宇宙人を拾った話
3月下旬の少し風の冷たい日、僕は柴犬のうめこと一緒に日課の散歩をしていた。散歩コースは家から海岸を通ってそこから折り返すと言うもの。大体30分くらいの運動になるのかな。彼女の機嫌次第で、それが1時間近かったり15分で帰る時もあるけど。
で、いつものように海岸を走っていた時だった。何かを嗅ぎつけたうめこが突然走り出したんだ。
「ちょ、待てって! 落ち着けって!」
当然僕の言葉が彼女に届く訳もなく、そのままずーっと引っ張られてしまう。どこまで行くのかと焦っていると、うめこは突然立ち止まってものすごい勢いで砂を掘り始めた。
僕は身をかがめ、その様子を興味深く覗き込む。
「何が埋まってんの? 拾い食いはだめだぞ」
しばらく彼女のしたいように任せていると、奇妙なものが砂の中から現れた。それはどう見ても――。
「ゆ、UFOォ?!」
徐々に砂の中から現れた未確認飛行物体は、完全に掘り出すと直径3メートルくらいの大きさで、とても精巧に作られていた。一応中を確認すると、誰かが入っている気配はない。大きさから言って、小型宇宙人用に作らえた小型偵察艇……だろうか?
うめこはこの謎の物体をクンカクンカと嗅ぎ回り、また違う場所に向けてダッシュする。この時に意表を突かれた僕は、引っ張られた勢いでリードを離してしまった。
「ちょ、待てよ!」
自由になった柴犬の行動は素早い。僕は必死で彼女を連れ戻そうとダッシュする。頑張って走っていると、海岸沿いにある溜池の側でうめこは何かの匂いを嗅いでいた。僕はすぐにリードを握り直して、その嗅いでいるものを確認する。
「服を着た……猫?」
そう、そこに倒れていたのは宇宙服のようにピッチリした服を着た猫だった。どうやら死んではいないようだ。そこに放置するのも違う気がした僕は、この猫を拾って帰る。
とは言っても僕は猫を飼った経験はない。とりあえずベッドに猫を寝かせ、その間にネットで色々と調べる事にした。
猫グッズや予防接種、躾などの情報を集めていたところで、ベッドの上の猫がガバリと起き上がる。それに最初に気付いたのはうめこだった。彼女は警戒して
「うるさい! ちょっと黙っててくれる?」
その様子を見た僕の目が飛び出す。何故なら猫が喋っていたからだ。その声はアニメに登場する喋る動物キャラのような感じで、とても可愛い。キョロキョロと周りを見渡した猫は、当然のように僕と目が合った。
「こ、ここは誰? 私はどこ?」
「や、落ち着こう?」
その喋りがあまりにも自然だったので、僕は普通に言葉を交わす。会話をした事で事情の分かった猫は、目を大きくひ開いて口に手を当てた。
「はっ、第一現地人!」
「そんな未開人みたいに言わないでよ」
「いやでも、私の星から見ればそうだし。って、現地人にバレてもたーっ!」
会話以前に、目を覚ました時点で分かっていた事を改めて猫は自覚して頭を抱える。そうして、そのまま燃え尽きた顔になって膝を抱えて沈んでいった。
「ダメだ、また失敗だよ」
「どしたん?」
そのリアクションが気になって、僕は近付いて声をかける。全てを受け入れてあきらめ顔になった猫は、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私は未開の星の調査員なんだ」
「ふーん」
「初仕事から失敗続きでさ。ああもう、これで通算21回目の失敗だよ!」
「あれま」
その話によると、猫の名前はアムル。新人の惑星調査員なのだとか。調査のために地球に近付いた時、彼女は重力設定の数値を間違えて入力してしまったらしい。そのせいで宇宙船の動作が不安定になり、制御不能になって落下。この時に安全装置が働いて、乗組員のアムルだけが別の安全な地点に飛ばされた――と言う顛末なのだとか。
今回の失敗に暗く落ち込む彼女に、僕は優しく背中を擦る。
「でも、まだ失敗って訳じゃないんじゃないかな?」
「現地人に保護された時点で失敗だっちゅーの!」
