妖怪退治屋に広がった怪しい噂
俺は妖怪退治の仕事をしている。人に知られずに人に
「バカバカしい、そんなのいる訳ねーだろ」
俺はこの噂を秒で否定して、今日の仕事先に向かっていった。
妖怪退治は人に知られてはいけない仕事だ。何故なら普通の人には見えないから。退治する時は結界を張って関係者以外が入らないようにしている。今日の退治妖怪は都市伝説の魔物。今までのセオリーが通じない分、緊張感が走る。
「よおし! とどめっ!」
何とか魔物を追い詰めて全身を念の糸で縛り付け、最後の一撃を加えようとしたその時、場違いの声が結界内に響く。
「きゃあ」
俺は振り上げた手を止め、声のした方向に顔を向ける。そこにいたのは転んだ女の子。さっきの悲鳴は単純にその子の自業自得だったようだ。妖怪の影響じゃない事は間違いないものの、この結界は普通の人は入れないはず。俺は自分の結界には絶対の自信がある。あったんだけどな。
幸いな事に女の子はうつ伏せになって動かない。今の内にさっさと倒してしまおう。
「滅!」
俺はサクッと妖怪を倒して、結界を解除する。素早く片付けたので女の子が起き上がった時には通常の景色に戻っていた。一応記憶があるかどうか確認をするため、彼女に近付く。俺達の仕事は人に知られてはならない。見られていたら記憶を消さなくては。
「いてて……」
「大丈夫か?」
「はわっ? だ、大丈夫ですっ」
彼女はすごく慌てて立ち上がると、そのまま走り去る。見ていたらまた思いっきり転んでいた。俺は心配になって女の子に手を差し出す。
「全く、危なっかしいな」
「ど、ども……」
「で、突然であれなんだけど、さっき何か見た?」
彼女を立たせると、俺はさり気なく結界内に入ってきた事を聞いてみた。女の子は首を傾げてキョトンとしている。あ、これ大丈夫なやつだ。
彼女はニコっと笑い、俺に手を振りながら帰っていった。今までにそう言う事がなかったので、呆気にとられてしまう。
次の日の仕事現場も昨日の近所だった。今度の相手は半透明のイカみたいなやつ。そこまで強いやつではないっぽいのでサクッと倒してしまおう。ただ、場所的に少し悪い予感も感じる。そう思っていると、昨日の子がまたあっさりと視界に入ってきた。
「何でまた入ってくんだよ」
「え? 何が?」
「しゃーないな……」
今回はバトルの最中だったのもあって、俺は彼女を守りながら戦う羽目になった。女の子の目は妖怪の姿を追っていない。つまり、彼女は妖怪が見えていない。能力がないのに結界に入ってこられるのか……?
ただ、見えないならごまかすのも簡単だろう。俺は考えを改めて目の前の仕事に集中した。
「ねぇ、何やってんの?」
「実は俺は役者でね、演技のイメージトレーニングしてんだよ」
「え、すごいね。リアルすぎる」
女の子は俺の嘘をあっさりと信じてくれた。相手が雑魚だったのもあって、彼女を人質に取られる事なくイカ妖怪をサクッと倒す。それから結界を解くと、彼女と別れた。
昨日の件もあったので、無邪気な笑顔を見せながら手を振って去っていくのをまたしっかりと見守る。
「ばいばーい」
「ば、バイバイ……」
今度は俺の見えている範囲では転ばなかった。それにしても変なやつだったな。またこの辺りで仕事をする時は気をつけようと思いながら、日々は過ぎていく。
あれからイレギュラーな事は一切起こらず、彼女の記憶も段々薄くなっていった。
半年が過ぎた頃、妖怪退治の業界内に激震が走る。この地域を支配する大妖怪の所在が分かったらしいのだ。そいつを倒せば、雑魚妖怪共は一気に消滅する。俺はその情報の真偽を確かめるために、組織の頭領のもとに向かった。
「本当にあの大妖怪の居場所を突き止めたんですか」
「ああ、今度こそ間違いない。もうすぐ悲願が達成されようぞ」
「場所を教えてください!」
「お前1人じゃ無理だ。人員が揃うまで待て!」
