第3話
――くっ、マジか。突然女に泣かれてびっくりしたが、ここにきて、まさかの婚約破棄からの国外追放、おまけに平民堕ちで住むところもお金もない、ですか。
それなら復讐なんてせずに一生遊んで暮らせるお金の方がいいんじゃね? 俺なら出せるしそうする……ん!? 女のつり上がった目が少し柔らかくなってない?
本来なら四の五の言わず、ここで契約をしてやってもいいんだが、なぜだか、俺を呼び出した時に比べて女の気配が少し穏やかになったように感じる。少し憑き物が取れたような……
だからなのか自分でも分からないが、俺はもう少し女と話をしてみたくなった。
――同情だろうか……? ……あれ同情ってなんだっけ……
そう考えた瞬間に、胸の奥のほうがもやっとして、なんだか気分が悪くなった。だから俺はすぐに考えるのをやめた。
「なぁ、ちなみにそれは冤罪ではないのか?」
ほら、よくあるじゃん。この女の見た目が、どこか悪役令嬢っぽい派手なメイクだし、口調も高圧的で見下し、話していると小馬鹿にされているような感じを受けるから、尾ひれがついて、ね。
「……なによ。悪魔なのに人の転落人生に興味でもあるの? 違うわね。悪魔だからわたくしのことを嘲笑いたいだけなのよね……ふふ」
女は少し悲しそうな表情を浮かべたかと思うと、渇いた笑みを浮かべた後に天を仰いだ。
上を向いたところで、俺の方が高い位置にいるからそれをまじまじと見るような無粋な真似をするつもりはないが……
はぁ、涙を我慢しているん、だよな……やっぱり。
なまじ女の表情が見えるものだから俺は少し顔を背けてから口を開く。
「俺にそんな趣味はない。まあ、その、なんだ。悪魔の俺が言うのもなんだが、それなら尚のこと、復讐よりも遊んで暮らせるほどのお金を願ったほうがいいんじゃないかと俺は思うんだが。
お金さえあれば結構なんでもできると思うぞ……もちろん俺はそれができるから言っているんだけどな」
控えめに女の身体を見る。
――まあ、貰うもんは貰うんだけど……
意識してしまったからか、俺は目の前の女の身体に魅力を感じ求めるようになっていた。
「……あなた変な悪魔ね。でも、わたくしは冤罪じゃないわ。あの生意気な男爵令嬢。いいえ、あの女は女狐ね。
わたくし、その女狐に権力を笠に着て脅しもしましたし、憎くて階段から突き落としてやったわ」
――ぶっ! 冤罪じゃねぇのかよ。
「……そ、そうか」
「だって……仕方なかったのよ。これでもわたくしは侯爵令嬢でした。
わたくしにも立場がありました。それなのに何度注意してもあの女狐は、わたくしの婚約者である王太子殿下に近づいては色目を使っていましたわ。
いいえ。それは殿下だけに限ったことではないわ。あの女狐は、婚約者のいる上級貴族の令息たちにも色目を使い身体にも触れていましたの。
淑女としてあるまじき行為です。わたくしにはとても信じられませんでした」
「そ、そうだな」
「そうなのです。もう何を言っても聞き入れてもらえない、行動を改めるそぶりすら見られない。それでしたら、もうわたくしには権力で捩じ伏せるしかなかったの」
「な、なるほど」
――この女は侯爵令嬢だったか……道理で……
「ふふ、それでも女狐は行動を改めるどころか、わたくしを鼻で笑っていましたわね。うまいこと殿下を隠れ蓑にして……
王太子殿下は殿下で、わたくしを煩わしそうに疎み睨みつける始末でしたわね。
わたくしが近づこうものなら取り巻きの令息たちに命をして力ずくで追い出される。
……ふふ、でもわたくし、途中からは王太子殿下なんて関係なくその女狐がただ憎くて憎くて気づけば階段で後ろから女狐を押してしまっていたわ……でも残念だけど、そこは二段しかない軽めの階段だったから意味がなかったわね」
「う、うむ」
「わたくしも、その時は誰もいないからと思い行動を起こしたのですが、あれは嵌められていたようなのよね。
わたくしの知らぬところで話は大きく膨れ上り気づいた時には手遅れ、その女狐が王太子殿下の婚約者におさまり、わたくしは殿下の誕生パーティーの日に、とても屈辱的な形で断罪され婚約破棄と国外追放を言い渡されてましたわ……ふふふ、笑っちゃうわよね。
もう、お父様にも勘当を言い渡されているから家名も名乗れない。
わたくしはただのエリザベス……いいえ、違うわね。エリザになったのよ。どう、これで満足かしら」
「……」
ーーうわぁ。まるで乙女ゲームの世界だな。その女狐って奴がヒロインで、こいつが悪役令嬢。見た目的にもそれっぽいし。
「……なるほど。とんだ尻軽女がいたもんだな。それでエリザ。お前はどうするか決めたか?」
「もちろん決まっていますわ。わたくしにはもう時間も権力も財産もないのですから……
国境まではローエル侯爵家の騎士たちがわたくしを監視しているのですけれど……いいえ、だからこそ、無用どころか汚点にしかならないわたくしは、そのローエル侯爵家に消されてしまいますの……」
「……」
――おかしいな……睡眠学習で学んだ、人族の扱いに関する悪魔界の常識と、人族たちの行動がちょっと違い過ぎるんだが……
「ふふ、その顔は信じていないようですけど、別に信じなくてもいいわよ。わたくしを被害妄想癖のあるバカな女とでも思っていなさい……
