動物ハンターは遺跡に描かれていた珍しい生き物を探す

 俺は駆け出しの動物学者。今は自分の研究の成果を早く出したくて世界中を走り回っている。インドの奥地からアフリカの奥地まで、ありゃ、奥地ばかりだな。とにかく走り回っているんだ。

 けど、どこに行っても見つかるものは今までに発見されたものばかり。俺の名前を有名にしてくれそうな出来事にはまだ遭遇していなかった。


 ある日、今度こそ何かが見つかりそうな予感を感じた俺は、アマゾンのジャングルへと向かう。今までに調べた資料と勘、後は運に任せて調べながら歩いてると、その奥地でまだ誰にも見つけられていない遺跡を発見する。やったぜ。

 俺は逸る気持ちを抑えながら、その古代人の作った建物に足を踏み入れた。専門は動物だけど、考古学にも興味はあるんだ。


「おお、これは……」


 遺跡の壁画には今までに見た事のない生き物が描かれている。体は鹿のような感じで、その角の部分が触手になっている。判別は難しいものの、羽も生えている感じだ。尻尾もまた独自の形態で描かれていた。

 勿論、絵だから空想の神様とかと言う可能性はある。つまり、逆にそれが真実の可能性もある訳だ。


「コイツ……伝説の存在なのか、それとも……」


 動物学者の血が騒いだ俺は今後の研究テーマをその生き物を探す事に決める。空想の生き物だとしても、そのルーツは見つかるはずだ。目標の見つかった俺は更に心の火を燃やすのだった。

 その調査は困難を極め、油断して沼に落ちたり、うっかり大型動物に襲われたりとピンチの連続だった。けど、どれだけ歩いてもその生き物は見当たらない。ヒントすら見つけられなかった。


 探索を初めて約3ヶ月。夜に疲れ切って寝袋に入っていると、俺は不思議な夢を見る。そこで俺は探していた触手生物に出会ったのだ。鹿タイプばかりじゃない、目に映る全ての生き物が触手持ちだった。当然俺自身も――。


「うわああっ!」


 俺はガバリと起きると調査を再開。今日こそは何かが見つかる予感で一杯になっていた。しかし、その予感もあっさり裏切られ、何の成果も得られないまま日が暮れてしまう。夜のジャングルは危険なので、安全な場所確保も大事な仕事だ。

 真っ暗になる前にようやくそう言う場所を見つけ安心していると、目の前にホタルが飛んできた。ホタルはダンスをするように俺の周りを飛んで離れない。立ち上がると少し距離を離してそこで旋回する。


「もしかして、導いている?」


 直感を信じた俺は必要最低限の装備をしてホタルに付いていく。歩いていくと、昼間には見つけられなかった建物があった。遺跡にしては新しすぎるその神殿のような建物に俺は惹かれる。


「何でジャングルにこんなものが……」


 好奇心に突き動かされて中に入ると、すぐに俺は謎のめまいに襲われてその場に倒れてしまった。そこから意識を取り戻すまでどれだけの時間が経ったのか分からない。とにかくしばらくして回復した俺は起き上がり、調査を再開する。不思議と明るかったその建物の中では特に何も発見する事は出来ず、そのまま反対側の出口から外に出た。


「うおっまぶしっ!」


 俺を出向かえてくれたのは、すごくまぶしい朝日。どうやら、一晩をあの建物の中で過ごしてしまったようだ。


「ん?」


 よく見ると周りの景色がおかしい。ジャングルの中にいたはずなのに、そこは別の生態系の深い森になっていた。気温も湿度も何か違う。詳しく確認してみると、周りの動植物も今までよく知っているものと微妙に姿が違っていた。いつもなら大発見だと喜ぶものの、流石に全てのものが違うと言うのはおかしすぎる。

 嫌な予感を感じた俺はすぐに振り返った。そんなに歩いていないはずなのにあの建物がない。携帯をチェックすると圏外になっていた。衛星携帯だぞ?


 この時、俺の直感がこの現象の正体を告げる。けど、それはにわかには信じられないものだ。この直感を否定するために俺は歩き始める。街に出ればきっと全ては笑い話だ。疲労が幻を見せただけなんだと。いつもの現実に繋がろうと俺は必死だった。


 調査そっちのけで森の中を歩き続けていた俺は、足元を全く見ていなかった。その不注意のせいで、いきなり罠に引っかかってしまう。足を紐で縛られてまっ逆さに釣り上げられてしまった。


「うわあああ~っ!」


 どうやらこの森にも人はいたらしい。人がいるならそこで真実も分かるだろう。俺は現地の人の言葉はマスターしている。ただ、知っている民族がこの罠を仕掛けたとは限らない。俺は話の出来る相手が出てくる事を神に祈り、仕掛け主を待った。


 半日くらいが経っただろうか、ようやく待望の人物が俺の前に現れる。それはどうやら青年のようだ。整った目鼻立ちでとてもハンサム。森で暮らしている割にはそこまでがっしりしたガタイではない。細マッチョなのかも知れない。他に特徴があるとすると、そうだな、耳が尖っているな。え……っ?


