……」
それからすぐに騎士たちの様子が変わる。突然、苦しそうに頭を抱えてしゃがみ込んだのだ。
『ふむ』
結果の分かっている俺は、すぐに牢馬車に結界障壁を張る。
『これで、よしっと』
「……えっ、今、何をやったの?」
彼女は突然頭を抱えて蹲った騎士たちの変化に俺が何かをやったことまでは分かったらしいが、何をやったのかは分からない。だから俺に尋ねてきたのだ。
『実はな……』
そこで俺は、彼女に使った悪魔法の内容を教えてやった。
『奴らは、抱きたいって言っていたからな。奴らの抱きたいという欲望を爆発的に増幅してやった』
「え! でも、そんなことをしたらまた……」
自分が襲われることでも想像したのだろう。彼女は両腕で自分自身を抱きしめた。
『そこは大丈夫だ。爆発的に欲望を増すと、周りなんて見えなくなるんだよ。
思考を巡らしている暇なんてない、ただ本能が望むままに、目の前に存在する誰かにその欲望を激しくぶつける。だから性別なんて関係ないんだよ。
さてエリザ、ここで問題だ。今、奴らの目の前にいるのはいったい誰だろうな?』
「それは……あの者たちは二人でここまで来ていたから……え、え!? それってつまり……」
俺が正解を伝える前に、牢馬車の外でガサガサ、もぞもぞと何者かが動き出した気配がする。
「ふおおぉぉ」
次に変な雄叫びまで耳に入るようになった。
「ひゃぁぁっはぁぁ……」
ついには奇声らしきものも。
『ちょっと覗いて見るか……うわ、あらあら奴ら、男同士で抱きつきはじめてるわ』
「……えっ、嘘……」
『うわわ、あの二人ぶちゅうってキスしたぞ。かなり濃厚そうな。ううう、うげぇこれは酷い。
と、鳥肌まで立ってきた……これはちょっと……洒落にならん……』
想像以上の悲惨な状況に、俺は慌てて彼女の顔を覆ってやろうとしたが――
「……うわあ。きゃっ、ちょっと男同士でなんで? とても信じられませんわ。あ、あんなところに……」
彼女は意外によく観察しているようだったが顔は赤くなっている。
俺が彼女の顔を見ていると、気づいた彼女が両手で顔を隠した。
「あっ、ち、違うの」
何が違うのか分からないがそれよりも今は、
『お、俺にはもう耐えられん。エリザ、ここまでにしよう』
俺は彼女から返事を聞くまでもなくドアに背を向け後ろ手でドア閉めた。
「ぁ……」
彼女が、少し残念そうな顔をしていたのが気になるが、これ以上は彼女よりも俺が耐えきれない。汚らしい男の裸なんて見るものじゃないのだ。
「ねぇ、クロー。あ、あれっていつまでかしら?」
彼女がドアのほうを向き、少し聞きづらそうに尋ねてきた。
『……あれは他の騎士が起き出すくらい。明日というか、日付が変わっているから今日だな。
今日の明方には正気に戻るはずだ。まあ、その時には他の騎士たちから白い目で見られると思うが、いや恐れられるかもな』
「そう、でもクロー。ほんとに助かりましたありがとう。
あの時は、怖くて怖くて途中からわたくし身体が動かなくなってしまって……」
少し落ち込んだ様子を見せた彼女が正面に座っていた俺を、持ち上げぎゅっと抱きしめてくる。
――ぉ!?
彼女の柔らかなおっぱいが当たると、不思議と先ほどまでの最悪だった気分がスッと晴れていく。
「本当、わたくしはダメですね」
俺は気分が晴れたが彼女は自信を少しなくしているらしい。
『俺はエリザの護衛だろ。なあにエリザには指一本たりとも触れさせたりはしないぞ。だから安心してればいい』
だからそう言ってやった。彼女には言えないが俺自身もそうしたいと思っているから。
なぜそう思えるようになったのかは分からないが……
「ありがとう。ふふ。クローにそう言ってもらえるとすごく安心するわ」
彼女に笑顔が戻ったが、疲れと睡眠不足もあって顔色は悪いままだ。
『では、明日もあるからエリザはそろそろ寝たほうがいいだろう』
「でも……」
彼女が心配そうにドアのほうに目を向ける。
『そこのドアには結界障壁を張ってある。カギは掛かってないが人族如きでは誰も入れまい。だから安心して朝まで寝てるといい』
「そうなのね。クローがそう言うのなら分かったわ」
彼女は素直に頷き俺を抱いたまま横になったが、怖い思いをしたからなかなか寝付けないのだろう。俺を抱く両腕にも少し力が入っている。
――あんなことがあった後だ……無理もないか。ここはリラックスの魔法でもかけてやるか。
俺が彼女にリラックスの魔法をかけてやると、すぐに彼女から寝息が聞こえてくる。
――今度こそグッスリ眠れるだろう。
俺も彼女が眠りについたことを確認してから、彼女のおっぱいを枕にしてから寝るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます