第9話
コンコンコンッ!
ノックする音が聞こえた。
『こんなに早くから誰だ?』
俺がそう尋ねると隣にいる彼女からはこくん。と息を呑む音が聞こえる。
――……?
それから彼女の様子がおかしくなった。穏やかだった彼女の表情が一転して、怯え強張ったものへと変わった。
「……ぃ」
だが、そんな表情を見せたのは一瞬のことで、何かしら小さく呟いた彼女は、まるで仮面でも貼り付けたかのように感情のこもっていない人形のような無表情なものへと変わってしまった。
――エリザ……?
彼女は無言のまま俺を抱き上げると、ゆっくりとベッドのふちに腰掛け身体をトビラの方に向けて返事をした。
「はい」
返事をした彼女の声に驚くほど低く感情がこもっていなかった。
――なるほど……
まあ、それも当然だろうとすぐに納得した。トビラの向こうにいる人物からは明確な悪意を感じる。しかも四人。
――いやな気配だ……
「ちゃんと起きていたようで何よりです。では旦那様の言葉をお伝えいたします」
返ってきた声は男性からのものだった。そちらも抑揚のない声で淡々と要点だけを伝えてくる。仕事だから伝えてやったって具合だろう。
「……では、一刻も早くこのローエル侯爵家から出て行かれてください」
「……分かったわ」
「もうお分かりかと存じますが、侯爵家に関わるものすべて持ち出すことがなきよう」
「分かってるわ」
――やっぱりか。
「後は……もうご理解されてると思いますが、二度と侯爵家を頼ることも、足を踏み入れることもなきように旦那様は仰っておりましたよ。よかったですねあなた様はもう他人なのです。
では、馬車はすでに屋敷前に待機させておりますのでお急ぎください」
その男はそれだけ言うとトビラから離れていったが、残りの三人の気配はまだトビラの外にある。
――女か、何をする気だ。
俺がその女たちの行動を注意深く探っていると。トビラのカギがガチャリと開き中までズカズカと入ってきた。メイドだったらしい。
その内の一人はメイド長らしき年配の女。あとの二人は若い女。
「時間がありませんので、早くこちらへ」
年配の女が冷たい声で彼女を呼ぶ。
「……」
彼女は表情を崩すことなく無言で、抱いていた俺をベッドに下ろすとメイド長らしいき人物の前まで歩いていった。
一方の俺はというと、野良猫だと思われているのか汚らしいものを見るような視線を向けられている。
――ムカつく奴らだ。
俺は警戒した。彼女に危険があればすぐに守れるように。まあ、刃物なんかも持っていないようなのでそこまでの警戒でない。
「ん」
年配の女が顎をシャクって若いメイドの女たちに指示を出す。
「「はい」」
若いメイドの女が返事をして、すぐに動き出したかと思えば、エリザの着ている服を脱がせていく。カボチャのパンツ風下着や、履いていた履物までも全て。
エリザも素直にされるがまま、彼女はすぐに素っ裸にされた。
それをメイド長が、ほかに何か身につけていないか、エリザの指や腕、首や髪などをじっくり見てからひとり頷くと、メイド長が手に持っていた一枚の服を床に置いた。もちろん、俺が渡した保護ネックレスはバレていない。
そして、メイドの三人はそのままエリザの部屋の片隅まで離れて待機している。エリザが侯爵家の物を持ち出さないかを見張っているらしいがかなり徹底している。
彼女は、すぐにその服を拾い何も言わずに着替え始めた。
ぷる〜ん。
ぷる〜ん。
着替えようと彼女が動く度におっぱいが揺れて非常に俺の目にありがたいが。下着も履き物もないため着替えはすぐに終わった。
――おお……ぉ。
下着を履いていない彼女に少し興奮しそうになるが、無表情だったか彼女が今にも泣きだしそうな顔になっていたので、素直に喜べない。
――なんだろう。なんか、モヤっとして気持ちが悪い。
突然、湧きあがるように感じ始めたモヤモヤ感。これは一体何なのか。
その正体不明の違和感が分からず困惑するが、今は彼女に注意を払っておくべきだと思いそのモヤモヤ感を胸の奥にしまった。