 そう、罠を仕掛けていたのはエルフだったのだ。間違いない。あんなに耳が尖った人間が地球人な訳がない。コスプレをしていたなら別だけど。

 エルフの青年は罠にかかった俺を見て驚いている。当然だ、俺も驚いているんだから。それから何かを口走っているものの、エルフ語はさっぱり分からなかった。ああ、これで決定だ、俺は異世界に転移したんだ。こんな事ってある?


「ここは一体どこ?」


 俺は知っている言語を全て使ってコミニュケーションを試みる。どれか当たってくれと願いながら。当然全ては徒労に終わった。でもエルフってヴィーガンらしいから最悪食われる事はないだろう。とは言え、罠から開放してくれなきゃ餓死する未来しかないけれど……。

 この最悪の想定は外れ、青年は俺を開放してくれた。そうして、いきなり額を近付けてくる。


(聞こえますか?)

「えっ?」

(ようやく繋がった。言葉は分からないので念話で話しますね。一体どうされたんですか?)


 どうやらエルフはテレパシーが使えるらしい。それは便利だと、俺はこれまでの経緯を伝える。思い浮かべるだけでいいのだから間違って伝わる事もないだろう。


(ああ、それはさまよえる神殿のいたずらですね。ごめんさい)


 彼の話によると、この世界にあるさまよえる神殿は神出鬼没で、気まぐれに異世界に通じてしまうらしい。そこで現地の生き物をこの世界に招き入れるのだとか。帰れないか聞いてみると、それはほぼ不可能と言う返事が返ってくる。


(あの神殿は本当に神出鬼没なんです。一生に一度見る事が出来るかどうか。世界中を彷徨っていますからね。それに奇跡的に神殿を見つけたとして、貴方の元世界に戻れるとは限りません)


 そう、神殿は常に別の世界と繋がってしまう。星の数ほどあるパラレルワールドのどこかに。この事実を知った俺は軽く目の前が暗くなった。

 沈んでいる俺をじいっと見つめていた青年は、何か思い出したのかポンと手を打つ。


(そうだ! 伝説のルムウがいたら帰れるかも)


 ルムウとは、次元間を移動出来るこの世界の伝説的な生き物で、青年も話でしか知らないらしい。ただ、この森のどこかにいると言う噂はあるらしく、俺はその話に縋るしかなかった。

 今こそ動物学者として培った技術がこの世界で役に立つに違いないと、俺は彼と一緒にルムウを探し始める。青年もまた、困っている俺を見過ごせなかったのだろう。親身になって協力してくれた。


 ルムウ探しを始めて3日。森の中を隈なく歩き回った俺は、その痕跡すら見つけられずにいた。翌日の朝、疲れ切った俺に青年は提案する。


(これだけ探して見つからないのだし、一度私達の村に行きましょう)


 俺はその話を聞き入れ、彼に付いていく。歩いているとエルフの村が見えてきた。村人はみんな誠実で、当然ながらみんなエルフだ。会話も念話なら問題ないし、独自の食生活にも慣れてきた。気が付くと、もうこの世界で暮らし続けてもいいかなと言うくらいには馴染んでしまう。


 村に居着いて2ヶ月後の朝、俺も森の見回りに同行する。エルフと言えば弓矢。俺も村に来てから必死に特訓したんだ。弓の腕に自信がついたからこその同行だった。

 その道中で俺は赤いきのこ発見する。その鮮やかな色はものすごく食欲をそそった。


「美味そう……」


 気が付くと、俺はそのきのこを食べていた。食べたいと言う欲望を抑えきれなかった。そのきのこは俺の胃袋の中で大暴れする。どうやら、まともなきのこではなかったらしい。


「うがああ~っ!」


 のたうち回る姿を見たエルフ達によって、俺は村に戻される。三日三晩苦しんだ末に目が覚めた時、俺の体は劇的に変化していた。もう人間の体ではなかったのだ。


「ルムウ様!」


 エルフの長老が言う言葉が突然理解出来た事に俺は驚く。そうして、変化した俺が何に変わったのかもこの時に理解出来た。そう、俺は伝説のルムウになっていたんだ。

 ルムウとは、異世界から来た生き物が特定の現地の食べ物を食べた時に、突然変異でなってしまうものだったらしい。


 こうしてルムウになった俺は、村のエルフ達に尊ばれてこの世界で暮らす事になる。もう地球に未練はない。だって人間じゃなくなってしまったしね。みんな良くしてくれるし、この暮らしも案外悪くないよ。

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