頭領は俺の単独出動に首を縦に振ってくれない。けどそれも織り込み済みだった。情報の真偽の確認さえ出来れば、後は噂を辿るだけでいい。俺は深く頭を下げると、今日の現場へと向かう。
「1人で先走るなよ。犬死するぞ」
「……分かってます」
その日の仕事を秒で終わらせた俺は、すぐに情報集めに奔走。噂は人によって情報がバラバラだったものの、多くの情報を精査する事でかなりの精度で真実に近付く事が出来た。
大妖怪は人に紛れて住宅街の一角で暮らしていたのだ。地域を代表する企業の社長が地域を支配する妖怪の元締めだったなんて。頭領も慎重に動く訳だ。
事実が分かった日の深夜、俺は気配を消して社長の邸宅に忍び込む。そうしてすぐに偽装解除の香を炊いて、従業員に化けていた妖怪共を倒していった。
最初こそ順調にミッションは進んでいたものの、幹部クラスの妖怪と戦っている時にヘマをした俺は呆気なく捉えられてしまう。
手足を拘束され、磔になった俺にもう成す術はない。いつも単独行動で仲間に頼らなかったツケがここで出てしまった事を、俺は軽く後悔もした。
「ああ? よく見たらてめぇ今まで俺達の仲間を殺っていた奴じゃねぇか。楽に死ねると思うなよ。ヒャーハッハッハァ!」
大妖怪の幹部は、その大きな口を耳のあたりにまで上げて不気味に笑う。そうして、妖術で俺の足元から燃やし始めた。すぐに強烈な熱が俺の足を焦がし始め、俺は絶叫する。
「ぐああああ!」
「じっくりゆっくりといい具合に焼いてやるからなぁ。その後に食ってやるぜぇ!」
「ダメー!」
気が付くと幹部の前にあの女の子が立ちはだかっていた。一体いつの間に……。今度はちゃんと妖怪の姿が見えているらしい。って言うか、妖力の強い妖怪は普通に見えるんだった。
いやそんな場合じゃない。俺は彼女に向かって叫ぶ。
「おいバカやめろ死ぬぞ!」
「大丈夫、ちょっと前に思い出したから」
「な、何を?」
俺が戸惑っていると、女の子は手を組んで祈り始める。その途端に彼女の体から光が溢れ始めた。その光は一瞬で建物の敷地全体を包み込む。
「この光は……やめろおおお!」
女の子の祈りが終わった時、そこに妖怪の姿はなかった。当然、妖術の炎も消えている。この現実に目を疑っていると、他の退治屋がやってきて俺は開放される。自由に動けるようになって、俺はすぐに命の恩人のもとに駆け寄った。
「お前、噂の尊い人だったのか」
「えへへー」
彼女は力なく笑うと、その場で倒れかかる。俺はまぶたを閉じて倒れる彼女を何とか抱きとめた。貧血を起こしただけだったのか、寝かせているとすぐに女の子は意識を取り戻す。
「間に合って良かった」
「無茶すんなよ」
「無茶はあなたでしょ。私は勝てたもん」
「ああ、ありがとな」
色々と聞きたい事もあったものの、それは今じゃないと俺は口を閉じる。それから、時間も時間だったので、事後処理を仲間に任せて俺は彼女を自宅まで送り届けた。あれ程の力の持ち主、さぞや霊的に由緒正しい家柄かと思ったら、家を見る限りそんな雰囲気は全く感じられない。
「あ、ここでいいよ」
「じゃあな」
「あなたとはまた会える気がするよ」
「その時はもっと強くなってなっておくよ」
普通、俺達の仕事を知られたら記憶を消さないといけない。けれど、不思議とそんな気にはなれず、口封じの約束もせずに俺はその場を去った。そうする必要がないと直感が訴えていたからだ。後で怒られたらその時に消せばいい。
この日の俺はもっと強くならねばと、ただそれだけを考えていた。
後日、頭領に呼ばれた俺は先日の件で処分される事もなく、逆に新たな仕事を命じられる。それは光の巫女の護衛。そう、あの日俺を助けてくれた彼女の守護任務だった。
まいったな。まだ全然強くなっていないのに、どんな顔をして会えばいいんだろう。
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