15

「ふへっ……まさか……主にやられるとはのぉ……」


 腹から剣を引き抜かれた夕顔ががくりと片膝をついた。見下ろすように後ろに立っている一人の女性。長い紺色の髪が風に吹かれ、ゆらゆらと揺れている。


「申し訳ありません、夕顔さん。この場を見られた貴女方には死んで貰わねば困りますので……」


 そこにいたのはジネーヴラであった。彼女は剣の血を拭いながらそう言うと、ぴたりと夕顔の首筋にその剣をあてた。


「ふへっふへっふへっ……甘いわなぁ……何故、腹にぶち刺したまま留めを刺さぬ……それが主らの命取りよ……のぉ?」


 そう言い終わった夕顔の口の中でがりがりっと音がした。何かを噛み砕く音。その音にぴくりと反応するジネーヴラ。


「無駄な足掻きはやめた方が良いですよ?貴女と私ではランクに差がありますので……」


「ふへっふへっふへっ……それはどうかのぉ……」


 そう言った夕顔の顔や腕、脛までに太い血管が浮かび上がってくる。ふはぁっと吐く息はまるで湯気がたったかのように立ち上り、全身が紅潮していく。そして腹部に開けられた穴さえも塞がっていた。


 いつぞやの森の中で963と闘っていた紫陽花が秘薬を飲んだ時と同じである。


「……何を?」


「主ら大陸の能力者にはない、我ら島の者だけの力よ……クランが恐れ滅ぼそうとした鬼の力じゃ……それをのぉ、薬でちぃっとばかり解放するのじゃ……ちぃっとばかりのぉ」


 言い終わると同時に夕顔の姿が消えた。とんとんっと足音だけがジネーヴラを囲む様に聞こえてくる。舞い上がる砂埃がジネーヴラを包んでいく。


 しゅっ!!


 空気を切り裂くように二本の苦無がジネーヴラを目掛け飛んでくる。それを剣で打ち落とすジネーヴラは、ちっと小さな舌打ちをした。


 すると次から次へと苦無が放たれてくる。それに何とか対応する流石のジネーヴラもたまりかねたのか上へとジャンプした。


「ふへっふへっふへっ 」


 ジャンプしたジネーヴラの背後にいつの間にかぴたりとついている夕顔がすらりと刀を鞘から抜いた。ひやりとした汗がジネーヴラの背中に流れていく。


 ジネーヴラは見誤ったのだ。彼女らの真の実力を。あの兵士の首を鎧ごとへし折った朝顔の様子を伺っていたはずなのに。しかし、彼女は盲目であったのがここに来て災いとなったのだ。朝顔が兵士を殺したのは気配では分かる。しかし、殺し方までは分からない。ぐしゃりと音はしたのは聞いただろうが、まさかあの重厚な鎧ごと握つぶしたとは思いもしない。


 SランカーのジネーヴラとA+の夕顔。


 実力的には、ジネーヴラ一人に、夕顔と朝顔の二人がかりでも勝てるかどうか程の実力差がある。しかし、今はどうだ?圧倒するまではなくとも、ジネーヴラを押していることは見て取れる。


「我らはのぉ……力を抑えにゃ体がついていかぬのだ。解放し続けると、鬼の力に精神己自身が飲み込まれて、戻ってこれんようになってしまうでなぁ……ふへっ、だからの、普段は一つ二つランクを落として過ごしとるのじゃ……」


「……?!」


 夕顔がどんっと背中に蹴りを入れると、勢いよく廃屋の屋根を突き破り落ちていくジネーヴラ。廃屋より土煙が上がる。


 そして地面へ降り立った夕顔が森の方へと振り向き声を掛けた。


「そこに隠れておるじゃろ?出てこればどうじゃ……主らのリーダーがやられとるぞ、ふへっふへっふへっ」


 大木の陰からゆらりと姿を現すエルダとレオンティーヌの二人。


「ふへっ、あの全身桃色少女ではないか!!その全身桃色を全身朱色へと変えてやろうかの?どうじゃ?」


 両の口角をきゅぅっと上げ、にたりと笑みを浮かべる夕顔に、レオンティーヌとエルダが大斧とナイフをそれぞれ構えている。


 大きな音と共に廃屋の分厚い木製の扉が、勢いよく夕顔の方へと飛んできた。中からジネーヴラが蹴り飛ばしたのである。


 それを難なく刀で斬り落とす夕顔。廃屋より出てきて服の汚れをぱたぱたと落としているジネーヴラは、それを終えるとエルダ達がジネーヴラの元へと駆け寄った。


「腰巾着かよ……ふへっふへっふへっ」


「さすがに貴女方の言う力を解放したとはいえ、三対一では相手になりませんでしょう?」


「さぁて……朝顔に紫陽花が遠く離れるまでの時間は稼げろうて……ふへっ」


 互いににやりと笑う狂人二人ジネーヴラと夕顔


 すると、ジネーヴラがすっと片腕を上げた。その合図と同時にエルダとレオンティーヌが夕顔を囲むように移動した。


「ふへっふへっふへっ。面白い面白いのぉ!! さぁさぁ殺し合おうぞ!! 思う存分なぁ!!」

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