12
片腕が使い物にならなくなってもなお、その不気味な笑みを浮かべている紫陽花に、異常さを感じているユリアは何か嫌な予感が胸の中に渦巻いているのがきになっている。
側には何が起こってもいいように、1103が臨戦態勢で控えているのにも関わらずだ。
963と1103の二人で相手をすれば、すぐに終わらせる事も出来る。ちらりとイヴァンナの方へと視線をやると、イヴァンナは何時でもと言うような表情で頷く。
あと少なくても一体はいるはずである。ユリアの背後を取ったあの下品な笑い方をする女が。
もしかしたら、その女が近くにいるのか?
その女は紫陽花よりも強いのか?
だから、ここまで追い込まれても不気味な笑みを浮かべてられるのか?
「くくくっ、われがここまで追い詰められるとは予想外、予想外。しかし、参ったわ。これでは片腕が使い物にならん」
片腕よりぽたりぽたりと流れ落ちる血を嬉しそうに傷口を眺めている。
「しかし、しかしのう、ぬしら。われらはぬしらが知っている能力者とはちと訳が違うのじゃ……」
紫陽花はそう言うと腰の巾着より何かを取り出した。それは掌にすっぽりと収まる小さな物で、ユリア達からは何を取り出したのかもわからなかった。
「まさか、こんなところでこれを使わねばなぬとは……敵ながら天晴れよ」
何かを口に入れた。それはユリア達から見ても分かった。がりごりと口の中で噛む音が聞こえてくる。
何も変化が訪れない。
相変わらず、にたりにたりと笑い片腕からどろどろと血を流し続ける紫陽花。
びくんっ!!
紫陽花の体が痙攣し大きく跳ね上がった。
「あがごがががぁぁぁぁぁぁーっ!!」
その口より獣の咆哮とも思えるような声が漏れだし叫び声と変わる。呆然とそれを見ていたユリアが963へと攻撃命令を出した。
「何か始まる前に倒さなければっ!!」
963の頭ごと吹き飛ばすかのような勢いをもった蹴りが紫陽花の側頭部へ炸裂する寸前だった。
963の放った渾身の蹴りをいとも簡単に片手で防いだ。しかも、上腕二頭筋を切り裂かれ動かす事が出来ないはずの腕を上げて。
紫陽花からすっと距離を置く963。狂戦士の本能で何か紫陽花の異常さを感じたのだろう。
止まることのなかった出血も、完熟し割れた柘榴の様に開いていた傷口も、完全ではないが塞がり動かす事に支障がないほどまで治癒している。そして、紫陽花の透き通る様に白かった肌はまるで湯上り時の様に全身が火照り朱色に染っている。
「……なんだ、この回復力は」
イヴァンナは紫陽花が腰の巾着から取り出し口に入れた何かが関係している事が原因だということは予想がつく。しかし、ここは御伽噺の世界ではない。何かの薬だとしてもこのようにあれだけの傷がいとも簡単に回復する様な薬があるわけがないのだ。
ユリアに視線を送るが、ユリアも紫陽花の状況に戸惑いを隠せない様子である。
かちん。
にたにたといやらしい笑みを浮かべ、イヴァンナ達の驚く様子を見ていた紫陽花が刀を鞘に納めた。そして大きく息を吸い込み、一気に吐き出したかと思った瞬間、イヴァンナ達の視界より紫陽花の姿が消えた。
消えたと思った次の瞬間、骨と金属がぶつかり合う音がした。こめかみを殴りつけようとしていた紫陽花の拳を963が腕でガードして防いでいる。しかし、そのパワーに押され吹き飛ばされる963。
963の装着していた厚い鋼鉄製の手甲にヒビが入っている。
「くくくっ、まだついて来れるか。しかし、その手甲で次は防ぎきれぬぞ」
立ち上がり右手を閉じたり開いたりして感覚を確かめていた963へ、とんっと軽く地面を蹴りステップを踏んだかのように見えた紫陽花が驚異的な跳躍力で963の腹部へ飛び膝を入れた。
避ける暇などなかった963は、背後の大木へと背中を強打してしまい、その衝撃で膝をつき胃の中のものを吐瀉している。状況が一転し、明らかに963が押されている。
ゆっくりとした歩調で963へと近づく紫陽花。その目は小動物をいたぶり虐めようとする者の目であった。
ユリアがイヴァンナに近ずき、小声で話しかけてきた。
「イヴァンナ、ルイーサを連れてここから離れろ。ここは私と963が何とか足止めをしておく」
「しかし……」
「いいから、行け。分かったか」
イヴァンナは、ユリアからの指示に納得が行かなかったが、その目と口調に込められた強い意志には逆らえなかった。
そして頷くとルイーサを引きずるように歩かせ静かにその場を後にした。
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