彼女は若干イラつきながら僕の手を払う。現地人に見つかるだけで失敗とか、結構厳しいんだな。とは言え、その真面目すぎる態度に僕は少し気を悪くした。
「いや、僕別に何も話さないよ?」
「君が言わなくても、常に私の行動は記録されて……あ、船は?」
「UFO? 海岸でぶっ壊れてたけど」
「な、なんだってー!」
宇宙船の現在の状況を知って、アムルは驚いてその場で垂直1メートルくらい飛び上がる。そのリアクションが面白くて、僕は頭の中のハードディスクにしっかりさっきの映像を保存した。
少し興奮気味で顔を高揚させていた僕に、彼女は本気で訴える。
「船の墜落地点に案内してーっ!」
「いいよ」
そんな流れで、僕達は砂浜へと向かう。一応怪しまれないように、僕はアムルを胸に抱いて歩いていく。残念だけど、今回うめこは留守番だ。砂浜に向かう途中で、ここら辺では見当たらない珍しい車数台とすれ違う。道が狭くてギリギリなので、その運転はとても繊細なものだった。
そう言う特殊な車が好きなのか、彼女はずーっとそれを目で追っている。
「この道はいつもあんな車が通るの?」
「いや、僕も初めて見たよ」
砂浜に着くと、真新しい砂で処理した部分が目に飛び込んできた。怪しいと感じた僕達はすぐにその地点へと向かう。すると、予想通りそこはうめこがUFOを見つけた場所だった。
「たぶん、ここ。この辺り……」
「よーし! 君はそこで見てて!」
現場に到着したので、アムルは僕の腕の中から飛び出し、ものすごい勢いで砂を掘り始める。しかし、どれだけ掘ってもどれだけ掘っても一向にUFOは出ててこない。彼女の頑張る姿を眺めながら、僕はUFOが誰かに掘り出されたのではないかと考え始める。
さっきすれ違った特殊な車、あれはもしかして――。
「もうあきらめよう? ここにUFOはないよ」
「ない? どう言う事?」
「多分さっきの車に乗っていた人達が持ち帰ったんじゃないかな」
僕はこう言う展開に近い映画を知っていたので、何となくこれから先でどうなるのかも予想が付いていた。勿論映画は作り話なので、同じ様になるとは限らないけれど。その話はまた後でするとして、今は目の前のアムルをどう慰めるかを考えよう。
僕がそんな事を考えていると、彼女は両手両足を地面につけて絶望していた。
「もう……もうダメだァァァ」
「何か連絡手段とかはないの?」
「あっ、そうか! えーっと、確かぁ」
アムルはすぐに今着ている服を
あちこち必死に触りまくった後、アムルはすごく悲しそうな顔をこちらに向けた。
「……ない。どうしよう、もう助けを呼べないよ~」
この瞬間、彼女はこの星で一番孤独な生き物になった。やめてよ、そんな悲しい顔を僕に向けないで。何かを訴えながら、その一言は発せずに僕から言わせようとしないでよ!
沈黙の時間はとても長く感じられ、結局僕は乗りかかった船に乗るしかなくなった。
「じゃあ、一緒に暮らす?」
「えっ? いいの?」
「犬も飼ってるし猫一匹増えてもへーきだよ!」
「わ、私を猫扱いするなーっ!」
「むっちゃ似てるのに!」
こうして僕はこの宇宙から着た喋って二足歩行する猫を家族に迎え入れた。両親は驚いていた割にあっさりと受け入れ、今ではうめこと一緒に可愛がる日々だ。
最初こそ猫扱いすると怒っていたアムルも、キャットフードが大好きだったり猫じゃらしに興奮したりと、どこをどう見ても猫そのもので、そう言う光景を見るたびに僕はついつい笑顔になってしまう。
「チュールうんまうんま」
「アムル……。君、やっぱ猫じゃね?」
「うぐ……ゲフンゲフン」
いつ彼女の星の救助が来るか分からないし、その前に宇宙人の存在を嗅ぎつけた政府が我が家に訪ねてきてもおかしくない。そう言う展開にならないのかも知れない。
とにかく、何かが起こるまではしっかりアムルを守り抜こうと、僕は自分に強く誓ったのだった。
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