第16話
牢馬車が停車してから外が騒がしくなった。周りの騎士たちが下馬して野営の準備に取りかかったのだろう。
「ここで野営するのね」
昼間の出来事を思い出してか、彼女の表情は少し硬い。俺は取り敢えず騎士たち様子を窺っておく。
日が沈むのは意外と早く、牢馬車の中に星空の明かりが差し込むようになった。星の明かりでも十分明るい。
しばらくすると外からいい匂いが漂ってきた。肉の焼ける匂いだ。干し肉でも炙っているのだろうか?
――……?
『エリザ。騎士がくる。食事を持ってきたようだ』
「え!」
彼女は信じられないというような驚きの表情を見せるが、すぐに警戒を強めたのだろう、俺を抱いたままドアの位置から遠い、反対の壁際へと身を移す。
「おい、悪女。飯だ」
すぐに彼女を小馬鹿にしたような声が聞こえ、後方のドアに備え付けてある食事用の小さな引き戸が開いた。
「……」
彼女はそちらを睨みつけたまま返事はしない。かなり警戒を強めている様子。昼間のこともあるから、そんな態度になったとしても不思議ではない。
「けっ」
表情こそ変えていないが、抱かれている俺には分かる。彼女が小刻みに震えていることに。
無理もない、相手はローエル領の騎士ではあるがどう見ても野蛮人。どんなに警戒していても力では敵わない。それを理解している彼女だから恐ろしくてしょうがないのだろう。
「返事もできねぇのかよ。この悪女はっ」
黙ったままの彼女に腹が立ったのだろう、その騎士は食事用の小さな引き戸から入れてきた黒いパンとスープに添えられていたスプーンをわざと地面に落とした。
「おっと悪いな。スプーンを落としちまったぜ」
にやにやと嫌な笑みを浮かべた顔をわざと引き戸から覗かせ、その後、ご丁寧にブーツのかかとでグリグリと踏んづけていた。
「ほらよっ」
そして、その騎士は踏んづけたスプーンを牢馬車の中に放り投げてきた。
「うっ」
彼女は何かに気づき鼻を押さえて顔をしかめる。そのスプーンには異臭を放つ何かがスプーンに付着していたのだ。
「……く」
「今は悪女でも元はお嬢様だろ。お行儀よくそのスプーンを使って食べな。くくく」
騎士は嘲笑いながら引き戸を閉め遠ざかっていった、その言動を見ていた俺は今まで以上にモヤモヤが胸の奥に渦巻いて気分が悪くなった。
『やってくれる……』
だが今は目の前に運び込まれた食事の方が気になった。
というのも騎士にしては姑息な手段を好むような奴らだ、まともな食事を運んでくるとは思えなかったのだ。
『エリザ。その食事を確認する』
俺はその食事の方に近ずこうとしたのだが、なぜか彼女ががっちりと俺を抱き抱えていて抜け出すことができない。
『エリザ? 離してくれないと確認できないのだが……』
そう呼びかけるも、彼女はただ首を振るだけで何も言わない。
まだ震えが止まっていない彼女をみると、よほど恐ろしく感じていたのだろう。
仕方がないので魔力を込めて視力を強化する。
――……これでも観ることができるはずだが……
何分、知識はあって魔力の使い方を理解していても実践の経験が少ないのだ。俺の思っているような効果を期待しつつ強化した眼で食事を見る。
『ふむ……』
エリザに届けられた夕食は固くなった黒パンと具の入ってない味の薄そうなスープだった。外で食べている騎士たちとはメニューとは違う。何せ肉の臭いがしないのだすぐに気づく。
俺がその食事を更に魔力を込めて眺めて観ると、パンとスープの上あたりに詳細文字がポップした。
おっとデビルスキャンを使ってしまったらしい。
――……なるほど。生物以外にも使えたのか。
そうと分かるとデビルスキャンってかなり便利だ。それでデビルスキャンの結果は、
――やはりな……
黒カビの生えた黒パンと、腐りかけのスープと表示された。しかも細々と出てくるその内容の酷さに食べる気がさらに失せてくる。
『……エリザ。残念ながら、これは食べれない。食べると間違いなくお腹を壊す』
「……どういうことなの?」
少し気分の落ち着いてきたらしい彼女が、少し首を傾げてパンとスープに目を向けた。
『これはな……』
俺はデビルスキャンの内容を教えてから、すぐに代わりの肉野菜炒め定食、お味噌汁付きを魔法で所望した。
『というわけでエリザの食事はこっちだ。こっちの方が肉と野菜、どちらもバランスよく食べれる』
「あ、ありがとう」
『それで提案があるんだが、このパンとスープは俺が処理するからいいが、その後だ。
エリザは食事の後に少し具合が悪くなったフリでもしといてくれないか? 横になっているだけでいいから。
騎士たちから見れば、エリザは今日丸一日何も食べていないことになっている。
その状態で食事に手をつけないというは、少し不自然だからな』
「たしかにそうね。わかったわ。クローの言う通りにするわ」
彼女もすぐに理解してくれ、俺の提案を二つ返事で受け入れてくれる。
それから俺は、早速、黒パンとスープ、それにスプーンに付着していた異臭を放つ何かを魔法で粉末にした。
粉末にして騒がしく食べている奴らの鍋に入れてやる。魔力で風を起こして運ぶだけなので怪しまれることもない。
――少しくらい固形物を残して入れてやるべきだったか。
こころ残りはあるが、もちろんこれが報復というわけではない。
ただ己の行動には責任が伴うものだと理解させておこう。
報復はもっと楽しいものにした方がいいもんな。くっくっくっ。
「クローも一緒に食べましょう」
『おう』
前回と同じ格好で肉野菜炒め定食も二人で美味しくいただいた。
しかし今回はいつ先ほどの騎士が食器を取りに来るのか分からなかったので少し早めに食事をすませる。
「クローありがとう美味しかったわ」
『気にするな』
「ふふ、それじゃあわたくしは横になるわね」
『うむ、それがいいな』
俺は食べ終えた食器を収納して、彼女は早速横になる。
「クローもここにいてくれる」
『うむ』
横になっても俺は彼女に抱かれたままだった。横抱きってやつだ。重力に逆らわず横に少し垂れる彼女のおっぱい。そんなおっぱいも悪くない。すごく癒されるのを感じる。
――……はぅ。
しばらくすると、騎士が食器を取りにきた。かなり軽快な足取りだった。
「おい、悪女。ちゃんと食べたのか?」
その騎士は、彼女がパンやスープをちゃんと食べたのか気になるようで、小さな引き戸から牢馬車の中をじろじろと覗き込んでくる。
そして横になっている彼女の姿を見つけるとにんまりと満面の笑みを浮かべてみせる。
「おうおう。いいご身分だな。なんだどうした、体調でも悪いのか」
そして彼女が、その顔を見れないことをいいことに、汚らしい笑みを隠そうともせず白々しく体調を気遣う言葉を投げかけてくる。
「……すこし……少し疲れただけです」
でも彼女の演技もなかなかのもの。ちゃんと彼女が辛そうに聞こえる。
「そうか」
その騎士も彼女の演技に騙され辛そうにしていると判断したのだろう。
思惑通りだなと言わんばかりにニタニタしながら下品な眼差しを彼女に向ける。
「それならいい、早く寝ろよ。悪女っ」
最後にそう言い残した騎士は空いた皿を手に取り軽やかな足取りで離れていった。
――ふふふ。いつでもこい。相手してやるよ。
俺は奴らがいつ来てもいいように警戒を強めた。
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