でもね。あのお父様ならそうするの。子どもの頃からわたくしのことを駒として、使えるのか使えないのかと、それだけの存在でしか見ていなかったお父様なら……
ローエル侯爵家にとって、不要な存在となったわたくしを、おめおめと生かしておくはずないもの……」
「……そうか」
「だからわたくしには……もう……これしかない。わたくしは、あの女狐に負けっぱなしで終わる人生はイヤなのよ。最期くらい笑って終わりたい……」
再び俯いた彼女は下唇を噛み締めていた。小刻みに身体が震えているところを見ると、必死に涙を流すまいと堪えているのだろう。
――……悪魔界の常識についてはまた今度考えるとして、それよりも今は……
「それで復讐なんだなエリザよ。だが俺は聞いててバカらしいと思ったぞ。そんな尻軽女に気移りし、本気になるような浮気男のために復讐をしようとするお前を……
それに、お前はちょっとした仕草にも気品が溢れている。それは王妃となるために厳しい王妃教育を学んできたからではないのか? ぽっと出の尻軽女が務まるものでもないだろう。俺はその尻軽女が勝手に自滅する未来しか見えないが……どうだ?」
「ぇ……」
「お前はまだ若い。今からでも十分やり直せる。権力が欲しけりゃ、金で爵位が買える国だってある。
お前のその美貌だ、権力はあるが金に困っている貧困貴族なんかを掴まえてもいい。もう一度よく考えろ」
――生意気だが、こんな美人もったいないよな。まあ、もし復讐を願ってしまったら……そうしてやるしかないが。そのあとは最悪、俺の物に……うむむ、それも悪くないか……
己の欲望に貪欲になりつつある思考に、流されている感はあるが、俺はそれでもいい、そんな自分でも悪くないと思うようになっていた。
「ん?」
ふと、彼女が俺を見上げて不思議なものでも見たかのように目をパチパチさせている。
そして、その表情がまた一段と穏やかになっている気がする。
――ん? ああ、これは……
俺のスキルが効いてるのかもしれない。悪魔らしからぬ俺の固有スキルの〈信用〉スキルが……いや悪魔だからのこその信用スキルか。
信じ込ませて絶望を見せる。信じさせて陥す。人族の感情を大幅に引き出すにはかなり効果的なスキルだが、まあ俺にそんな趣味はないな……
それだから彼女は初めから悪魔である俺の話に耳を傾けて、今では少しづつ受け入れようか迷っているのだろう。
「あなた……ほんと変わっていますのね。本当に悪魔なのかしら? 悪魔ってもっと禍々しくて、人の不幸や転落を喜び、魂や血肉が大好きってこの大事典にも書いてあったはずですよ……
だから、わたくしはすべてが終わったら魂を捧げるつもりでいましたのよ。こんな人生、生きててしょうがないもの」
彼女はそう言うと豊満なおっぱい、じゃなくて心臓の位置に両手をそっと置いた。
「あー、それな。悪いが俺にも選ぶ権利はある」
「!?」
「そこで意外そうな顔をされても困るが、念のため俺の名誉のために言っておく。俺はこう見えて何でもできる。人族が望みそうな大概の望みだって叶えてやれる自信だってある。
だが、その対価に魂はいらん。血肉なんてもっといらん。俺はグロなんて興味もないし貰っても困るだけだ。
いいか。俺が求めるものは女の身体。初めにもそう言ったはずだ。ほんの少し楽しませてくれればいいんだ。それがお前の身体なら、尚のこといいだろう」
そう、初めこそ契約拒否してほしくてわざと身体を求めてもみたが、もう俺は心から彼女の身体を求めている。やはり俺は人肌が恋しいのだ。え? 違う? エロいだけ?
――ふふっ。おっぱいは偉大だよ……
彼女の顔がかぁーと凄い速さで真っ赤に染まっていく。顔だけじゃないよく見れば首まで真っ赤だ。
――ほう。なかなか可愛い面もあるようだな。
「……た、楽しめる身体って……わたくしの」
「ああ」
「わたくしのか、身体を楽しみながら魂まで貪り尽くす……」
「いやいや。それは普通に契約違反になるから……本当に魂はいらない。血肉もいらん。それにもったいないだろ」
「も、もったいないって……わたくしの身体をですよね……」
「ああ」
俺は再び彼女のぼん、きゅっ、ぼん、の身体を眺めて頷いてやる。
「!? そ、そう……あ、あなたがそこまで言うなら分かったわよ。お金に、しようかしら。あ、あなたが言うから仕方なくなのよ」
「おう。そうしろ」
「わ、わたくしが一生遊んで暮らせるくらいの大金よ。分かっていますわよね?」
彼女は言ってるそばから恥ずかしくなったのか、顔を背けて落ち着きなく縦巻きロールの金髪に指をくるくる絡めている。
「ああ。もちろんできるぞ」
――ふぅ。望みを変えてしまったが、ようやく契約までこぎつけたな。一時はどうなるかと思ったが、よかった。ほんとよかったわ。
「じゃあ……ぁ」
そわそわしていた彼女は突然何か思い出したのか短く声を上げて小さく首を振った。
――へ? なに、ここに来てその悲しそうな顔は。
「ダメ。わたくしは国境を越える前に消されるもの……残念だわね……あなたとなら……きっと」
最後は蚊の鳴くような声のため聞き取れなかったが、強がって虚勢を張っていた彼女の姿はどこにもない。
今はどこか全てを諦め寂しそうに泣いている子どものように感じられた。
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