彼女は質の悪そうなワンピース姿になった。すごく地味なワンピースだ。彼女も分かっているのだろう、その姿を姿見鏡で確認することはしない。
しかもそのワンピースはサイズが合っていないようで、首元から胸の辺りがピチピチでかなりキツそうだ。
幸いなことに、ワンピースの丈が膝の少し下まであったので、自ら捲り上げないかぎり下着を履いていないことはバレにくいだろうが、さすがに、俺があとで彼女にふさわしい服を出してやったほうがいいと思った。
――エリザならセクシー系が似合いそうだな。
しかしピチピチで強調された彼女のおっぱい。
……なんだろう。この姿が他の男どもの目に晒されるのかと思うと、なんだか面白くないというか気に入らない。というかなんで、靴がないんだ。自分の事じゃないのになぜか腹が立つ。
――あーもう。なんか、さっきからイライラしてずっと気持ちが悪い……
この感覚は、知っているようで知らない。なんだっけ……
俺がイライラムカムカモヤモヤもんもんしていると――
「お急ぎください」
ここでまたメイド長の冷たい声がある。彼女は当然素直に従うものだと思っていたが意外にも彼女は意見を言った。
「待って、髪を切りたいの」
――え?
どうやら彼女は手入れができない長い髪を切ってしまいたいと思ったらしい。手入れのできない長い髪はみすぼらしく見えて不衛生、そう思ったのだろうが、メイド長の答えは否。表情一つ変えずに首を横に振る。
「時間がありませんので諦めてください」
冷たくそう言って彼女の意見をはなっから聞く気がないようだ。尚且つ部屋のトビラを開けるよう、若いメイドに指示まで出した。
そんな態度のメイド長を見て悔しそうに俯く彼女を見ると、また腹が立ってきて胸の奥のモヤモヤ感が顔を出す。
何かが気に入らないのだ。それがなんなのか。エリザ? 彼女が俯いているから? 彼女が髪を切ると言ったから腹が立った?
よく分からない。よく分からないが全てが気に入らない。だからなのか、俺は無意識にこう伝えていた。
『エリザ。お前は髪を切る必要はない』
念話をしつつ俺は彼女に飛びつく。俯いていた彼女は突然のことに驚きはしたが俺を胸に抱きお腹に腕を回してくる。
『俺はお前のその髪が気に入っている』
彼女からも俺に念話を送ることができるが、今は説明する時間がないので俺が一方的に念話を続ける。
『髪の手入れが心配なのだろうが、そこは俺に任せろ。魔法でどうとでもなる。長くて面倒なら髪留めもやろう。だからそんな顔をするな』
再び驚いた顔を見せた彼女だが、そんな彼女の瞳が僅か揺れる。
でもそれはメイド長たちの目があるためすぐに無表情なものへと変わったが彼女は俺のお腹をそっと撫で返してきた。
『エリザの一つ結び姿も見てみたい。楽しみにしてるぞ』
「!?」
再び俺が送った念話に、少し驚いた様子の彼女だったがすぐに落ち着いたのか、僅かに頷くだけに留めていた。
――……?
不思議なことに、そこで俺の胸の奥に抱いていたモヤモヤがいつの間にか抜けていることに気づいた。一体なんだったんだろう。
「お急ぎくださいっ」
トビラを開けてじっと待機しているメイド長の口調が強くなる。
どうやらメイド長は気が短いらしい。早くしろ、と言わんばかりに彼女を睨んでいる。
でも件の彼女は、そんな視線にも慣れている様子で部屋の外へと一度は歩きだしたのだが、ふいに立ち止まる。
――?
俺が不思議に思っていると、彼女は一度だけ踵を返して部屋全体を見渡した。こんな部屋でも彼女には思い出深いのかもしれない。
だがそんな干渉に浸る時間もすぐに終わりを告げる。痺れを切らしたメイド長たちだ。
彼女は不機嫌さを隠そうともしないメイド長たちに急かされ引っ張り出されるようにその部屋を後にした。
しかし、俺を抱きしめる彼女の手が少し震えていたことで、俺は再び苛立ちを感じていた。
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